春の風は何を運ぶのか
春を感じさせる柔らかい風を浴びながら学校までの道のりを歩く。今日は天気もよく歩いていると少し汗ばんでくる。
「おはよう。谷口」
聞き慣れた声に呼び止められ守道が振り返るとそこには考えたとおりの同級生が立っていた。
「今日から二年生だな。クラス一緒だといいな」
そう声を掛けて来たのは中学からの付き合いで同じ高校に通う志田健二だった。
「そうだな。けどもう二年か。このあいだ受験が終わったばっかりだと思ってたのにもう来年には進路を決めないといけないんだよな」
「新学期が始まるってときにもうそんな話かよ。真面目だな」
「おまえが言うなよ。志田は医者になるって決めてるんだろ?」
「まぁ親父が跡を継げってうるさいからな。俺からすれば谷口の方が羨ましいけどな」
お互い持たざるものを羨ましがりながら学校までの道のりを歩く。
「それにしても見事に咲いてるよな」
二人が今、歩いている通学路となっている川沿いの道には等間隔に桜の木が植えられておりそのどれもが満開を迎えていた。
「確かに綺麗に咲いてるよな。明日の入学式にピッタリだな」
「入学式なんて俺達には関係ないだろ。それより今日って午前の始業式だけで終わりだよな」
「そうだけど。それがどうした?」
志田の言う通り今日は授業は無くお昼前には帰ることができる。今時の高校では始業式の日から授業があるという話もよく耳にするが守道たちの学校は校風としてのんびりとしており気が楽な一方で自分で勉強をしないと置いて行かれてしまうという一面もある。
「じゃあみんなで花見にいかねぇ?他のやつも誘って」
「いいなそれ。でもどこでやるんだ?」
「中央公園でいいだろ。あそこも今は見頃って聞いてるし。飲食禁止でないのはあそこぐらいだろ」
「じゃあ終わったら一旦、家に帰って食べ物と飲み物を持って公園に集合な。同じクラスになったやつも誘ってさ」
これは楽しい花見になりそうだな。そんなことを考えていると二人が向かう先からチャイムの音が聞こえてくる。
「このままじゃ遅刻だ。走るぞ谷口!」
「初日から遅刻したんじゃ何言われるかわからないな」
息を切らせながら閉まりかけの校門に滑りこむ。下駄箱に向かうと知った顔に声を掛けられる。
「あなたたち初日から遅刻なんていい度胸してるわね」
「おばさんか。ギリギリ遅刻はしてないよ」
「お・ね・え・さ・ん!もしくは先生と呼びなさい守道」
「そうだぞ谷口、こんな綺麗なお姉さんと暮らしてるなんてお前は幸せ者だぞ」
「志田もたまにはいいこと言うわね」
「でしょ?てことで見逃して」
「残念!あんたたちのクラス分け先に見ておいてあげたわよ。同じクラスだったわ。はいこれ今日、配るプリント教室に行くついでに持って行ってちょうだい」
ぶつぶつ言いながらもここでは学校の先生ということもあり逆らうことは許されず二人で分担して持って上がる。
「それにしても宮田先生、このプリントもそうだけど担任じゃないのに雑用任されてて大変だな」
「任されてるのは僕たちだけどな」
「いいよな。あんな綺麗な先生と二人暮らしなんて」
「そうでもないよ」
守道の親は守道が小さいころ他界しており本来なら施設に預けられる予定だったのだが当時はまだ「お姉さん」だった彼女が守道を引き取りそれ以来二人で暮らしている。おばさんと言うと彼女は怒るが守道にとってはおばさんになるのだから仕方が無い。とは言えまだ三十代ということもあり下の名前である涼子さんと普段は呼んでいるが宮田姓の親戚に未だ会ったことがなく両親が死んだ今、彼女が本当に自分の叔母なのかは分からないままだ。
しかし身寄りのない自分を当時は若かったであろう彼女が一人で育てるというのは大変なことだっただろう。そういう意味では守道にとって感謝してもしきれない人であり大切な『家族』である。
つい数週間前まで通っていた廊下を通り過ぎ今日から一年間過ごす教室へと足を踏み入れる。