#04 学習と解放と噂 -Learning Liberation and Rumors-
トイレとストレッチを済ませて再びログイン。
『マスター、お帰りなさいませ』
「ワフッ」
「うわっ、何?来るのがわかるのか?」
『はい。戦闘艦の機能で、所有者の異世界人がこの世界に出入りする時と連動しているので。そうでなければ亜空間に出入りするタイミングがわかりません』
「ワフワフ」
「そうか。で、今度は艦の運用だよな?説明頼むよ」
『承知しました。まず、作戦会議室とリビングルームを兼ねた大部屋に移動しましょう。あの大型スクリーンがある部屋です』
「今回はブランが居るからまだいいけど、どうにも声だけで案内される感覚に慣れないな」
少し歩いて大部屋に到着する。最初にエルが映し出されたあの部屋だ。大型スクリーンには再びエルの姿が映し出されて、得意げに説明を始める。
『では、まずは艦の概要をご説明します。特殊万能型戦闘艦ソル・ステラですが、偵察・探知・強襲・防御・輸送、すべてに対応した万能戦闘艦です』
「万能じゃない戦闘艦もあるって事か?」
『その通りです。基本的に、戦闘艦には特化した能力があり、速度とレーダー探知妨害能力に特化した[偵察型]、索敵 / 探知能力全般に特化した[探知型]、固めの装甲を盾に相手を攻撃する[強襲型]、固い装甲と広範囲の防御フィールドを展開出来る[防御型]、膨大な物資を積載出来る[輸送型]、最後に5つの能力を兼ね備えた[万能型]の計6種類あります』
スクリーンには各特化型の戦闘艦と概要が映し出される。
「万能型強すぎない?大丈夫か?」
『確かに強いですけど、通常の万能型はどちらかと言えば器用貧乏になるので、各特化型とそれぞれ比べると、その分野では劣りますよ。利点としては、特化型より劣りますが単独であらゆる状況に対応出来る所ですね。マスターの様な単独行動されてる方にはぴったりです!』
「通常のって事は、それ以外もあるのか?」
今度はソル・ステラの外観と主な概要が表示される。白をメインカラーに、翼のある艦体外側の端パーツや所々一部のパーツカラーが黒で構成されている。
『このソル・ステラがそうです!正式名は特殊万能型戦闘艦ですから。…対外的には只の万能型戦闘艦として通しますが』
「で、どう違うんだ?」
『まず通常の戦闘艦は、私の様な感情を与えられた特殊AIを積んでいませんし、ブランの様な存在も居ません。そして何より、この艦は生きています』
『念の為言っておきますが、ブランの様な存在や、艦が生きていたりするのはこのソル・ステラだけの特徴ですので。 他の特殊型には私の様なAIが居る可能性と、ソル・ステラとはまた別の特殊な能力があると思いますが』
「生きている? この艦は生き物って事なのか?」
『ある意味そうです。そして、生きていると言う事は、成長すると言う事です』
『現在、この艦には3重の封印が施されていて、その影響で艦の能力が下がっている状態です。艦が成長するにしたがって段階的に封印は解除されます。 当面の目標は、封印解除を目指すのがオススメです』
「話の流れからして、封印を解除していくと強くなるって事か?」
『そうです』
『但し注意点としては、生きているが故に一般的な艦の改造や改装を受ける事が出来ない事ですね。艦自体が拒否するのです』
「それは仕方ないな」
『逆に、一般の戦闘艦の利点は拡張性ですね。戦闘艦関係を取り扱ってるお店に依頼すれば、改造して大型化や武装を増量・増設したりできますし、外観の変更も資金があれば可能ですから。…その辺りの恩恵をソル・ステラは受けられません』
「武装追加等出来ないから、艦の封印解除が急務って事か」
『封印解除は有用ですが、武装に関してはそれ以外に一つ可能な事があります。この艦には工作区画があるので、そこで環境アンドロイドを使って新たに製造する事ですね。艦の設備を使って、艦に所属する環境アンドロイドが製造したものは装備可能です。但し、製造に時間がかかる上に資材も確保しなければいけませんが』
「それが分かっただけでも十分だ」
『話がすっかり逸れてしまいましたね。 …戦闘艦は基本的に環境アンドロイドを用いて運用されています。この艦の場合は、ブリッジでのサポート・食事・艦内清掃・工作、艦体破損時の修理等です。環境アンドロイドは言葉を話せませんが、こちらの言葉を理解しているので意思の疎通は可能です』
この艦を歩いていると、度々作業中であろう身長150cm位で、球体関節を持った青髪おかっぱ頭のアンドロイドを見かける。環境アンドロイド達だ。
「……なぁ、この艦に乗り込んだ時から思っていた事があるんだが、この艦の見た目と内部の大きさが合ってないように感じるのだが…」
『はい。ソル・ステラの内部は [空間拡張技術] によって見た目より大幅に拡張されていますね。船体の大きさによって、それぞれ拡張上限がありますが。 今は失われている古代技術です』
『遺跡は2種類あって、ざっくり言うと”そこまで古くない遺跡(数百年前)”と”凄まじく古い遺跡(数千年前)”ですね。それぞれ、[遺跡] と [古代遺跡] で呼称が分けられていますが、纏めて呼ぶ時は [遺跡] で統一されてますので注意です。[古代遺跡] で見つかる物には、何かしら古代技術が使われているので、希少性がとても高いと思います。
それ故に、[古代遺跡] で見つかる戦闘艦にはソル・ステラの様に [空間拡張技術] が使われてる可能性がありますね。 …余談ですが、遺跡・古代遺跡で見つかる物には強力な [状態保存技術] が使われているので、各国家が必死に研究しているようです』
「エルはソル・ステラのAIだよな? 古代遺跡に居た奴が何でそんなに詳しいんだ?」
『マスター!情報は武器ですよ! ナビゲーションAIとして現代の情報収集をするのは当然です。…図書館や研究施設をハッキングして漁れば凡そ知る事が出来ますから』
「程々にしてくれ…」
コウは既に疲れた顔をしているが、エルは何でもない様に続ける。
『話が再び逸れてしまいましたが、続けます』
『ソル・ステラ艦内の構成は、ブリッジ・作戦会議室・艦長室・浴室・キッチン・乗務員室5部屋・工作室・貨物室・小型機体ハンガーになります。小型機体ハンガーは、探索をサポートする小型機体を運用する為の専用ハンガーとなります。 現状は、機体製造リストが一部解放されていますね。スマートバギーとスマートバイクの2つです』
「一部って事は、それ以外もあるんだろ?どうやって調達するんだ? さっきの話にでた戦闘艦関連のショップで製造して貰うのか?」
『いいえ、外部委託で製造したものを小型機体ハンガーで運用する事は出来ません。 …詳細はプロテクトが掛かっている為、お答え出来ません』
「答えられないなら仕方ない。気にしないでくれ。今ある資材で作れるものはあるか?」
『スマートバイクなら製造可能です』
「なら製造を頼む」
『承知しました』
スクリーンに表示されてる艦内映像で、環境型アンドロイドが工作室に移動するのがわかる。
『では最後に操艦に関してなのですが、まず私、エルがしっかりサポートに入ります。余っているオペレータシートには環境アンドロイド達が座り、エンジンの調整や索敵・その他の補助を致します。 そしてブランは、ブリッジ中央にあったあのカプセルに入る事によって、索敵強化と魔法の使用が可能となります』
「え?魔法!?」
『はい、あのカプセル内で魔法を使うと艦外に魔法を発動させる事が可能です。一般の戦闘艦にも似たような設備と機能がありますね。 ブランの場合は【気配察知】による索敵能力の強化補助、【幻惑魔法】によるデコイ、【幻惑魔法】と【影魔法】の複合技で艦を他者から隠す事も可能です。艦に搭載されている光学迷彩装備と併用すると、隠ぺい率が格段に上がります』
「逃走時とか奇襲・暗殺する時には便利そうだな」
『そうですね。戦闘時、いかに魔法を補助的に組み込むかが肝ですね』
「そうか、あくまでメインの攻撃は艦の武装になるのか」
『はい。魔法は便利ですが、魔法攻撃よりも艦砲の方が遥かに脅威ですので。それに飛び回っている戦闘艦に攻撃魔法を当てるのも厳しいでしょう』
エルは、魔法攻撃を戦闘中の戦闘艦に当てるためのシミュレートを見せながら、そのように説明した。
そのまま続いて、ソル・ステラの武装一覧を表示させていった。
『ソル・ステラの武装は小型陽電子砲2門、多弾頭ミサイルポッド10基、小型自立支援機イース10機、ビーム砲6門、大型ガトリング砲4門、迎撃用レーザー砲30門、迎撃用ミサイルポッド6基、そしてソル・ステラ表面装甲に埋め込まれている4本のマニピュレーターを起動すると、艦体前部に4本腕が展開、この4本の腕を使って文字通り”近接格闘戦”が出来ます! 因みに、マニピュレーターの腕自体に、それぞれビームソードとビームシールドが内蔵済みです』
「マニピュレーター面白そうだけどさ、武装多くないか?」
エルがスクリーンにソル・ステラの詳細な外観を表示させながら説明する。
『ソル・ステラは一般的な戦闘艦より大きいので、カバーする為にも必要なのです!』
「必要なら仕方ないな!」
『後、私専用の生体アンドロイドもありますので、マスターが必要であればそちらを動かしての会話や、外へ行動を共にする事も出来ます。勿論、生体アンドロイドで動いていても、艦の運行には何ら問題ありません』
「それなら最初から生体アンドロイドで出て来てくんねぇかな? ずっと誰も居ない虚空を見つめて会話してんのも辛いんだよ…」
『わかりました。少々お待ちください』
暫く待つと、リビングに紺色の髪をサイドテールに纏めた碧眼の少女が入ってきた。
「マスター。改めて宜しくお願い致します。ナビゲーションAI・エル(生身)です」
「ああ、こちらこそ宜しく。対面の会話ってほんと良い…」
「しみじみしている所で申し訳ありませんが、最後は実際に操艦していただきましょう」
「ついに操艦か!」
エル(生身)とブラン、それに数名の環境アンドロイド達と一緒にブリッジに移動する。
コウが先頭のメイン操縦席に座り、その左後ろのオペレーターシートにエル(生身)が座り、残りの席を環境アンドロイド達が座る。最後、中央のカプセルにブランが入ると、カプセルが閉じ最初に見た時と同じ状態になった。
透明なカプセルの中に、ブランがお座りしているような状態で、中には水の様な物が満たされていった。
「エル、ブランがカプセルの中で水没している様に見えるんだけど、大丈夫なのか?」
「はい。あの液体は、艦と感覚を一体化する為のものなので大丈夫です」
客観的に見ると、卵型のカプセルの中でブランが水没している様に見えるが、エルの言う通り、ブランは普段と変わらず平気そうだ。
「マスター、正面パネルの右側に手を置くパネルがありますので、そこに右手を置いてください」
「わかった」
エルに言われた通り、右手を置くと [認証完了] の文字と共に右手側に操縦桿、左手側にスロットルレバーが床からせり上がって来た。それと同時に、艦の動力が完全に動き出したのが分かった。
操縦桿とスロットルレバーを握ると、何故か脳内に艦の操艦方法がインプットされていく。
「っ、なんで頭の中に操艦方法が…」
「自分の艦を初めて完全起動した時に起こる現象です。割と一般的な現象なので、そこは気にしないで大丈夫です」
ゲームだし気にするだけ無駄だと、気持ちを切り替えたコウは発進準備に取り掛かる。
「ここ、遺跡内だよな? どっから出るんだ?」
「マスター、正面奥の壁が出口になります。開放しますので、少しお待ちください」
――ここは遺跡の格納庫?だと思われるが、そこそこ広い。エルが言うには、この遺跡にあった宝や素材はすべてソル・ステラに運び込み、潰して資材に変えたそうだ。
そんな事を考えてると正面奥の壁が上下に分かれていく。
「正面扉開放!マスター行けます!」
「了解。ソル・ステラ発進!」
左手のスロットルレバーをゆっくりと前に倒す。既にホバー状態で宙に浮いていたので、滑るように直進していく。だんだんと流れる景色が早くなり、隠された遺跡の出口を飛び出す。
そこにある景色は山間にある谷底だった。慌てて操縦桿を手前に引き、上昇するコウ。
「あぶねぇ、出口が谷間とか何処なんだここ… ああ、枯葉てたダンジョンがあった山の裏側か!」
「正解です。マスター、ある程度操艦に慣れたら、一旦雲の中に入って艦を待機状態にして貰えますか?」
「わかった」
山の周辺を猛スピード飛び去ったり、ギリギリまで速度を落としてみたり、旋回能力とGのかかり具合を体感してみたりと、ハイテンションで散々遊んだのち、エルの言う通りに雲の中で待機状態に移行した。
「言われた通りにしたが、どうしたんだ?」
「すっかり忘れていたのですが、マスター、シグルドとカーミラを貸して貰えませんか?」
「それは構わないが、理由を聞いても良いか?」
そう言いつつ、エルに2丁のハンドガンを渡す。
「お気づきかもしれませんが、この2丁ハンドガンは元々ソル・ステラ所有の武装なのです。 最初にマスターをスキャンした時に確認しましたが、内部の機構が大分劣化しているので、工作室に預けてオーバーホールされた方が良いかと」
「これを購入したお店の店主さんは、しっかり整備してあるって言ってたぞ?」
「内部の機構はブラックボックスになっているので、この艦でしか解析・修復は出来ないでしょう。お店の整備とは根本的に違います」
エルは環境アンドロイドに2丁ハンドガンを託し、オーバーホールが終わるまで休憩する事になった。
艦は自動操縦で現在は雲の中で待機状態。何となくベッドで休みたい気分だったので、エルに休む事を伝え、オーバーホールが終了次第起こしてもらうようにした。
「これ、ゲーム内で寝たらどんな感じなんだろう… まぁ、寝てみれば分かるか」
~1時間後~
「マスター、オーバーホールが終わりました。起きて下さい」
「…ああ、おはよう。ちょっと顔洗うからブリッジに行っててくれ」
「承知しました」
――部屋にある洗面所に行き顔を洗う。どうやら”眠った”と言うより”目を瞑って休んだ”とか”瞑想した”的な感じがするな。
やはり寝るのはリアルが一番と言う結論に達したコウは、特に寝ぼける事も無く颯爽とブリッジに向かう。ブリッジでは、いつでも発進出来るように全員配置についていた。
「こちら、問題なくオーバーホールが終わったシグルドとカーミラですが、威力が大分向上しているようなので、扱いは慎重にお願いします。それと、工作班がマスター専用の近接光学武装を用意してたのですが、確認をお願いします。あと、もう少しでスマートバイクが製造完了するそうです」
エルが新しい近接武装をコウに手渡しながら言う。
「近接光学武装の名前は”ブリンガー”です」
「わかった。 …バイクはそんなに急がなくても良いから、ゆっくり作るように伝えてくれ」
「伝えておきますね」
「ブラン、索敵に異常はないか?」
「ワフン」
「わかった。何かあればすぐにエルに知らせてくれ」
「ワン!」
――ブランの言っている事が何となくわかるのだが、エルが言うには従魔だからだそうだ。
貰った光学武装を試す為、エルたちをブリッジに残してハンガーへと移動する。
「未だに初期装備のレーザーソードを見かねて作ってくれたのかね?何となくそんな気がする」
光学武装の持ち手のスイッチを押すと、レーザーソードの様に光の刃が生成された。
「レーザーソードと違って刃が薄いな。この持ち手も何となく刀の柄みたいだし、何よりこの刃、直刀っぽいな。まぁ、光学式の忍者刀みたいで扱いやすいから良いか。…うん、軽く素振りしてみても問題ないな。…近未来装備で忍者感は出ないと思ってたのに、スキルにしても装備にしても、だんだんと忍者に近づいてる気が… まぁ、忍具っぽいのがあったとしても光学武装ならギリセーフ」
コウがハンガーでブツブツ独り言を言っているが、実際の所は、光学迷彩を装備した小型自立支援機イースを王都まで飛ばし、プレイヤーの露店で売ってる商品をスキャンしてデータをエルに送っていた。その情報を元に、工作班のアンドロイドが製作したのが真相である。
UWOには近未来装備(近代装備)とファンタジー装備(伝統装備)しかなく、刀を筆頭に和風装備が存在しないのである。しかし、無いと言われると欲しくなるのが人の性。生産プレイヤーが己の知識と記憶を頼りに作り上げ、露店販売してたのである。しかし刀の反りを作るのが難しく、断念して直刀になってしまっていた。
コウは今後の打ち合わせをする為、ブリッジに戻ろうと歩いていると急にアナウンスが流れて来た。
<<ワールドアナウンスです。戦闘艦所持者が一定数に達したので、一部のショップで戦闘艦販売・軌道エレベーター・宇宙港・宇宙圏開放・クランシステム解禁されました>>
<<この後ゲーム内時間で6時間後に、アップデートの為メンテナンスに入ります。アップデート時間は現実時間で2日かかりますのでご注意ください>>
「ついに宇宙解禁か!PV見た時から楽しみにしてたんだよな。地上の冒険も悪くないが、戦闘艦が目的だった俺としては、やっぱ宇宙や空での空戦が至高。…そういえばワールドアナウンスって、エル達にも聞こえているのか?」
ブリッジに戻ると、エル達は先程と変わらない様子でスクリーンを見つつ、ブランを撫でていた。
「エル。たった今、ワールドアナウンスが来たんだが、聞こえていたか?」
「わーるどあなうんす? あー、情報データにありますね。異世界人の方々は神のお告げを聞く事があるみたいですね。今あったのですか?」
「ああ。戦闘艦の販売や宇宙港が、8日後に開放されるみたいだ」
少し考える素振りを見せたエルが言う。
「そういう事でしたら、今後の計画をしっかり立てた方がいいですね。マスターは何かありますか?」
「まず、レベル上げを兼ねた金策と、稼いだ金で食料・資材の確保。ソル・ステラの成長は宇宙に上がってからだな」
「そうですね。…資材はお金で購入するくらいなら、鉱脈を掘りに行った方がお得ですね。採掘用の機材なら、人用の採掘ドリルが艦に積んでありますので問題ありません」
「参考までに、人用以外だと何があるんだ?」
「艦のマニピュレーター用の大型採掘ドリルがありますね。もちろん、そのまま戦闘にも使えます!ロマンは大事ですね!」
目をキラキラさせながらドリルを熱く語るエル。
――なんとなくだが、エルのAI構築したスタッフと、角ウサギの肉のフレーバーテキスト作ったスタッフは同一人物臭いな。
「確かにロマンは大事だな。レベル上げを兼ねた金策に入る前に、一度ベナウィーに戻ってお世話になった人に挨拶と報告させてくれ」
「わかりました。私はその間に、工作室で作業の進捗を直接確認してきますね」
「じゃあ、ベナウィーに戻るか」
自動操縦から手動に切り替え、念のため光学迷彩を作動させたソル・ステラの艦首を王都・ベナウィーに向ける。そのまま段々と速度を上げて雲の間を抜けて行く。上空から山を越え、森と林を抜け、あっと言う間に見慣れた平原に辿り着く。
「半日ちょっとかけて歩いた距離が、空からだとあっという間だな」
「林を抜けて平原に代わるこの辺りで着陸して、ベナウィーまで歩いて行くか。ブラン、留守番頼むぞ」
「ワフッ!」
「エルは工作室か」
エルが居る工作室に行くと、そこでは床に金属類やケーブルが転がり、何かのフレームが宙刷りにされていたりと、中々な惨状だった。その中で工作班のアンドロイド達は忙しなく動いている。
そのまま工作室を見学してると、エルが声を掛けて来た。
「マスター。ベナウィーに向かわれるのですね。製造中だったスマートバイクが完成したようなので、乗って行きますか?」
「いや、悪目立ちしたくないから歩いて行くつもりだ。バイクはまた今度だな。ここから歩いて行くからブランと留守番頼む」
「承知しました。では、マスターが艦を下り次第亜空間に入るので、いつでも連絡取れるようにしましょう」
エルがそう言うと、脳内にお馴染みの効果音が鳴り響く。 視界の端に [ナビゲーションAI・エルからフレンド申請が届いてます] の文字が。 許可してフレンドリストを確認すると、新しく [NPC] と言うタブが出来ていて、開いてみると [ナビゲーションAI・エル] が追加されていた。
設定で、エルからのボイスチャット通知は自動で開くようにする。
「マスター達異世界人の方々は、異世界人同士で連絡を取る為の手段があるようですが、この世界の人々も同様の連絡手段があるのです。 私はソル・ステラのナビゲーションAIなので、主であるマスター以外の方とは連絡を取れませんが」
「成程な。じゃあ、この世界の情報伝達は結構早いと言う事か」
「そうですね。噂や評判等は広まるのが早いと思います。マスターもこの世界の人々から悪評が立たない様にご注意下さい」
「そうだな。気を付けておくよ。じゃあ、行ってくるから頼むな」
「いってらっしゃいませ。何かあればご連絡下さいね。亜空間にいても通じますので」
エルと工作班アンドロイドに見送られながら艦を下りる。振り返ってみるとそこには何も無く、開いたハッチだけが見える。
「光学迷彩掛けてるとこう言う感じなのか。一部だけ見えてる状態だとなんかシュールだな」
光学迷彩を解除し、ハッチを閉じたソル・ステラが亜空間に消えて行く。
気配察知を使って周囲に誰も居ない事を確認したコウはのんびりベナウィーへと歩いていく。道中、何体か食料(角ウサギ)を狩りつつ、ラックさんが立っている南門に到着した。
身分証を見せながら挨拶する。
「ラックさん、こんにちは」
「こんにちは。ここ数日、コウくんを見かけなかったので少し心配したよ」
「少し遠征してました。ご心配をおかけしました」
軽く頭を下げ、門を通過してそのまま総合庁舎へ向かう。道中、プレイヤーと思われる集団が「~クランが」とか「戦闘艦の金額が~」とか会話しているのが聞こえる。
そんな会話を耳に挟みつつ総合庁舎へ入り、ネイトの居る総合受付へ向かう。
「こんにちは、ネイトさん。数日ぶりですね。今回はご報告があって来ました」
「あら、数日ぶりですね。…ご報告ですか? では、念のため個室に移動しましょう」
隣の受付職員に個室に移動する事を伝え、ネイトと総合受付の裏にある個室に移動する。
「こちらは防音となっていますので、盗聴の心配もありません。で、報告とは?」
「ネイトさんに教えて頂いた、枯葉てたダンジョンに行ってきたのですが…」
「枯葉てたダンジョン……!! と言う事は!」
「はい、ありましたよ。古代遺跡」
「!! 本当にあったんですか!! これは個室案件ですね…私ナイス判断!」
両手で小さくガッツポーズをするネイト。
「詳細なのですが、地下2階の一番奥と地下5階の滝壺の中に仕掛けのある壁画があって、それを作動させると、滝壺の水中に古代遺跡へ続く通路が現れる。と言う仕掛けでした」
「なるほど。2つの壁画の仕掛けを作動させないといけなかったのかな? 過去の調査隊は滝壺の壁画に気づかなかったのかな?」
――地下2階の仕掛けはわからないが、恐らく岩で隠されていた滝壺の仕掛けには気づいていなかったのだろう。それにしても雑な調査だったとは思うが。
「そして、水中の通路を通って辿りついた古代遺跡には戦闘艦がありました」
「古代技術の戦闘艦! その戦闘艦はどうされたんですか!?」
「もちろん、マスター登録も済ませて自分が所有していますよ。後、艦のAIが言うにはあの古代遺跡には財宝等はもう無いそうです。まぁ、戦闘艦を入手出来たので満足ですが」
「うわぁ、いいですねー! …戦闘艦の詳細とかって…」
「申し訳ありません。教えるメリットが全く無いので、お断りします」
正式な依頼では無いので、そんな義務は無い。
「ですよねー。 …わかりました。上には戦闘艦の事は伏せて、報告しておきますね!」
ネイトも理解してくれているようで、追及は無かった。
「すみません、お手数ですが宜しくお願いします」
「大丈夫です! 私の担当異世界人が枯葉てたダンジョンの謎を解き、古代遺跡を発見した。その功績で私の査定もアップしお互いにwin-winです!」
――以外とはっちゃける人なんだな…
「それなら良かったです」
「あー、忘れてました。異世界人であるコウさんにお知らせです。以前から上層部の方で、異世界人用の身分証を発行する準備をしていたのですが、8日後あたりには専用身分証が発行出来るようになるみたいです。コウさんは仮身分証を発行する時にお金は頂いていますので、専用身分証にはそのまま切り替えられます。8日後、忘れずにここに来て更新して下さいね。 他に何か報告はありますか?」
「はい、忘れずに来ますね。 報告は以上です」
ネイトと個室を出て挨拶し、そのまま庁舎を出る。
「次はオルターさんの所で挨拶と素材の売却・アイテム補充だな」
庁舎の側にある噴水広場では、生産プレイヤーが露店を出店していて賑わっている。広場や通りを歩いているプレイヤーも皆、数人で行動している。 そんな周囲の人達を眺めながら目的地に向かって歩いていく。
「ソロのプレイヤーって少ないのか? …っと着いた。こんにちは」
「…らっしゃい、ってコウか。今回はどうした?」
「素材の買い取りをお願いします」
枯葉てたダンジョンの往復で入手した素材アイテムを出していく。隠密と気配察知を併用して進んでいたから、大して素材が無いし、角ウサギとグローヴウルフの2種類しか戦ってないんだよな……
「角ウサギの素材は、角が5つで4250G、毛皮が8枚で6000G、グローヴウルフの素材は、毛皮が10枚で8000G、牙が5つで5000Gの合計23250Gだな。それでいいか?」
「お願いします」
これで残金30250Gだ。次は調味料とジャーキーを買い込む。
「調味料セット2つにウサギジャーキー30枚下さい」
「あいよ。調味料セット4000Gにジャーキー3000Gの合計7000Gだ」
7000Gを払う。これで残金は23250Gだ。
「毎度。武器の調子はどうだ?」
「問題ありませんね。オルターさんに売って貰ったシグルド&カーミラには助かってますよ。本当に良い銃ですね」
「おう、それなら良かった!倉庫から引っ張り出して売った甲斐があるってもんよ。整備が必要になったら持って来いよ?」
「その時はお願いします。数日ベナウィーを離れていたのですが、何か情報ってありますか?」
オルターは少し考える素振りを見せた後、話し出す。
「あー、宇宙港と軌道エレベーター再稼働されたぞ。以前は稼働してたんだが1年前、急に稼働停止になってたな」
「急に稼働停止されたんですか?他の惑星からの物流とかどうなったんです?」
「流石に物流止まったらヤバイのは分かるみたいで、物流専用の軌道エレベーターは稼働してたな。
…でだ、再稼働に伴い宇宙軍を設立するって話があってだな、そこに戦闘艦を所持してる異世界人を組み込もうとしているって噂がある。 そして俺の本国、ドワーフの惑星 [エルツオーア] でも全く同じ話が出てるみたいでな……どうにもきな臭い気がするんだよな。コウは戦闘艦持ってるのか?」
「持ってます」
「情報を入手したら、しっかり見極めて判断しろよ?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
オルターにお礼を言って店を後にし、教えて貰った宇宙軍関連の話は気に留めておく。
――しかし、他の惑星の情報がもう入ってるのか…やっぱり情報伝達はかなり速いと見ていいな。
目的は達したので、さっさとベナウィーを出てソル・ステラの待機地点まで移動し、エルに連絡する。
『マスター。用事は済んだのですか?では、すぐに艦を亜空間から出しますね』
「頼む」
何もない空間が歪み、白と黒の艦影が姿を現す。ベナウィーで他の艦をちらほら見かけたが、比べると確かにソル・ステラは大きいな。ハッチを開いた艦にすぐさま乗り込み、光学迷彩を掛けながら雲の上まで上昇する。
「お帰りなさいませ、マスター」
「ウォン!」
「ふぅ。何だかんだでベナウィで時間消費しちゃったな。ただいま、エル、ブラン」
エルやブランと一緒にリビングに移動して寛ぐ。
「ベナウィーで思った以上に時間かかったから、今日はこのまま少し休んでから元の世界に帰るよ」
「承知しました。王都ベナウィーはどうでした?」
「何か、宇宙軍設立だとかそこに異世界人を組み込もうとしているだとか、雲行きの怪しい話を聞いたよ」
「宇宙軍ですか…… 後で少し調べておきますね」
「調べるのは構わないけど、足がつかないように頼む」
「お任せ下さい!伊達にナビゲーションAIやってませんので。ハッキングは勿論、光学迷彩装備のイースを投入して物理的にも調べておきますので」
「そこまで気にしてる訳でも無いから、程々にしてくれ…」
そんなやりとりをしながらメニューを開くと、表示ログにメッセージがあった。確認してみると、タカト達からクラン設立とお誘いの内容だった。当然の如くお断りのメッセージを送り返した。
「そろそろメンテに入る時間だな。エル、ブラン一旦帰るわ。次にこの世界に来るのは、多分8日後だからそれまで艦を頼むぞ」
「お任せください。それでは8日後お待ちしていますね」
「ワフッ!」
エルとブランに見届けられながら、ログアウトした。
お読みいただきありがとうございます。