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黒百合と月見草 〜ツンデレからデレを引いたような女〜  作者: 逸真芙蘭
閑話と言うより甘話な幕間劇 其の参
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The Nature

 蒲郡がうちの部活に来るようになってから、何日かが過ぎた。

 初日から彼女に興味津々だった安曇は、すっかり蒲郡のことがお気に召したようで、何かあるたびに楽しそうに話しかけている。それだけではなく、初めは渋っていた橘でさえも、小動物的な愛くるしさにたらしこまれたのか、徐々に蒲郡に対して柔らかい表情を見せるようになっていた。

 ここで問題なのは可愛がっているつもりの先輩と、可愛がられている後輩、どちらが精神的に支配されているのかということである。

 この関係は人と、人に飼われるペットとの関係に近い。

 人に飼われているペットは、自由を知らない可愛そうな生き物だ、という考えはともかくとして、種の繁栄に限ってみれば、可愛そうであるとは言い難い。

 例えば犬や猫について考えてみれば、その総数は十億近くに上り、家畜を除けばこれほど世界中で繁栄している四足獣もなかなかいない。

 数だけではなく、その生活の質についても、最近は豪勢なものになっている。

 夏は犬猫のために部屋のクーラーを付けっぱなしにして、冬はもふもふの毛皮の上に一流の仕立て屋に誂えさせた服を着せて、暖房を焚く。さらには、一匹一匹オーダーメイドの食事まで頼むという。

 ホモサピエンスの俺が、既製品のシャツを着てファストフード店のピッツァで満足している画をその隣に並べたら、秀逸すぎてピュリッツァー賞がとれそうだ。

 

 甲斐甲斐しく世話をしてやっているつもりが、実は世話を()()()()()()()ということだ。つまるところ、人間が頭を垂れる犬猫こそこの地球の支配者であると言えなくはない。

 ……そういえば橘は家でマイクロブタを飼っていたが、その名前はモトキであり、以上の論に従えば彼女は家ではモトキに支配されていると言える。何が良いかというと、俺の気分が非常に良い。どうでもいいな。


 さてそんな人とペットの関係を、この部室の人間関係に当てはめてみれば、蒲郡がペット、つまり実質上の支配者で、橘と安曇は飼い主に見せかけての奴隷である。ちなみに俺のカーストはかんがえるまでもなく最下位。犬小屋ほどの個人部屋も与えられない世の中のお父さん達と同じ。


 魅力ある人間に注意しろと言うのはこういうことだ。国家レベルの犯罪を犯すものは概して魅力のある人物に映るものだ。絶世の美女は(まばた)きで国を傾かせるし、一級の弁舌家はその舌で国民を扇動することだってできる。

 魅力というのは様々であるが、蒲郡の場合は、そのきゃるんきゃるんな可愛さであろう。

 そうして入学したばかりの一年生に、早々と放送部の女性陣が懐柔されていくのを見ると、背筋に寒気が走るのを禁じ得ない。こうして群衆は知らず知らずのうちに独裁者に支配され狂気へとひた走るのだな。あな恐ろしや。


 だから俺は堅く胸に決意する。


 俺ばかりは、彼女に支配されないように徹底抗戦するぞ! もとき、負けない!


 これはけして、少女ら三人で形成されている、百合フィールドに入れない哀れな男の僻みなどではなく、自由を愛する日本国民の誉れを胸に抱いた、勇気ある男の崇高な決意表明である。

 だから寂しいとか、俺もかまってほしいとか絶対そういうわけではない。絶対に。

 部室入ってから話しかけられてないけど、ちっとも気にしてなんかないから。会話の内容に聞き耳を立てて、口を挟む機会なんて窺ってないんだから。勘違いしないでほしい。


「せんぱーい。お茶飲みたくないですか?」

 俺がぶつくさ考えていたら、蒲郡がそう声をかけてきた。

「……え、うん」

 なんだ、俺のためにお茶を淹れてくれるのかと少しガードを緩めたら、

「あ、じゃあ、私の分もよろしくです」

 ……。


「いや、自分で淹れろよ」

「ええ、先輩今飲むって言ったじゃないですか」

「お前が淹れてくれるなら、有り難く頂こうかなと思っただけなんだが」

「けち」

 なぜなのか。

 

 俺が頭を抱えたところで

「つまり花丸君は、年下の女の子に淹れてもらったお茶が飲みたい、男尊女卑の前時代的なセクハラロリコン親父ということね」

 と問題を更にややこしくするのが大好きな、橘さんが案の定横やりを入れてきた。


「いや違うだろ」

 大体一歳違いでロリコンもくそもないと思う。


 橘は俺の言葉には構わず、今度は蒲郡の方を向いて

「それと蒲郡さん。むやみに男子にお茶を淹れて欲しいだなんていうべきじゃないわ」

 と(たしな)めるように言った。なんだ、公平に注意してくれるらしい、と思ったら

「変な薬でも入れられて、いいようにされるのが落ちよ」

 ああ、最近よく聞くよな。いわゆるレイプドラッグを使って、異性を昏睡させ良からぬことをする輩がいるとか。

 蒲郡は橘の言葉に、サッと身を強張らせている。そうして危機感を持たせるのは必要な事だ。先輩として貞操教育に熱心なのは感心、感心……じゃなくて。

「ちょっと待って」

 

 俺が口を挟んだら、橘は

「何かしら?」

 と「何か文句ある?」とでも言いたげな顔でこちらを向いてきた。


「俺がそんなことするわけないだろ?」

 橘は小首をかしげ

「つまり、花丸君が薬を仕込む相手は蒲郡さんではなく、私ということ?」

「違う、そうじゃない」


 そしたら今度は、蒲郡が割って入り

「つまり先輩は、『すでに蒲郡は俺に酔ってるから、薬なんて要らないぜ』と思ってるんですか? 勘違いも甚だしいですね」

 と蔑んだ目を向けてくる。

「君も黙ろうか」


 俺がこの一年の女子におちょくられた態度取られるのも、全部橘さんのせいだよ? ほんとお前責任取れよな。


  *


 翌日の昼休み、俺が廊下を歩いていたところ、偶然視線の先に蒲郡を見つけた。部活で面倒を見ている後輩に会ったら、挨拶をするのが普通だろうと思い、俺はそちらに近づいたのだが、よくよく見てみると、誰かと話をしているらしい。

 その相手というのは、男子生徒だ。スリッパの色を見てみれば、三年生らしい。

 蒲郡が三年の男子とどんな話をするのだろうか。

 気になったのは事実だったが、お取込み中なら邪魔をするのも悪いと思って、その横を静かに通り抜けようとした。

 近づけば、聞こうとしなくても、彼らの会話は耳に入ってきてしまう。


「なあ、俺は君と付き合うために、彼女と別れたんだ。だから、なあ、俺は本気で君が好きなんだよ」

 詰め寄るように話しかけている三年に対し、蒲郡は俯き加減で答えている。

「ごめんなさい。私誰とも付き合うつもりはないんです」

「いや、でも俺は、……好きなんだ」

「本当にごめんなさい」


 その会話の内容に驚いた俺は、思わず振り向いて彼らの方に顔を向けたのだが、ちょうど蒲郡と目が合ってしまった。

「あ、せんぱ〜い」

 蒲郡はその三年の男子を放って俺の方へと駆け寄ってきた。


「あの人いいのか?」

 俺は十数メートルほど離れたところに立ち尽くしている、三年の男子を気にしながら、蒲郡に確認を取る。

「いいんです。話は終わりましたから」

 蒲郡はそれに対しこともなげに答えて、にっこりと笑みを浮かべた。

「……そうか」


 俺はその時初めて冗談ではなく、にっこりと微笑む彼女の華やかさに、底冷えするような寒さを覚えた。


   *

 

 蒲郡と三年男子のやり取りを目にしてから、俺は彼女の事が気になるようになっていた。

 だから放課後になって、委員会の方で一緒に仕事をしていた一年にふとこんな質問をした。


「なあ、お前、蒲郡茉織って知ってる?」

「あ、はい。知ってます。おんなじ中学でした」

 放送委員の一年はすんなりと質問に答えてくれた。同じ中学の奴に会えたのは運がいい。


「ほーん。……あいつってどんなやつなの?」

「かわいいっす」

「……いや、そうじゃなくて」

「美人っす!」

「……。なるほど分かった。それでなんか浮いた話とかは?」


 俺が切り出した質問に対し、一年坊は顎を撫でながら答えた。

「あ~、それが不思議なことに特にないんすよね。あんだけモテるのに。なんかめっちゃ仲良さそうだなって男子がいることもあるんですけど、付き合ってるとかじゃなくて、そんで男子の方からアタックして自爆みたいな話はよく聞きます」

「ほう。他には?」

「というと?」

 一年はきょとんと小首をかしげる。


「よくない噂……とかな」

 俺は自分の真意を悟らせないようにしながら、おずおずと尋ねた。

 一年は首をひねり

「よくない噂、ですか。うーん、基本いい子ですからねぇ。嫌ってる女子はたまにいますけどねぇ。でも理由もなく、妬みっすよ妬み。ほら分かるでしょう。彼女超可愛いんで」

 そういって、にへらっと笑っている。

「なーるなるなる」

 この思春期真っ盛りの純情ボーイに何を聞いたところで、俺が聞きたいことは得られそうにないなと思って、俺はそこで会話を切り上げようと思った。


 ところが一年は思い出したように

「あっでも、一度だけ怖いって思った話が」

「なんだ?」


「中二の時だったんですけど、一人の男子が彼女にこっぴどく振られちゃって、まあそこまではしゃーないじゃないすか。でも、なんか次の日には学校中に知られてて、それもよほどキモい告白だったとかで、その男子あまりの肩身の狭さで不登校になってしまったんですよ。まあ、そこらへんは噂も混じってますけど」

「……なるほど」

 俺はそれを聞いて、ぼんやりとした違和感がさらに強くなった気がした。


 俺が物思いにふけっていると、一年が尋ねてくる。

「で、先輩はどうしてそんなことを? もしかして先輩も惚れちゃいましたか? 同志って呼んじゃっていいすか?」

「あ? なわけねえだろ」

「すんませんっす!! あ、先輩的には橘先輩の方が好みっすもんね!!」

「あ? テメどつくぞコラ」

「すんませんっすwww!!」


 俺は適当に一年坊を懲らしめながら、山本が俺に言った、蒲郡を「よろしく頼む」という言葉がどこまでのことを指しているのかぼんやりと考えるのだった。


   *


 それから俺は、今度は橘と話をしてみることにした。

 次の日の昼休み、部室に来てほしいと伝えたら、いつも通り「そんなに来てほしいなら行ってあげないでもないわ」とお約束な態度で、実際俺が部室に行ったときは、準備万端で彼女はスタンバイしていた。

 彼女は俺を見るなり、口を尖らせ(なじ)った。

「あら、花丸君。人のこと呼びつけておいて、遅れてくるなんていい度胸しているじゃない」

「いや、俺もすぐ教室出たけど。……君の教室の方がここに近いんだからしょうがないでしょ」

「何を言っているのかしら。私に会えるのだから、(はや)るあまり、トイレに行くふりをして、授業を早めに抜け出すくらいのことしてもおかしくないわ。というかすべきだわ」

「えぇ」

「大体、年下の女の子をデートに連れ出すロリコン趣味の花丸君なんか、私が相手をしてあげる義理がないのだから、もう少し申し訳なさそうな態度を取るべきだと思うの」

「だから何度も言ったけど、この間のは俺のせいじゃないから。あいつが急に呼び出してきて、当日行ったら荷物持ちやらされただけだから。むしろ俺被害者だから」

「嘘だ」

「いや嘘じゃねえし」


 そんないつも通りのやり取りをしてから、席についてさっそく

「蒲郡のことどう思う?」

 と彼女に尋ねた。

 そうしたら、橘は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに

「いい子だわ。素直で可愛らしいし」

 と答えた。


「なるほど。で、どう思う?」

 俺は同じ質問を繰り返した。

「何が言いたいの?」


「あれが裏表のない、蒲郡茉織の本性だと思うか?」

 それを聞いて橘は怪訝そうな顔を見せた。

「……またそんなこと言って。あなたは邪推し過ぎだわ。あなたは人の事とやかく言う前に、そのひねくれた本性を治すべきね」

「危険察知能力が高いと言ってくれ」

「あらそう。人間不信のあなたはなにか感じても、私は素直で純朴な女の子だから、蒲郡さんと接しても、ただいい子だなとしか思えないわ」

「本当か? お前は俺並みか、それ以上に鼻が効くと思うんだが」

「女の子に向かって、『お前の鼻は豚みたいによく効くな』だなんて言うべきじゃないと思うのだけれど」

「そんなこと言ってないし、豚に人の名前つけているやつが言っていいセリフじゃねえ」

「そうかしら?」

「そうだろ」


「で、本音はどうなんだ。お前もなにか思うところはあるんじゃないか」

「……私、陰口は嫌いだもの」

 橘は否定するでもなく、目をそらしてそう呟いた。


「そのセリフが出てくるということは、お前は少なからず蒲郡に対してネガティブな印象を持っていることになるな」

「言葉尻を捉えるのはやめてくれるかしら」

 そういって彼女は嫌そうな顔を見せる。

 それから続けて

「大体、そんなことを聞いてどうするというの?」

「……山本によろしく頼むって言われたからな。考えてもみろよ。なんで山本は他の委員会ではなく、俺たち放送部のところにあいつを連れてきたんだと思う?」

「……つまり、蒲郡さんは内に問題を抱えているとでも?」

「かつてのお前や安曇みたいにな」


 俺の言葉を受けて、橘はしばらく黙り込んでしまったが、ようやく口を開いて言うには

「……そう。……あなたは何のためにこんなことをしているの?」

 と俺の目をじっと見てきた。


「そりゃ蒲郡のためだろ」

「……そうね」


 橘は一瞬考え込むような仕草を見せた。

「で、お前はどう思ってるんだ。あいつのこと」

 と俺が声を掛けたら、彼女ははっとしたように


「……彼女はいい子よ。人懐っこくて、いつも笑顔で、可愛らしくて、本当に非の打ち所がないわ。……ただ彼女の完璧な笑顔を見ていると、どうにも息が詰まりそうになる。どうしてかはわからない。ただなんとなくなんだけれど……」

「なんとなく何だ?」


 若干うるんだ瞳を彼女は向けてきた。

「こんなこと言うべきじゃないわ。私はそう思ってしまう自分が卑しく思うの」

「いいから。素直に言ってくれ。それでお前の評価を俺は変えないから」


 彼女は恥じるように目を伏せて続けた。

「完璧すぎて、心地よすぎて、それで……」

 橘は言い淀んで一旦息を切り、唇を戦慄(わなな)かせたが、最期には意を決したのか、訥々と続きを吐き出した。


「作り物じみてて気持ち悪い。悪魔というものが実在しているのなら、多分ああいう姿をしているんだって、……そう思ったの」


 俺が少なからず感じた印象がそこにあった。



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