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追いかけると逃げるやつは、逃げられると追いかける

 




 学園にある会場は、煌びやかに飾られていた。



 十六歳で成人となる生徒の祝いを兼ねているこのダンスパーティーは、国王陛下や王妃様、有力貴族の来賓があるという事もあるが、それでも学生主催だと思えない程のクオリティだった。



 床全面には、金糸の入った赤いカーペット。

 広い会場に豊かな音楽を奏でてくれるのは、チケットが取れないと評判の楽団で。

 立食形式になっているそこに並ぶ料理は、王都で大行列をなす店のシェフが手掛けるという。


 前世でも、レオナルド殿下が生徒会長を務めてから、毎年あるダンスパーティーの評判がすこぶる良かった。

 王侯貴族からだけではない。



 去年まで制服で参加していたらしい生徒も、今年は綺麗に着飾りこの会場にいた。


 ドレスや装飾品を、学生でも支払える金額でレンタル出来るようにしたいと言ったレオナルド殿下は、この王国一の商家の嫡男であるフォーレンと共に見事にそれを果たした。


 前世の私は忌々しく思っただけであったが、生徒会という裏方にいる今、賞賛を送る他無かった。




「さすがとしか言い様がないわ……」

「……なにが」


 エリアスとのファーストダンスの真っ最中であった私だが、ぽつりとそう漏らしてしまう。



「……失礼致しました。あまりにレオナルド殿下の手腕が常識を超えていまして」

「ああ、レオは努力家だから。フォーレンの存在も大きかったけど」



 レオナルド殿下は天才だ。出来て当たり前。という世間の評判と違い、生徒会メンバーは、レオナルド殿下を努力家だと言う。


 確かにこのパーティの開催も、才能だけでなせる技ではない。身内や、裏方の人間ならではの意見だろう。




「そう、ですね。たくさんの努力によってこのダンスパーティーが行われていたのですね」

「……何度も参加したみたいな言い方するね。あんた一年で、今年が初めてだろ」

「え、ええ。もちろんです」



 前世合わせて四度目の参加である私は、ついそんな言い方をしてしまい、慌てて話題を変える。



「……それにしても、エリアスさんはダンスがお上手なんですね。素晴らしいリードです」

「貴族なんだから当たり前でしょ。むしろあんたがこうして着飾って、完璧なステップを踏んでる方が驚きなんだけど」

「ハワード公爵家のわたくしに、なんと失礼な」

「それが事実なんだから凄いよね」



 このパーティの開催まで嫌という程生徒会で一緒に過ごしたエリアスは、どうしても私が公爵令嬢だとは思えないらしい。


 ……褒め言葉と取っておこう。




「……匂いだ。いつからその匂いなの 」

「……に、匂い? 」

「香水なのそれ。あんたの雰囲気もそうだけど、匂いに覚えがあるんだ。今わかったけど」



 匂いと言われ、臭いのか? 私、と思い、自分を嗅ごうとクンクンと鼻を鳴らした。――ああボディクリームだ。



「……ちょっと。エリアスさんが聞いたんですから、引いた目で見ないでください。 ……匂いはボディクリームです。魔法薬学を勉強し始めた十歳頃に一番最初に作ったもので、気に入っているのでずっと使っていますけど」



 ダンスしながら自分を嗅ぐ私を、ドン引きしながら見るエリアスは、自作の私のボディクリームの香りに、覚えがあるらしい。


 使っている原料が珍しいためだろう。



「珍しくはありますけど、王国内の製品にも使われている物はありますよ」

「……記憶は薄いのに、忘れられない事があるんだ。多分その時の匂い」

「忘れられない記憶、ですか。……匂いは記憶に残り易いと言いますし、ね」



 酷く辛そうな表情でそう言ったエリアス。

 ……あまり深く聞かない方が良さそうだ。



「……舐めたくなるぐらい、好きな匂いだ。あんたじゃなかったら休憩室に連れこんだんだけど」

「……なんて事言うんですか。私でなければ確かに喜んで連れ込まれたでしょうけど」



 派手に女遊びをするディランの影に隠れてはいるが、実はそこそこ遊んでいるらしいエリアスは度々こういった発言をする。私は範疇外だろうが。




 ファーストダンスの曲が止まり、次に私の手を取ったのはディラン。


 お堅い貴族のような雰囲気は全くなく、相手に気を遣わせる事のないステップだった。所々に遊び人の所作を感じるが、その可愛らしいく整った容姿は、全くそれを感じさせないのだから、タチが悪いと思う。



「今日のルーシーちゃんは本当に綺麗だから、みんな見てるよ。あの子誰?ってね。そんな君の手を取れる自分を誇りに思うよ」


 と、そんな美辞麗句をくれた。



 ディランとのダンスが終わると、生徒会副会長であるハロルドとのダンスが始まった。



「ルーシー、さっきは驚いてしまってすまない。君が普段飾らない性格だからか、令嬢というのをつい忘れてしまうんだ。女性に対して失礼な態度だった」

「全く気にしておりませんよ。むしろ令嬢と、女性として扱われていては、生徒会の仕事は務まりませんもの」


 ハロルドの言うさっきとは、パーティが始まる前の生徒会室での事だろう。真面目なハロルドはこうして謝ってくれるが、本当に気にしてないし、女性扱いされても困る。


 ……ここまで言わせる普段の私はどんな風なんだと、気にならないでも無いが。



 ハロルドとのダンスが終わると、次にやって来たのはフォーレンだ。


「最近、勉強時間減らしてるみたいだね」

「ええ。急いだからと身につく訳ではないですし」

「まあ、そうではあるね。……エリアスから色々言われたって?」

「……どうしてそれを?」

「エリアスから聞いたんだ。勉強時間を減らすだろうから、普段はいつも以上に話してやってくれって」



 やはりエリアスは意外といいやつなのだった。

 フォーレンも、暇である筈がないのだが、よく私の質問や話に付き合ってくれている。



「そう、だったのですね。ありがとうございます」

「俺は逆に勉強になったりするからお礼は要らないよ。なんで公爵令嬢のルーシーがそんな事知ってるのってびっくりする事はあるけどね」


 そう言ってフォーレンは、色気の漂うその瞳を揺らして笑った。




 生徒会メンバーラストは、生徒会長であるレオナルド殿下。


「ルーシー、この度はよく頑張ってくれた。君を採用してよかったと、みんなと良くそう言っている」

「とんでもありません。私は出来る事をしたまでです」

「……何故弟は君を選ばなかったのか不思議に思うぐらいだ」




 私を褒め倒してくれるレオナルドは、やはり何をやっても一流なのか、ダンスの腕も素晴らしい。


 さりげない気遣いを感じるステップは、一度踊っただけで虜にされる女性は多いのではないだろうか。


 ダレンに選ばれても困るのだが、傍若無人が服を着て歩いている様だった以前の私しか知らないダレンが、私を選ぶ筈がない。


 今後もその様に頼む。



「ルーシーに、一つ謝らないといけない事がある」

「……謝らないといけない事、ですか?」



 王子であって生徒会長であるレオナルドに謝られる覚えなどある筈がないのだが。



「……君がルーシー・ハワード公爵令嬢だという事を言ってしまった。色んな人間に君が誰なのか聞かれて、最初は上手く誤魔化していたんだが……その、すまない」



 なんだと思っていたら、そんな事か、と思う。


 そんな事はいずれバレるし、周囲が少しうるさくなるだけだ。面倒な事が起こる気はするが、レオナルド殿下が謝る事ではない。むしろ誤魔化してくれたなんて、この人はどこまで人が良いのか。



「謝らないでください。聞かれないからといって黙っていたのは私です」

「……愚弟も何か言ってくるかもしれん」

「まさか。ダレン殿下は私に見向きもしませんよ」

「……そうだといいのだが。今の君をあいつにはやれんからな」



 なんだがお父さんの様な事を言うレオナルド殿下だが、そんな心配はいらないと思う。やつは聖女にメロメロなんだから。私を視界にすら入れないだろう。






 ――そう、思っていたのだが。





 ✩






「ルーシー様。今までお姿が見えないと思えば、生徒会にいらっしゃるなんて。それにその格好……ご趣味が変わられましたのね」



 派手な扇で口元を隠してはいるが、見下したようなその態度は全く隠してはいない。


 私の正体が露呈するやいなや、さっそくやって来た取り巻き連中。過去の私を彷彿とさせるそのド派手さは、貴族令嬢としては常識なのだ。今の私の格好は質素だと取られてもなんらおかしくはない。


 ――けれど、私のドレスやその他装飾品、いくらするか言ってやろうかコノヤロウ。



「……ええ、少し色々ありましたの」



 本当に色々ありまして。


 これからはあなた達とつるむ気は更々ありませんわよ。という態度で接し続けた結果、最後まで見下した姿勢を崩さず、最後は鼻を鳴らして散っていった。


 どんなに馬鹿にしようと、身分は圧倒的に私が上なので、悔しくて仕方がないだろう。生まれは選べないのだ。






 ☆






 生徒会として、国王陛下や王妃様、その他来賓の貴族に挨拶周りを終えた私は、トイレから会場に戻ろうと、歩いていた。


 挨拶する度驚いた反応をされる私は、別人に見えるらしかった。取り巻き達とは違い、悪くは無い反応ではあったが。






 ――そんな事を考えながら歩く私に、予想外の人物が近づいてきた。






「ルーシー・ハワード」



 そう私の名前を言って目の前に立ち塞がった人物を見て、目を見開く。


 金髪碧眼、王子様らしさを全て詰め込んだという容姿をしたこの人は、本当の王子様。



 かつて私が想いを寄せていた人。


 ダレン・バリー・アスター第二王子、その人だった。




「……どういう風の吹き回しだ」

「どういう、と言われましても」



 何故、わざわざ私の目の前にやって来て、そんな事を言うのか全くわからない。以前は追った分だけ逃げられていた、そんな関係性だったのでは。



「エスコートしろといつもはうるさい癖に、今回は声すらかけてこないと思ったら、そんな格好でパーティに参加するなどと……新手の気の引き方だな」



 新手の気の引き方、ジャネーヨ。この馬鹿王子。


 誰が気を引きたいだ。とげんなりするが、この人の中では、自身のことを追いかけ回すほど大好きな女なのだ、私は。



「気を引く、ではなく身を引く、でございますわ」

「……なんだと?」



 私のその言葉に驚いたらしく目を見開いたが、すぐにハッとしたように余裕と侮蔑が滲んだその表情に戻る。



「さすがに、ハワード公爵家という身分だけではこの私に釣り合わないと気づいたか」

「……ええ。ですから今後は以前のような振る舞いは致しませんゆえ」

「……どうだか。だが、もし今後も無駄に派手に着飾る事無く、その謙虚な態度を続けるというのであれば、妾にぐらいにはしてやろう」



 ……はい? ……妾? 何言ってんのこいつ。


 ダレンの発言にびっくりした私は、はあとしか返しようがなかった。



 そんな唖然とする私の腕を強引に取ったダレンは、近くの休憩室として用意された部屋に入った。



「……あの、殿下。失礼ですが、酔っていらっしゃいますか」

「私が酒になど酔うものか」



 嘘つけ。お酒が弱い事を隠したくて飲んでる振りしているだけのくせに。


 と、前世での、一杯のワインで酔い、顔を赤くしていたダレンを思い出す私だったが、何故休憩室に連れ込まれたのか、さっぱりだった。




「喜べ、抱いてやる」


 そう言って強引にベッドに押し倒された私は、言語の理解能力が著しく低下したのか、ダレンの言葉が理解出来なかった。


「な、何を仰っているのか、わかりませんわ。おやめ下さいませ、ダレン殿下」

「私の手つきになれば、母上の様に正妻にはしないが、妾という地位は手に入るのだぞ。喜べ」



 何を喜べと言うのか、そんな事を言うダレンは、抵抗する私を器用に押さえつけ、スルスルと私のドレスをほどいていく。慣れたその手つきは、こうして強引に事に至った事は少なくないのではないだろうか。前世の記憶がある私でも知らなかった。



「以前のお前は、鼻を潰す気かという程キツい香水の臭いを撒き散らし、理解不能な格好をしていたが、素顔に近い今のお前は悪くはない」



 今すぐ魔法をぶつけてやりたいが、厄介な事に相手は王族だ。怪我を負わせては問題になる。



「……殿下、本当におやめ下さい。わたくしは殿下の妾になる事を望んでおりませんわ」

「あくまで正妻になりたいということか。見た目は変わっても浅ましく身の程を知らない所は変わっていないようだな」



 こいつに話は通じないらしい。そもそも公爵家の女を掴まえて身の程知らずはないだろう。

 いつの間にかコルセットも無くなっていて、一糸まとわぬ姿にされていた。


「……やはりな。その落ち着きからしても遊んでいたか。この売女め。そんな女がよくも正妻になりたいなどと抜かしよったな」


 売女……とは侮蔑用語ではあるが、前世は娼婦だったので、遠からず。

 今の体はもちろん純潔ではあるが、経験人数は、慣れたような手つきであるダレンなど、私の足元にも及ばないだろう。自慢することではないが。


 落ち着いているというか、娼婦という経験がある故にある意味鈍感なだけだ。



 ダレンは、乱暴な手つきで私の胸に触れた。



「……着痩せするらしいな。このいやらしい体を何度男に触らせたんだ?」

「ゃっ…」


 前世と変わらず私の身体は、素直に反応する。



「おやめ、ください……っ殿下……!」

「やめろ? 身体はそう言ってはおらんぞ」




 すでに溢れているその下に手を伸ばしたダレンがそう言った。



「ここがはやく、入れろと言っているぞ」

「なっ……なにをっ」



 はちきれんばかりに大きくなった自分のものを私に押し付けながら言うダレンに、鳥肌が立つ。



「だめっ……」

「我慢しなくてもよいぞ」




 ひたすらその快感と戦っていて、そろそろ我慢できない、とそう思った時、



 突然、バタンと大きな音を立て開いた扉から、勢いよく、人が入ってきた。





「……ダレン殿下。何を為さっておいでなのですか」





 そう言ってこの部屋に現れたのは、エリアス・ウィーラーその人だった。









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