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番外編 新しい命

 



 私はその日、ソワソワとエリアスが仕事から帰ってくるのを待っていた。


 私たちの新居は、もともとエリアスが相続していた屋敷で、ハワード邸やウィーラー邸ほど大きくはないが、それでも充分なほど豪華な屋敷だ。

 通いで私付きの侍女だった三人やシェフなどに来てもらっているが、エリアスが休みの日なんかは前世で料理を覚えた私が食事を作ったりするし器用なエリアスも手伝ってくれたりする。

 アルトとルイはハワード邸からエリアスが用意してくれた私の研究室にお休みの日以外毎日通ってくれている。




「ルーシーただいま」



 しばらくすると、物凄いスピードで魔法省の次官まで出世してしまったエリアスが帰ってきた。



「おかえりなさい。お疲れ様」



 激務であろうに、全然疲れてないよとちゅっとキスをくれたエリアスにキスを返す。

 魔法省の刺繍が入ったローブを受け取ると、エリアスは浴室に向う。その間に今日は私が用意した夕食をダイニングテーブルに並べていく。

 しばらくすると、ラフな格好に着替えたエリアスが、頭を拭きながら戻ってきた。



「なんか今日凄く豪勢だね」

「……えへへ。がんばっちゃった」

「ルーシーがつくったの? すごいね」

「……うん。今日は特別な日だから」

「え、なんかあったっけ。結婚記念日でもないし」


 そんなことを聞きながら席に着いたエリアス。

 どちらかと言えば食に頓着しない私たちは、自分たちで作る時は割と質素な食事が多い。なので私が用意したと聞いてそう思うのも仕方がない。



「あのね、話があるの」

「……話? 別れ話とかだったら絶対聞かないからね」

「そんな訳ないでしょう…」

「一応」

「一応って」



 誰がこんな凝った手料理並べて別れ話をするというのか。そんな女怖すぎるわ。

 真顔でそんな事をいうエリアスに少々呆れる私だった。



「えっとね、出来てたみたいなの」

「出来てたってなにが」

「……その……子供が」



 私がそう言った瞬間、目の前からエリアスが消えた。


 そして気がつけば対面に座っていた私の横にいて、抱きしめられた。



 ……あの、エリアス君? 今、無詠唱で移転魔法使いました? 超がつく高等魔法だったとおもうのですが。



「……ごめん俺、今この気持ちを表す言葉が見つからない」

「うん? 言葉?」

「……信じられないぐらい嬉しい。自分の語彙力の無さに腹たつくらい」



 そう言ったエリアスの私を抱きしめる腕が震えている。そんなエリアスに嬉しくなった私は抱きしめ返す。



「……ありがとう。私もすごく嬉しい。女の子か男の子かまだわからないけど、うんと大事にして沢山愛してあげようね」

「ルーシーと俺の子供だよ。当然だよ」



 そう言ってくれたエリアスの綺麗な瞳には涙が滲んでいた。それを見て私も涙が込み上げてくる。



「仕事はどうするの。休んだ方がいいと思うけど」

「ギリギリまで続けようかなって思う。子供が出来たら何かとお金も掛かるし、魔力を使う事は子供に影響しないって言ってたしね」

「……久しぶりに出たね、令嬢らしからぬ発言。ていうか俺そんなに頼りない? これでも稼いでる方だし相続した財産だってほとんど手つけてないよ」

「あ、ごめんね。そうじゃないよ、エリアスの事はすごく頼りにしてるし、仕事もがんばってくれて感謝してる」

「……じゃあ子供が産まれるまで休めばいいでしょ」

「うん、まあそうだね。アルトとルイの授業だけにしとくよ」

「そうしてくれると俺も安心して仕事できる」



 確かにお金には全く困ってないし、どちらも働いているし、私にも財産がある。

 だけど、中身が庶民な私は念には念をと、思ってしまうのだ。

 エリアスは次男だから侯爵位を継がなかったけど、エリアス自身も伯爵位を持っている。だから当然産まれてくる子供にも貴族としての教育を受けさせねばならないし、女の子なら結婚時に持参金も必要だ。…そしてこの後何人産まれてくるか正直わからない……。


 という事でギリギリまで仕事を続けていこうかと思ったのだが、エリアスがこう言ってくれているし、お言葉に甘えて頼ろうと思う。







 ☆







「もしもし、俺だよ。聞こえてる? 元気に産まれてきてね」


 私を腕枕しながら少し膨らんできたお腹を撫で、そういったのはエリアスだ。


「俺がお父様だよ」

「……毎日それ言ってるから、お腹の子も聞き飽きてるかもしれないね」


 そう、エリアスは毎日朝と夜にこれを言い続けていた。私はとても嬉しいのだが、お腹の子は呆れているかもしれない、とちょっぴり思う。


「だって言いたいんだから仕方ないでしょ」



 そう言って私のお腹にキスをした。



「……したい」

「え? なにが?」



 そう問いかけた私に、答えるように唇に吸いつき、舌を絡めたエリアス。



「……別にまだ大丈夫なんだよ?」



 エリアスは私の身体とお腹の子を心配しまくっており、自ら禁欲宣言をしたのだ。



「だめ、俺絶対我慢する。この子に誓って」

「……私がしようか?」

「いい。余計したくなるから」

「私だってしたくなる時あるんだけど」

「……ほんとにそういう事言わないで」

「……すみませんでした」



 余計な事を言ってしまった私を少し睨むエリアス。



「しばらく相棒とがんばるから大丈夫だよ」



 そう言って右手をヒラヒラさせたエリアスになんとも言えなくなる。




「……君のお父様はやさしい人だよ」




 そう言って自分のお腹を撫でた私をエリアスは抱き寄せ、



「ああもう……ほんとに好きだよ。愛してる」



 とキスをくれたエリアスだった。








 ☆











 その日の明け方。 元気で大きな産声が屋敷に響き渡った。




 元気に産まれてきてくれたのは、女の子だった。




「ほんとよくがんばったね、お疲れ様」

「うん……エリアスも長い間付き添ってくれてありがとう」




 エリアスは絶対に出産に立ち会うと言ってわざわざ仕事を休んで、長い間ずっと横に立って手を握って励ましてくれた。






「ちっちゃいあんたもほんとにがんばったね。偉いよ」




 私の腕の中で元気に泣く我が子の頬を親指でなでるエリアスは、ぽつりと涙を落としていた。










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