二周目の一年生
一週間振りらしい学園はその日、テストだった。
教室は、前面に授業で使われる大きなホワイトボードが取り付けられており、そこから階段のようになっていて、横一列に机が広がり、後方になるほど高くなっている。
前世の私なら、必ず後方に座っていたが、一番前の席に座った。教科書を取り出し、どの程度出来そうか確認する。幸いな事にホワイトボードには魔法薬学が一番上に書かれていた。
私は、史上最年少の十四歳で魔法薬士の資格を取ったのだ、学生のテストに出てくる問題など取るに足らない。
テストは終わったらすぐに教室から出てもいいので、他のテストの勉強が出来るから有難かった。
やはりテストの内容に全くの問題はなく、ササッと答えを書いて、ササッと教室を出た。
因みに、制服姿の私の事をルーシー・ハワードだと認識している人は、こんな子いたっけみたいな顔をされただけで、誰もいなかった。
いつも私に着いて回る取り巻き達も気づいてなくて、笑ってしまいそうになった。出来ればずっと気づかないでいてくれたらありがたい。
他の教科の勉強をする為に図書室へ向かっていた時だ。
様々な連絡事項や、学園新聞などが掲示されている場所。テスト後は結果が貼り出される場所でもあるそこに、気になる文字が目に入った。
"生徒会、欠員の為、募集中。希望者は放課後、生徒会室にて、面談"
生徒会。
この学園は、生徒会を中心に運営されている。成績上位者が条件なのはもちろんの事、役員は生徒会長による指名制であり、生徒会入り出来る生徒は一握りだ。そのため、生徒会は学園中の憧れだ。
そして、その憧れに拍車をかける存在がいる。
ひとつ上の二年生である、アスター王国王位継承権第一位である、レオナルド・ハリス・アスター第一王子。
今は存在すらどうでもいい、ダレン・バリー・アスター第二王子の異母兄が生徒会長を務めている為、その人気は計り知れない。
役員達も優秀な生徒ばかりだ。その役員が辞めたなど前世でも聞いたことが無い。多分欠員というのは、雑務をこなす庶務の募集だろう。生徒会はかなり忙しいと聞いたことがある。その多忙さに辞めてしまう生徒がいてもおかしくはないのかもしれない。
この学園の生徒会に在籍していた。それだけで、かなりの箔が付く。それもレオナルド殿下の在学中となれば尚のことだろう。
これを逃す手はない。雑務であろうが、生徒会に入っている事には変わりはない。在籍出来れば私の経歴に彩を与えてくれる事は間違いない。
前世の私はダレン殿下が、異母兄であるレオナルド殿下を毛嫌いしており、その為私も生徒会を敵視していた。が、今はどうでもいいというというか心底嫌いなので、そういう意味でも生徒会に入りたいぐらいだ。
というわけで私は、放課後生徒会室に行く事にした。
☆
全てのテストが終わり、生徒会室に向かっていた。
テストは思ったよりも簡単だったので、助かった。まあ、二度目の学園、しかも一年生なので簡単に思えないと不味いのだが。
前世では、異母兄と違い勉強が好きではなかったダレン殿下に遠慮して、五位や六位をキープするというある意味難しい事をしていた私だったが、今は全く遠慮する必要はない。
首席入学すらも譲った事を思い出して、ため息が出た。
☆
生徒会室の前は、まあまあな列になっていた。圧倒的に女子生徒が多い。ちらほらドレス姿の令嬢達も見える。凄い。令嬢達がちゃんと並んでいる。さすが生徒会だ。
前世の私なら蹴散らして先頭に横入りするだろうが、今は違うので大人しく最後尾に並ぶ。
結構な時間を待った私は、やっと順番がやってきて、声が掛かると、失礼しますと中へ入った。
中にいたのは、五人。
生徒会長であるレオナルド殿下を中央に左右二人づつ、役員であろう男達が並んで座っていた。
彼らの正面に椅子が置いてあり、掛けてと言われ、椅子に座る。
まあ見事にタイプの違う美形ばかりだ。女子生徒が多かった事に納得がいく。
前世で生徒会メンバーの名前を聞いた事はあったが、顔と名前が一致しているのは、レオナルド殿下だけだ。
上位貴族である、ウィーラー侯爵家とイーバンクス伯爵家の人間がいるのは覚えているのだが、顔と名前が一致しない。あと二人は名前すら覚えていなかった。
「名前は?」
色々思考に耽っていたところ、レオナルド殿下の声ではっとする。
いけない、いけない。面談中だった。
「ルーシー・ハワードと申します」
「ルーシー・ハワード……? 失礼だが、ハワード公爵家のルーシー・ハワード嬢、か?」
「ええ、間違いございませんわ」
冷静沈着で有名なレオナルド殿下だが、驚いたのか少し目を見開き、言葉が出ないようだった。
それもそうだろう。
レオナルド殿下から見れば、少し前までド派手な格好で弟を追いかけ回し、制服を着ない貴族令嬢の筆頭だった女が、制服着用必須の生徒会室に模範の生徒の様な出で立ちで、順番を守って目の前に座っているのだ。
驚くのも無理はない。
「……すまない。少し記憶と現実に誤差があったみたいだ」
「……ええ、だと思いますわ」
「今回はどうして生徒会に? 言っておくが、今回の募集は希望者が思っている様な花形の役員ではなく、雑務を担当する庶務だ。 とても君がこなせる役割では無いと思うが」
さすがレオナルド殿下だ。はっきり言う。だが私もそんな事は言われる覚悟で来ているのだ。
前世では、娼婦歴十年、最後の一年はカールトン商会を継いで、会長となったロイを支えてきた。
学生の、それも雑務を担当するなんて、訳が無い。
「いえ、そのような事はございませんわ。生徒会に入れて下されば、どんな仕事であろうとこなしてみせますわ」
「……そうか。その、なんだ、弟はいいのか……?」
くぅ。痛い所を突いてくるな、この王子。
「え、ええ。 ダレン殿下には意中の方がいるみたいですので、潔く身を引こうかと」
意中の方はもちろん、まだ聖女とは呼ばれていないリリー・レジェノ。私の意識が戻ってからは全く見かけてもいないが、確かダレンがリリーと接近しだすのはこの時期だった気がするので適当なことを言っておく。
「……それを理由に生徒会に?」
それを、とは、ダレン殿下が疎ましく思う異母兄が生徒会長を務める生徒会に入ることによって意趣返しをしたいのか、という事だろう。残念ながら全く違う。むしろやめて欲しい。
「嫌ですわ、アスター生徒会長様。私がそんな子供じみた事をする程、暇だと仰りたいのですか? わたくし自身の今後の経歴の為ですわ」
いや、子供じみた事を繰り返していたお前がそれを言うかよ、という空気になったのはとりあえず無視だ。何としてでも生徒会に入りたいのだ。なかった事にさせてもらう。
それに後者は本当だ。あまり直接的な表現は避けた方がいいかもしれないが、レオナルド殿下の言った通りだと思われては困る。本音を言った方がまだいい。
もちろん大半の女子生徒と同じように、"イケメン"役員目当てと思われても不本意だ。
「経歴か。なるほど。動機でそんな事をはっきりと言ったのは貴方が初めてだ」
「ええ、だと思いますわ。ですが、私がなんのために生徒会に入りたいのかは、誤解なく伝わったかと思います」
「そう、だな。……動機はわかった。 だが、優先されるのは成績だ。学園を代表する生徒会の人間が、成績が悪くては示しがつかない。今日のテストの成績上位者の中から選ぶ訳だが、君は前回は確か五位以内には入っていたと記憶するが、今回のテストで最低でも三位以内ではないと可能性はない」
さすがレオナルド殿下。弟の婚約者候補の前回の成績まで頭に入っているとは。だが、なんの問題もない。
なにせこっちは学園二周目。ある意味カンニングしている様なものだ。今日の出来からいって、三位以内は間違いない。
「問題ございませんわ。今までの成績を総合で評価されるというなら可能性はありませんが、今日というなら間違いありませんわ」
「凄い自信だな。まあ、その言葉を信じよう。 だが、もし生徒会に入ることが決まれば、爵位を持たない家の出身の者にも接することになる。差別は許さない。 そして、今日だけでなく、この学園の象徴である制服を毎日着てもらう事になる。これは最低条件だ。知らなかった者もいて、辞退すると言って出ていった生徒もいる」
まあ、彼の認識では私は血統主義者の傲慢な公爵令嬢だ。
だが、前世で国外追放を言い渡され、十一年間住んでいたストケシアという国は、この世界唯一の大統領制で、身分制度が存在しない自由の国。
そんな国に娼婦として馴染んでいた私が、平民だと差別する事は皆無だ。
「存じておりますわ。もし生徒会の一員として学園の為に働く事になれば、ハワード公爵家という肩書きは忘れるつもりですわ」
その言葉に、レオナルド殿下だけではなく、他の役員達も驚いた様子だった。
「……わかった。結果は、テストの結果発表後に追って知らせる。面談は以上だ」
「ええ。では失礼させていただきます」
そうして生徒会の面談は終了したのだった。
☆
テスト、一週間後。テストの結果が貼り出されたそこには、沢山の生徒がいた。
そこにドレスを纏った令嬢の姿はない。
男子生徒は貴族であっても、生徒会に影響されて、ほとんどが制服姿だ。異母兄が気に入らないダレンやその取り巻きたちを除いて。
だから貴族子息がこの中に混じっていてもわからないが、恐らくはいないだろう。
貴族は成績が良くて当たり前の世界だ。そのプライド故、私も前世では見に来たことがなかった。
一年生のテスト結果に目を向けると、一番上の一位という文字の隣には、ルーシー・ハワードの文字があった。
自分でも少し驚く。三位以内には入る自信はあったが、初っ端から一位を取れるとは思ってなかった。
そして、ルーシー・ハワードの名前の下には、ダレン・バリー・アスターの名前があった。名前の横には点数が出ているが、まあまあの大差だった。
表情には出さないが、内心ガッツポーズからのニヤリだ。してやったり。
そんな私を他所に、周りが何やら騒がしかった。
「なあ、ルーシー・ハワードってテストの時いたか? 体調不良でずっと休んでたって聞いたけど、あんなド派手な格好してるんだから、来てたら誰かしらわかるだろ」
「……だよなあ。別室で受けたとか?」
「まあそうだろうな。にしても、今回はダレン殿下に大差を付けて満点で一位とはな。今までは大好きなダレン殿下に気を遣って遠慮してたりしてな」
「うわー。それまじだったらダレン殿下悲惨過ぎるな。あんなに付き纏われて嫌ってた婚約者候補に遠慮されてたなんて知ったら、プライド傷つけられたって怒り出すんじゃねえの」
ふぅ。何やら結構な言われようだが、事実だから仕方がない。それにダレンに遠慮してた事なんて事実すぎて怖い。
……ルーシー・ハワード本人が横にいると知ったら卒倒するだろうな。
ダレンの事に関しては、まあしっかり勉強してないヤツが悪い。
とにかく一位は取れた。生徒会入り出来るかはわからないが、願うしかない。
ミリヤ、リサ、カレンの侍女三人にはいい報告が出来ると、ひとまず安心したのだった。
☆
テスト結果が貼り出されてから、更に一週間後。全ての授業が終わった放課後、私は教室で帰り支度をしていた。
私以外にちらほらと少しの生徒が残っているだけで、ほとんどの生徒は帰宅していた。
学園二週間目になるが、生徒会の人達以外に私がルーシー・ハワードだと知っている生徒は未だにいなかった。
そんなに今の私と違うのかと唖然としたが、取り巻きも湧いてくる事もなく、はっきり言ってありがたかった。
取り巻き達が今の私を知ったら、見下した笑顔で皮肉の嵐になるのは間違いない。めんどくさいから卒業まで気づかないでくれとすら思う。さすがに無理はあるけど。
誰なのかわからないからだろうが、視線はよく向けられていたが、誰も聞いてこなかった。
帰り支度が済んで、学園の門に向かっていると、
「ルーシーちゃんっ! 今帰り?」
と酷く親しげな声だった。
"ルーシーちゃん" などと学園では呼ばれたことがなかった私は、驚いて足を止めた。
そんな私の前に姿を見せたのは、亜麻色の髪を揺らし、人好きしそうな笑顔を向けた制服姿の男子生徒だった。 その整った顔は見覚えがあったが、何処だっただろう?
「えー! 二週間前に、会ってるのにもう忘れちゃった? これでも一度見たら忘れたくても忘れられないって言われるんだけどなあ」
不本意だという態度を隠さずに言う彼の、二週間前、と言う言葉にピンと来た。
「……これは大変失礼致しましたわ。 生徒会の方で間違いありませんか?」
「ビンゴー! 俺じゃなくて二週間前で思い出すのは悲しいけど、正解。俺は、生徒会で広報を担当している、二年のディラン・フォースフォードだよ。よろしくね、ルーシーちゃん」
その勢いに少し圧倒されながらも、挨拶を返し、差し出された手を握った。
「さっそくだけど、生徒会長がお呼びなんだ」
☆
「良く来てくれた、ハワード嬢。 この度、正式に生徒会庶務としての在籍が決まった。これからよろしく頼む」
そう言ったのは、レオナルド殿下、もといレオナルド生徒会長。
ディランに生徒会室まで連れてこられた私は、無事生徒会入りを果たしたらしく、生徒会長からの歓迎の言葉を貰った。
「わたくしの方こそ、よろしくお願い致します。まだまだ未熟ではありますが、学園の為、身を粉にして働く所存ですわ」
そうして制服の裾を持って、完璧なカーテシーを披露した。
内心本当は最年長の三十路――いや今の年齢合わせたら四十過ぎてるけどな――と余計な事を考えながらだけれど。
生徒会長から、生徒会役職の紹介があった。
誰もが知っているであろうに、自己紹介をしてくれたのは、生徒会長である、レオナルド・ハリス・アスター第一位王子。
漆黒の髪に、黄金に輝く瞳。建国の賢王と同色の髪とその瞳に、賢王の再来と言われ、その期待を裏切らず、幼い頃から神童と謳われたレオナルド殿下。
常に冷静で、偉ぶる事がない謙虚で平等な姿勢が有名で、とても優秀らしい。
実は、名家であるハワード公爵家の令嬢であった私が、ダレン第二王子の婚約者候補止まりだったのは、ダレンが避けていたのもあるかもしれないが、優秀すぎる兄がいる、という理由もあった。
王位の継承はレオナルド殿下が確実であった為、ダレンの婚約は急がなくてもよかったのだ。それが理由でレオナルド殿下を目の敵にしていた私だったが、今は深く感謝している。
レオナルド殿下の後に、最初に紹介された役員は、私を案内してくれた広報担当である、ディラン・フォースフォード。
彼は騎士の家系らしく、同じ歳というのもあるが、その腕を買われ学園でのレオナルド殿下の護衛として抜擢されたらしい。
女性が大好きらしく、亜麻色の髪と同色の瞳を持つ彼は、年上だけど、年下だと言われても違和感のない程幼く見えるが、顔立ちは整っている為、遊び相手には困らないだろう。
遊ぶのは程々にしろ、と紹介のついでに怒られていた。
次は、副会長である、ハロルド・イーバンクス。
イーバンクス伯爵の嫡男で、レオナルド殿下の乳兄弟だという。私が覚えていた貴族の名前の一人だ。
濃紺の髪は短く整えられていて、海碧の瞳をもつ彼は、とても真面目な雰囲気で、頼れるようなそんな安心感を感じる。そんなハロルドは公私問わず生徒会長の相談役だそうだ。
次に紹介された、会計を担当するフォーレン・ブレイナード。
彼はなんとアスター王国では一番大きい商家、ブレイナード商会の嫡男らしい。前世では (周りからすれば最近までだけど) 、ハワード公爵家に来てもらい、ドレスや宝石を何度買ったかわからない。そんな身近な商会の人間だった。
そんな彼は、肩まで伸びた紫の髪と赤く色づいた瞳。泣きぼくろが魅力的で、色気を感じさせる容姿だ。フォーレンが商品の営業に回ったら確実に売上が変わるだろうな。とつい商会目線で見てしまう。
「いつもご贔屓にして頂き、誠にありがとうございます」
というお言葉を頂いた。 うん、彼なら会計にピッタリだ。
最後はレオナルド殿下、ハワード公爵家の私に次ぐ上位貴族、ウィーラー侯爵家の次男である、エリアス・ウィーラー。
書記を担当している彼のお父上である当代のウィーラー侯爵は、この王国の宰相であり、エリアスは殿下と同い年であったため、遊び相手としてよく登城していて幼馴染なのだそうだ。
それに加えて、魔法使いとしての才能は王国一番だと評判らしかった。だけど、それ以上に特筆すべき点は、その容姿。
銀色に輝く髪と銀の瞳。これだけ美形が揃う中で、一際目立った容姿をしていた。神に愛された、と表現する事があるが、容姿に関してエリアスは間違いなく愛されている。
あまり愛想というのは持ち合わせていないらしく、無口な彼はその容姿も相まって人形のようで。
……なんとなく書記を担当している理由が分かった気がする。
まあ、ここまで高名な生徒会の役員を記憶していなかった私は、いろんな意味でさすがとしかいいようが無かった。
「身内で固めるつもりは無かったのだが、結果こうなってしまった……」
学園の生徒会に相応しい人間を精査した結果、身内ばかり集まってしまったらしいレオナルド殿下は、顔を顰めてそう言ったが、第一王子であるレオナルド殿下の元に集まる人間が優秀でない筈がないので、仕方ないのでは、と思う。
まあ確かに自分の派閥で構成している、と周りに思われてしまうだろうが。
実際、ダレンがそう言っていたのも聞いた事があった訳だし。
そうして、正式に生徒会入りが決まった。この学園は行事ごとが多く、すぐ先には毎年行われるパーティがあり、かなり忙しくなるという。生徒会の紹介が終わると軽く打ち合わせをしてから帰宅する事となった。
――私にとってかなり予想外の出来事が起こるのは、そう遠くない未来だった。