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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

機付長エイル

作者: 相葉ミト

 熱風がエイルの肩口で切られた髪を揺らす。格納庫の中は屋根がついているから激しい日光を直接浴びないからまだましだが、湿気の一切ない砂っぽい風に、エイルはまだ慣れていなかった。眉尻から垂れた汗が目に入って痛い。エイルは作業服の袖で額の汗をぬぐい、戦闘機の機体にひび割れが無いか、指さしで確認する作業に戻る。

 エイルは国連軍として砂漠のど真ん中に送られた。故郷の島国の波音と潮風が懐かしい。あの頃と変わらないのは、機体がアタシの横にいるってことだけ。

 エイルはそばの機体を改めて見上げる。F-201バザード。ステルス性に配慮した曲面を多用した設計のせいで、金属の鳥というより、浜辺に打ち上げられた深海のサメのようなぬるりとした不気味な印象を受ける機体だ。しかし一度空に舞い上がれば、どんな猛禽もうきんよりも素早く飛ぶのだから不思議だ。何はともあれ、こいつは生き物ではない。人間が丁寧に世話してやらないとすぐに壊れる機械だ。エイルが機体チェックを一人でしていると、コツコツと足音が聞こえた。エイルが振り向くと、黒髪を一本に結い上げ、フライトスーツに身を包んだ小柄な女が格納庫内を歩いていた。エイルはその軽やかな足取りに見覚えがあった。駆け出し整備員の頃、悪夢に出てくるほど散々に見た顔。二度と会いたくなかった人間だ。奴が栄転していったから二度と会う事は無いと思っていたのに……! また機体整備地獄がやってくるのか。エイルは表情を歪める。

 ポニーテールを揺らしながら呑気に格納庫を歩いているのは、砂漠での戦争が始まってすぐの頃、内地で安全に過ごせるテストパイロットという立場だったにもかかわらず、わざわざ志願して最前線での作戦行動に従事した大馬鹿野郎だ。

 彼女が落とした敵機は数知れず。爆撃任務も易々とこなし、いくつもの敵拠点を更地に変えた。その武勲を讃えられ、昇進したらしい、とエイルはきいていた。規定飛行時間を超えたため一旦本土に帰っていたが、また地獄へとんぼ返りしてきたのか。彼女の事をエイルの同僚は英雄だ、といったが、エイルはそう思えなかった。

 あいつは破壊者だ。敵も容赦なく殺すし、あいつの乗った機体はスクラップ寸前までボロボロになる。あいつは自分が殺した敵兵の残された家族の事など考えないのと同じように、スクラップ寸前になった乗機と、その乗機を再び武器として役立つ状態に戻す整備班のことなど考えない人非人だ。まさに鬼神だ。顔さえ見たくないのだが。さっさと通り過ぎてくれ。エイルの祈りも虚しく、そいつはエイルの目の前で立ち止まった。


「久しぶりね。エイル曹長。ここでも機体整備を頼むわ」


「りょーかい、|ブリュンヒルド大尉《Lt.Bulunhild》」


 嫌味ったらしくTACネームと海軍式の階級で呼んでやる。海軍の大尉《lieutenant》は空軍だと中尉《lieutenant》という意味になる。ブリュンヒルドは鼻を鳴らした。


「は? アタシは昇進したのよ? アタシはもう中尉《lieutenant》なんかじゃない。|ブリュンヒルド大尉《Capt.Burunhild》よ!」


「おーおー、これは失礼致しました。自分一人で空を飛んでいるつもりのクソ野郎が、隊長《Captain》なんてジョークだと思ったんでね! 殺した敵兵でも引き連れてたら、まだ信じられるんですけどね」


 エイルはぞんざいにいう。また精魂込めて整備した機体がめちゃくちゃにされると考えると、感情を抑えられなかった。ブリュンヒルドは怒りを隠そうともせず、エイルにつかみかかった。


「誰が自分一人で空を飛んでいるつもりのクソ野郎ですって?!」


「自覚あるのね? アンタが飛ばした機体、平時だろうとボロッボロなのよ! オイルはそこら中から漏れる! ボルトは飛ぶ!なんだかあちこちにクラックがある! 何Gかけてんのよ!機体が古いのかと思って同型機を調べたら全然そんなことはない! パイロットが変わった瞬間にそういうのが激減する! 具体的にいうと9割減る! エアショーや空戦ゲームじゃないんだから、日々の訓練でマニューバをかましまくるんじゃない!」


「地上の人間は呑気ね! あのねぇ、日頃から腕を磨いておかないといざという時使えないのよ?」


「それだけならまだ許してやってもいい。極め付けは、アンタはロクに整備を手伝わないけど、他のパイロットは熱心に整備を手伝ってくれる! ちゃんと地に足がついた連中だ。そいつらとまた会いたいから、アタシたちの整備にも熱が入るってもんだ。アンタが次のフライトでアタシの機体に乗ると分かっていたら、ダクトテープでグルグル巻きにするだけで整備を終わらせてやろうか! ってくらいのクソ野郎だと思ってる! 機体に罪はないからやらないけど!」


「整備は整備員の仕事じゃない!」


 言い争いは真昼の砂漠の風よりも激しい熱を帯びる。ブリュンヒルドの言葉に、エイルは完全に頭にきた。


「ああそうさ。だが、自分が乗った機体に感謝もしないパイロットは、いつか機体に祟られるとアタシは思ってるよ。いや、この言い方はまずいな。機体整備をやらないって事は、機体のコンディションを厳密に把握できないって事だ。性能限界を充分に理解していない武器を使っているんだから、思っていたのとは違う挙動のせいでアンタ自身が死ぬ可能性もあるんだからな!」


「機体のことなら充分わかっているわ! そんなヘマはやらない!」


「アタシらが整備した後の機体しかアンタは知らないだろうが!人機一体感とはいうけれど、機体に合わせてもらうばっかりじゃなくて、アンタの方でも整備を通じて機体にアンタを合わせていかないと、機体を操りきれなくなって、死ぬぞ!」


「アタシの腕が信じられないとでもいうの? AI搭載の無人機だって負かしたのよ!」


 ブリュンヒルドはテストパイロットに選ばれて、前の基地から栄転していった。苛烈な異国の地に派遣されたのも、彼女が一騎当千の強さを持っているからだ、ということがエイルにはよくわかっていた。それでも、エイルはブリュンヒルドを否定した。


「ああ。あまりに雑すぎるね! センスが鈍い。一機一機違いがあるのに、それにさえ気付かずにここまで来れたのがほぼ奇跡だね! ツキが離れたらすぐ死ぬさ!」


「なんですって! 馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ!」


 ツカツカとブリュンヒルドが歩み寄ってきたかと思うと、次の瞬間エイルは吹っ飛んでいた。右頬が燃えるように熱く、口の中にぬるりと鉄の味が広がる。殴られた。エイルは理解すると同時にコンクリート床に叩きつけられた。とっさに受け身を取り、反動で立ち上がる。


「やりやがったな――表出ろや、ツキだけのクソ野郎」


「整備員風情がよく吠えるわね。空を飛べない癖して」


「アンタが空を飛べるのは、一体誰のおかげだと思ってるんだ?この寄生虫が。整備くらい手伝えっつーの!」


 エイルはブリュンヒルドに踊りかかり、お返しの一発をぶち込む。人を殴りなれない拳がじんじんと痛む。ブリュンヒルドは大げさに倒れて衝撃を逃す。エイルがブリュンヒルドに馬乗りになったかと思った次の瞬間、足を払われた。そのまま重心を崩され、エイルは膝をつき、勢いあまって仰向けになった。素早くブリュンヒルドは立ち上がり、エイルの左足を右手でつかみ、左手をエイルの足首を覆いかぶさるように回して自分の手首を掴んだ。そしてブリュンヒルドは勢いよく上体を起こす。エイルはうつ伏せにひっくり返された。太ももをしっかりと脚で固定され、エイルは全く動けなかった。足関節をめられている。ブリュンヒルドがエイルの脚に、思い切り体重をかけてきた。


「言いたい放題言いやがってーッ!」


「うぐわぁ―――――ッッツ!」


 激痛。反射的な絶叫がエイルの口をついて出る。路地裏のケンカすらしたことのないエイルと、格闘訓練を受けているブリュンヒルドでは、最初から勝敗など決まっているも同然だった。


「そこまでだ、ブリュンヒルド大尉。私刑は禁じられている」


 格納庫の入り口から、朗々とした男の声がした。ブリュンヒルドが顔を上げると、燦然と輝く准将の階級章が目に飛び込んできた。泣く子も黙る海外派遣部隊司令。それでもエイルに罵られて腹の虫が収まらないブリュンヒルドは言い返した。


「しかし、上官に対する不適切な発言は罰せられるべきです!」


「上官に対する不適切な発言なら、貴様もエイル曹長も同じだ。いいから足を離してやれ。生意気だろうがエイル曹長の腕は確かだ。それぞれの言い分は営倉で聞く」


「了解致しました。司令」


 ブリュンヒルドはエイルの足を無造作に離した。どさ、と強い衝撃と音がエイルを襲う。


「うぎゃぁーッ!痛たた……しれぇ、ありがとうございます」


 這いつくばったままエイルはいう。左足が痛いのか痺れているのかよく分からないせいで、上半身すら起こせない。


「ブリュンヒルド大尉、エイル曹長に肩を貸してやれ。歩けないだろう」


「了解」


 雑に立たされ、ブリュンヒルドに半ば引きずられるようにエイルは営倉に連れていかれた。ブリュンヒルドとエイルは同室に叩き込まれ、禁錮一週間を言い渡された。一週間が過ぎると、再びエイルは機体の世話、ブリュンヒルドは空へと戻された。


 意地悪なことに、営倉から出されたその日、エイルが担当している機体にブリュンヒルドが乗ることになった。捨てようと思っている子猫を最後にじっくりと撫でるように、エイルは丁寧に機体を最高の状態に調整していった。ブリュンヒルドは言葉少なにプリフライトチェックを行い、トーイングカーに引き出されて滑走路へ行った。キャノピが閉められ、離陸許可が下りるや否やブリュンヒルドは大空へと駆け上がっていく。まるでそこが本来、自分のいる場所であるとでも言わんばかりに。エイルはブリュンヒルドが帰ってくるまでの間に出来る限りの自分の用事を済ませた。きっとあの子はぼろぼろになる。下手すりゃ徹夜で直してやらなきゃいけない。アタシの事を考えながらじゃ、元に戻せない。エイルはその一心だった。機械をあの子、と呼ぶのも改めて考えると妙な気もするが、整備員に共通した気分の一つだった。我が子同然に世話をしている存在なのだ。だからこそ、乱雑に機体を乗り回し、機体のことなど気にかけないパイロットなど、エイルは大嫌いなのだ。個人的にどのような関係になっていたとしても。


 ブリュンヒルドは日暮れに帰還した。案の定、バザードの滑らかな機体は、歪みや弾痕でぼこぼこになっていた。苛烈かれつな空戦を乗り越えてきたことが、空を飛ばないエイルにもよく分かった。ブリュンヒルドは、エイルが想像することすらできない恐ろしい場所をいくつも乗り越えてきたのだ。そのせいで、整備のことまで考える余裕が、きっとなかったのだ。エイルは今更気付いた。


 だとしても今までの所業を許してやる気にはならなかった。鬼神だとおもっていたが、ブリュンヒルドも人間だったというわけか。それはあの一週間で嫌というほど味わった。今更考える必要はない。エイルは頭を振って整備に集中しようとした。その時、後ろから予想だにしなかった声がした。


「ねえ。手伝いって、何すればいいの?」


「ブリュンヒルド?」


「そうだけど?邪魔だった?」


「いや邪魔じゃないけど……そこの部品、取ってもらえる?」


「わかったわ」


 ブリュンヒルドは素直にエイルの指示に従った。一週間前に殴り合いの喧嘩をしたことが信じられないほど、借りてきた猫のようにブリュンヒルドは大人しかった。整備の勝手をブリュンヒルドは分かっていなかったが、指示された通りにのみ行動し、整備の邪魔をすることはなかった。ブリュンヒルドの手助けのおかげで、定時上がりとはいかなかったが、覚悟していた徹夜の整備にはならなかった。夕闇の中、女性宿舎へとエイルとブリュンヒルドは一緒に帰ることになった。


「アンタさ、なんで手伝う気になったんだ?」


「なんとなく、かな。想像通りに機体が動いたから、どうやったらこんな動きができるような整備ができるのか、気になって」


「へーぇ、ちゃんとセンス、あるんだ」


「あるわよ。なかったら戦闘機なんて乗れない」


 そんな風にしょうもない話をして、二人は寝床に戻った。その日から、ブリュンヒルドは機体整備を手伝うようになり、今まで以上に戦果を上げるようになった。彼女の活躍もあってか、年が変わらないうちに戦争は終わり、エイルたちは本土に帰ることができたのだった。


 ・


「やーっと平和が来たと思ったら、また戦争?しかも国連軍じゃなくて、二国間での喧嘩よ?あー、もう嫌になる」


 南方の孤島、基地に置かれた居酒屋ゆきの舞で愚痴るエイルに、ブリュンヒルドはただ相槌を打つ。殴り合うほど嫌い合っていたのに、気付けばエイルはブリュンヒルドの肩に頭を預けている。くすぐったさと酒で上気した体温を感じながら、ブリュンヒルドは彼女を励ます。


「政治のことなんてアタシにはわからない。でも、これだけは言える。アンタが整備してくれた機体なら、どんな敵でもやっつけられる。そうでしょ?機付長さん」


 この国の空軍では、パイロットと機体は紐付けられていない。しかし、整備員と機体は紐付けられている。自分の機体を持つことができる整備員の長、それが機付長だ。海外派遣から帰還し、エイルとブリュンヒルドは別々の部隊に配属された。しかし、なんの因果か魚鱗群島を巡る武力衝突による配置換えで二人は二度目の再会を果たすことになった。エイルの階級は曹長のままだったが、機付長という立場になったため、実質的に昇進していた。


「さっすがパイロット。楽観的ね」


 酔いが回ってきたのか、エイルの体が揺れだした。肩に乗った頭が首に深く掛かり、そのまま前へ傾いていく。エイルは大丈夫なのだろうか。肩に頭を乗せたまま、表情を見ようとブリュンヒルドは顔を傾けた。その瞬間、均衡を失ったエイルの上半身は机に顔を打ち付けそうなほど倒れこみかけたが、エイルは素早く顔を上げて料理の残骸を回避した。刹那、二人はほとんど顔をぶつけそうなほど近くで見つめあった。

 触れるか触れないかの距離で通過していった柔らかさに、否応なくブリュンヒルドの動悸が激しくなる。


「キスしないんだ?」


「いや、そういう場面じゃなかったでしょ……」


 どぎまぎするブリュンヒルドに対して、憤懣やるかたなし、といった表情でエイルはふくれる。居酒屋の薄暗い照明の下、ブリュンヒルドはエイルが普段よりも可愛らしいような気がした。


「あの噂、本当なの?」


「若いパイロットの男の子と私が付き合ってるっていう話?」


「そう。やっぱり、普通がいいのかな、って」


 エイルは組んだ両手をテーブルの上に出す。オレンジ色の照明に桜貝を並べたような爪が照らされる。


「馬鹿ねぇ。ちょっと無人機の話をしただけよ。それにしても、何度見ても綺麗な爪ね」


 機体整備で手は機械油まみれになる。爪の間が真っ黒になっているのが当たり前だ。飾り気はないが清潔なエイルの爪は、彼女が細やかに身嗜みに気をつけている証拠なのだ。エイルは自慢げにブリュンヒルドの顔の前に両手を差し出す。ハンドクリームのほのかな花の香りがする。


「誰のためにやってると思ってるの?」


「少なくとも、飛行機のためではないよね」


「わかってるくせに」


「ええ。不思議な話よね。最初はアタシの方がエイルを押し倒したのにね」


 わざと意味深長なことを言うと、エイルはぱっと赤くなった。手を引っ込めて俯き気味になる。


「まさか、軽くキスしただけでああなるとは思ってなくて……」


「軽く? 思い切り舌入れて来たじゃないの」


 ブリュンヒルドが茶化すと、エイルは耳まで真っ赤になった。


「いや、営巣で寝付けなくて、横を見たらブリュンヒルドの顔があって、気にくわないのに寝顔はやけに可愛いと思って、気づいたらやっちゃって、しかもブリュンヒルドも嫌がるでもなくノリノリだったし、抵抗しようと思ったらアタシの事なんてすぐにやっつけられる相手な訳だから……」


「アタシを堕とせるのはアンタだけよ、エイル」


 アタシたちの戦場に行きましょうか、と耳元で囁くと、エイルはこくこくとうなづいた。

 二人は会計を済ませて居酒屋を出た。人気がないのを確認して、同時に手を出し、指を絡ませる。

 営倉に入れられている間に、ブリュンヒルドとエイルはそういう関係になっていた。女同士というのもあって、おおっぴらには言っていなかったし、戦場のプレッシャーでお互いに頭がどうかしていたと思っていた。体を何度か重ねたが、あくまでも女同士の冗談の延長線上のような、異常な場所でお互いに暖めあい、傷をなめあうような緊急避難だとお互いに考えていたから、戦争が終わり砂漠から本土の別々の基地へ配属される事が決まっても、愛を確かなものにする約束を交わすでもなく、別れの言葉を交わすでもなく二人はただの同僚のようにそれぞれの新天地へ旅立ったのだ。喧嘩別れしたわけではないのだから、同じ任地になると自然とよりをもどすことになった。


「ねえ、アタシたちが付き合ってること、公表しない?」


「ちょっと、刺激が強すぎない? 基地最強のパイロットが同性愛者、ってことになったら、士気にも関わるんじゃない?」


「でも、ハンター1にも迷惑をかけることになるんじゃないの? もし彼がそういう気になっているとしたら、下手に期待させるより、さっさと振った方がいいんじゃないの? お似合いのカップルだって、言われまくってるよ」


「お似合い? 彼の好みが年上の女性とは思えないのだけれど」


「最強の空の女王と、それに従う若く優秀な騎士、って。まるで騎士道物語だって」


「そう……じゃあ、機体整備の時に思いっきりいちゃついてみる?」


「それより前に、今夜は?」


 エイルがじっとりとうるんだ目でブリュンヒルドを見つめる。ブリュンヒルドは思わずエイルを抱きしめた。


「あたりまえでしょ?」


「痛い、ブリュンヒルド」


「ごめんなさいね」


 ブリュンヒルドはさっと腕を解く。自分から苦しいと言っておきながら、あっさりとブリュンヒルドが離れたことにエイルは不満げだった。


「ここで始める訳にはいかないでしょう? 早く部屋に戻るわよ」


 二人の関係が特別になったあの日のように、ブリュンヒルドに引きずられるようにしてエイルは宿舎に向かう。かわいらしいかと思えば強引。無関心かと思えばやけにこまやか。ブリュンヒルドのそんなところが、エイルは好きなのだ。性別など関係なく、個人として。ブリュンヒルドがエイルと同じ気持ちかどうかはわからないが、ブリュンヒルドは今、エイルを欲しがっている。それだけで、エイルは温かい気持ちになれるのだ。

 南方のじっとりと湿り、涼しい潮風が二人の髪を揺らしていった。


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