さけをとったおっさんの話
私ちん「なあなあ、兄ちん。今度、寄席で演るやつ聞いて~」
兄ちん「ええよ」
私ちん「え~、昔々、京に都があった頃の話でございます。新潟越後より都への貢ぎ物の鮭を馬、二十頭に背負わせて、畿内粟田口より向かっておりました折、この一行が粟田口の鍛冶屋の前を通り過ぎようとした時、頭の禿げた小さいおっさんが行列の中に走って入ってきたのでございます。
道せまく、ひしめき合う中、このおっさん、走りながら鮭を二つ引き抜いて、懐へ入れよりました。
はてさて、この場面を馬を引いていた運ちゃんが見ておりました。おっさんの襟首つかんで、
運ちゃん『貴様ッ、鮭、盗んだなッ』
おっさん『んやねんッ、何を証拠に、んなことぬかしとんねん。おめえが盗って己に罪、着せようしとるんちゃうんか』
運ちゃん『んやとッ、このッ』
おっさん『ッああ、やんのかッ』
とか言い合っておりますうちに上る人、下る人わらわらと群がってきて市中騒然でございます。
そうこうしているうちに、
頭『貴公が盗んだんだよな、禿山さん』
おっさん『ッう……。は、ははあ~んッ、おめえが盗ったんやろッ』
運ちゃん『おいッ、要は私しも貴様も懐を見せれば』
と言いながら、直垂の胸紐を解き上衣を大きく開けずらし、順々に、力強く盛り上がった胸・肩、肉づきのよいの腹、赤銅色の太い腕をむき出しにしていくではありませんかッ。さらに、さらに、汗で陽に照り映える胸を脈打たせながら両腕を上げて、じりじりとおっさんに詰め寄る運ちゃん。
運ちゃん『さあ、さあ、貴様も』
おっさん『ごくり』(と息を呑む)
とうとう、運ちゃん、おっさんの衣を掴み、前を開けむき出しにしたッ。バッ。露わになった真珠色の胴。そして、脇腹にささった鮭二つッ。
おっさん『あ……ああ……なんちゅう……。こないな風に……衣を開けてまわれば……どないなおなご・嫁はんにも、下の方に鮭二本あるっちゅうのに……』
運ちゃん『ははははッ。おっちゃん、えらく面白いっすね。なかなかどうして、まんまんたる海原のように満腔の思慕の念が湧いてきたっす。千古に同じ釜の飯を食った仲かのよう――』
おっさん『己みたいなやつ、ごまんとおるやろ』
運ちゃん『おっちゃんみたいな人はごまんといるけど、おっちゃんはおっちゃん。吾眼は節孔でしたっす。ああッ、その禿頭を撫でまわしてえぇッ、熱いものが込み上げて揺蕩いながら立ち上っていく様を予見しながら、酸いの奥にほのかな甘さを秘めた瞳孔で上目遣いに見つめられながらしゃぶ――』」
兄ちん「たわけッ、んんなん、寄席ででけへんやろ」
私ちん「おそれながら御目溢しのほどを……」