生徒会
生徒会に入り、一ヶ月程経った私は今、一心不乱に文字と格闘していた。
もうふた月を切った学園でのダンスパーティー。その招待状を全生徒分作成している所だった。
ひと月前までに参加人数を把握しないといけないし、その他諸々の雑用もしばらく庶務が不在していた事もあり、やる事は山程あった。
成績上位者は、必須授業以外ほとんど出席しなくても大丈夫なので、授業もほとんど出ていない。通学時間も勿体ないので、一時的に寮に住んでいる。寮に帰ってからも学園と別の勉強もある為、睡眠時間は少なかったが、ロイに一歩ずつ近づいてる気がして、やりがいを感じていた。
「……あんた、すごいおもしろい顔になってるよ」
自分の右手と、魔法によって四本のペンを総動員させた私に失礼な事を言うのは、エリアス・ウィーラー。
他の役員達は、別の仕事が割り振られていて、ここ生徒会室にいるのは、エリアスと私だけだった。
招待状の作成と参加者リストの作成は、庶務である私と、書記のエリアスの仕事だ。
「……ええ、エリアスさんと違って必死なもので」
同じ内容が書かれた招待状に、ひたすら生徒の名前を書いていくだけなのだが、五本同時に動かすため、脳を五分割していた私はすごい形相だろう。
一方エリアスはというと、手は使わず六本のペンを涼しい顔で扱っていた。……しかも私を笑える余裕すらある。
私は、うおりゃあああ!!と心の中で叫びながら必死になっているというのに。天才め。
「まあ、でもそうやっておもしろい顔してやってくれたおかげで、遅れてたなんて思えないぐらい早く終わりそうだけど」
「だと、いいんですけど。次は文化祭がありますから」
そう、パーティの準備が終わって終了。なんて事はなく、次の文化祭の準備も同時に進めないといけないため、ここで遅れを出す訳にはいかなかった。
ハワード公爵家に連絡し、業務用のコピー用魔道具を送ってもらったぐらいだ。
持ち運んだ魔道具を見て、商人の息子であるフォーレンが、それいくらするか知ってる…? と引きつった顔で聞いてきたが、笑って誤魔化した。
こういうときのハワード公爵家だ。使えるものは使おう主義なのだ。名前以外は同じ内容なので、物凄く助かった。
不思議なのが、父も兄も私を疎ましく思っている筈だが、私のこういったワガママを許容している。謎だが、私的にはラッキーなので深くは考えないでおくが。
「あんたさ、俺とどっかで会ったことある?」
生徒名簿の終わりが見えてきそうなその時、ふいにエリアスからそう聞かれた。
「いえ、面談の時が初めてだと思いますけど」
「……」
自分が聞いてきた癖に、無言で返すとはどういう事だ。
まあ……思い出してみても、会ったという記憶は無いけど。
こんな美形だったら忘れる事はないだろう。
「どうしてです?」
「……なんか見覚えがある、気がする」
「なんです、そのナンパする時みたいな発言」
「ナンパって……あんた本当に公爵令嬢と思えない言葉遣いする時あるよね」
「思えなくても本物の公爵令嬢ですわよ」
生徒会では令嬢として取り繕うのを早々に止めた私は、生徒会メンバーからよく令嬢に見えないと言われていた。
……生徒会では肩書きはないものとすると言ったじゃないか。
「……終わった」
燃え尽きた様に机に突っ伏した私に、おつかれ、と言ってエリアスが紅茶を淹れてくれた。無愛想だが意外と気の利くやつなのである。
「ありがとうございます。頂きます」
エリアスは度々こうして紅茶を淹れてくれるのだが、これがまた美味しいのだ。
「仕事終わりのエリアスさんの紅茶は格別ですね」
「……ん、まあよく頑張ったしね」
自分の紅茶を褒められると照れるらしいエリアスに微笑ましい気分になる。完全におばちゃん目線だ。
☆
寮は、学園の門までの通り道にあるので、帰りは基本的にエリアスと一緒だった。
「あんたさ、大丈夫なの? 」
「……え?」
「あんたには助けられてるから、みんな何も言わないけど、寮に住んでまでがんばる必要はないって思ってる。一応ハワード公爵家の令嬢だろ。心配されてるんじゃないの」
一応って。……まあでもそう言いたくなる気持ちはわかる。
寮というのは、普通の部屋で広さも無ければベットも硬い。食事だって大衆の食堂で食べることになる。出てくるものもいたって庶民的だ。
彼らからしたら公爵令嬢として、私の行動は異常に見えるだろう。
「ええ、大丈夫です。寮にいるのは生徒会の為だけではありませんし、父と兄も私に興味がないので」
私がそう言うと何故かエリアスは驚いたように目を見開く。
「……興味がない?」
「ええ。特に驚く事でもないと思いますけど」
「……いや、まあそうか」
貴族であれば、娘は政略結婚の道具としてしか見ていない、なんて珍しくもなんともない。だからエリアスのその反応は違和感があった。
「生徒会以外って睡眠時間を削ってやってる勉強?」
「あれ? 私、言いましたっけ?」
「フォーレンとよく喋ってるだろ、商売の事とか、外国の事とか。……それに、くま、隠せてないよ。生徒会の仕事は持ち帰ってないでしょ」
「……すごい洞察力ですね」
「俺はともかく、みんな心配してる。レオだって仕事も振り辛くなる。人の事どうこう言う趣味も興味もないけど、ほどほどにしたら」
俺はともかくとエリアスは私ではなく、レオ――レオナルド殿下やみんなの心配をしているらしく、そう言って私を諌めた。
確かに、私がレオナルド殿下の立場なら、公爵令嬢という身分にも関わらず一時的にとはいえ、寮にまで住み込み、目の下にくまを作って一心不乱に仕事をされれば、次の仕事を頼み辛くなる気がする。
それでなくても、私は微妙な時期に生徒会に入ったため、仕事量が半端ではなかった。
生徒会の仕事とくまは全く関係……無いこともないが、ほとんどは自分の勉強のせいである。
心配というか、迷惑をかけていたのかもしれない。
……ロイに会いに行くまでまだ時間はあるのだ。生徒会の仕事に慣れるまで、もう少し睡眠時間を取ろう。
「……申し訳ありませんでした。もう少し考えて行動します」
「……うん。でも、迷惑とか思ってるわけじゃないから。みんな、あんたを採って良かったって思ってる。……それは俺も」
最後は小さくそう言ってくれたエリアスは、想像以上に落ち込んだ私を慰めてくれているらしかった。わかりにくい人だけど、優しい人だ。エリアスだけでなく生徒会のみんなも。
寮近くまで無言で歩いた私たちは、おやすみなさいと挨拶をして別れた。
✩
学園でのダンスパーティー当日。
流石にドレスを一人では着られない為、前日からハワード公爵家の屋敷に帰っていた私は、内臓が飛び出す寸前なんじゃないかと思うほどコルセットに締め付けられていた。
「し、死んじゃう……うっ」
「大丈夫ですお嬢様っ!死にはしません!もうすぐです!」
なんの慰めにもならないミリアの言葉に笑いそうになって、余計苦しかった。
「お嬢様……とってもお綺麗ですっ」
ミリアがそう言った通り、姿見には綺麗な女が映っていた。
もし、ロイにこれを見せる事が出来たなら私のテンションはうなぎ登りであるが、今日はある意味仕事であるし、張り切った侍女三人衆が用意したドレスや、装飾品などは全て最高級のものであり、勿体無いとすら思った。
「うん、ありがとう。あなたたちのおかげね」
「お嬢様は謙虚過ぎますっ!もっとご自分の容姿を誇ってください……」
ミリアのその言葉に、リサとカレンも同意した。
だけど、私は本当に自分の容姿や他人の容姿なんてどうでもよかった。
ロイは世間的にはかっこいいとされない見た目であったらしいが、私は大好きで世界で一番かっこいいと思っていたし、むしろもっと太って身長も低くて禿げててほしいと世の女性の好みから一番遠い存在でいて欲しかった。
私の目がおかしい訳ではない。かつて恋をしていたダレンは、綺麗な顔をしていたし、そんな綺麗な顔と身分にわかりやすく恋に落ちた私だ。
ただ、ロイに、見た目なんてものを超越した、心の奥の奥の底まで絆され、愛され愛してしまった。ただそれだけなんだ。
ロイ以外に綺麗だと言われる私は、ただの綺麗な女で、そこになんの感情もなかった。
✩
「……ルーシーちゃんって、本当に公爵令嬢だったんだね」
そう驚いたように言ったのは、ディランだ。
生徒会室に集まった、ディラン以外の生徒会メンバーも私の着飾った姿に、みんな一様に驚いた表情である。…失礼極まりないと思うのだが。
「ええ、女性は化けるものですわ。ディラン様もお気をつけた方がよろしいのではないですか?」
女遊びが激しいディランに皮肉で返してやった。今日のディランのエスコートする相手は、恋人ではなく、お互い都合のいいお相手だとか。
ディランは普通にそう言ってるが、女性側はそうじゃない事が多い。と娼婦歴十年の私は知っている。
エスコートされる女生徒の心配をする私だっだ。
……そして正装により、一層磨きがかかったエリアスに向き直った。
「今日のエスコート、よろしくお願い致します」
☆
遡ること数日前、エリアスは疲れた顔でこう言った。
「……あんた、エスコート役、いるの」
一人で会場入りするつもりだった私がいないというと、安心したような表情を見せた。
「エスコート役、俺にくれない?」
「まさか、お相手に困って?」
「……ある意味ね」
冗談で軽口を叩いた私だが、エリアスの話を聞けば、納得がいった。
エスコートされたい女子生徒の多さで、逆に困っているらしかった。
まあこの見目であるし、仕方がないのかもしれない。
私は生徒会の人間であるし、ハワード公爵家の人間でもある。のちに私の正体がばれても誰も文句は言えないのだ。
「おモテになるのも大変なのですね」
「……好きでこんな顔に生まれたんじゃない」
辛そうに言ったエリアスは、本気でそう思っているらしく、なんだか可哀想になった私はエスコートの件を承諾したのだった。