4. 最高の回復士
ちょっと長めです。
荒く呼吸を繰り返し、額に浮かんだ汗が頬を伝う。
体内を巡る血液でもない何かがマリーの体を加熱し、吐く息さえも熱い。
体中に突き刺さったガラス片は、今も全身の痛覚を刺激し続けている。
幼いマリーにとっては人一倍辛いのか、目には涙を浮かべていた。
ベッドで横たわる、そんな様子のマリーに父のオーレンはただ見守ることしかできない。
「旦那様!!」
部屋の扉が勢いよく開く。
サフィアの声に咄嗟に振り返ると、そこには息を荒げたサフィアの姿と、引っ張られ地面にぐったりとした様子のフレッドがいた。
「魔導師様!?」
一瞬驚くも、オーレンはすぐさま駆け寄りフレッドの前に屈む。
そして左手を胸に当て頭を垂れた。
「魔導師様。娘の命をどうかお救い下さい!」
フレッドを引っ張ってきたサフィアも、変な間があったがオーレンの隣に屈み、頭を垂れた。
「あぁ、頭がクラクラする・・・うっ」
口元に手を当てふらつきながらその場に立ったフレッドは、目の前で屈み俯いたままの二人を見つめた。
視界がぼんやり揺れていてよく見えない。
「えっと...その娘とやらはどこだい?」
部屋を見渡しても大きなベッドがあるだけで、肝心の娘の姿がどこにもいない。
「あ...ヒール」
そう言うと、フレッドを薄くぼんやりとした緑色の光が包みこむ。
光が止み視界を開くと、ベッドには荒く息を上げながら横たわる少女の姿があった。
「・・・・・・どうしたんだい?」
先ほどまでの頼りなさそうな顔とは一変して、真面目な表情を浮かべたフレッドは懐から手袋を取り出しすと、屈んだままのオーレンに話を聞いた。
「そう...そうか。なるほどね」
「な、なにか分かったのでしょうか!?」
「落ち着いて。大丈夫ガラスの破片はともかくとして、娘さんは至って正常です」
手に取っていた黒く模様が刻まれた手袋をはめる。
そしてマリーのもとに近づくと、全身を巡る魔力を右手に集中させた。
右手に魔力が集中し、大気を歪ませる。
手袋に刻まれた模様が淡い光を放つと同時に、マリーに向かって魔法陣を展開した。
フレッドから放たれた魔法は、マリーの全身に刺さっていたガラス片を宙に浮かばせ、抜いた傷口を塞いだ。
「ふぅー・・・」
集中していた意識を解き、宙に浮いたままの破片を取る。
風の魔法、浮遊の効果を持つフロウ。白の魔法、浅い刺し傷を治す効果を持つヒールレイ。
通常は、一度に一つの片手に一つの魔法が基本だが、フレッドは一度に二つの片手に二つの魔法を同時に発動させた。
彼のつけている紋様付きの手袋は、国から与えられた魔法具。
装着した手で魔法を発動する際、もう一つの魔法を同時に発動することができる代物だ。
しかし、それをもってしてもマリーの容体は一向に良くなっていなかった。
全身の傷は塞がったが、まだ息は荒く辛そうだ。
「魔導師殿...!マリーが」
「・・・・・・」
再び意識を集中させ、荒く息を上げるマリーを見つめた。
全てがゆっくりと流れ、白黒のように感じるその世界で、フレッドはマリーの体内に流れている魔力が無尽蔵に体内に放出されている様子を見た。
「っ!?」
「オーレンさん。娘さんは...魔力暴走を起こしています」
「そんな...」
魔力暴走の言葉を聞いたオーレンは、思わず床に膝をついた。
「魔導師様、何かの間違いだと・・・」
「すみません...私も否定したいところですが、この症状は間違いなく魔力暴走なんです・・・」
魔力暴走。
魔力の操作に慣れた人間が、稀に起こす症状。
激しい感情の変化や著しい体力の減少に伴って、体内を流れている魔力が暴走し体外に放出されることで起こる症状である。
生まれつき魔力を多く取り込める人間が発症することが多いが、成長が未発達の子供が発症する事例はない。
未発達の子供は、まだ十分に魔力を取り込めないからだ。
「・・・・・・」
フレッドは初めて遭遇する場面に緊張する。
これだけの魔力を取り込める、将来有望な子供をこんなところで失うわけにはいかない。
今は、彼女を助けることが何より大切なことだ。
フレッドは手袋を外すと、両手をマリーに向けて広げた。
意識を集中し、全身に魔力を流し込む。
体内で練りに練った魔力を、手足のように動かすと手から放出する。
先ほどまで目視できなかった魔力は、濃密なまでに凝縮されているのかはっきりと目に見える。
糸のようにしなやかに動く魔力は、マリーに近づくとゆっくりと体内へと入り込んだ。
そして、体内で暴走する魔力に触れる。
(くっ...これは凄い。ここまで濃密で膨大な魔力は初めてだ・・・!)
繋がれた糸から伝わってくる魔力の波動に怯みながらも、フレッドは魔導師としてのプライドと目の前の命を救うために耐えながら、その魔力の奥に潜むものに辿り着く。
(魔力核...っ。これを壊せばっ・・・!)
フレッドの魔力を中に刺し込み、雷の魔法を流す。
雷の魔法により、この無尽蔵の魔力を放つ中心、体内に取り込むための機能を持った核の機能を破壊した。
フレッドは仕上げに微量の魔力を流し込み、マリーに取り込まれる魔力を調整した。
「っ!ハァ、ハァ、ハァ・・・」
流していた魔力を消し、集中していた意識を戻す。
「ま、魔導師殿・・・!?」
全身に汗を浮かべ、疲労したフレッドの様子を心配したオーレンは近づくと、倒れそうな体を支えた。
「む、娘は・・・マリーはどうなったのですか!?」
ハァハァハァと息を切らしながら、面を上げるとオーレンを見上げる。
「娘さんは、もう大丈夫ですよ・・・」
「おぉ・・・!!」
感涙のあまり声を上げた。
「ただ、娘さんの魔力量を調整したので、何とも言えませんが・・・」
「それは...直るのでしょうか・・・?」
「何とも言えません。ただ、成長と共に魔力量も成長していくと思うので...前ほどではありませんが戻るでしょう」
「そうですか...感謝申し上げます魔導師様!」
娘の容体に安堵したオーレンは顔を下げ感謝の意を述べた。
しかし、気になることもある。
「ところで、ですが・・・娘は、なぜ窓から飛び降りたのでしょうか・・・?マリーにそこまでの身体能力もありませんし...」
顎に手を当て、疑問に頭を捻らせた。
「あぁ!それは魔力暴走で一時的にですが、身体能力が底上げされたからですね」
「魔力によって体が覆われ、暴走によって自然に強化された。からでしょう」
「なるほど...」
「丁度、そこのサフィアさんみたいに...っ」
「口を慎みなさい・・・」
無表情のまま。それでも怒っているのか、いつもより声のトーンを上げて、フレッドの耳を引っ張りながら言った。
「いてて・・・」
「フィ!控えなさい!!」
「も、申し訳ありません!旦那様っ・・・!」
怒鳴られ注意されたサフィアは咄嗟に床に土下座した。
「アハハ!怒られてやんの~」
キッ。
「フィ!」
「も、もも申し訳ありません!!何卒お許しを・・・」
フレッドを睨んだサフィアは再度オーレンに怒鳴られる。
そんな様子が余程おかしいのか、未だにフレッドは笑っていた。
「アハハハハ!あいつが怒られてるって...ダメだっ可笑しすぎて笑いが」
笑いこけ目に涙を浮かべながら、過去のサフィアとの違いに酔いしれる。
そんな様子のフレッドだったが、内心は心配していた。
こんなに彼女のことを笑っているのだ。後に何をされるか堪ったものではない。
(だ、大丈夫だよね・・・。ボクだってそれなりのことはしたんだから...)
そう思い、ベッドで気持ちよさそうに眠るマリーを見た。
(この状況がおかしいと彼女も笑ってるのかな・・・?)
ベッドでスヤスヤと眠るマリーは気のせいかこの状況に笑っているようにも思えた。
フレッドはそんなことを思いつつ、今目の前で説教されているサフィアの様子に今しばらく笑い続けた。