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潮の味なんて知りたくなかった

 神宮高校二年生、三六〇名を乗せ、大阪港から出港した船は、穏やかな瀬戸内の海を順調に航行していた。目的地は、北九州の門司港である。

 時刻は十八時を回ろうとしている。


 俺達は今朝、名古屋駅を出発し、のんびり大阪港へとバスで行き、そこからフェリーへと乗り換えたのだ。十七時に大阪港を出たフェリーは翌朝の五時に門司港へとつく予定。金はともかく、時間を贅沢に使い過ぎなスケジュールだと思う。

 

 暦も五月となれば、夕方六時であっても、日は沈んでおらず、船から瀬戸内を観察するのには申し分ない。

 と言っても先程から俺が見ているのは、船が上げた飛沫がいかに海面に落ちていくかという、極めてスモールワールドな瀬戸内の海なのだが。

 

 周りには俺以外誰もいない。俺がぽつねんとここにいるのは、船室がうるさかったからだ。修学旅行で気分が盛り上がっているのはわかるが、気が緩んで前日夜ふかしして本を読んでいた俺の身にもなってほしい。

 クラスの馬鹿(そとの)なんぞは、今頃西の空に浮かぶ宵の明星を見つけ、星に願いを!! などと騒ぎ出していることだろう。そしてディズニーヒロインで誰が一番ご奉仕してくれそうか、という議論を始めて、清楚な(ふりをしたい)女子たちの顰蹙を買っているに違いない。女子たちはど淫乱の烙印を押されまいと必死だ。船室は笑ってはいけない二十四時の舞台に早変わり。「ちょっと花子、何ニヤついてんのよ」「かな子こそ、口の端が歪んでるわよ」と女子たちは突っつき合っているだろう。

 ……。

 なんにせよ、この世はイッツアスモールワールドなんだから静かにしてほしい。このように隣人に迷惑をかけるやつが後を絶たないから、世界が狭くて、世界が同じで、世界が丸くても、ただ一つになれないのだ。

 ……。


「お、こんなところにいた」

 タンタンと階段を下る音が聞こえたかと思ったら、各務原がここまで探しに来たらしい。


「どうした各務原。ここは日陰者専用の地下世界だぜ」

「ここ地下じゃないだろ」と呆れつつも「……いや、外野がディズニーヒロインで誰が一番夜のご奉仕が激しそうかって話を始めて居心地悪くなったからな」

 ……。やばい。俺の思考が外野とシンクロしすぎている。早くなんとかしないと。


「お前こそ一人で何してるんだ?」

 逆に各務原が俺に尋ねてくる。


 俺は適当に話を合わせた。

「俺は静かなところが大好きだからな。つまりここが大好きだ」

 語るべき理由なんて本当になかったのだが。


 各務原は妙な顔つきを見せる。

「……波の音のせいで、こっちのが余計うるさいと思うけど」

「俺にとっては、沖つ白波の音は、静かさを演出するBGMだからな。こうして水が砕ける音に耳を傾けていると、社会の煩わしさのためにさざ波立つ俺の心も和らいでいくのさ」

「なんだそれ。修学旅行の雰囲気に()てられて詩人にでもなりたくなったか」

 各務原は可笑しそうに笑った。


「別に」

 俺はそう言って、船縁(ふなべり)に手をかけて、ぼーっと船の進行方向を見つめた。下関と門司とを結ぶ関門橋がその先にある。当然まだ見ることはできないが。


「何見てるんだ? もしかして関門海峡か?」

 そうって各務原は半身を出し、俺と同じように水平線を見た。


「関門海峡はまだ三百キロ先だぞ。見えるわけがない」

「そうか。望遠鏡がいるな!」

「……望遠鏡があっても見えんよ。今せいぜい海面数メートル。この高さからだと、十キロ先も見えんだろ」


「……なぜに?」

「だって地球は丸いんだもん」

「……お?……ん? あ、そうか。光は地表に沿って進むわけじゃないもんな。だが、どうやっても見えんのか?」

「……まあ、強大な重力場でも作ればば見えるかもしれんがな」

「光を曲げるってことか……」

「あるいは、三百キロ先の光波を、チューブの中で全反射させてここまで引っ張れば、見えるかもな」

「おお、それは! 大発明になるんじゃないか!!」

「すごいだろ、光ファイバーと名付けた」

 偉い学者が。

「……なんだ。ただのインターネットかよ」

「おいおい。そのインターネットにどっぷり浸かってる人間が、インターネットをおざなりにしちゃいかんだろ。現代の情報通信網の要とさえ言える代物だぜ」


「いや、それは分かるけど」


 継いで言葉が出掛かったが、そんなはしゃいだ気持もすぐに沈んで、代わりにボソリと

「……地球の裏側をリアルタイムで覗けようが、目の前のことさえ分からんのが、人間という生き物だがな」

 と独り言つように呟いた。


「あ? なんて? 波の音でよく聞こえん」

 言って各務原は耳に手を当てた。

「なんでもない」

 俺はしぼむように、船縁に体を寄せた。


 そんな様子を見て各務原は

「花丸、なんか元気ないな。……なんかあったのか?」

 と尋ねてくる。


「何を言う。俺ってば超元気。修学旅行超楽しい」


 各務原は眉を曇らせた。

「……別に付き合いがそこまで長いわけじゃないが、花丸って元気なときは絶対『超元気』だなんて言わないよな」

「……だから、元気じゃなくて、超元気なんだろ」


「部活の女子と喧嘩でもしたか?」

 各務原は穏やかな表情で言った。

「は、俺があいつらと喧嘩するわけ無いだろ。そもそも旅行始まってからまだ話してないし」


 実際は大阪までの車内で隣の席だった安曇と当然ながら言葉は交わしているのだが、二、三時間ほど時候の挨拶をしていただけなので会話のうちに入らない。だからセーフ。


 と俺が無意味な言い訳をしていたところで

「話す予定はあるんだな」

「はい?」

 俺は訊き返すように声を上げ、各務原の方を見た。


「今『まだ』話してないって言ったから、これから話するみたいに聞こえた」

「……そんな、言葉尻を捉えるなよ」

 そうは言いつつも、自分でも目が泳いだのが分かる。

 

「やっぱりなんか話あるんだろ。違うならすぐ否定する」


 俺は誤魔化すのを諦めて肩をすくめる。

「……ちょっと、知り合いに言われたからな。曰く俺は素直にならなくちゃいけないらしい。だから、日頃思っている諸々をぶつけようと思ってな」


 俺が存外素直に話したからか、少し驚いた表情を浮かべながらも、各務原は別段からかう訳でもなく話を続けた。

「そうなんだ。……でも、何を言うにせよ、誰かに言われたからって言うのは良くないんじゃないか。彼女、そういう主体性のないの嫌いそうだろ」

「そうだな。アドバイスありがとう」


「……もし、その後でお前が落ち込んでるの見かけたらどうすればいい?」

「返り討ちにあって?」

「返り討ちにあって」


「そん時は優しく慰めてほしいな」


「そういう見境のないのどうなんだ?」

 各務原は顔をクシャッとさせ、下唇を突き出した。

「おぅ……。だったら、もとに戻るまでそっとしといてくれ」

「傷を塩水で洗ってあげるぐらいならしてやるよ」

「それ確実にとどめ刺しに来てるよね」

「鮫を騙すのがいけないんだ」

「別に誑かそうとしてる訳じゃないんだけど」

「似たようなもんだろ」

「えぇ、そうかなあ?」


 俺の肩を叩いて

「終わったら話聞かせろよ!」

「その余裕があったらな」

「大丈夫だろ。お前なら。むしろ花丸だから大丈夫みたいなところもある」


「俺別に心臓に毛が生えてるわけじゃないんだけど」

「開いてみてみなきゃ分からんだろ。俺が見てあげようか?」

「お前に切られるなら本望だな」

「なんじゃい気色悪い」

「俺なりの愛だわい」

「ええ、照れる……いや普通に気色悪いな」

 全く酷いことを言う。人の愛を聞き捨て、かてて加えて気色悪いとまでのたまうとは。


 そこで、また誰かが降りてきたかと思ったら、やって来たのは安曇だった。

 俺の顔を見るや微笑を浮かべ、胸のあたりで小さく手を降る。そんな彼女を見て、各務原に拒絶された愛を代わりに彼女に向けようかと思ったけど、全力で打ち返されるどころか、全部捕らえられて警察に突き出されそうだから、辞めておく。

 声を掛けただけで通報される世の中だから仕方ない。フィジカルディスタンスが三〇センチでもソーシャルディスタンスが二万キロぐらいある現代日本だからな。誰か俺の人生に蜜をかけてほしい。


 安曇は俺達のところまで来て

「こんなとこにいた。上にいないから海にでも落ちたのかと思ったよ」

 と笑って話しかけてくる。


「おいおい安曇さんよ。俺は安徳天皇じゃないんだぜ」

「……? 気品がないってこと?」

「違うそうじゃない」


傀儡(かいらい)としては扱いにくいってこと?」

 いや、そういう話がしたかったわけじゃないんですけど。


 各務原も面白がるように

「確かに花丸をお飾りの天皇にするには、少し難儀しそうだな」

 と合いの手を入れる。

「あーそだね。言う事とか全然聞きそうにないもんね」

「むしろ担ぎ上げることで一番の敵になりそう」


 ねえちょっと。すぐさま俺の悪口を言うところとか、誰かさんの影響を受けすぎでは、君達?

 そもそもここは壇ノ浦ではない。そういう問題じゃないけど。


 安曇も俺や各務原のように船縁に手をかけ、眼前に広がるオレンジ色の海を見て

「あー、でもこっからの景色もなかなかだね。海に沈む夕日を眺めながら、スタバのフラペチーノを飲むっていうのもいいかも」

 と目を細めた。

 なぜそこでスタバのフラペチーノがアイテムとして出てきたかは謎。JK検定一級の道は果てしない。


「ほんと女子高生ってスタバ好きだよな」

 俺がそういえば安曇は胡乱げな視線をこちらに向ける。

「そういうまるもんだってカフェイン好きじゃん」

「やめて。俺カフェイン依存症じゃないから。カフェイン入ってれば何でもいいって、アル中のそれと変わらないからね?」


「じゃ、どこならいいの?」

 言って肩をすくめる。

「名古屋大帝国民ならコメダ一択だろ。世界の常識」

「初めて聞いたんだけど」

「それにスタバって、意識高い高い系が足組みながら、MacBookカタカタ叩いてるから居心地悪い」

 ウィンドウズ勢アウェイな雰囲気が嫌い。俺どっちも持ってないけど。

 

「……いや、確かにいるけど」

 安曇は苦笑いする。


「いかにもな『俺、デキる男です』オーラ醸し出してるくせに、ちらっと画面覗いたら、ゲームやってたりするから、何がしたいのか分からない。家でやれよ家で」


「ひとのパソコン覗いちゃ駄目だし。そこはもうそっとしといてあげなよ」


「あとついでに言うと、そういう人達って余白の大きな本、喜んで読んでそう」

 『成功する人の思考法』みたいなタイトルの自己啓発本とか。なんでああいう本ってページあたりの文字数が少ないのだろう。資源の無駄だからやめたほうがいいと思う。


「またすぐそういうこと言う。それ偏見だからね?」

 安曇は呆れたように鼻で笑った。だが割と事実だと思う。


「梓! 部屋でトランプしよ」

 上の階から降りてきた女子が安曇の方に向かって声をかけた。

「あ、分かった!」と安曇は返事をしてから「じゃ、私行くね」

 と俺達に目配せして、彼女の方へと駆け寄ってゆく。

 

 彼女らは俺と各務原に背を向けながら

「男子と何話してたの?」

「うん、ちょっとね」

 とコソコソ二人で話しながら、上の階へと戻っていった。


 俺は再び視線を大海原へと戻した。

 他人を見て努力の方向性が間違っていると指を指して笑ってみても、かくいう自分はどうかと言うと、向上するどころか、地面に向かって自分を埋める穴を掘っているような気がして、そんな俺は誰に笑われるだろうかとぼんやり考える。

 人が互いに嘲笑し合っても、海は変わらずうねり続けている。

 変化し続けかつ不動のものであるそれを眺めていれば、自分の生き方も教えてくれはしないだろうかと、じっと海と空が出会う場所を見つめてみるが、果たして答えは出てきそうにない。


 ぼんやりと彼方に目をやる俺とは対象的に、各務原は女子二人が上がっていった方に目をやりながら、静かに言葉をこぼした。

「まだ何も言わないんだな」

 

 俺はしばらく間をおいてから、視線は変えぬまま

「今言ってもしょうがないだろ」

 と返した。

「心の準備をさせとくとか?」

「……準備なんて出来ねえよ」

「……それもそうか」


 各務原はまた俺のすぐ隣に来て言った。

「なあ花丸」

「なんだ?」

「お前にとって海水ってどんな味だ」

「はあ? どういう意味だ?」

 本当に意味が分からなくて、聞き返した。


 彼は思慮深げな表情だけ見せて、船縁から体を離し

「……別に。深い意味はないさ。物思いに(ふけ)って海に落ちるなよ」

 とひらひらと手を振り、船室の方へと戻っていった。


 ……海水は当然塩辛い。小学生でも知っていることだ。何を今更そんなことを尋ねる。

 俺は意図が理解できなくて首を傾げた。


 次の瞬間船体が若干浮き、飛沫が上がった。海水が数滴俺の手にかかる。俺はその滴をひたと見た。先ほど各務原が言ったことが引っかかる。……きれいなものではないと分かっているが、俺はそれを指で拭って少しなめてみた。

 ……。

「……マグネシウム」


どうも作者です。


いやぁ、暑いっすね。

夏っす。


それはさておき、ちょっち間が空いたのは、例のごとくテスト期間に入っているせいでですね、はい、テストのことで頭が一杯で、なんで学校で授業しとらんのにテストはやるんだよ、暑いよ、勉強つら、ワイの夏休みは? は? 8月半分終わっとるやんけ、てか暑いよ、みたいな感じでとどのつまりテストのせいで、クソ暑い日本の夏のせいで、要するに作者悪くない。

 ちなみにテストは9月末まで続く模様。もう一度問う。僕の夏休みは?


 責任者はどこだ。責任者を出せ。


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