気づいた時には
私は今、馬車に揺られている。
正面には、窓の縁に肘を乗せて掌に顎を置くエリアス・ウィーラーがいた。彼は特に喋る事もなく窓の外を見ていた。
銀色のその綺麗な髪は、窓から差し込む光でキラキラと輝いていて、その髪と同色の瞳は、気だるげだけどとても綺麗で。
形のいい鼻は高く、少し厚めな唇は色気を感じさせる。
どうみても私より綺麗であろう陶器のような肌には、その全てのパーツが絶妙なバランスで配置されていた。
そこまで考えてはっとする。
見すぎだよ私。なにしてるんだ!
――最近、というかあの文化祭の後から、今までなんとも思わなかったはずのエリアスの容姿がすごく格好良く見えるのだ。
ゴシゴシとメイクが崩れるかもしれないのを気にもせず、目を擦って見てみたけど、やっぱり格好良い。
なんなの? もともと超絶美形だったし、私の感覚が普通になっただけなのか。私、まともになったの?
「目、なんか入ったの」
一人であれこれ考えていると、いつの間にかエリアスが超至近距離にいた。
「ちょっエリアスさんっ近いです」
「なにを今更。目見てあげるからじっとして」
「いいい、いいですいいです」
慌てる私を無視して、座っている私の目にゴミが入ってないか、屈んで少し高い位置から確認している。
その近すぎるエリアスに、心臓がバタバタと暴れ出し、顔に熱が集まるのがわかる。そしてその恥ずかしさに目に涙が溜まる。
……え? なにこれ、なんなの。一緒に寝た事すらある私が、どうしてこんな状態に。
一人であわあわする私に、いつもだったら何してんのとつっこむはずが、何も言わない相方。
ん? と思い少し落ち着きを取り戻すと……エリアスが耳を真っ赤にしてこっちを凝視していた。
「あの、耳が」
「顔真っ赤にさせたあんたに言われたくない」
「……ですよね」
「よくわからないけど、そんな顔してこっち見るのほんとにやめて」
耳が赤い原因は私だというエリアス。そうか、伝家の宝刀に弱いんだったこの人。
「そういえばエリアスさんは下から見られると、恥ずかしいんでしたね。すみません」
「……恥ずかしいわけじゃないし、こうなんのは特定の人だけだから」
エリアスは遠回しな表現をする事が多くて、たまに何を言っているのか本当にわからない時がある。特に今みたいな時。
「あんたさ、たまに思うんだけど俺の理性の限界でも知りたいの」
「……はい?」
「またその顔で見られたら俺、襲う自信あるけどいいの」
「……殴りたくなるぐらい酷い顔でしたか?」
「あほなのあんた」
殴る方ではなく、押し倒す方の襲うだとは私もわかっている。だが、相手は私を異性として見ていないと言うエリアスだ。そんなエリアスが私を襲うとかありえないし思えない。すごく高度な冗談である。
「あんたが鈍いせいだけではないのはわかるけど」
「……エリアス語は難解でありますね」
「いやあんたが一番難解だから」
この日は、もうすぐ誕生日を迎えるルイの誕生日プレゼントを買うのに付き合ってくれたのだが、距離の近いエリアスに何度かあの様な反応をしてしまい、怒られてそして何故か凄く疲れさせてしまった。
本当に一体私はどうしてしまったというのか。
☆
「セドリックお兄様にエスコートされるのは初めてでございますね」
「そうだね。いつもはアリアがいるからね」
「アリアお義姉様がこられないのは残念でしょうが、お子を身篭られていては仕方がありませんものね」
「そうだね。だけど、ルーシーをエスコート出来てうれしいよ。お腹の中の赤ん坊に感謝しないと」
そんな事を話しながら着飾った私をエスコートするのは、私とよく似た容姿をしたセドリックお兄様。
セドリックお兄様は私の五つ上で、学園卒業後婚約者であったアリアお義姉様と結婚した。
そのアリアお義姉様が最近第一子を身篭られた為に、私がパーティの参加を代行しているのだ。
前世の私なら考えられないだろう。嫌われていると思って避けていたし、絶対今のように自ら代行するなんて言い出さなかっただろう。散々わがままを聞いて貰っているのだ。少しでも何か返さなければ。
☆
それがあったのは、沢山の人との挨拶に疲れてきて、もう少しだ!と気合いを入れたパーティーが終盤に差し掛かったその時だった。
「やあ、エリアスくんじゃないか。君も来ていたんだね」
「ご無沙汰しております、セドリック様。僕は付き添いですよ」
社交の場が好きではないエリアスに遭遇するという、まさかの事態に驚く。私も滅多に出ないが、エリアスはもっとじゃないだろうか。
そんなエリアスの正装した姿にドキッとしてしまう。いかん。ほんとにどうしたんだ私。何回も見たことあるじゃないか。
エリアスは付き添いだと言った通り女性をエスコートしていた。
とても綺麗な女性で、エリアスと並んでも違和感なく、むしろ絵になっている。エリアスがエスコートしているという事は、貴族だろう。
実は遊び人なエリアスだが、知り合ってから今まで女性を連れている所は見たことがなかった私は、なぜだかすごくショックを受けた。
社交の場が苦手なエリアスがエスコートを引き受ける程の人って……。もしかして、婚約者……?
『諸事情により、遊びを控えてるんだよね』
ふとエリアスが言っていたそんな言葉が蘇る。
あれは二年の学園パーティーの時だ。リリーが聖女と呼ばれるようになったあの年。
そんなにも前から? 婚約者がいるなんて聞いた事がなかった。どうして言ってくれなかったのだろう。
「……ルーシーどうしたの? エリアス君だよ。仲がいいだろう? 挨拶しないと」
そんなお兄様の声にはっとした私は喉がカラカラになっていて、声を出すのが辛かった。
「し、失礼致しました。偶然でございますね、ウィーラー様」
「……本当ですね」
「そ、そちらの方は初めて、ですわね。ルーシー・ハワードと申します」
「ルーシー・ハワード様といえばあまり社交の場に出ないと有名ですものね、当然ですわ。貴方のお名前はエリアスから良く聞いていましたの。ですからわたくしは初対面とは思えませんわ」
エリアスと呼び捨てにし、 よく私の名前を、という事はよく話す間柄…なんだ。
「……確かにミシェルには話してるね」
「ええ、無愛想なこの子が目を輝かせて話すんだもの。すごく驚きましたわ」
「余計なこと言わなくていいから」
どくどくと心臓が音を立てる。
その親密な雰囲気とか、この子と呼ぶということは年上なのかとか、普段私は名前で呼ばないくせにミシェルって呼び捨てにするの、と色々な事が頭に浮かぶ。嫌な予感がして、耳を塞いでしまいたくなった。
「あらやだわ。名乗るのを忘れておりました。わたくし、ミシェル・ウィーラーと申します。ほんの少し前に姓が変わりましたので聞き覚えはないかと思いますが」
――何かが砕け散った音がした。
「ルーシー! 手が滑ってしまったの? 怪我はないかい?」
持っていたワイングラスを落としてしまい、足元に割れたグラスが中身と共に飛び散っていた。
「……申し訳ございません。失礼してお化粧室へ行って参ります」
「ああ、そうした方がいいね」
「……失礼させていただきますわ」
エリアスの顔を見ることが出来ない私は、目を逸らしたままその場を離れた。
☆
つくづく神様に嫌われているのだと再確認した私は、エリアスに偶然会ったそのパーティーの日から、何度目かわからないため息を吐いた。
「結婚したのだと知ったのをきっかけに、エリアスさんのこと好きになっていたのだと自覚するだなんて……」
本人から聞いたわけではないけれど、私が二年生だった頃だろうぐらいに出来ていたらしい婚約者といつのまにか結婚していたエリアス。
それを知った事で、最近の自分のおかしかった理由がわかったなんて……。まるでお前なんて人を好きになるなと言われている気分になる。
――けれど、ずっとロイだけを見てたのは私なんだ。親切で助けてくれていたエリアスが黙って結婚してたとしても、文句を言う資格はない。どうして言ってくれなかったのと正直すごく思うけど、エリアスがわざわざ私に報告する義務などない。
それに、あの時私がグラスを割らなければ、きっと紹介と報告があったはずだ。だから逃げ出して、聞きたくなくて中々戻らなかった。会場に戻るとエリアスとミシェルさんの姿がない事にほっとした。
むしろあれだけ愛していたロイ以外の人を好きになれるだなんて、私は信じられない程浅ましい女なんだとすら思った。
『……そろそろ俺もあんた離れしないといけないのかもね』
あの言葉は私の世話を焼いていないで結婚しなきゃいけない、とそういう事だったんだと理解して胸が痛くなった。そうやって悲しんでいいような人間ではないのに。
「もう、縁談でも受けちゃおうか……」
独り言の多い私は、そんな事を思う。お父様は隠しているつもりらしいが、そこそこの数の縁談が来ているのは知っている。名家であるハワード公爵家だ、来ない筈がない。
政略結婚の多い貴族の一員でもある私だし、好みもうるさくない。好きにはなれないかもしれないが、幸せにはなれるかもしれない。仮にエリアスが独身だったとしても、女とすら思われていない私に望みなどあるはずがないし、あっていいはずもない。
もう自分のあまりの運と縁のなさに、本気で縁談を受けようと思うほどおかしくなっていた。
☆
「久しぶりだね。そんな忙しかったの」
「……ええ、まあ」
本当は結婚の報告が聞きたくないのと、結婚したばかりのエリアスと二人きりで会うのはよくないと思う気持ちで、忙しいからと何かと理由をつけて誘いを断り続けていた私だったが、ひと月先まで、日にち毎の予定の確認をされ、いよいよ断りきれなくなり、今日はエリアスと会うことになってしまった。
「あんた少し痩せた?」
「どうでしょうか。自分ではわかりません」
「俺たぶん一キロ単位であんたの変化わかるよ」
「その発言、怖すぎますよ」
「……冗談に決まってるでしょ」
変化がわかるといわれて嬉しくなったのだが、正直に言えるはずもない。それに恋愛結婚なのか政略結婚なのかまだわからないが、新婚のこの人が冗談でもそんな発言をしたり、意識していないとはいえ女性である私とこうして堂々と二人で出かけてもいいのだろうか。
比較的自由な立場の貴族であるエリアスとはいえ、今の時期はどう考えてもまずいと思う。
最後にしようと、自分を甘やかした私が言えた事ではないのかもしれないが。
「はい、これ」
そう言ってエリアスに渡されたのは、私がずっと聴きたいと思っていた人気歌手の公演のチケットだった。
この国では珍しく、どんな身分であろうがお金をどれだけ積もうが関係なく、全て同じ額での運だけが頼りな抽選販売だ。
「え……どうしてこれ……」
「あんたが一度でいいから聴いてみたいって言ってたでしょ」
なんでもない風にそう言うエリアスだが、私が言ったのは何回応募しても中々当選しないと愚痴のように言ったひと言だったし、この手にある二枚のチケットも本当に一回応募して当たるような倍率ではない。
……どうして最後だと言い聞かせた私に、こんな事をするのだろう。私の気持ちを知らないとはいえ、優しさとは時に凶器になるのだ。嬉しさ以上に込み上げてくるものがある。
「なんかあんた、あまり嬉しそうじゃないね。もしかして当たらなすぎて熱が冷めた?」
私の心情など露知らずであろうエリアスは、公演会場のその席で、隣に座る私にそう言った。
もちろん嬉しくない訳がないし、歌だって聞きたいが素直に喜べない自分がそこにいる。
「あんたが楽しくないんだったら何の意味もないし、まだ始まってないから、出る?」
「そ、そんな事はありません! もちろん楽しみにしていますし、聴きたいですよ」
うん、じゃあ聴こう。とそう言ったエリアスは、舞台以外の照明が落とされた時、私の手を握ってきた。
指と指をからませる、密な方の握り方で。
「あの、エリアスさん……この手は?」
「俺、今までレオみたいな行動してたけど、やめるから」
「……は?」
「これからは思うままに俺らしくいくから」
「……はあ。ご自分らしくいるのは大切な事ですけれど、その話とこの手になんの関係が?」
「あんたがどこかに行ってしまわないようにって事だよ」
「また子供扱いですか……。まあもういいですけど」
手を握られ、指を絡められた私がドキッとしたのは一瞬で。子供扱いされただけだと知り、溜息を堪え舞台へと視線を戻した。
" 運命られたものは覆されない。あなたの幸せは違うどこかに転がっているのかもしれない "
その人気歌手の二曲目のその歌は、まるで私に向って歌っているかのようだった。
☆
公演が終わると、エリアスと初めて出掛けたあの日に来た高級レストランに来ていた。
今日も個室だったが、今度は前回と理由が違うのは確かだ。
「ここ、懐かしいですね」
「うん、あんたに話したい事もあるし、なんとなくここかなって」
私が前世を話してしまった場所ではあるが、結婚の報告となんの関係もないと思うのだが。
話したい事と聞いて身体に力が入った。
――覚悟を決めなければいけない。
「まあまずなんか食べようよ」
「……はい。ここのお料理すごく美味しいですもんね」
「いくらでも食べてくれていいからね」
「さすがにいくらでもは無理ですよ」
「なんか前もあったね、こんな会話」
そんな事を言って笑いあった私とエリアス。ずっとこういうのが続くと思っていた私は馬鹿だ。そんなはずがないのに。
やはりここの料理はすごく美味しくて、勝手に出てきたワインもすごく美味しかった。さんざん勉強した故にこのワインの値段が大体わかってしまうが、今日はまあいいかと目を瞑った。
「エリアスさん」
「なに」
「エリアスさんのお話する内容はわかっているので、私が先に話してもいいですか?」
「……は? あんたが俺の話す内容を?」
「ええ、わからない方が難しいでしょう」
「えっとちょっと待って。全然意味がわからないから」
「……私だって今日のエリアスさんの行動や発言の意味がわかりません」
「……嫌な予感しかしないけど、まあいいよ話してみて」
何が嫌な予感なのか。
げんなりしたように言うこの人は、いつにも増してわからない事をいう。もしかして私の頭が相当悪いのか?とまで思ってしまう。
「……あの、もうこうして二人で会うのはやめませんか? 」
「はあ? なんで?」
「なんでって……。エリアスさんの方がまずいでしょうし、私も縁談をお受けするのに、いくらエリアスさんでも男性と二人でお会いしていると知られるのはまずいですし」
私がそう言うと、エリアスは唖然とした顔で固まってしまった。
「まあ、まだどの方とお会いするか決めてもないんですけどね」
「……縁談ってなに? あんた結婚したいの?」
「結婚というか、なんだかこのまま孤独に死んでいくのもな……とか思ってしまって……」
あはは……と笑いながら言ったが内心全く笑えない。自分で自分の発言を聞いて哀れすぎるだろうと。
「……仕事は?」
「家督を継ぐ方は選びませんし、仕事を続けてもいいという方を選ぼうかと」
「……ならそれ俺でもいいよね」
「……は?」
今度は私の方が固まってしまう。真剣な表情で何を言い出すんだこの人は。
「あの、私を愛人に? それに私の事、女として見てないですよね?」
「あんたほんとに馬鹿なの? 愛人なわけないでしょ。それに女として見てないは嘘だから」
馬鹿はあんたの方だと言いたい。結婚してるくせに俺でいいとか、愛人じゃないとか。しかも嘘ってなんなの。
「そう言っておけば、あんた警戒せずに俺を側におくでしょ。特に最初の方は。普通だったらそのうち俺の行動で気がつくでしょ。どれだけ鈍いの」
「そう、いう事だったんですか……」
「まあ……あんたの場合は色々仕方ない面もあるのは確かだけど」
確かに前世での私は経験人数は多いが、恋愛経験が少ないし、今世の私はずっと私を女と意識しない生徒会の人達に囲まれていた。というかエリアスも生徒会の中のひとりだし。
けれど、愛人……ではない何かにしていい程には女として見ていたのか。
「エリアスさんの気遣いだったんですね」
「そういうこと。縁談なんだったらある意味では誰でもいいんでしょ? だから俺にしなよ。自分でいうのもなんだけど、俺以上に条件のいいやつなんて絶対いないから」
いやいや、確かに侯爵家で次男だし、仕事も続けさせてくれるだろうし、話も性格も合うけど。あなた結婚してますよね。
……まって、まさか。
「もしかして、エリアスさん。あなたもう離縁なさるおつもりですか?」
「……は?」
「とんでもないことですよ。せっかく私離れして結婚したのに、また私の世話を焼く気ですか」
「……ちょっと待って、一回考えさせて」
エリアスはそう言って肘を突いた手で頭を抑え黙り込んだ。
愛人ではないなら正妻だけど、それなら離縁するしかない。エリアスを好きという気持ちはあるが、そこまでさせていいはずがない。この人は私に関して基本何でもしてくれるが、条件が合うってだけでそこまでするとは。
少しするとエリアスはこちらに顔を戻した。その表情はとても疲れたようだった。
「……謎が全て解けた」
「探偵ですか?」
「ごめん今つっこむ気力ないから」
どこかの探偵のような発言をするエリアスだが、なんの謎が解けたというのか。
「で、俺が誰と結婚して、誰と離縁するだって?」
「……わざわざ私から言わすのですか。ミシェルさんでしょう。旧姓は存じ上げませんが」
「やっぱりか……。嫌な予感はこれだった」
「……なんなのです? 本当に意味わかりませんよ」
「あのさ、俺、そもそも結婚してないから。禁欲生活最長記録更新し続けてるから」
「……え? は……? き、禁欲生活?」
私のその言葉に長いため息を吐くエリアス。
「ミシェルって、最近結婚した俺の兄貴の奥さんだから。ちなみに俺と兄貴の幼なじみ。あのパーティーは行けない兄貴に頼まれて付き添ってただけ」
「……え!?」
「勘違いすんのもわからないでもないけど、あんたが化粧室からすぐ戻れば誤解はなかったし、あんたの兄貴にもそう説明したよ。結構待ったのに戻ってこないし」
「……うそ」
「ほんと。ていうかそれで俺の誘いを断ってたの?」
「え、ええ。だって結婚している人と二人でってまずいですし」
「ほんとあんた……まあいいや、これでわかったでしょ。俺以上に条件のいい男がいないの」
「まあ、はい。わかりましたけど、エリアスさんは私でいいんですか? そこまでして頂く必要ないんですよ」
「肝心な部分が伝わらないね、ほんと。俺あんた以外とは結婚しないよ。あんたしかいないから」
「えっと、どういう……」
「むしろあんたがすんなり受け入れようとしてる方が驚きだよ」
私以外とは結婚しない? 私だけ? なんだかそれって私のことがす――いやいや自惚れるでない自分。
「あの、本当に驚くのはわかります。私を貰ってくださるのなら……言います」
「なにを。……貰うのは確定だけど」
こう言ってくれてるのだ。もう全力でお言葉に甘えよう。
「私はずっと別の人を愛してたのに、こんな事言えた女ではありません。わかっているのですが、こういう気持ちは自分ではコントロール不可能でした。誤解ではありましたけど結婚したと知ってから……」
「……知ってから?」
「エリアスさん。……貴方のことを好きになっていたと気づきました。エリアスさんに私を好きになってほしいとは言いません。ただ、気持ちを知っておいてほしくて……結婚したとしても好きな人を作るなとも言いません。伝えたかっただけなので……」
人生初めての告白に、もう途中から恥ずかしくてどんどん顔が下がってついには完全に下を向いてしまった。
エリアスの顔が見られない。嫌な顔をしていたらどうしよう。
……
…………
エリアスからの反応が何も無く、引かれてしまったのかと前を向くと、絶句した。
だって、だって……
――エリアスが、涙を流していたのだ。
「エ、エリアスさんっ……涙が……」
エリアスは、表情は普通なのにその綺麗な瞳からポロポロと、涙が落ちていた。
「あの、どうして泣いて、いるのですか」
「俺あんたの口から一生そんな言葉は出ないって思ってた。だから形だけでもって」
「……私の言葉が嬉しいという風に聞こえるのですが」
「そうだよ。こんな情けない俺にすんのは、あんただけだよ。俺、自分でも引くぐらいあんたの事好きだから」
……好き? 私を? エリアスさんが? 嘘でしょ……。
「もう引き戻せないぐらい好きだよ。気づいてないのはあんただけで、レオや生徒会に入っていたやつらもみんな知ってるし、アルトやルイでも知ってるだろうね」
「なっ……!」
「あんた離れっていうのは、意識させないで世話だけ焼いてるのを止めるってこと。本来の俺ならそんなレオみたいな事しないから」
「公演会場で言ってたのってそういう意味が……」
そういう事だったのか……。じゃあ遊びを控えた諸事情ってつまり。
「もしかして、前に言ってた諸事情って」
「そうだよ。もうその頃には遊べなくなるぐらいあんたの事想ってたから」
「うそ……いったいいつから……」
「気づいたらあんたの事目で追ってたから自分でもよくわからないけど、きっかけならあるよ」
好きになるきっかけってこと?
そうだ、エリアスが私を好きになるはずないと思っていたのは、理由がないからだ。選り取りみどりのエリアスが、女らしさや淑女らしさの欠片もない私のどこを好きになるというのか。
「俺とあんたが初めて会ったのはいつ?」
「え? えっと、生徒会の面談の日ですよね」
「あんたはそう思ってるかもしれないけど、違うよ。俺が十一歳の頃、八年前に一度だけ会ってるんだ」
「八年前……? では私が十歳ごろの……」
「あんたには前世での記憶があるから正確には二十年以上前かもね」
前世の私は二十九歳。今は意識が戻ってから三年近く経過しているので、学園以前の記憶はかなり薄れている。
――私は、エリアスの話を聞いて、そんな事ってあるのかと驚愕することになる。




