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気づいてはいけない気持ち

 




 その日、エリアス・ウィーラーというその男は、目に見えて浮かれていた。

 それを目撃したウィーラー侯爵家の人間は、ああ、あの方とお会いするのか。と微笑ましく見ている事に珍しくエリアスは気付いていなかった。


 普段感情が揺れる事の少ないその男ではあるが、そんなエリアスの感情を簡単に揺さぶる存在がいた。


 ルーシー・ハワード。


 この王国で、公爵家という身分以上に権力のある家の令嬢である。

 けれど、本人は普段全く令嬢らしくはない。スイッチがあるらしく令嬢モードに入ると、完璧なハワード公爵家の令嬢となる変わった人間であった。

 そんなしばらく仕事で会えていなかったルーシーから、少し前に手紙が届いた。アスター王立魔法学園の文化祭の招待券が同封されたその手紙には、こう書かれていた。




 学園の文化祭最終日、私と "デート" しませんか?

 嬉しいご報告もございます。

 お忙しいとは思いますが、快い返事を期待してお待ちしております。


 ルーシー・ハワードより。




 エリアスは、その手紙を読んだ時、しばらくの間、固まったのである。


 それもそのはず。唯一エリアスを振り回す存在であり、自ら誘うことはあっても、ルーシーから誘われた事は皆無だったのだ。



 "デート"


 とは特別な意味で男女が二人で出掛けることだ。貴族が使う事のない言葉で、平民が使うような言葉であったが、そんなルーシーらしい言葉に完全に浮かれていた。


 一瞬これは現実なのか……と疑う程に。



 エリアスは普段、身支度すらも使用人に任せっきりであるのだが、ルーシーに会う際は、服はもちろん自分で選ぶし、髪型すら自ら整えるのだ。


 もちろん当日もそうだったそんな彼は、鏡に映った自分の顔を見て驚いた。



「……俺、なんて顔してんの」


 蕩けたような自分の顔をみて溜息がでた。


「俺にこんな情けない顔させるの、あんただけだよほんとに」



 数時間後に会う彼女を想像しながら独り言ちたエリアスだったのだが。


 早く用意しすぎてそわそわとしながら時計を見つめ、その時間になると颯爽と家を出るのを微笑ましい笑顔で使用人達に見送られた彼は、学園の入口で見たその光景に、とんでもなく落胆する事となる。










 ☆







「……あんた、デートの意味ちゃんとわかってるの……」

「え? ええ、男性を誘う時の言葉ですよね? 男性を誘う時は使いなさいと教えられましたよ」




 センスを感じさせるようなオシャレな私服姿で現れたエリアスは、アルトとルイを連れて待っていた私に、残念な子を見る目を向けてそんな事を言った。


 とても見識のあるサリバンに言われたのだ。間違いないはずなのだが。




「……しばらく会わない間に、あんたに期待するだけ無駄なこと、忘れてた」

「……はあ?」

「数時間前の俺に教えてあげたい」



 不機嫌な様子でよくわからないことを言うエリアスに驚く。まだ会って五分の私は、そんなに失礼な事をこの短時間にしてしまったのだろうか。


「……あの、私なにか失礼な事を?」

「失礼っていうか。あんたじゃなかったら速攻帰ってるね」

「よくわかりませんけど……すみません」

「……もういいよ。で、嬉しい報告ってその子供?」



 不機嫌さを全く隠さずそう言ったエリアスは、アルトとルイを指した。



「はい! 私、弟子をとったんです。どちらもすごく優秀でいい子達なんです」



 私がそう言うと、促す必要もない賢いアルトはエリアスに笑顔で挨拶した。



「ルーシー・ハワード様に弟子にして頂きました、アルト・オルティスと申します。お師匠様にエリアス様の事は大切な方だとお伺いしております。もちろんわたしですらお名前を知っている程有名な魔法使いである事も存じ上げております。今日はお世話になります。そしてこれからもお師匠様の弟子としてよろしくお願いいたします」



 礼儀正しく完璧な自己紹介と挨拶をするアルトにたまらなく誇らしい気持ちになる。


 お師匠様とは私の事なのだぞ!



「……大切?」

「ええ、とても大切な人だとお伺いしております」

「……ふーん。ほんとにいい子そうだね」



 変な所をアルトに聞き返すエリアスだったが、無事アルトを気に入ってくれたようだ。さすがアルトである。


 その後事前に、挨拶は基本中の基本だよ、と言うアルトと練習をしていたルイも、無事に挨拶と自己紹介を終えたのだった。






「ルイ、よく聞いてね? こういうのはね、必ず競わないといけないんだって、ばあちゃんは言っていたんだよ。そして、負けた方が勝った方のいうことを聞くんだよ。ばあちゃんも若い頃にそうして楽しんだってお祭りに連れて行って貰った時教えて貰ったんだ」

「……なんでも?」

「うん、そうだよ。ただし相手が嫌がることはダメなんだって」




 おもちゃの魔法銃を用いた射的屋台。アルトとルイのそんな会話を聞いて、微笑ましい気分になっていた。

 おばあ様もなんて素敵な事をアルトに教えてくれたんだろう。



「この二人が本当に好きなんだね」

「はい、とても。二人はすごく苦労してきた子達だから、こうして普通の子供のように楽しんでいるのをみると本当に幸せな気持ちになれます」

「……あんたも苦労してきたから、余計だろうね」



 表情はいつもと変わらず飄々としていたが、そんな事を言ってくれるエリアス。



「それにしてもお金、全部支払ってくださってありがとうございます。弟子たちの分まですみません……」

「あんたの弟子なら当然だよ」

「ううっ……! エリアスさんは本当に男性の鑑です」

「……肝心な人に男性認定されてないんだけどね」

「誰ですそのような不届き者な女性は」

「……あんたもういいよ」



 なにがという私は、エリアスに完全に無視されていた。




「……うそ」


 勝つ気満々だったらしいアルトは、大差でルイに負けたらしく、そう言って膝から崩れ落ちていた。


「なんでも言うこときいてね」

「……う、うん」



 と、ルイにしっかりそう言われていた。







 ☆







 四人で回った文化祭は本当に楽しかった。


 一年の頃と同じように演劇をするという、リリーとダレンを主演にした劇は、病に伏せた愛する王子を救うため奮闘する聖女の話で、本当に起こった事実を元に、本人達が本人役をするという少し笑ってしまいそうになるような内容だった。




『ルイ、あの方誰かわかる?』

『ダレン・バリー・アスター第二王子殿下』

『あのヒロイン役の方は?』

『聖女リリー・レジェノ男爵様』

『じゃああの召使い役のーー』




 と、ダレンや国を救った功績により国王陛下から男爵位を授けられ、平民ではなくなったリリーや、その他貴族をテストするようにルイに問いながら観るアルトとルイがたまらなく可愛かった。




『完璧。さすがルイだよ』




 そう言ってルイを抱きしめて頭を撫でたアルトのその姿に悶えた私は、エリアスに呆れた視線を頂いたのだった。







 ☆






 二人をメインに文化祭を回った為にあまり食べていなかった私たちは、文化祭終了後、エリアスが予約していたという高級レストランに来ていた。




「エリアス様、私達までこんな素敵な所に連れて来ていただいて、ありがとうございます」

「……子供がそんな事気にしなくていいよ。というかずっと思ってたけど、様とかいらないから」

「では、お言葉に甘えてエリアスさんと呼ばせていただきます」

「うん、それでいいよ。ルイもね」




 弟子達とそんな会話をするエリアスは、レストランを予約していたの、と驚いた目を向けた私に、



『……何も言わなくていいからね』



 と、なんだか疲れたような顔をしながらそう言って、お店の人に、子供が二人増えたと伝えていた。







「わあ。とても美味しい! ルイも美味しい?」

「うん」


 そうはしゃぐアルトと無表情で頷くルイの手元には果実のジュース。私達成人組は、ワインを飲んでいた。




「うひひひ」

「貴族令嬢としては考えられない笑い方してるからね.、あんた。子供連れで酔っ払っていいの」

「今日はエリアスさんがいるじゃないですかー! それに失礼ですよ、わたしは二人がかわいすぎてもうニヤニヤが止まらないだけなのです!」

「二人はともかく、なんで俺がこんなに大きな子供の面倒までみなきゃいけないの」

「……大きい……面倒……子供……って、酷い!」



 今日は楽しくて気分が良すぎた私は、エリアスにあとは頼んだとばかりに飲んでいた。

 そんな私達の会話に、アルトが笑う。



「お師匠様は、本当にエリアスさんに心を開かれておられるんですね」

「色々開きすぎな気がしないでもないけどね」

「あはは! でもそんなお師匠様を見れて嬉しいです」

「これがハワード公爵令嬢なんて思えないよね」

「そうかもしれませんね。ですけれどお師匠様はお客様に対応される時はとてもきちんとなされていますが、わたしは今のお師匠様の方がもっと素敵で大好きなんです」

「……ぼくも」

「まあ、それは俺も同意する」

「だからそれを引き出せるエリアスさんは凄いです」



 みんなしてなんなの。今日は私の気分を良くさせる会なの。



「……たまにおもりしてる気分になるけどね」




 げんなりとそう言うエリアスに笑い声が上がる。





「なんという言い草ですか! もちろん感謝はしておりますが!」

「……そろそろ俺もあんた離れしないといけないのかもね」

「……え?」



 冗談を言っていた雰囲気を消し、急に真剣なトーンでそう言ったエリアスに驚いて、少し酔いが醒めた。


 ――どういう、意味だろう?




「なんでもないよ」

「……はい」

「そろそろ行こうか。子供は寝る時間だよ」

「はい! 今日は本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

「子供って私は入ってませんよね」

「好きに取ってくれてもいいよ」

「取るか!」








 ☆









 エリアスに屋敷まで送ってもらい、アルトとルイを寝かしつけた後、私はベッドの上で先程のエリアスの言葉について考えていた。




 "そろそろ俺もあんた離れしないといけないのかもね"




 エリアスはいつだって何も言わず私を助けて甘やかしてくれる。常に感謝はしているが、それが当たり前のようになっているのは確かで。


 そんなエリアスだって、知り合った頃から恋人がいる事は聞いた事はないが、恋人だって作るだろうし、いつか結婚だってする。

 むしろ身分を抜きにしても超優良物件なエリアスだ。結婚していない今のほうがおかしいぐらいなんだ。



 結婚したらもちろん私はエリアスを頼れるわけがないし、会うこともぐんと減るだろう。


 そう考えると何故かすごくモヤモヤした気持ちになる。寂しいような悲しいようなそんな気分だ。


 ……自分のことなのに、わからない。変だ私。もう寝よう。














 ――この気持ちの正体と原因には気づいてはいけないような気がした私は、考えることを止めてその気持ちにそっと蓋をするのだった。







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