盗賊の子供は勇者でした《基礎》
あー眠い。
なんて思いながら仕事を終わらせて、ビールを一杯。そして会社を出て、嫌な上司のせいで溜まったストレスを居酒屋の焼酎で発散させる。
毎日当直というわけではないが、こんな日常はさして変わらない。
お前はいいよな、なんて同窓会で高校の元同級生に言われる事も多いが、子供や嫁がいるわけでもなく、さしてみんな変わらないと思う。そんな程度に普通なはずの俺の日々。
「あれ?ここどこだ?」
やけに暗いな。
それにしても少し酒を飲み過ぎたかな。
こけたか、落ちたかした気はするのに、微妙な酔いで頭がはっきりしない。
まあそれも気のせいか。当直明けだし、きっと家で夢の中にでもいるのだろう。
キイイイイィィィィィイイインンン!!!!
「うるさいぞ、何時だと思ってるんだ?」
応えるように向かってきたそれは、強い光を放った。
「うっ、眩しい」
反射的に目を細める。
なんだ、ライトか。
と思うと聞き取るには早すぎる位瞬間的に、グチャッと嫌な音がした。
「なんだよおい、からかってるんのか?」
そう言えたかどうか、俺は覚えていない。
………………
ただ俺の平凡すぎるくらい何気ない日々や、小さい頃の記憶がシューーーっと目の前を走り過ぎていく。
それがスローになったと思うと、いっぺんに目からも耳からも情報が入ってきた。
大勢の人の声が聞こえて、大勢の人だかりが見える。
ここは駅のホームだろうか。
「何が起きたんだ?」
「酔ってた奴大丈夫だったか?」
「何があったのかしら」
「アタシに聞かないでよ」
「ただいま、事態を確認しておりますので、少々お待ち下さい…」
「さっき人が落ちなかった?」
「マジか、おもろ」
「えっ?どんな人?」
「その人轢かれちゃったの?」
「リサぁ、そんな風に死ぬのぉやだなぁ」
「流石に違うだろ」
「電車止まんないでくれよ、こっちは急いでるんだ」
「スーツ着てたし、サラリーマンかな」
「電車に轢かれて死ぬとかダッサぁ」
「ただいま、電車に遅れが出ております…」
それにしてもやけに周りが騒がしい。
うるさい!黙れよ。そんな訳ないじゃないか。
口を動かし、一番近いところ。一号車の方に溜まった人混みの中に体をねじ込む。
そしてようやく見えたホームの下には、ほんのりと赤い色と、トマトジュースのような色が放射状に石に色を付けているのが頑張れば見えなくもない。
カシャ
靴で何かを蹴ったようで、足元に音がした。
財布?あっ、俺のじゃん
茶色い折り畳みの財布を手に取った。
中にはちゃんと、俺の名前が記載されたクレジットカード。
あれ?でもなんでこんな所に落ちてるんだ?
ズボンのポケットを探ると、何もない。
ポケットの中身がないんじゃなくて、足自体がないのだ。よく見てみると、太ももより上が透けていた。
!ん〜〜〜ーーーー!!!!!!
声にもならない声をあげた。つもりだった。
ばぶぅ!キャハッ、キャハハッ
お袋に見せてもらった事のある星のマークのついた服を着た赤ん坊が、目の前の野次馬達の足元を透かして、色鮮やかに見えた。
どうやらそれが、俺の最初で最後の心霊体験。そして走馬灯の映した、最期の記憶だったらしい。
目の前がふっと暗くなって、俺は正真正銘、意識がなくなった。