最終話 ようやく訪れた幸せ
前世の様に断罪される事もなく、アスター王立魔法学園の卒業パーティーも終え、その日がやってきた。
「わあ!すごいですねエリアスさん! 王子様みたいです!」
控え室の中にいたエリアスは、白を基調としたタキシードを着ていて、整いすぎたその容姿も相まって、本当に王子様のようだった。
「今日本当の王子様くるけどね」
「確かに……。レオナルド殿下がご出席して下さるんですよね! 他の生徒会だったみんなも」
「よかったね。あんたほんと好きだもんね」
「そりゃそうですよ。友人と呼べるのはあの人たちとリリーぐらいですから」
「あんた友達つくろうと必死だったもんね」
「結局全然出来ませんでしたけど。そういえばそんな私の背後にいつもいましたよね」
「あんたが無駄な努力するせいでね」
「はい?」
「俺が全部蹴散らしといたからよかったね」
いつもと変わらないエリアスは相変わらずよくわからない発言をする。
そんな事よりエリアス君。花嫁姿の私を褒めるぐらいしたらどうなんだね。
なんて思っていると、エリアスは近くのソファに座り、私の腕を引っ張り横にして自分の膝に乗せた。
「綺麗だとおもってるよ」
「……探偵エリアスの仕業ですね」
「なんか不満そうだったから」
「私そんなにわかりやすいですか。一応これでも貴族なんですけど」
顔に出やすい人間が貴族などやっていけない。これでも貴族としての教育は受けているはずなのだけど。
「わかりやすくはないよ。俺だから」
「俺だからって言えるぐらい鋭いですもんね」
「それもあるかもしれないけど」
「けど?」
「俺があんたばっか見てたからだよ」
その言葉に、ドキドキと胸が高鳴る。
この人本当に不意打ちの様に真顔でこう言う事をいうのだ。だから本当に照れるし確実に顔が赤いだろうから恥ずかしい。
「そういう顔されるとその純白のドレス脱がしたくなるんだけどいいの」
「だ、だめに決まってますよっ」
全然冗談に聞こえない声でとんでもないことを言うエリアスは、横抱きにしていた私を自分の足の間に座らせた。
「俺、ドレス脱がせるの得意だよ」
エリアスはそう言って髪をアップに結われた私の首筋をゆっくり上へと舐めた。
「……んっ」
「ストケシアで悪戯した時も思ったけど、あんたほんとやらしい声だすよね」
何を言い出すのだこの男は。しかも今度はうなじから耳の裏を伝いそれを移動させ、ふちに沿って舐められる。
「な、なにして……っ」
「もっと違うとこ舐めたほうが良かった?」
そんな訳ないだろうと言いたいが、ゾクゾクとする感覚に上手くしゃべれない。
「……エリアス…さんっ…」
耳を犯されその音と感覚に身体が熱くなる。こんな所で…と羞恥心で目に涙が溜まるのがわかった。
「ん、あんたの可愛い顔見られたからここまでで我慢してあげる」
そろそろ誰か呼びに来そうなタイミングでやめたエリアスは、普段と変わらない顔をして涼し気にそんな事を言う。なんなのこの俺様王子は。
「ちょっと!エリアスさん!」
「なに」
「なにじゃないでしょう!式前になにするんです!」
「我慢してる方なんだから褒めて欲しいぐらいなんだけど」
「……何を言っても無駄な事はわかりました」
と立ち上がったと同時に、お時間ですとノックと声がして、そんなエリアスに呆れた私は一人で扉までどしどしと大股で歩いた。
「置いていかないでよ」
扉を開けようと手を伸ばした時、エリアスの声と同時に反対の腕を後ろへと引っ張られ、バランスを崩した。大きな腕に腰を受け止められると目の前の扉が開く。
エリアスが強制的に私の腰を抱きとめて扉を開けたのだった。
「愛してるよ、ルーシー」
そう耳元で囁きながら。
☆
指輪を交換しあい、神へ永遠を誓った私とエリアスの結婚披露宴は、ハワード邸で行われた。
沢山の方々が来てくれていて、レオナルド殿下を筆頭にハロルド、ディラン、フォーレン。みんな彼女や婚約者を同伴して参加してくれている。
そして婚約したというリリーとダレン。
リリーはわかるが、ダレンが参加したのが意外だったが、リリーを一人で参加させたくないご様子だった。
もちろん、ロイとセイラさんも。そんなロイの腕にはもうすぐ一歳になるという二人の間に出来た子供がいた。
手紙で知らせてくれた時にはもう、ロイが幸せになったんだと嬉しい気持ちしか湧いてこなかった。
「ルーシーさん、エリアスさん。本当におめでとう! あなた達はこうなるってずっとそう思ってたわ!」
「ありがとうございます。あの、ずっとですか?」
遠い国に住んでいて、結婚は手紙で知らせたのに、ずっと? よくわからないことをいうセイラさんにそう聞き返した。
「ええ、恋人同士じゃないのって聞いた事あるでしょう?」
「はい。でもあの時は全くそんな事なかったですし」
「まさか……あなた気づいてなかったの?」
「……え?」
「エリアスさん……本当に良かったわね」
「そうですね。ありがとうございます」
なにやら信じられないような顔をしたセイラさんは、エリアスに向き直り同情したような眼差しでエリアスにそう言った。
「エリアスさん、あなたの事が好きっていうオーラ全く隠してなかったわよ……だからてっきり」
「そ、そうだったんですね」
「魔法薬の実演だって、すぐに治るといってもあなたに傷をつけるのが嫌だったからでしょう?」
「その通りです。まあ俺が気づかせないようにしてたのは確かですけどね」
「にしたって、エリアスさんずっとルーシーさんの事ばかり気にしてたから……まあでも結果良ければよね」
まさかのセイラさんにもそう見えてただなんて。しかも実演を譲らなかったのはそういう事だったの?
「エリアス君が苦労してるってそういう事だったんだよ」
「ロイ……さん。そうだったんですね。私どうやら凄く鈍いらしくて」
「……よく気がつくし気配りがよくできてるよ、ルーシーさんは。多分、特定の事に関してなんだろうね」
特定とは恋愛とかそういう事だろう。ある意味ではロイは私に一番詳しいのだ。そうなんだろう。
「可愛いお子さんですね。ケイトくん……でしたか。顔はセイラさん似で、雰囲気はすごくロイさんです」
「ありがとう。それよく言われるわ」
本当にケイトくんは二人の子供だとよくわかる可愛らしい見た目をしていた。
ロイ、本当に幸せなんだね。私もやっとあなたとの物語を終わらす事が出来たよ。幸せになったよ。
――今まで本当にありがとう。
☆
「あんたもしかして緊張してる?」
二人の新居のベッドの上で、緊張で身体が固まった私にエリアスはそう言った。
それも仕方ないだろう。娼婦をしていた記憶から随分時間が経ったし、それに、自分の愛する人と初めて致す時に緊張しない人とかいるのか。
「俺に試してみるかって軽口叩いていた時とは、えらく別人だね」
「だって……好きな人と初めてするのに、緊張しない人っているんですか? 逆にエリアスさんは緊張しないんですか」
「……可愛い事言うね。俺はどうだろうね、思ってても言う訳ないけど」
そう言って啄むように唇を重ねてきたのだった。
☆
明け方近くまで翻弄され続けた私は目覚めたらもうお昼を過ぎていて、存分に絶倫を発揮してくれたエリアスのせいで、身体が重くてしかたがなかった。
エリアスが治癒魔法をかけてくれたが、自身は大丈夫らしく治癒魔法はかけなくていいといった。
「なんなら今からする?」
「……末恐ろしすぎる」
なんでもないような顔でそんな事を言うエリアスに、今後の私が心配になった。だけど、それ以上に幸せな気持ちが湧き上がる。
「ルーシー」
「はい、エリアスさん」
エリアスは、優しい声と深い愛を含んだ瞳で私の名前を呼んでくれる。
「愛してるよ」
"何度生まれ変わってもそばにいさせてほしい。エリアス・ウィーラー"
私の指輪の裏には、そんな言葉が彫られている。
――沢山酷い事もしたし、沢山辛い目にも遭った。だけど、全てはこの瞬間の為だったのかもしれない。と、そう思えた。




