人魚族の城
どこまでも青く澄む海の中に、人魚族の城がありました。
王族も城下の人々も皆、魚の鰭に似た耳を持ち、手には水かきがあり、腰から下は魚のような身体でした。
ところが、その中に一人だけ、見た目が大きく違う少年がおりました。
「あれが、噂の第三皇子よ」
「鱗が一枚も無さそうね」
「尻尾が二又に分かれてるわ」
「泳ぎも武骨で遅いんですって」
少年だけは、私たち人間と同じような見た目でした。
ただ、人魚族の血を引いているので、水中でも呼吸が出来ました。
彼は王族の末子で、十五歳で社交界入りしたのですが、華々しいデビューを飾った上の兄たちと違って、彼に対する周囲の反応は冷ややかなものでした。
パーティーに呼ばれた貴族の中には、あからさまに気分を害して退席する紳士淑女もいました。
身内である王族の人々は、貴族たちのように不機嫌な態度を取ることはありませんでしたが、だからといって、少年と親しくしようともしませんでした。
「はぁ~、息苦しかった!」
「お疲れ様でございます。着替えをお持ちいたしました」
「ありがとう。じいやだけが頼りだよ」
「お褒めに与り、光栄でございます」
それでも、少年が皇子としての務めをサボタージュしなかったのは、幼少期から世話になっている執事に迷惑を掛けたくない一心からでした。
使用人の中でも、少年の世話をすることを嫌う者は大勢いました。
食器を落としても無視する侍女や、呼び掛けても聞こえないフリをする庭師もいました。
そんな環境でしたから、少年にとって執事は、とても貴重な存在でした。
しかし、小さな喜びの花も、枯れ落ちる日が来てしまいました。
少年が十八歳を迎えた時、執事は彼岸に旅立ちました。
頼りの綱が無くなった少年は、広い王城の中で居場所を失い、次第にいたたまれない気持ちが募るのに耐え切れなくなり、門兵が交代する隙に城下へと飛び出しました。
海面から顔を出した少年は、一艘の船が目を付け、波の動きを読んで甲板へと上がり込み、そのまま陸へと運ばれて行きました。