ただ帰るだけ
『こんばんは。お隣いいですか?』薄暗い店内に綺羅びやかなライトが付き、別世界を作り上げる店内。
そして、女の子はドレスを身に纏い、また別人格を作り上げる。
『今日子です。宜しくお願いしまーす』極力明るく、笑顔で愛嬌よく。
女は愛嬌、男は度胸とは良く言ったもので、そこまで整っていない私の顔でも、愛嬌があれば、そこそこ指名を貰うことができる。
今日子と言う源氏名は、キャバ嬢を一日で辞める予定だったから、今日だけの子で今日子にした。
『今日子ちゃんは、務めてどれくらい?』35歳前後の安いスーツを身に着けた男が聞いた。
『うーん。一年くらいかな?』
結局、給料が良いところと、こんな私でもチヤホヤしてくれるのが、どこか心地よくて続けてしまった。
『若さは、お金』なんて同僚の間では言っている。
結局、年取ったら嫌でもこんな職業は出来なくなる。
だったら若い内に若いってだけでお金をくれるおじさんから、お金を貰おうと思った。
『私も飲んでもいい?』
『うん、いいよ』
この手のタイプは、だいたい一杯はご馳走してくれる。
二杯目は『うーん、俺じゃなくて連れに聞いて!』
そういう、男はリピーターにはならない。
でも、上手く乗せれば次は一人で来て指名してくれる。上手なキャバ嬢は、こうしたお客も手の内に入れてしまう。
でも、私はそこまで上手には出来ない。
ある日、真っ赤なハットを被った太い白斑メガネで黄色いスーツを着た男が来た。
しかも、なぜか私を指名してくれた。
ボーイが『今日子ちゃん、あの男の人知ってる?今日子ちゃんご指名なんだけど』と小さい声で確認した。
『いえ、知らないです。初めてだと思います』
『そっか。まぁ、少しついてみて。嫌だったら指名だけど別席にしてあげるから』
『ありがとうございます』
と言って私はハット帽の男の元へ向かった。
『こんばんはー。ご指名ありがとうございます。今日子です。』
お辞儀をして『お隣良いですか?』と言い席についた。
『ねぇ、君、僕を覚えてる?』
『えっ、すみません。』
『いや、いいんだ。覚えてなくて当然だから。』
私は頭をフル回転させたが、どうしても思い出せなかった。
『何飲みますか?』
『じゃあ、水割りをお願い』
そう言われて、私はグラスに氷を入れて、鏡月を少し入れて水で割った。
グラスに付いた水滴をハンカチで拭いて、男に渡した。
『もし、よければ私も何か飲んでいいですか?』
『勿論。好きな飲み物頼んでいいよ』と男は言った。
ボーイを呼んでファジーネーブルを頼んだ。
『今もファジーネーブルを飲むんだね』と男は微笑んだ。
『えっ?私、前もファジーネーブルを飲んでましたか?』
『うん。前と言うか、うん、まぁ前か。前だね』
男は考えながらも良くわからない事を言った。
『本当にすみません。私、前にこのお店でお会いしましたか?』笑顔で聞いてみた。
『うーん。あっ、いや気にしないで。』
男がそう言うタイミングでボーイがファジーネーブルを運んできた。
『じゃあ、カンパーイ』と言ってグラスを重ねた。
お互いに3杯くらい飲んだ頃
男は、目がとろんとしてきて、顔がハットに負けないくらい赤くなってきた。身体はソファにだらし無く座り、完全に酔い始めている。
きっとそんなにお酒が強くないんだろう。
『実は僕、、、』視点も合わなくなってきた。このまま飲ませていいのだろうか?
『予知夢を見るんだ。しかも毎晩。でも、この格好をしないと見れない。だから毎日この格好をして、毎晩予知夢を見るようにしている。
こんな格好、変なのは知ってるよ。でも予知夢が大切なんだ。
今日、君と飲むこと、君がファジーネーブルを頼む事は事前に知ってた。
実は三日前から同じ夢を見るから、意を決してこのお店に来てみたんだ。
今まで、3回も同じ夢を見ることはなかったからね。』
驚く事を言ってきた。これはギャグなのか?笑った方がいいのかな?
『ははは。面白い』私は手を組みながら笑顔で男の顔を見た。『それで会いに来てくれたんですねぇ。嬉しいー』
『うん。それで、予知夢ではこの後僕と君は、一線を越える。そう、大人の関係になるんだ。それも君は4回エクスタシーを感じるよ。
その証拠に、僕は君の左脇腹に3つのホクロがある事を知っている。』
確かに、私の脇腹には3つのホクロがあった。不自然に3つあるので、私はあまり好きではなかった。
と言うか、何だこの男。気味が悪くなってきた。
『えー、ホクロなんて無いですよぉ。』嘘をついた。
『嘘をつかなくていいよ。僕の予知夢は絶対だから。それに君は、嫌々でなくて切望して僕についてくるんだよ。』そう言うと男は私の手の上に手を重ねてきた。
身体に電撃が走る感覚がした。
『あっ、、、』
つい、小さな喘ぎ声を出してしまった。
なぜだ、下半身が疼いた。
『どうだい。もっと気持ちよくなりたいんじゃない。』男は目を見ないで、どこか遠くを見ている。
私の下半身は、急に意識を持ち始めた様に、ドクンドクンいい、私の身体を支配し始めた。
『全然、そんなことない、、、』私は精一杯の強がりを言った。兎に角誰にもバレてはダメだ。
『手を触っただけで気持ちいい。ここならどうかな』そう言って太ももを触ってきた。
頭がおかしくなりそうだった。
下半身がヒクヒクする。なぜだ。直接触られてもいないのに、身体がおかしな事になってる。
しかもまだ営業中にだ。
『さっき、4回エクスタシーを感じるって言ったけど、4回目で君は極限状態になってしまうんだよ。もうわかるだろ?』男は小さく誰にも聞こえない声だった。
そして、手を3センチほど動かした。
それだけで、もう私の身体はビクッと動いた。『ダメ、、、』もう自分ではどうしようも出来ない。ドレスの下は既にびしょ濡れだった。
乳首は勃起し、ドレスに擦れるだけで気持ちよかった。
過去、こんなことは一度としてなかった。
どちらかと言えば感じにくい身体だったのに、こんな真っ赤なハットをかぶった白斑メガネの黄色いスーツに手を重ねられ、太ももを触られ、少し手を動かされただけでかつて無い程に身体が感じていた。
男が、さぁ行こうかと言って立ち上がった際に、フラつきグラスに当たりグラスが床に落ちた。
パリーンと乾いた音がなった。
私は目覚めた。
家にいた。ここはただ寝るために帰ってくる家だ。良かった。私は帰ってこれたのだ。
今のはただの夢だった。
下半身は不思議なまでに濡れていた。
『入れるよ』
目の片隅に真っ赤なハットが見えた。