第3話【Purpose:ギルド】
怒涛の真実と不可解な謎が津波のように押し寄せてから一晩が経ち、宿の食堂で朝食を取っていると魔女が3階の部屋から降りて来た。
「なんで外れてるのかしら?」
「アクセサリーが嫌いだから外した」
降りて来て早々に俺の顔を見ては眉間に皺を寄せながら席に座ると朝の挨拶の前にこの一言だった。
「指輪1つで俺の行動が制限出来ると思ってたんなら大間違いだ」
「なら、なんで逃げなかったのかしら?」
「俺も聞きたいことがあるからだ」
なんちゃって目玉焼きを解しながら、俺は魔女を見る。
「なに?ちなみに旦那は居ないわよ?」
「俺のタイプはグラマラスな女だ」
スレンダーには興味ない。
ボンッキュッボンな女になってから言え。
「聞きたいことは2つだ。お前の名前は?」
「リウスよ。今はそう名乗っておくわ」
「そうか。じゃあリウス、昨日の夜言ってた事は本当なんだな?」
俺以外の異世界人に封印された話。
リウスが封印されていたダンジョンは100年前に出来た物。
きっとリウスを封印する為に作られたダンジョンなのだろうと仮説を立て、俺は質問する。
「公衆の面前でよく聞けるわね?」
「どうせ盗み聞きされないように細工してるんだろ?」
「あら、よく分かったわね」
「名前を言った時点でそうだと思ったよ。じゃないと答えてないだろ?」
巷では封印が解かれて淵落の魔女が現れたと噂が広まっている。
そんな噂話が蔓延している状態でこんな公衆の場で素性を晒す訳が無い。
いや、噂とかじゃなくて事実なんだが。
「意外と驚かないのね」
「異世界に来た時点で驚きのピークだよ」
「私こう見えてまだ未成年なの」
「それはビックリだな!?」
「冗談に決まってるじゃないの」
嘘だと分かってても本当にびっくりする。
やめてよそんな嘘。
「……私を封印した人間の名前は〝カトウ〟と名乗っていたわ」
冗談を言っていた口調とは思えない程にリウスの声色が重くなった。
腹を空かしていたのか、俺の皿から腸詰を1本摘み、そのまま口に運んだ。
「黒髪に黒い瞳。そして、有り得ない魔法を使って私を封印する為にあのダンジョンを作ったのよ」
モグモグと小動物のように頬張るリウスを見ながら、俺はまだ聞き慣れないダンジョンと言う言葉に眉間に皺を寄せる。
その表情を汲み取ったのか、魔女はダンジョンの説明をしてくれた。
「ダンジョンって言うのは、簡単に言えばその土地の魔素が留まり続けて作り出される自然現象よ。私もダンジョンの生成の研究をしていたけれど、どのタイミングで生まれるのか結局分からなかったの。だから普通の人間がダンジョンを生成するのは不可能なの」
「だけど、そのカトウって奴は人間離れを披露したと?」
「そうよ。でも、名前は覚えているんだけど容姿は全く覚えてないの」
「阻害系の魔法を使った……って事か?」
「その可能性もあるわ。あとはスキルを使われていたかもしれないわね」
「スキル?」
そう言えば邪神からそんな物をもらった気がする。
森でも見た事の無い木の実や動物の名前が勝手に表示されたりしてたし。
「その感じだとスキルも知らないようね」
「その通りですわよ」
「はぁ……スキルは個人が取得できる特殊能力みたいな物よ。確認したいならオープンって唱えれば自身のスキルが確認できるわ」
ほーん。見てみるか。
「オープン」
言われた通りに呟くと、目の前に半透明なプレートのような物が現れる。
【イシバシ・トウヤ】
【称号】
異なる世界の住人
【スキル】
鑑定(A) 隠蔽(S) 空間収納(S) 創造[クリエイト](S)
邪神の加護(0) 邪神の呪い(0)
……なんか、妙に物々しい。
AとかSって表記が気になるけど、一番気にしないといけない気がするのは、邪神系のスキルだ。
加護とかはまだ分かるけど、呪いって何だよ!?
呪われてんの!?あんな行ってらっしゃいムード満載だったのに!?
「どんなスキルがあったの?トーヤも異世界人だからきっと珍しいスキルが……」
俺のステータスを覗き込んだ瞬間、リウスの表情が固まる。
短い期間だが、こんな彼女を見た事が無い。
良く言えば、気品ある淑女のような彼女。
悪く言えば、自己中心的な悪女。
「えっと……リウスさん?」
「なんなの、これ……。どうしてSランクのスキルを取得しているの!?しかも3つも!?」
声をかけると同時に、慌て出すリウス。
「なにそれ?スキルにランクとかあんの?」
「ランクはCからA、それ以上はSと決められてるの。それより上の0ランクがあると聞いた事があるけど、実在するかは不明なの」
「ふーん。なるほどね」
リウスの言い方だと、この邪神系のスキルは見えていないようだ。
まぁ、見られて騒がれても困るから別に良いんだけど。
「ともかく、このスキルはあまり公表しない方が良いわ」
「なんで?」
「ギルドマスターや賢者、そして勇者でさえSスキルは1つしか持っていないからよ。それなのに一般人が3つも取得しているなんて前代未聞だわ」
「なら隠しとくか。えいっ」
面倒事を好まない俺は表示されるスキルを手でなぞると、鑑定以外のスキルが消えた。
「どうやって隠したの?」
「この【隠蔽】ってやつを使ったんだ」
鑑定で【隠蔽】スキルを確認した時に『干渉し得る全ての現象から隠れることが可能』と見えたので、スキルを試してみた。
その結果、俺の考えは正しかったようだ。
「はぁ……もう何されても驚かないわ……」
「そうか?なら、これはどうだ?」
最早諦めの境地にいたリウスの目の前で、皿の上のパンを掴み、そのまま床に落とす。
「パンを落として何をしているの?」
「そう見えたなら結構。もう終わってる」
「落とすくらいなら誰でも出来るわよ。はしたないから止めなさ──」
椅子に座った瞬間、リウスは何かに気付いたのか、自身の右手首を見る。
その後、怪訝な顔付きで俺を見る。
「高そうなブレスレットだな。値打ち物か?」
「……いつの間に?」
そう、俺はリウスが身に付けていたブレスレットを盗んでいた。
「パンを落とした時に盗らせてもらった。どうだ?驚いたか?」
「スリなんて趣味が悪いわよ」
「こんなのまだまだ序の口だ。お前が気付いていないだけだ」
当たり前のように俺の皿からパンを取って1口食べるリウス。
少し咀嚼した後、異変が起こる。
「んぐっ!?」
「返すぜ?その指輪」
リウスが口から出したのは、昨晩俺の足の痒みの原因だった【咎人の約束】
しっかり洗浄してあるので口に入っても問題は無い。
「私がパンを食べると予想してたの?」
「予想?違う違う、誘導しただけ」
手品のテクニックの1つで相手の意識を誘導する技がある。
俺はそれを使っただけだ。
「あなたは奇術師か何かなの?」
「惜しいな。俺は怪盗だ」
「怪盗?」
「相手を魅了する手品を使って窃盗を行う、それが怪盗だ。面白いだろ?」
「……よく分からないけど、返してくれる?」
「おっ?まだ何か盗られてると?」
「私のリングケースを返しなさい」
「ちっ、バレてたか。これで変な錬金術に引っかからないと思ったのに」
「少なくともトーヤにはもうやらないから安心してちょうだい」
「言質取ったかんな?」
懐から革のリングケースを取り出してはリウスに返す。
「さて、これからどうするの?この街にしばらく滞在するのかしら?」
「実はノープランなんだ。動く前にこの世界のことを知りたいから図書館みたいな所があれば行きたいけど」
「あら、意外と真面目なのね?」
「失礼な。どっからどう見ても真面目な好青年だろ」
「歴史が知りたいならギルドに行った方が良いわ。昔と変わってなければこの街のギルドは図書館より書物が沢山あるわよ」
俺の好青年アピールは無視ですか、そうですか。
「よし、行ってみるか」
つまみ食いされた少ない朝食を食べ終えて、俺達は宿屋から出てギルドへと向かう。