ストケシア
卒業する三年生の卒業パーティも無事に終わり、後は生徒会長であるレオナルド殿下が挨拶をする入学式が控えているだけで、比較的落ち着いた時期。
私は、まだまだ学生の身分であるが、魔法薬師として活動していきたいことを父に話そうと思っていた。
「お父様、今よろしいでしょうか」
学園を終え屋敷に帰ると、制服から自宅用のカジュアルなドレスに着替えた私は、父を訪ねた。
ああ。と返事があり、失礼しますと中に入った。
無駄な物が一切ない、父の書斎。
高級感のある革張りのその椅子に座るのは、あまり表情の変わることのなく、見る者に冷たい印象を与える、私のお父様。
続き扉の先は寝室になっている。小さい頃はよくお父様のベッドに潜りこんだのを思い出す。叱りながらも仕方ないと一緒に寝てくれるお父様が大好きだったあの頃。いつからだろう、家族の間に溝が出来たのは。
「どうかしたか」
「ええ、お話があります」
「……魔法薬師の話か」
「エリアス様からご連絡が?」
「ああ、自ら私を訪ねてきた」
私が話出すとそう返事したお父様に、エリアスの行動の速さに驚いてしまう。
しかもお父様と会っていたなんて聞かなかった。
身分が上であるそれも当代のハワード家の当主に会いに来るなど、エリアスは相当肝が座っている。
「そうなのですね、では手短に。許可だけ頂ければ、ハワード家にご迷惑は絶対にかけない事を誓いますわ。お許し下さいますか」
「……ああ。構わない。だが、迷惑をかけないとはなんだ」
「ええ、金銭面や家の名前を使うことは致しませんので、ご安心ください」
「安心……? この家の娘が何故迷惑をかけてはいけないんだ。それに最近はあんなに好きだったドレスや宝石を買わなくなっただろう。遠慮しているのか? 忙しい私やセドリックはお前に構ってやれなかった。だからせめて金の心配などせずとも、買い物ぐらい楽しめばいいのだ」
父のその言葉に、目玉が落ちるんじゃないかというぐらい目を見開いた。
――貴族令嬢として褒められた表情ではないが、今は許して欲しい。
お父様とセドリックお兄様は、私の事を疎ましく思っていたのではなかったの? じゃああの国外追放された前世は一体。
家を取り潰さないことを条件に、父も兄も私を切り捨てた、と私を断罪したダレンが言っていた。
「わたくしは、お父様とお兄様は私の事を疎ましく思っているのでは、とそう感じておりました……。違う、と仰るのですか?」
「まさかと思っていたが、エリアス君の言ったことは本当だったのか」
「エリアス、様……?」
「……ああ、私がお前を嫌っていると、そう言われたんだ」
「ええ、言いましたし思っていました」
「……世界で一人しかいない娘を誰が嫌うというのだ。もちろんセドリックもお前を愛している。……元々私は、感情表現が得意ではないのだ。すまなかった。まさかルーシー、お前がそんな風に思っているなどと信じられなくて、エリアス君を叱ってしまったぐらいだ」
なんて事なんだろう。私は、ちゃんと愛されていて、もうずっと長い間、誤解していたとは。
どうでもいいなどではなく、愛されているからこそ、私のわがままは許されていたのだ。
「……誤解しておりました。申し訳ありません」
「謝るのは、この父とセドリックだ。そんな事も知らずに、生徒会で活躍するお前をセドリックと共に酒を交わしながら呑気に誇らしいと喜んでいた」
「……いえ。喜んで頂いて、とても嬉しく思います」
「いつだって、私たちはルーシーを尊重しようと思っている。今回の魔法薬師の話も応援するつもりだ。迷惑などと思わず家の物なら名前だってなんだって使ってくれて構わないんだ」
お父様のその言葉に、目頭が熱くなる。
「ありがとう、ございます。出来るだけ自力でやる心積りではありますが、もしもの時はよろしくお願い致します」
「ああ、もちろんだ。いつでも相談してくれ」
そんな優しい言葉をくれたお父様に、ここでふと聞きたくなった。
「お父様……。もしもの話なのですが、わたくしが大きな罪を犯し、国外追放を言い渡されたらどうなさいますか」
「……なんだ? その荒唐無稽な話は。裁判によって国外追放を言い渡されるのか? そんな刑はないはずだが」
「ええ、裁判ではないですわ。私より身分の上のお方から直接言い渡されますの」
そして、私を切り捨てれば、家の取り潰しはなくなるとも。
お父様はありえないと、言った。
仮に国王陛下暗殺などという大罪を犯せば、可能性は無い事もないと言ったが、それでもわからないかもしれないと。
私の国外追放も、それこそ絶対にありえないと。ハワード公爵家がそんな事させるはずがない。仮に追放されたとしても何をしてでも、連れ戻し、追放した人間を跡形もなく捻り潰すと言っていた。
「もし、言い渡したのがダレン殿下だとしても?」
もしも、と言っているのでつい名前を言ってしまう。……が、お父様は鼻で笑った。
「ふん、あんな小僧を捻り潰すなど造作もない。王家で一番力も支持もないボンクラだ。お前がダレン殿下を好きだと言った時は円形脱毛症になるほど悩んだ」
そう、なんだ。……円形脱毛症は本当に申し訳ない。
「ダレン殿下の婚約者に、まだなりたいのか」
「ありえませんわ。わたくしも目が覚めました」
「……そうか。ここ最近で一番の朗報だ。セドリックも喜ぶだろう」
常に私を尊重したいと言ったお父様でも、ダレンとの婚約は反対だったのだと知る。
色んな誤解があったけれど、本当はこんなに愛されていたんだと知って、とても嬉しかった。
「ひとつだけ、そのもしもの話だが、罪の意識でルーシー自ら王国を出たとしたら、お前の気持ちを尊重して、探さないだろうな」
そのお父様の最後の言葉に、納得がいった気がした。
――私はダレンと後ろで操っていた何者かに、自ら王国を逃げ出した事にされていたのかもしれないと、そう思った。
☆
「お父様に、無事話が出来ました。エリアスさんもわざわざ父に直接話をしてくれたみたいで、ありがとうございます」
「この話をはじめたのは俺だしね。礼はいいよ。でもよかったね。だから言ったでしょ、大丈夫だって」
「はい、エリアスさんは父と兄の気持ちを知っておられたんですね」
「知ってるも何も、上位貴族ならハワード公爵家の娘への溺愛ぶりは誰でも知ってるよ。だからあんたに疎ましく思われてると聞いた時、驚いた。知らなかったのはあんただけだったよ」
「……一時的に寮に住んでいた時ですね。父は尊重してるつもりだったと言っておりました」
「だろうね。あと、実は俺の家からカールトン商会に連絡を入れるつもりだったんだけど、ハワード公爵自ら連絡してくれるみたいで、もうほぼ確実だよ。あんたの家は、あんたが思っているよりすごい家なんだよ」
そう言って、同時に出国や入国の手続きも進んでいる事も教えてくれた。
「当の本人の私が一番何もしていない気が……」
「あんたは魔法薬師として働き始めた時が一番大変でしょ。今は任せられるところは任せておけばいいよ」
☆
入学式が終わりしばらくすると、学園の長期休暇に入る。
これを利用して、ストケシアに入国する手筈となっていた。
前世の私のように、魔法を使える程の魔力を持たない魔法使いの入国は簡単だが、普通に魔法が使える魔法使いの入国は身元を隅々まで調べられ、問題がないと許可がおり入国できるようになる。
その許可がおりたのは、休暇初日である昨日だった。
今日はすぐ出国しようということで、ストケシアに向かう船に乗るため、港に来ていた。
「あの、何もここまで豪華な船じゃなくても」
「俺もそう思ったんだけど、ハワード公爵が譲らなかったんだ。仕事で見送りにもいけないんだからせめて快適に旅をしてほしいって、世話になるからって俺の費用まで支払ってくれたよ」
前世で積まれるようにして乗った船とは、大きさも豪華さも段違いの、豪華客船だった。
速度も速いらしく、一週間程で着いてしまうらしい。一泊いくらするのか怖くて聞けない。
「しかも、スイートルームって……」
「出たよ、令嬢らしからぬ発言」
「エリアスさんは、やはり慣れてますよね」
「これでも侯爵家の次男だから。正直、スイート以外に泊まったことがないね」
普段あまり貴族然とした雰囲気のないエリアスであるが、この豪華なスイートルームにいてもなんの違和感も感じないのはさすがである。その容姿もあって、絵になるぐらいだ。
「じゃあ俺の部屋隣だから。着替えたらまた迎えにくるから、食事しにいこう」
そう言ってエリアスは私の部屋を出た。
☆
豪華客船ともあり、一週間ずっと快適な旅であった。
事前に申請した許可証もある私たちは、スムーズにストケシアへと入国したのだった。
「懐かしい……」
前世ではじめてストケシアに来た時より、過去ではあるが、なんら街並みに変わりはなかった。
「十一年住んでた記憶があるんだよね、そういえば。どこか行きたいところあるの」
「ええ、ひと目でいいので、娼館の人達の姿が見たいです。
……ですけど、私は性別的に中には入れないので、諦めます」
「俺が代わりに見てこようか? 最近ご無沙汰だし」
冗談なのかよくわからないトーンでそう言うエリアスには丁重にお断りしておいた。
「そういう事は、別の娼館でお願いします。知ってる人達がエリアスさんと、って考えると何とも言えない気持ちになります」
「冗談なのに。今回は遊びが目的じゃないしね」
「冗談は、冗談の顔をして言うべきです」
「なに冗談の顔って」
その日は、宿に直接向かい、明日のロイとの商談に備えることとなった。
例に漏れずとった高級宿は、もちろん最上階の豪華な部屋で。
「安全を買ってると思えばいいんだよ。とくに女性は。……いい加減つっこむのめんどうだから慣れて」
とうんざりとした様子のエリアスにそう言われたのだった。
☆
「おはようございます」
「おはよう……ってえらい気の入れようだね」
「そ、そうですか? 気のせいでは」
エリアスの指摘に誤魔化すように目を泳がせた私は、かなり早くから用意をはじめ、念入りにメイクをし、髪を整え、この日の為に購入したお気に入りのワンピースを着ていた。
普段忙しいと理由をつけて身なりに最低限にしか気を遣わない私なのだ、気づかれない方がおかしい。
でもロイに恋人がいようがいまいが、少しでもロイによく思われたかった。
「まあ、なんでもいいけど」
「エリアスさんは何もしなくてもいつも完璧ですもんね。羨ましい限りです」
「思ってないでしょ」
確かに思ってないです。適当な事言ってすいません。
朝食をとり、カールトン商会へ向かった。
「お久しぶりでございます。カールトン様」
「よく来てくれたね、ハワードさん。お久しぶりです」
今日は商談なので、お互いファミリーネーム呼びだった。
学園に来た時と変わりなく優しい雰囲気のロイのその隣には、小柄な女性が一人。
「この人が、文化祭にお邪魔した時に言っていた恋人のセイラ・ユーストン。今日は同僚として仕事で来てもらっているけどね、これから会うことも多いだろうし、先に紹介しておくよ」
いきなりきた恋人の紹介に、胸がズキリと音を立てる。
セイラさんというその人は、すごく可愛らしいタイプの見た目の人で、私の容姿とは正反対だろう。すごく、穏やかそうで優しそうだった。
ロイと並んで仕事が出来るという事は、頭もすごくいい人なんだろう。
ドロドロとした感情が湧いてくるのがわかる。この人がロイの全てを貰える人。
固まった私に気づいたらしいエリアスはそっと肘で私を小突いた。それにはっとする。
「……ご紹介ありがとうございます。アスター王国からやってきました、魔法薬師のルーシー・ハワードと申します。こちらは、私をここまでサポートしてくれた、エリアス・ウィーラーさんです」
「よろしくお願いしますね。ウィーラーさんも。貴方のお話はロイから伺っていて、すごく綺麗で頭が良くてしっかりした人だと聞いていて、ずっとお会いしたいと思っていたの。でも想像以上だわ。ストケシア語もすごく上手だわ」
ロイとそう呼び捨てにするその声にまた胸が痛くなる。なんとか、そんな事ありませんと謙遜したが、顔が引きつってないか心配になった。
「ええ、ルーシーはとても優秀です。魔法薬の確認もしましたが、一級品です。ぜひそちらの商会と専属契約をして、ルーシーの魔法薬を独占で扱って頂けたらと、連絡させて頂きました」
私の心情などお見通しだろうエリアスがそう言ってくれる。
だけど、優秀なのはあなたでしょう。僅か数ヶ月で、下地はあったというが、ここまでストケシア語を聞いて喋るようになってしまった。
「こちらとしては、願ってもない話で、連絡を頂けた時はそれはもう驚きました。それも専属契約していただける魔法薬師が、ハワードさんだったなんて」
そこから用意していた、すぐ効果のわかる回復系魔法薬の確認をしてもらうと、トントン拍子に契約が決まった。
魔法で自らの指を傷つけたエリアスが魔法薬を垂らすと、一瞬にして傷が塞がり治った。
この実演は私がやる予定だったのだが、俺にも仕事をくれないと困るといって譲らないエリアスに根負けしてしまった私は、結局エリアスに任せる事になってしまった。
回復系の魔法薬を見るのは二人ともはじめてだったらしく、大いに驚いていた。
「一番得意としているのは、美容系の魔法薬なんです。一番効果のあるものは、使い続けないとそのあと徐々に戻ってしまうのですが、十歳ほど肌が若返ります」
「……なんてことなの。そんなのみんな欲しがるにきまっているわ。飛ぶように売れるでしょうね」
三日ほどで効果が出るそれをセイラに渡し、試してもらうようにいった。ロイと同い年の十八歳で、肌はまだまだ若々しく艶があるが、八歳と比べるとさすがに効果が分かると思う。
「すぐに申請して、魔法薬販売の許可を取ります。ハワードさんの経歴であれば、すぐに許可はおりるでしょう」
「よろしくお願いします。全て整ったあと、アスター王国から魔法薬を送ります」
細かい事を話し合ったあと、契約書にサインをして無事ロイとの専属契約を果たした。
「こうして、契約も決まりましたし、よろしければ祝杯ということで、食事ついでに乾杯しに行きませんか? いい店を知っているんです」
という言葉で、私たちは一緒に食事をする事となった。
エリアスには小さな声で大丈夫なのかと聞かれたが、これは私の決めたことだ。
プロポーズをする予定の恋人がいようと、どんな形であろうとロイの近くにいたいとそう決めたのは私なのだ。辛くない訳ないが、それでもやはりどうしても、と思ってしまう。
☆
カールトン商会から少し離れたそこにあったそのお店は、オシャレだが気を遣わない気軽なお店だった。お酒の種類が豊富で、庶民的だが美味しい料理ばかりだった。
「ルーシーさんも、エリアスさんもとっても綺麗でカッコよくて、お似合いね。恋人同士ではないの?」
お酒も入ったということで、すごくラフな雰囲気だった。
「さあ、どうでしょう」
「ちょっと、エリアスさん! ……恋人ではありません」
エリアスが意味深な表情でそんな事を言うので、慌てて否定する。
意味は無いのかもしれないが、ロイには恋人がいるなんて嘘でも思われたくなかった。
普段絶対にそんな事言わないし、異性と意識していないとすら言うのに、なんで今そんな事言うんだ。
「どっちが正解? ルーシー嬢が照れているだけだとか?」
おもしろそうに目を細めてロイはそんな事を言う。本人は想像すらしていないだろうが、その言葉にがしがしと傷口を抉られている気分だった。
「……冗談です、付き合っていません。学園の生徒会仲間です。それに王国ではどちらも一応上位貴族なので、気軽にお付き合い出来る立場でもないんです」
傷つく私を察して、悪いと思ったのか、今度は真面目にそう言った。
「そうなの。身分制度があるってそういう所も厳しいのね」
「ええ、それにくらべてここは自由でいいですね」
「そうなのかもしれないわね、エリアスさんぐらいの歳の男の子なら遊びたいざかりよね。ってあらやだ、一つしか変わらないのに、なんだかおばさんくさいこと言ってしまったわ」
「次男ですし、男にはそこまで厳しい国ではないので、俺はそこそこ遊んでますよ」
正直者のこの男は、はっきりと遊んでると初対面の人達に堂々と言っていた。
「エリアスさん、そんなにはっきり言うのね。でもあなたの容姿だと、なんだがきまって聞こえるから凄いわね」
「そうだね。エリアスくんだからある意味許されそうだ」
そんな言葉に笑い声があがる。
「でもね、この人も結構もてたのよ」
「僕の話はいいよ。誰も信じないから」
「……いえ、そうだと思います。話していてもよくわかります。……セイラさんが羨ましいくらい」
謙遜するロイに、ずっと聞き役だった私が、思わずそう答えてしまう。
エリアスの方からすごく視線を感じたが、気付かないふりをした。
「ルーシー嬢は文化祭の時もそう言ってくれたよね。君みたいな素敵な女の子にそう言って貰えると、嘘でも嬉しいよ」
「嘘じゃ……ありません」
「私もルーシーさんみたいな人にロイを褒められると、私の目は間違ってないと思えて、すごく嬉しいわ」
そういう二人は、幸せそうに見つめ合っていた。
私を素敵な女の子だと言って喜ぶロイに、嫉妬する態度も見せないセイラ。私なら顔には出さないだろうが、絶対にセイラのような発言は出来ない。
心配にならないぐらい二人の絆が強いというのを見せつけられたようだった。
☆
初対面だと思えないほど盛り上がった私たちは、結構遅くまで飲んでいた。
ロイもエリアスもお酒が強く、お互い勧めるまま飲んでいたので、酔っ払っていた。
ロイとは結婚までしたのに、酔った姿を見るのははじめてで、その姿に嬉しさと切なさが広がる。
「本当にこんなになるまで飲んで」
「今日はめでたい日なんだよ。すこしくらいいいだろう? ねえ? エリアス君」
「ええ。お互い連れが居ますしね、問題ありません」
「ちょっと、私たち女性組を頼りっきりにしないでよ。ねえ、ルーシーさん」
「そう、ですね。……本当に今日はお二人共飲み過ぎなので、エリアスさんを宿に連れて帰ります。ロイさんもセイラさんもお気をつけて帰ってください」
「そうね、しばらくはまた会えるのだし。二人も気をつけてね、おやすみなさい」
そう言って別れた二人の背中を見えなくなるまで見送った。
「あんた途中泣きそうな顔してた。大丈夫なの」
フラフラと歩くエリアスに肩を貸し、支える。こんな事、アスター王国では絶対出来ないが。
「エリアスさんこそ大丈夫ですか。いくらお酒が強いからって完全に飲み過ぎですよ」
「あ、話を逸らした。まあいいけど。今日はあんたの辛そうな顔を見すぎて、飲まなきゃやってらんなかったの。つまりあんたのせい」
所々呂律があやしいエリアスは、アスター王国語に戻っており、酔っ払ったのを私のせいだと言ってくる。
「それは申し訳ありませんでした。ほら、もう宿に着きますよ」
並んで取ったエリアスと私の部屋は隣同士なのだが、エリアスは相当酔っているのか、自分の部屋に入ろうとせず、私の部屋に強引に入っててきて、私を抱えたままベットへダイブした。
「ちょっと、酔っているにしてもタチが悪いですよ」
「別にいいでしょ、平気で俺より経験があるとかいうくせに」
「……エリアスさんの遊んでる発言に対抗しようかと思って……冗談ですよ。事実ですけど……」
冗談なのに事実とか訳の分からないことを言ってしまった私をエリアスはジト目で見てくる。
「本当かどうか俺で試してよ」
「……いいですよ、私でいいなら、試しますか?」
酔っ払いにむかつくという子供っぽさ全開の私は、からかってやろうとそんな事を言った。
エリアスは数秒目を開いて固まったあと、
「……本当に?」
と真剣な顔で聞いてきた。
「……それこそ冗談に決まってるじゃないですか」
「……あんたもうほんとやだ」
してやったり、とニヤニヤしていると、突然顎を掴まれて、強制的に上を向かされた。
なんなんだと思っていると、唇に柔らかいものがあたり口内に温かいものが入ってきた時、キスをされてるのだと気がついた。
「んっ、ちょっん」
後頭部は押さえられていて、離れることができなかった。
巧みな動きをするその舌に散々口内を舐め回され絡められた私が解放されたのは、随分経ってからだった。
「ちょっと、エリアスさん。これは悪ふざけが過ぎるんじゃないですか!」
「美味しかったよ、あんたのファーストキス」
反省の色は全くない。
そして、前世の記憶がある私はファーストキスだと思っていない。
「……もういいです。私はソファで寝ますから、もう寝てください」
そう言ってベッドから出ようとした私は、腕をぐいっと引っ張られ、エリアスの上に被さるように転んだ。
「ちょっと!」
「だめ。これは俺の好きな匂いだから抱いてねる」
「もう、知りませんよ。たぶん明日後悔するのはエリアスさんの方ですから」
「してもいいよ、してもいいからちょっとだけ舐めさせて」
「ひゃっ!」
今度は何を言い出すのかと思えば、舐める……だと?
しかも本当に舐めた。私を上に抱いたまま、鎖骨をなぞるようにねっとりと舐めた。
そしてそこから耳の縁に移動し、ぴちゃぴちゃと音を立てて舐められた。
「……っだめです、エリアスさ、ん……」
「ルーシーの耳が美味しい」
普段名前で呼ばずあんたと呼ぶくせに、ルーシーと呼ぶその声は何故だがすごく甘さを含んでいるように感じて。
猟奇的に聞こえるそのセリフもそんな声色だった。
「……やめっ」
「なんか、今日はルーシーが可愛い」
普段なら絶対こんな事言わないエリアスなのに、お酒の力は凄い。
しばらく舐めたあと、満足したのかすとんと落ちるように寝てしまった。
だけど、腕が離れなくて結局一緒に寝るはめになった。
☆
翌朝。
「おはようございます。よく眠っておられましたね」
「……え? なんであんたが俺の部屋にいるの」
寝起きの寝ぼけたような顔でそう言ったエリアスは、まだ何も思い出してはいないようで。
「ちなみにここは私の部屋です。昨日の事、覚えていませんか」
「……ちょっとまって」
頭が痛いらしく、頭を押えながら思い出そうとしていて、数秒そのポーズのまま止まった。
「思い出しました?」
「喋りかけないで。今、死にたくなってる所だから」
「だから後悔すると私は言いましたよ。まあでも別に気にしてませんから、シャワーでも浴びて来て下さい」
「……ちょっとは気にしなよ。あんたほんといい性格してるね。まあいいや、俺だけ気にしてても仕方ないし。シャワー浴びてくる」
その切り替えの速さは私の事言えないと思う。
☆
休暇終了まで、何度かロイとセイラさんに会っていた。仕事の事でもそうだが、プライベートで食事にも何度か行った。
やはり、ロイを見る度、好きなのだと認識させられていた。気持ちがバレやしないかとハラハラしたが、いつも絶妙なタイミングで、エリアスのフォローが入った。
無事に魔法薬取り扱いの許可が下りそうだと言われた私は、早速調合してすぐに送りますと二人に伝え、エリアスと共に船に乗り込んだ。
遠くなっていくストケシアにしんみりとした気分になった。
そんな私に、ぽつりとエリアスは言った。
「ロイ・カールトンはいい男だと思うよ。あんたが惚れたのもわかる。俺、レオ以外に敵わないかもって思ったのあの人がはじめてだよ。あんたは見る目があると思う」
そう慰めるように言ってくれた。
――ダレン殿下はどうかと思ったけどね。と余計な一言を付け足して。




