8. 稽古二日目
「はぁ...はぁ...はぁ...」
只今の時刻午前9時ごろ。
朝から屋敷の周りをぐるりと一周走り回ったマリーは、それだけで息を上げていた。
「きっつい......」
息を荒げながら元の場所に戻ってきたマリーは、あまりの辛さに思わずその場で膝に手を突き項垂れる。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、ズキズキと全身の骨に響く様に痺れるような痛みが襲う。
(一周走っただけで、こんなのって...)
前の佳澄だった頃の子供の時は、同じ年齢でこれぐらい走っても精々軽く息を上げる程度で済んでいた。
それが、今ではその距離を走っただけでこの様だ。
マリーはふらふらとおぼつかない足元のまま歩きながら、芝生のある地面にドサッと横たわる。
空を見上げると、いつののようにゆっくりと広大な空の中を幾多の雲が泳いでいた。
右手を空に思いっきり伸ばす。
届きもしない空に向かって伸ばした手は、小さく指先は細く握っただけで折れそうなくらいに脆く見える。
相変わらず弱体だ。
マリーは精神を整えるために目を閉じる。
そして風に揺らされて心地よい音を奏でる草木に耳を傾ける。
ざわざわと草木が揺れ、心の中はその音を聞くことなく段々と沈みゆく。
心を落ち着かせ、自身の奥深くにあるそれに意識を集中した。
「・・・・・・・・・」
風に乗った葉っぱがマリーの額に落ちる。
意識を向けた奥のソレを、ゆっくりと丁寧に神経を繋げるようにして感覚を研ぎ澄ませ操る。
マリーがソレを操ると、何もなかったところから次第にぼやぁとモヤのように魔力が溢れてきた。マリーはそのままその魔力を体に覆う。
(ふぅー、身体強化までは慣れてきたんだけど......ここからどうやって動くのかっ)
ぐぐぐっと体を上に動かし、地面に横たわった体の腰の部分を浮かす。
重くなった腰を浮かすと、余っていた両手を重さに抗いながらゆっくりと動かしていく。
地面に両手がつく。
柔らかい土の感触が掌をクッションのように支える。
柔らかい地面の感触を確かめ、いつも以上にぐっと腕に力を込めると重い体を持ち上げた。
生まれたての小鹿のようにプルプルと足を震わせながら立つ。
「ん?何してるんだい?」
「ひゃあ!?」
突然の声に驚き、集中していた意識が一気に解ける。
それによって軽くなった体は、思い出したかのようにギシギシと悲鳴を上げはじめた。
魔力操作によって身体強化を施し、立ったことで体にガタがきたようだ。はっきりってもう限界に近い。
「じゃあ、稽古始めようか」
ハドリーは爽やか笑顔を向けいつもの稽古場所である開けた場所に歩いていく。
全身に痛みを負い、置いて行かれたマリーは折れそうだった心を何とか繋ぎとめ笑った。
(くっくっくっ...なるほど......そっちがその気なら私もやってやろうじゃないのぉぉ!!)
ギシギシと体から発せられる音を無視して、全身の痛みに耐えながら思いっきり体を動かす。
(痛いけどぉ...なんのこれしきぃぃ!!)
全身の痛みに耐え、無理やり足を動かす。
マリーはかくかくと壊れた機械人形のような足取りで歩き、ハドリーに不思議な目で見られながら定位置に着いた。
「・・・じゃあ、はじめようか」
合図とともに昨日まで魔力なしでは持てなかった剣を軽々と持ち上げると、マリーは同じく剣を構えたハドリーと向き合う。
「ふぅー・・・行くよ!!」
加減した力加減で剣を縦に振る。
シュッと空気を掻き切る音よりも早く動いたマリーは、ハドリーの振った動作に合わせてタイミングよく自分の剣で受け止める。
「そうそう、そんな感じでもう一回!」
口頭で教えるより動いて教える。
これが剣の稽古の先生、オドリーのやり方だ。
口頭で伝えるより、実際に動いた方が私としても見てマネできるし何より無駄な時間をかけずにすぐに実践できるのが良い。
こういうやり方は好きだ。
自然と口元を綻ばせながら、向かってくる剣に合わせて向きを変え寸前のタイミングで受け止める。
キンキンと剣と剣がぶつかり合い金属音が屋敷の庭に響く。
段々とスピードを上げながら、いつものように剣を扱っていく。
気のせいなのか、昨日よりも剣の実体がよく見える気がする。
ブレる剣に集中すると、はっきりと実体だけを見極めることができるのだ。
昨日では受け止めきれなかったスピードの剣を、実体を見極めることで受け止めながら汗を流した。