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第2話【Different World:異世界】 Ⅱ

「ぶぇっくしゅん!!」

「どうした異国のあんちゃん。風邪でも引いたか?」

 例のダンジョンから離れ、運良く荷物を運ぶ馬車を発見して1日と少し。

 呑気に馬を引いている男の質問に俺は怪訝な表情で答える。

「風邪なんてここ数年引いてないわい」

「そりゃ失礼。最近は流行病で病人が増えてるからな。彼女さんも気を付けろよ」

 ローブのフードを深く被る隣の女性に声が掛けると、女性も怪訝な表情で答える。

「私に病なんて効かないわ。体内に必要の無い菌を滅する錬金術を施して──」

「んっ!ん゛ん゛ー!大丈夫だよな!馬鹿は風邪引かないって言うしな!」

 慌てて言葉を被せ運転手に聞こえない大きさで女性に話し掛ける。

「さっき言っただろ!錬金術関連のワード禁止!」

「どうして?私は正直に答えだだけよ?」

「アンタがなんちゃらの魔女ってのがバレるからでしょ!」

 そう、この女性は先日ダンジョンで助けて貰った淵落の魔女さんだ。

 恩知らずの4人組にカッとなって魔女を連れて来たのだが、噂の広まりが予想以上だったので簡易的だがこうやってカモフラージュをして貰っている。

「本当にここで良いのか?もうすぐで街なのに」

 男が言うのも無理は無い。

 何故なら街までもう目の鼻の先だからだ。

「こいつが乗り物酔いが凄くてな。少し休憩してから向かうわ。ここまで乗せてくれてありがとう」

「そうか。なら気を付けろよ。西のダンジョンが崩落して淵落の魔女が復活したらしいからな」

 その魔女さんは今目の前にいらっしゃいますよ。

 男に手を振って見送った後、後ろにいる魔女に視線を向ける。

 水筒の水をクピクピと飲む呑気な姿は、本当に大罪人なのかと疑問に思うほどだ。

「噂広まんの早すぎじゃね?」

「当たり前よ。あのダンジョンは100年間誰も攻略した事の無いダンジョンだったもの。それが攻略されて崩落。話題にならない方がおかしいわ」

「いや、話題に上がってんのはアンタだからね?ダンジョンが崩落したのは二の次だからね?分かってる?」

 呑気を通り越して馬鹿だ。

 間違い無い。

「いい加減外しても良いかしら?暑くて堪らないわ」

「ダメに決まってんだろ。アンタは顔がバレてるんだから」

「もう必要無いわ」

 フードを取ると、魔女の左耳に見慣れないピアスをしていた。

 いつの間にこんなピアスを?

「これであなた以外の人間には違う顔に見えるようになったわ」

「それも錬金術か?」

「そうよ。錬金術は何でも出来るの」

 エッヘンと胸を張られても困る。

 張るならもっと強調する胸を用意しておけ。

 失礼な事を思いながら俺達は街に向かう。

 少し歩くと、どうやって建てたのだろう、石で出来た巨大な壁が街を囲み、入口である門は木製だった。

「……待つの飽きた」

 門の前では人が列を作っており、街に入るにも門番の兵士らしい者達に確認されてからじゃないと入れないようになっていた。

「仕方ないわ。ここは西の大陸で最大の街【ガルド王国】なんだもの。警備が厳重なのは当たり前よ」

「厳重……ねぇ……」

 魔女の言葉を聞いて俺は外壁を眺める。

 頑丈そうに見えるが壁の上に監視の目があるようには見えない。

 正面からの侵入は防げても上の警備がザルでは意味が無い。

 厳重とは程遠いセキュリティに落胆していると俺達の番になる。

 鉄製の鎧を装着した兵士2人に止められる。

「身分を証明する物はあるか?」

「身分?」

 マズい。異世界で身分を証明する物が無い。

 こんな所で偽造免許証なんて出してみようなら逆に怪しまれてしまう。

 それなら──

「俺達田舎から出てきたばかりなんすよ。だから証明する物は無いっす」

「では、ここには何の目的で来たんだ?」

「働き口を探しに来た。近くで1番大きくて安全な街はここしか無いって聞いてな」

 嘘は着いていない。

 無駄な争いを避けようと有り触れた理由と褒め言葉を並べると、この街出身なのだろうか兵士は満更でもない顔になった。

「そうか。お前みたいな奴は珍しくないからな。頑張れよ」

「通行料は銀貨3枚だ」

「はい。二人で6枚ね」

 懐から袋を出して色で判断して銀色の硬貨を6枚渡す。

 セキュリティがザルなら兵士もこれか……この街大丈夫か?

 難無く門を通り、この世界で初めて人で賑わう街に足を踏み入れた。

 街の内観は昔の外国の城下町のような感じ。

 コンクリートの建物は1軒も無く、全て石造りや煉瓦で作られている。

 映画のセットや小道具では無い、本物の異世界の街。

 安心感と圧巻と少しの脱帽感、そして拭いきれない元の世界への未練が入り交じり、何とも言えない思いになりながらただ景色を眺める。

 あぁ……本当に異世界なんだな、ここは──

「いつまで呆けているのかしら?」

 魔女の一言で我に返る。

 ちょっと魔女さん?今感傷に浸ってるんですけど?

「呆けてませんー。少し考え事してただけですぅー」

「そんな事より、これからどうするのかしら?」

「え?そんな事であしらっちゃうの?俺の珍しい神妙な面立ちをそんな一言で終わらせちゃうの?」

「あなたの真面目な顔なんて知らないわよ」

 素っ気無い返答をして俺の前に出る魔女。

 これが噂に聞くツンデレと言うやつか。

 いや、デレた所を1回も見てないぞ。

「ところで、これからどうするつもりかしら?」

「これから?んー……」

 ただこの街に来た訳では無い。

 何も知らずにこの世界に転生され、序盤から色々と巻き込まれて忘れていたが、まずはこの世界の事を知らなければならない。

 その為に歴史等の情報が知れる所を探したい──のだが。

「まずは休みたい。歩きっぱなしだったしさっきの馬車でケツが痛い」

 何事にも休息は必要。

 本能が身も心も安心して休める場所を欲していた。

「それなら宿屋へ向かいましょう。お金も困って無いようだし」

 魔女の目線が俺の上着に向けられる。

 先程見せた硬貨が入っている小袋を見ているのだろう。

「なに?この金はやらんぞ?」

「要らないわよ。それより、世間知らずの人がどうしてあんなにお金を?」

「持たぬ者より持つ者から盗るべしってな。あの時の4人からこっそりくすねておいた。結構あるぞ」

 なんのことも無い。

 生活する上で金は必要不可欠な物だ。

 あの4人には悪いけど、礼儀知らずだから謝罪の言葉は送らない。

「あなた窃盗の才能があるんじゃない?」

「窃盗じゃない。怪盗だ」

「怪盗……?」

「その反応からして、ここでは怪盗はいないらしいな。よろしい、ならばこの俺様が直々に怪盗とは何たるか教えて──」

「下らない話に興味は無いわ」

「さっきから辛辣すぎませんこと!?」

 先に歩き出した魔女を追う。

 観光がてら街を歩きたい気持ちに駆られたが、隣にいる超危険人物(仮)を連れて歩くと考えると、とんでもじゃないが気が気では無い。

 よって、宿屋に直行。

 寝て起きて情報を集めてから魔女と別れれば良い。

 そうしよう。

 そんなこんなで何事も無く宿屋に到着する。

「大人2人。部屋は別で」

「かしこまりました。グレードはどうなさいますか?」

「グレード?」

「はい。お値段次第でノーマル、スーペリア、デラックスと3段階に別れております」

 なんじゃそりゃ。

 ホテルみたいな設定じゃんか。

「だったら、ノーマルでお願い出来る?」

「かしこまりました。宿泊日数は何日でしょうか?」

「うーん……とりあえず2日で。追加したい時は言うよ」

「かしこまりました。料金はお1人銀貨8枚になります」

「はいはい、8枚ね」

 小袋の中を探って銀貨を取り出す。

「ついでに私の分も良いかしら?」

「良いわけ無いかしら?」

 なにをさらっと奢ってもらおうとしての?

「通行料を払ってくれたじゃない。それに、私お金持ってないよ?」

「はぁ!?ふざけんなよ……」

 それもそうである。

 どんな理由かは知らないが、100年封印されていた魔女さんだ。

 無一文でいる方が自然である。

「はい、丁度お預かりしますね。こちらが鍵になりますので、無くさないようお願いします。あちらの階段から登って頂きますとお部屋になります」

 受付から鍵を受け取り、促された通りに部屋へと向かう。

「ふげぇぇ……久々のベッドじゃぁぁ……」

 久しぶりの柔らかい寝床に体を預ける。

 誤魔化していたが、体が限界に近かったのもあっていつの間にか意識が途絶える。

 仮眠を取っていると、夕陽が俺の顔に差し込み目を覚ます。

「ふわぁ〜……眩しっ……」

 この世界にも夕日はあるのね……と夕焼けを眺めながら、今後の行動について考える。

「さて、とりあえず図書館的な場所を探すか。こんだけ広いんだから無い訳がないだろうし。問題はその後だ……」

 夕日が沈みかけ、夜空と夕空の幻想的なグラデーションの景色を見つめながら、次は魔女の事を考える。

「あの4人があんなに警戒してたくらいの危険人物とずっと一緒に居たくないしなー……かと言って身寄りの無い状態でほっぽり出すのもなー……」

 魔女の詳しい事情は知らない。

 封印されていたと言う事は本当に罪を犯したのだろう。

 そもそも、どんな大罪を犯せば死刑では無く封印されるのだろうか?

 そして、その封印の方法にも幾つか疑問が生じる。

 何故あのように短剣が鍵となって封印が解除されるような仕組みになっていたのか。

 何故あの場所に封じ込められていたのか。

 謎が謎を生み、考え事のデススパイラルに呑まれていると、香ばしい香りが鼻腔を刺激する。

「ん?どっかで夜飯でも作ってんのか?」

 気分転換に空気を換気しようと窓を開けると、その香りが余計に強くなる。

 夕日はすっかりと沈み、夜空が世界を覆っていた。

 街灯の光が道を照らし、仕事終わりの人々が疲れ切った顔付きで飲食店に入って行く様子が伺えた。

 そう言えば、こっちに来てからまともな飯を食ってなかったな……

「……うん、考えれば考える程ドツボだ。あの魔女さんの事より夜の街でも堪能して──」

 生理現象でもある空腹に身を委ね、鼻歌を歌いながら呑気にドアノブを握──

『予想通りの行動を取るのね、あなたって』

「うえっふぇい!?」

 突然声が聞こえ、俺は驚きながらドアノブから手を離す。

 この声……まさかっ!?

「淵落の師匠!?」

『あなたを弟子にした覚えは無いわよ。なんで最後を間違えるのかしら』

 お茶目なボケにもしっかりと対応してくれる。

 意外と出来る人なのね魔女さん。

『あなたが逃亡しないようにこっそり指輪を付けさせて貰ったわ』

「指輪?手に指輪なんて無いぞ?」

『誰が手と言ったかしら?足の親指を見てみなさい』

「足?んなぁ!?」

 靴を脱いで確かめると、右足の親指に銀色の指輪が確かに嵌められていた。

「通りで足が痒いと思った!」

『人の錬金術を痒みの原因にしないでもらえないかしら?』

「これも錬金術か!取れねぇ!」

『【咎人の約束】よ。術者と装着者の思念会話が可能になるわ。装着者の任意で着脱が可能で、無理矢理外すと生命に支障をきたす指輪よ。これであなたの行動を制限させてもらうわ』

 え?死ぬの?

 なんちゅう物嵌めてんの!?

「何が制限だ!何人たりとも俺を縛る事は出来ない!」

 俺は窓の桟に手をかけ逃走を図ろうするが……

「ギャギャギャギャギャ!?」

『言い忘れてたけど、術者から一定距離離れると精神に電撃が走るようになってるわ』

 体に電撃が走ったような感覚に見舞われる。

 魔女の言葉通り、俺は黒焦げにはならずその場に倒れる。

 なるほど……通りで汚れ知らずの体のままなのか……

 俺は諦めて、立ち上がってはベッドの上で胡座をかく。

「それで?呪いの指輪を嵌めてまで俺に聞きたかった事って?」

『そうだったわ。名前聞いて無かったから聞こうと思って』

「そんな理由で俺の行動制限したの!?」

『いい加減あなたと言うのも疲れたのよ』

 理由が理由なだけあって驚きは呆れへと変わる。

 気を張っていた自分が馬鹿みたいだ……

「はぁ……トウヤだよ」

『トーヤ?珍しい名前ね』

 緊張感の緩急に惑わされ、思わず本名を口にした。

 いや、ここは正直に名乗っておいた方が良い。

 そう本能が告げた……ような気がした。

「そうか?俺の生まれた所だとそんな珍しい名前じゃなかったけど?」

『しかも黒髪に黒瞳……やはりそうね』

 暫しブツブツと独り言を零す魔女だったが、衝撃な質問が来る。


『トーヤって、異世界人でしょ?』


 まさか異世界に来てすぐに正体がバレてしまったのだ。

 思念が筒抜けと言っていたので俺は無心を装って答える。

「……なんでそう思う?」

『トーヤとここに来るまでの間の会話を聞いておかしな点が幾つもあったわ。錬金術はともかく魔法を知らないなんて不自然すぎる』

 だとしたら、だいぶ序盤で怪しまれていたようだ。

『あとは、そうね……この世界に〝黒髪に黒瞳の人種は存在しない〟わ』

「存在しない?少ないじゃなくてか?」

『この世界の人間は自らが持つ魔素に影響されて体質が変化するの。今日街にいた人間に自分と同じ髪色の人を見たかしら?』

 思い返すと、ここに来るまで様々な人を見たが彩り鮮やかな髪色の人はいたが黒髪は見かけなかった。

 瞳の色までは気にしていなかったが確かに黒瞳もいなかったような気がする。

『ちなみに、黒髪の人間はあなたで2人目なの』

「2人目?他にもいたのか?」

『えぇ。その人間は私をあの場所に封印した張本人よ』

 ……はぁ!?

 急な展開に思わず体を飛び起こす。

「おい!どういう事だよ!?」

『詳しい話は明日にしましょう。久しぶりのベッドだから眠いわ』

 こういう時マイペースは困る。

 聞きたい事が山程あるのだが、魔女からの応答は無かった。

「俺以外の異世界人……ねぇ……」

 独り言を呟くが返答は無い。

 一方的に尋ねただけで、本当に寝たようだ。

「他にもいるなら最初から言えっての」

 淵落の魔女が封印された理由。

 俺以外に転生をしたと思われる人物。

 大きな謎が更なる謎を生み、第2の人生を優雅に謳歌する予定にヒビが入って行く。

 そんな気がした。

「……夕飯食べる気失せちまったじゃねぇか」

 掌で【咎人の約束】を転がしながら、他人事のように昇る2つの月を、憎たらしく見上げた。

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