8月15日 1話
8月15日
お盆休みは今日が最終日ということもあって毎年恒例のUターンラッシュを迎えている。朝のテレビでも
「東阪自動車道では本日も上り線で60キロ以上の渋滞が見込まれます」
という女性アナウンサーのこれまた毎朝恒例のうれしいのか悲しいのかよくわからない少し甲高い声での道路交通情報の読み上げがされていた。そして当然のことながら鉄道に関しても
[東陽新幹線の指定席は本日朝の時点で全列車満席となっております。また自由席に関しましても多い列車では乗車率が200%を超える予想です」
と言っていた。そして今、僕、長田 秋夜が乗っている新幹線もご多分に漏れず車両の中に座面が見える席は1席もない状態だ。お盆休みからのUターンラッシュとあって泣く子供、それをあやす母親 行楽帰りのような服装をした年配のグループ、お盆だというのに息つく暇もなしにノートパソコンのキーボードをカタカタと打ち続けてるスーツ姿のサラリーマン、そして僕の隣の席にもイヤホンを付けながら音楽を聴く体格の良い若い男性
「きゅ~ん♡ きゅ~ん♡ マジカルラブリ~ あなたのコ・コロ 奪っちゃうニャン♡」
おまえ…… 今回は見逃してやるから目的地に着いたら密閉型のイヤホンを買うべきだ。こんな曲、自分の外に漏らすんじゃないニャン
……っはっ! やたらとハイテンションな曲調と破壊力?抜群な歌詞のせいで僕にまで語尾が移ってなかったかニャン♡
まぁ……車内は休日らしいほど良い喧騒に包まれているな。
「まもなく 大片 大片に停車いたします お出口は左側です」
おっと、もう大片か 目的地の東苑まであと3駅だったかな。さてと、ニュースアプリで野球速報でも見ようか。今日の東ハムの結果が早く見たい。きょうは絶対に落とせない6連線の初日なのだ。しかし今日の相手の先発はここ3試合で1点しか取られていない山岸だ。山岸から得点を取れていることを祈ってまずはスマホの指紋認証!
そうスマホに親指を近づけたときだった。
[ガクンッ]
新幹線の車内の電気が消えたのだ。そして、その瞬間まるで指揮者が指揮棒を思いっきり振り落としたかのように
「きゃあ!!!」
文字通り老若男女問わずほとんどの人がそう声を上げた。無理もない。停電なんていつ経験しても、例え太陽が出ている時間であっても慣れないものだ。かく言う僕も少し声をあげてしまったし……
まぁ停電くらいなら今日中には直るだろうとこの時は思っていた。それより早く野球の結果を見てしまおう。
………
あれ?
携帯電話が圏外の表示になっている。おかしい。ここは人がたくさんいるであろうそこそこ都会の駅なのに、格安とはいえ99%人がいるところには電波が入るとcmで散々謳っているcc mobileの電波が入らないとは考えられない。
そして車内でも同じように携帯を確認したのであろう人から「えっ」 「繋がらないなぁ」という声が聞こえ出す。どうやらこの障害はcc mobileだけじゃないようだ。
ただおかしなものだ。今日の天気予報では最終日にふさわしい快晴としか言ってなかったからまさか変電所と携帯の通信施設に雷が落ちたとは考えにくいし、まず、宇宙空間に浮かんでいるGPS衛星から送られてくるはずの位置情報も?マークが出てることからケーブルがネズミに齧られたということもなさそうだ。宇宙で衛星を齧っているネズミなんているわけがないしな。
停電から20分ぐらい立っただろうか。依然何一つ状態は変わってない。
「ーーーーーーー、ーーーーーーーーー!」
ん?よく学校やイベント会場にあるメガホンを通した少し音割れや歪みのある声が聞こえてきた。しかし喋っている人が遠いのか音が小さすぎて全く聞きとれない。
「し???は、??じ??、??あわせ?」
おっ、少し聞こえてきたぞ。もうちょっとだけ近づけば全部聞こえるはずだ。
「新幹線は、電磁パルスの影響で、上下線で運転を見合わせしております」
ん?電磁パルス?聞き慣れない単語だな。とにかく何であっても早く直してもらいたいものだが。
「大変なことになってしまったでごわすね」
ん?(2回目)今至近距離から話しかけられた気が?恐る恐るしゃべった人がいるであろう方向を振り向いてみると
「これはまずいでごわすな。兄ちゃん」
さっきまでイヤホンで痛すぎる曲を聴いていた若い男が話しかけてきてた。いや……
ツッコミどころが多すぎるだろ……
ごわすなんて語尾使っている人が現代にいたのか。しかも昔「ごわす」を使っていたとされている恰幅のいいあの偉人がどうしても頭に浮かんでしまうせいで「ごわす」という語尾が結構あっているところも卑怯だ。
「ええ、そのようですね」ととりあえず返しとこう。それより今は「ごわす」という語尾がツボにハマって今にも笑ってしまいそうだ。
「電磁パルス。別名EMP。ミサイルの爆発などで強力な電磁波が放出されそれにより一定の範囲内において電子機器内に強い電気が貯まることにより電子機器の正常な動作を妨げる現象でごわすね。理論上だと長い例では1年以上正常な動作をしなくなることもあるらしいでごわす。」
この「萌えごわす」男、何者だよ。アニメだったらその語尾のキャラは絶対電磁パルスなんて言葉を知ってたらダメなタイプだろ。
ただそれよりも衝撃的なことを「萌えごわす」男は言っていた。
「1年…… ですか?」
「ごわす。理論上そうなってもおかしくないでごわす。」
「つまり、この携帯も?」
「ごわす。」
携帯はどうやら今後一年間は使い物にならなくなってるかもしれないらしい。その現実が現代のネット社会ではどんなに致命的な一撃なのかを理解するのには時間など掛からなかった。
「いずれにしても、安全の確認が取れるまでは汽車が動くことはないでごわすね。少なくとも今日中に動くことはまず無いと思うでごわす。」
新幹線のことを汽車という人が現代に存在したのかということはとりあえず置いとくとして、今日中に目的地に辿り着くことはないらしい。こんな語尾を使っている人の言葉なのにこの状態では妙に重みがあった。
「とりあえずは兄ちゃんは車内で待っているのがいいでごわすな。わっしゃは駅の人に状況を聞いてくるでごわす。あともし非常食が配られたらわっしゃの分も取っといてほしいでごわす。種類はなんでもいいでごわす。」
ここは萌えごわす男の話を聞いておくのが一番安心だろうと不思議と思った。「わかりました」と返事をするとアニメでは真っ先に非常食を全て食べ尽くしてしまいそうなごわす男はデッキに消えていった。
もうすぐ日が暮れるだろう。ほんの数十分の間でコンピュータをシャットダウンしたように今まで当然のようにあったものが失われていった。失われたものが再起動する時間はいつなのだろうか?詳しいことがわからないまま過ごす時間はすごく虚しく、僕の不安のバロメーターをあげるには十分だった。