想いとの決別
ストケシアのその教会には、沢山の参列者がいた。
今となっては全く意味がなくなった勉強をがんばった故に、各国の重鎮達の顔触れに気がつく。
やはり身分制度はないとはいえ、ロイは公爵家である私と引けを取らないような家の人間なのだとつくづく思う。
そんな私は、エリアスと共にロイとセイラさんの結婚式に出席し、二人の入場を待っていた。
「あんたちょっと肌出しすぎなんじゃないの」
淡いグリーンのベアトップのこのドレスは、ストケシアでは最先端だというデザインで。あまり淑女が肌を見せる事を良しとしないアスター王国ではありえないだろう。
言葉も喋れない遠い土地に侍女達を連れて来る訳にもいかず、この国の専門の人に用意を頼んだ結果このような仕上がりとなった私に、エリアスはそんな事を言う。
「……エリアスさんもアスター王国の貴族でしたね。そう言うのも無理はありませんが、すっごく流行っているみたいですよ、このデザイン」
「俺、貴族としてあんたにどうこう言った覚えとかないはずなんだけど」
じゃあなんだというのだ。ただでさえ緊張して心臓がうるさいのに、余計な事は言わないでほしい。
「普段人の見た目がどうとか何にも言わないのに……。変なエリアスさんですね」
「……そうだね。言った俺が馬鹿だったって後悔してる」
そうこう言っているうちに、ロイとセイラさんが入場してきた。
正装したロイは、私には目に毒と言ってもいい程輝いていて。幸せそうに横に並ぶ純白のドレスに身を包んだセイラさんに前世の私が重なった。
二人が私とエリアスの前を通過するその時、前を向いていたロイが何故だか私達を見た。
私を見ている訳ではない筈と思いながらも、目が合っている気がしてうるさい私の心臓が更に騒がしくなる。
「痛っ……って私まだ泣いてもないんですけど」
そんな心臓に振り回された私は、腕をつねられた痛みで思わずエリアスを見る。
「……つねる練習」
「なんですか、それ」
意味わからないエリアスの行動は別に珍しくもないので、なんだよと思いながらも二人に視線を戻すと、神父の前に並んでいた。
「ロイ・カールトンは、いかなる時もセイラ・ユーストンを生涯、守り幸せにすると誓いますか?」
「ええ、誓います」
「セイラ・ユーストンは、いかなる時もロイ・カールトンを支え、生涯愛し続けると誓いますか?」
「誓います」
神にそう宣言した二人は、お互いに指環を交換する。その後、神父から誓いのキスをと言われた二人は顔を傾ける。
そんな状況に、私は思わず視線を足元に向けてエリアスに言う。
「つねるとしたら、今ですよ」
「……なんとなく今のあんたをつねりたくないんだよね」
「どう、いう……痛っ……!」
そんな事を言いながら不意打ちのように私の腕をつねるエリアス。
「仕方ないからつねってあげるけどね」
「……なんなんですか」
いつも以上によくわからないエリアスだが、すんでのところで、祝福を上回ったその感情を含んだ涙が落ちる事はなかった。
☆
「ルーシーさんもエリアスさんも、今日は出席してくれて本当にありがとうございます。返事が遅かったから思わず来てくれないのかと思っちゃったわ」
「……申し訳ございません。色々立て込んでおりまして」
「ルーシーさんも学園でそうだけど、エリアスさんは就職したばかりで特に忙しいわよね。責めるような事を言ってごめんなさいね」
そう会話するセイラさんとエリアス。セイラさんの隣には当然ロイもいて。
私は感情を無にして披露宴の会場であるカールトンの屋敷に立っていた。
前世でも訪れた事のあるカールトン邸は、とんでもなく広いハワード公爵家の屋敷に住む私でも驚く程立派な屋敷である。
色とりどりの花が咲き誇るこのカールトン家の屋敷の園庭には、沢山の使用人が忙しなく動いており、挨拶回りに忙しい新郎新婦の為、立食形式になっていた。
「……ロイさん、セイラさん。本当におめでとうござい、ます」
「……うん。ありがとう」
なんとかそう言えた私に、何故か少し間のあったロイ。
そしてエスコートしてくれているエリアスの私の腰を抱く手に力が篭り、更によくわからなくなる状況だったが、何も考えたくなかった。
「この国では特に、素晴らしい魔法薬をつくる魔法薬師で有名なルーシーさんに挨拶したいと思っている人は多いから、忙しくなるかもしれないけれど、最後まで楽しんでいってね」
そう言ったセイラさんの言葉通り、私の魔法薬を買った顧客からの挨拶は、披露宴の終わりまで尽きなくて忙しなかったが、私は有難かった。
☆
披露宴が終わり宿に戻った私は、エリアスお手製の魔道具であるローブに身を包み、前世でよく訪れた酒場に一人で来ていた。
披露宴では全くお酒を飲まなかった私だが、正直飲まなきゃやってられなかった。
『怪しくは見えるだろうけど、あんたの性別とか顔が認識できなくなるようにしてあるから、出かけたくなったらこれ着ていって』
エリアスは、結婚式の前に私にこのローブを渡してくれた。夜でも比較的治安が良いとはいえ、一度私はこの国で殺されている。心配していても、私の気持ちを優先してくれたエリアスは、最初から何もかもわかっているらしかった。
「前世では、私が誓ったのにな……」
そんな独り言を零す私の目の前には酒瓶の山。強いお酒を山ほど飲んでいた。
一人で飲みながら前世で幸せだった事を思い出していた。
ロイは娼婦である私と結婚する為に、商会を継ぐと仕事を頑張ってくれた。そのため娼館に来れる日が少なくなると、逢えない間も僕を思い出してほしいと、誕生月が同じである私とロイの誕生石、サファイアのネックレスを贈ってくれた。
逢えなくて寂しい夜も、ずっとそのサファイアのおかげでなんとか乗り越えられた。
そんな事を思い出していた私は、完全に酔いが回っていて、立つのも難しくなっていた。
「あれ……? なんでここにエリアスさんがいるんですか」
「そろそろあんたが立てなくなる頃かと思って迎えに来た」
「あははっ……エリアスさんは本当になんでもおみとおしなんですねー」
「……まあね。こんな自分が時々嫌になるけど」
大量に飲んだ私の会計は、かなりな額になるはずなのに、いつの間にかエリアスが支払っていて。私を支え宿に連れ帰ってくれた。
「あのー、エリアス氏?」
「なに」
「なぜわたくしはあなたの部屋に?」
「今日は一緒に寝るから」
「……え。まさかまた悪戯する気ですか?」
「そうしたいのを我慢してはいるけどね」
着ていたローブを脱がしたエリアスは、そっと私をベッドに寝かせて優しく頭を撫でたあと、自身も私の横に寝転がり、私を抱きしめた。
「ギリギリではあったけど、今日は泣かずに良くがんばったと思うよ」
「そういえばあまりつねられなかったです」
「俺はあんたの立場の気持ちはわからないけど、間違いなく辛いのはわかるよ」
「……やめてくださいよ。ずっと泣くのを我慢しているのに」
「……泣けばいいよ。その為にこうしてるから。一人よりましでしょ」
本当にこの人はどれだけ私に優しくしてくれるのだろう。
堪える暇もなく涙が溢れる。エリアスは抱きしめながら優しく背中をとんとんと叩いた。
「前世では、わたしがセイラさんの場所にいたんです」
「……うん」
「すごく、すごく幸せでした。セイラさんの気持ちがとてもわかりました」
「……だろうね」
「ロイの幸せを願うはずなのに、嬉しい涙を流せないじぶんが、いやでっ……」
「あんたの立場でそれが出来る人間がいたら、見てみたいよ」
「そっ、そういうこと言わないでくだ、さい。涙がとまらなく、なります」
お酒と涙でまともに喋る事のできない私に優しい言葉をかけてくれるエリアスに涙は止まることを知らなかった。
そこから寝てしまうまでの長い時間、ずっとエリアスは黙って私の話を聞いてくれた。時々頭を優しくなでながら、よくがんばった、辛かったねとそう言ってくれた。
☆
「……あれ? 私……」
「おはよう。よく眠れた?」
頭痛と共に目覚めた私は、一瞬なぜエリアスの部屋のベッドにいて、目の前にはエリアスがいるのかわからなかった。
「まああれだけ飲んだら無理もないね」
「あ、そうか……昨日は申し訳ありませんでした。お支払いもして下さって……お返しします」
「俺に恥をかかせたいなら受け取るけど」
そんな事を言われたら返せる訳がないが、私に気を遣わせない為に言っているのはわかった。
「あんた今の自分の顔見たら朝食は絶対食べに行かないだろうから部屋に用意したけど、たべる?」
エリアスの部屋のテーブルには湯気が立った朝食が並んでいた。
……もうこの人なんなの。
どこまで私を甘やかせば気が済むんだ。確かに治癒魔法を使えば泣きすぎてむくんだこの顔も治るが、わざわざ高度な治癒魔法を私は自分に使わないし、故に朝食を摂りに部屋を出る事もないだろう。
「……ありがとう、ございます。頂きます」
対面に座り朝食を食べ終わった私に、エリアスは、今日の予定はどうするのかと聞いてきた。
「今日は、この街を歩こうかと……ゆっくり見られる機会はそうないので」
仕事で来ている時は、中々懐かしいストケシアのこの街を見て回れる時間はないので、この機会に…ロイと行った事のある場所を回りたかった。未練がましいのはわかっているけど。
「そっか。ならちょっとじっとしてて」
エリアスそう言って立ち上がり、私の目の前に立ち詠唱をはじめた。
「……エリアスさん。これ、使ったのがバレたら魔法使いではいられなくなりますよ」
「へえ。この詠唱だけでどんな魔法かわかるんだ。一応禁書に載ってる魔法なんだけどな。まあわかるんなら自分の姿がどうなってるかわかるよね」
エリアスはなんと、治癒魔法とはるか昔に禁書に登録された変身魔法を私に掛けたのだ。
正直言って、ありえない。変身魔法なんて誰でも使えていたとしたら犯罪などやりたい放題である。
そんな理由で全世界で禁止されている魔法であって。防衛の為に禁書の観覧が許される魔法省に所属するエリアスだがらこそ使えるのはわかるが、バレれば魔力封じの印を押され、懲戒免職どころの騒ぎではない。
「完全に男に見えるよ。これだったら娼館にも入れるだろうし、色々安全だと思うよ。俺についてこられるの嫌でしょ」
「だ、だからって……」
「俺、別に魔法使いじゃなくても困らないよ。周りが勝手に囃し立ててるだけで、なんの執着もないよ」
本当になんでもないようにいうエリアス。
魔法省という所は魔法使いの中でもエリート中のエリートが集まる場所で。給金も物凄いと聞くし、地位も高い職業である。それをなんの執着もないと普通に言うのだ、他の者が聞いたら顰蹙を買うだろう。
「俺を魔法使いじゃなくしたくないなら、黙って街を回ってきてよ」
そんな事を言われたら何も言えなくなる。この人から魔法を奪えば、国家レベルで大きな損失である。
「……本当に、なにからなにまで、ありがとうございます」
「お礼はいいから俺の服に着替えて。男の見た目で、その格好は正直きつい」
☆
エリアスの好意に甘えた私は、懐かしいこの街を沢山歩いた。
一番始めに行った娼館は、前世と全く変わらなくて、恩人であるサリバンは記憶と違いなく元気でいたし、他の仲良かった女の子達もみんなそこにいた。
一番仲の良かった子を指名し、もちろんだがことに及ぶ事なく、沢山話をした。
その後、ロイと行ったことのある場所をまわり、懐かしさと恋しさに目に涙が滲んだ。
ロイの事は今度こそ本気で諦めなければならなくなった抗えない運命。
胸が痛くて仕方がなかった。
最後に訪れたのは、ロイと寄り添いながら眺めた綺麗な海。
結婚してすぐの時で、幸せで仕方なかった。
――そんな思い出に浸っていた私は、その声に振り返り、その姿を見て自分の目を疑った。
「……ルーシーさん」
私の頭の中を全て埋めつくしていたその人――愛おしいその人、ロイ・カールトンが目の前にいた。




