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偶然じゃないその始まり

 





「あんた、その十歳頃、同い年ぐらいの子供助けた事はない?」

「十歳といえばまだまだ傍若無人を発揮していた頃ですから……助けるなんて……」



 ――あ。



 ……そうだ、前世のあの船の檻の中で……。





「……私の感覚では前世の記憶なんですが、お忍びで街に出てた時に私にぶつかったのに謝りもしない不届き者を、当時同世代では魔法使いとして飛び抜けてた私は、腹が立ってその男を追いかけたんです」

「それで?」

「ええ、建物に入って行ったので扉を破壊して入っていき、中にいた男を滅多打ちにしたんです…出ようと思ったら奥の扉から物音がして……」

「うん」

「奥の部屋に入ったら檻に入れられた子供がいました。当時の普段の私なら助けないと思います…でも男を滅多打ちにしたおかげですごく気分が良かったんです。あの時の私の唯一の善良な行いです、ね…その子凄くやつれていてぼんやりしていて、銀の髪も薄汚れていました。ハッキリとは思い出せませんが凄く綺麗な顔をしていたのは覚えています。それで誘拐されたとわかって。檻を壊して治癒魔法をかけても動こうとしなかったので、巡回中の騎士に預けて帰りました。…でもどうして助けた事知っているんです? 話してませんよね?」

「その子供の容姿と俺の容姿は?」

「……汚れてはいましたが銀の髪に綺麗なよう、し…」



 そこまで言って気がついた。





「その子供、俺だよ」









 ☆







 エリアスが十一歳であった当時、ウィーラー侯爵家の屋敷からレオナルド殿下に会いに行くため、城までの道を馬車で走っていたという。

 王都は治安もよく、エリアスと護衛二人と馭者一人のみで移動していた。そして想定外のことが起こる。



「その時のことはよく覚えてる。あっという間だったよ」




 明るいその時間から馬車が何者かに襲われたのだ。複数人で、中には魔法使いも混じっていたらしい。



「十一歳だと言ってもエリアスさんが簡単に捕まえられたりしますか? 逆に返り討ちにしそうな気が……」

「うん。後でわかったことだけど、俺の魔力が多すぎて無意識に自分で制御したらしくて。当時は少ないぐらいだったんだ」




 そんなエリアスは、気絶させられ攫われた。護衛と馭者は一人残らず死んでいたらしい。



「なんてこと……。でもそんな大きな事件があれば、私もさすがに記憶していると思うのですが」

「殺されて誰一人目撃者がいなかったから情報に規制をかけたらしい。大っぴらに動いてすぐに外国まで逃げられたらどうしようもないしね。すぐに国境を検問するように手配したらしいけど、それを読んでいたらしい奴らは王都を転々として隠れてた」



 私はダレンに夢中で知らなかったが、エリアスのその容姿の綺麗さは有名だったらしい。身分とその容姿で誘拐されたと。



「次男だし身代金ふんだくるより、俺をどっかに売り飛ばしたほうが金になるって話し合ってるのを意識が戻った時入れられていた檻の中でそう聞いた」



 エリアスは、私が助けたことにより、一ヶ月後に発見されたと言った、が。



「俺を奴隷として売るにはまず、絶対に逆らわないようにする事が必要だったんだ。俺を待っていたのは心をへし折るための暴力だった」

「な、しんじられない……」



 その中に魔法使いがいるのを知ったのは、半日程かけて殴る蹴るでボロボロになったエリアスに治癒魔法をかけた人間がいたからだ。



「まあその繰り返しを毎日あんたが助けにくる前日まで行われたわけ」



 昔の事だからと普通に語るが、最悪だ。十一歳の子供になんてことを。




「途中で精神がやられて、記憶が無かったりあっても薄かったりする。だからあんたの顔は覚えてなかった」

「なのにそこから六年も歳をとった私に気づいたんですか?」

「雰囲気だけは覚えてる。なんというか、磨りガラス越しに見てるというか、色とかあんたが男を叩きのめしてる音も覚えてる」

「なるほど……でもそれだけでわかりますか?」

「生徒会室にあんたが面談にやってきたとき驚いたよ。俺を助けてくれた人の雰囲気にそっくりでその時の薄い光景と重なったよ」



 確かにまだ十歳の頃はあの派手なメイクはしていないから、面談の時の方が十歳の私に近いだろう。




「俺、助けられてから一年ぐらいはまず声も出なかった。完全に心がやられて」

「そんな……」



 そこから立ち直るのに三年近く掛かったらしい。それにはご家族とレオナルド殿下の並々ならぬ協力と努力の成果があったのだと。



「もちろん、家族やレオには感謝してもし切れない。だけど、俺の光のない心の隅にずっと顔の見えないあんたがいて、ずっと負けるなって言うんだ」




 気まぐれで助けた当時の私はそんな事言わないだろうが、どん底にいる時助けてくれた人というのは、心の支えになる事は私もよく知っている。私でいうサリバンやロイ。今では……エリアスも。




「少しずつ回復していくたびに、俺を助けてくれた人を探して必ず恩を返そうと思った。事件のショックで魔力の制御が無くなって魔法の勉強を始めたんだよ。その人を守れるぐらい強くなろうって、それがまた支えになった」

「そ、うだったのですね……」

「うん。俺ぐらいの世代なのはわかってたから、魔法学園にいけば見つかると思った。でも二年になって少ししても見つからなくて正直焦ってたところにあんたが来たんだよ」

「以前の私だったから見つからなかったわけですね」

「派手な時のあんたの容姿も知ってたけど、多分自分が思うより別人だよ」

「……でも私の評判で信じられたんですか?」



 そう言った私にエリアスは、ほぼ確信していたけど、一瞬疑った、ごめんと言った。

 接してみると噂と全然違っていて。いつの間にかそうだと思うようになったという。




「ほぼから完全に変わったのは、あんたの匂い」

「……一年の学園ダンスパーティーの時、私に自作のボディクリームの事聞きましたもんね。その匂いが好きだと」

「あんたも言った通り記憶に一番残ってるのはそのあんたの匂い。そして調べたんだ。あんたのボディクリームの原料を使った製品を。……当時はなかったよ。全部事件以降に発売されてた」

「そこまで……」

「そう。だからあんたを気にするなってほうが難しかったんだ」




 私を気にしだしたのは、そういう理由だったんだ。そんな事があるなんて……。

 前世で出会わなかったのはそういう事だったんだ。




「私、前世でストケシア行きの船に乗せられた時、ぎりぎり身体が入るぐらいの檻にいれられてたんです。その時に、強く思い出しました。私と同じように檻に入れられたあの子が、元気にしてますようにって。そうする事で自分の心を保ちました……本当に元気になってよかった……っ」




 そう言いながら涙が滲んだ。エリアスを助けた時と、檻に入れられた時の事が自然と頭に浮かんだ。




「あんたは前世で俺に会ってるし、あんたの前世で見つけられなかった俺は今世ではこうしてあんたを見つけられた。あんたが無かったと思ってた、俺との前世での繋がりがあったんだ。俺はこれを偶然とは思ってないよ」

「……え?」

「必然だったって俺はそう思う。あんたは俺に何か返したいっていったけど、返す必要なんかなくて、逆に俺が返しきれない恩があった。もちろん好きだという気持ちからも行動してたけど」



 前半の言葉には感動して、後半の言葉に恥ずかしくなったがすごく嬉しかった。



「……そういえばなんですが……私に返せるものがあって一度返してもらったって言ったのはなんなのです? エリアスさんは返さなくていいと言いますけど、言葉は嬉しいですが全く返さないの――」



 私がそういい切る前に、エリアスは急に立ち上がり、テーブル越しに私の唇に……キスをした。



 びっくりして一瞬何が起こったかわからなかったが、理解した途端顔から火が出るんじゃないかというぐらい熱くなった。




「 な、な、なにを」

「 今日あんたっていう一番欲しかったものを返して貰ったよ。さっきのは一度返して貰ったってやつ。ストケシアで貰った、あんたの……ルーシーのファーストキス 」









 ☆










「ふっ……ちょっ……エリ、アスさ……」



 本当の初めての私とエリアスの出会いを聞いた後、一瞬何があったのと、気づけなかったという程の素早さで、対面にいたエリアスは私の横に来て、食べるよう様に私の唇を奪った。

 一度で終わらなかった蕩けるようなそれに、身体の力が完全に抜けていた。



「……これ以上してると俺が限界だから許してあげる」

「っ許してあげるじゃないですよ……! ここ個室とはいえレストランなんですよっ」



 息を荒くしてそう言った私に、何処吹く風のエリアス。

 そんな様子にむっとしなくもないし、十九歳のキスに翻弄された自分が情けなくなった。


 ……まあ本当に十九歳とは思えなかったけども……





「……改めて聞いていい」

「え? いいですけど、なにを?」

「あんた、俺の事好きなんだよね?」



 う。真顔で恥ずかしいことを……。だけど鈍いらしい私でも照れて黙る場面ではないことはわかる。



「その……好きです……とても好きです」



 そういうとほぼ同時に私の唇にエリアスの唇が重なる。濃厚だが長すぎないそのキスに、末恐ろしさを感じる。

 ……なんなのこの人。いつもどちらかというと素っ気ない方なのに。変身ぶりがすごくないか?



「俺、記憶力が良い方だから今の言葉、絶対に忘れないし、後でやっぱなしも受け付けないよ。離れようとしたら俺たぶん死ぬよ。それでも俺のものになるの?」



 なんと破壊力のある言葉をくれるんだ。


 ――だけど。 何も知らないままだったらびっくりするだろうが、幼少からのあの出会いと、私を好きでいてくれたのに、泣きながらロイが好きだという私の話に耳を傾け、何も言わず長い間協力してくれたその深い愛を知っているからこそ、私は頷くのだろう。




「……こんな事をいうのはだめかもしれませんが、エリアスさんだからこそ、私が一度好きになるとどうなるか…知っているでしょう? 」

「……もうさあ、こんな事になると思ってなかったからここにしたけど、今は完全に失敗したと思ってるよ」

「は……? いっ……!」



 エリアスがそういったすぐに、胸元に小さいけど鋭い痛みが走った。



「冗談だよ。 今日はこれぐらいにして、しばらく我慢するよ」



 その言葉と胸元の見えるか見えないかギリギリに付けられた小さなその赤い痕に、エリアスが何をいいたいのか理解できて何も言えなくなった。



「俺は、あの人と同じような人生を歩んだとしても、必ずあんただけを……今度は一生幸せにするだろうね」

「な、なにを……」

「確かめようもない事を絶対とか、言わないよ、俺は。だけど、あんたに関しては――ルーシーに関しては確信がある」



 そう言って私を抱きしめた。



「そん、なことずるい……私のこと、簡単だと思って、るん、ですか……?」




 涙に濡れた私の額に口づけてからエリアスは言った。




「あんたが簡単でいてくれた事は、一度もないよ。俺は何度人生が巡っても……ルーシーのそばにいたい、それだけだよ。だからその許可がほしい」

「許可……?」

「そう。俺との結婚と、何度生まれ変わってもそばにいさせてくれる許可」




 もう涙が止まることが無いんじゃないかと言う程涙を流す私は、自らエリアスに唇を重ねた。








「ずっと、ずっとそばにいて下さい……何度生まれ変わっても」









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