もはやそれは紛い物にすらなれない
すっかりお馴染みとなったこの部屋での勉強。
彼女たちは笑い、そして彼も穏やかな表情を浮かべている。とても温かな風景だと私は思った。
委員会が作られてからは、三人で過ごす時間も減っていたから、胡桃ちゃんのおかげで、また二人と仲良くできていると思うと、彼女には感謝しないといけないのかもしれない。
「そういえば、安曇、買った参考書順調に進んでるのか?」
まるもんが私に尋ねてきた。
結局まるもんはなんだかんだ言いながら、真剣に私の参考書選びに付き合ってくれた。本当そういうところなんだよなあってつくづく思う。
「うん。半分くらいまでやったよ」
私はそう言って答えた。
「え、もう半分までやったのか。ずいぶん早いな」
「へへん」
私は得意になって胸を張った。ほんとは私だってすごいんだ。驚いたか!
「でも、理解しているかどうかはまた別問題なわけで」
「ちょっと! ちゃんと分かってるよ! ……えっと、一番最近やったのは、修飾句がどこにかかるかってテーマだった! 覚えてるもん」
私だって彼らと同じように入学試験を受けて、高校に入っているのだから、あんまり馬鹿だと思わないでほしい。
「ほーん。安曇ってやればできる子だったんだな」
まるもんは顎を撫でながら、鼻で笑うような調子で言った。
「だから! 馬鹿にしすぎだから! ほんと! むかつく!!」
私がムキになればなるほど、彼は面白そうな顔をした。本当、性格が悪い。
「安曇さん、英語の参考書買ったの?」
私とまるもんの話を聞いてか、美幸ちゃんが不思議そうな顔で尋ねてきた。
そこでとっておきの仕返しをできると思って、私は一人ほくそ笑んだ。私を馬鹿にしたことを後悔させてあげる。
「そうだよ。この間、選んでもらったんだ。本屋さんに行って。まるもんと二人で」
私がそう言ったら、まるもんはあからさまに動揺した表情を見せた。
私はただの事実しか言っていない。それでも、いろいろと気にしすぎるきらいのあるまるもんにとっては大打撃なはずだ。特にこの、胡桃ちゃんと美幸ちゃんがいるという状況ならなおさら。
美幸ちゃんはちらとまるもんの方に視線を投げかけてから
「そう」
とだけ言って、また胡桃ちゃんの問題集の方へと目を移した。
まるもんはというと引き攣った顔をしている。いい気味だと思う。
私が清々した気分でいたところ
「二人とも仲いいんだね」
部屋の真ん中にいる胡桃ちゃんが邪気のない、屈託のない笑顔でそういった。彼女みたいに純粋な子を見ていると、悪だくみをして男の子を困らせようとする自分の意地の悪さが、少し恥ずかしくなってくる。
私や彼が何か言う前に、美幸ちゃんが
「そうね、花丸くんと安曇さんは仲がいいわね」
と、どいうという事はない調子で答えた。
胡桃ちゃんは相変わらずにっこりとした顔で
「でも美幸ちゃんとげんきくんも仲がいいよね」
と天真爛漫な様子で続ける。
それにはさすがの美幸ちゃんも調子を崩されたのか
「……そ、そうかしら」
と頬を桃色にして、おどおどした態度になった。ちょっと嬉しそう。
でも
「げんきくんはみんなことが好きなんだね」
と胡桃ちゃんが言った途端、さっと彼女の顔から血の気が引いて、一気に無表情になった。
そして
「つまり花丸くんは悪逆非道で無知蒙昧で自尊自大な羞恥心の欠如したドン・キホーテという事ね。ずっと前から分かっていたけれど」
といつもの調子に戻ってしまった。
「四字熟語で人を殴るのやめてね」
まるもんがぶうたれているのも構わず、美幸ちゃんは続けた。
「こんな人と話していたら性格が歪むわよ。だから胡桃さんは私とおしゃべりしましょうね」そして今度は私の方に顔を向けたかと思ったら「安曇さんも多少は免疫が付いたかもしれないけれど、気が緩んでいたら心を毒されるから気をつけてね。花丸くんは意志薄弱で因循姑息で優柔不断の女々しい日和見主義者なのだから」
「ねえちょっと、橘さん。だから四字熟語使ってネガキャンするのやめようか。あと因循姑息ってなんだよ。俺別にちょんまげ頭じゃないんだけど」
美幸ちゃんはにやりとしたり顔で
「花丸元気を叩いてみれば、悪鬼羅刹の音がする」
と謳い上げる。
「おい、それただの悪口だし、普通に暴力じゃないか」
「いいえ。花丸くんが喜んでいる姿が目に浮かぶもの。私は心を痛めながらも、あなたの欲求に応えてあげているのよ。私だって本当はこんなことしたくないの。でもあなたがそれを望むから」
「俺マゾじゃないんだけど。あと望んでないし」
私は二人が何の話をしているのかよく分からなかったけど、
「でもまるもんは皆に優しいんだよね」
と胡桃ちゃんの意見に同調した。
そしたら美幸ちゃんは少しだけ驚いた顔をしながらも
「……それは、そうかもしれないわね」
と渋々同意した。「女の子にだけかもしれないけれど」と付け足しはしたが。
「ねえねえ、女の子にだけ優しいげんきくん!」
胡桃ちゃんが悪戯っぽい表情でまるもんに話しかける。それを聞き私はつい笑ってしまい、美幸ちゃんも顔がにんまりするのを隠せないようだ。まるもん自身も胡桃ちゃんにはめっぽう弱いのか、苦笑いをしている。
「のどが渇いちゃったから、売店で飲み物買ってきてくれない?」
胡桃ちゃんはまるもんにそうお願いした。
「わかった。いつものでいいか?」
「うん」
まるもんはそのやり取りだけして、すぐに部屋の外へと出ていった。
胡桃ちゃんは変わらずにこにこしている。彼女の発言で私や美幸ちゃんが何を考え、どう思うのかなんてことはまったく考えに及ばないのだろう。
純粋さはときにどんな刃物より鋭利であると私はしみじみと思った。
でも彼女がいい子であるという事を否定することはできない。彼女がそういう純粋な人間だったからこそ、まるもんは彼女の手助けをし続けているのだろう。
ふと、一つの思念が浮かび上がってきた。
胡桃ちゃんは一体、まるもんの事をどう思っているのだろうか。やっぱり今でも……。
さすがにそんな直截な事は聞けない。そしてそれは考えても仕方ないこと。
さあ、勉強に集中しなきゃと、雑念を振り払って私もペンをとった。
*
五分ぐらい経った頃だと思う。女の子三人だけで静かに勉強していた時に
「なんで人嫌いのげんきくんがあなた達と一緒にいるんだと思う?」
胡桃ちゃんが唐突に問いかけてきた。
私も美幸ちゃんも、その不意の質問に驚き、すぐに何かを言うことはできなかった。
そんなことは今まで考えもしなかったことだ。仮に考える機会があったとしても、すぐにしいて語るべき訳などないという結論に至ったと思う。私たちは誰かと一緒にいることに関し、いちいち理由なんて求めない、それは彼だって同じはずだろう。
だから私は彼女が分かりにくい冗談を言ったのだと思った。
だから笑みを浮かべて、彼女が次にどんな面白いことを言ってくれるのだろうと、面白がるような視線を向けたのだが、胡桃ちゃんの顔を見たら、少しもふざけているようには見えなかった。
胡桃ちゃんは私たちの返答を待たずに、話をつづけた。
「あなた達も私と一緒なんだよ。げんきくんは一人で歩けないような、弱くて可哀想な人たちが好きなの。あなた達はげんきくんに憐れまれてるだけなんだよ」
私は自分の耳を疑った。多分美幸ちゃんも同じ気持ちだったと思う。一体彼女は何を言っているのだろう?
唖然とした私と美幸ちゃんに対し、胡桃ちゃんはなおも言葉を投げかけた。
「げんき君は可哀想な人が好きなんだよ」
可哀想な人? 私が可哀想な人?
「別に私は……」
やっとこさ美幸ちゃんが何かを言いかけようとして、それでもやっぱり何も言えなくて、口をつぐんでしまう。
私も何も言えなくて、なんだかその場にいるのが居心地悪くなったので
「……なんか、まるもん戻ってくるの遅いね、ちょっと見てくるよ」
と逃げるように病室の外に出ていこうとした。
戸を開けたところに人影がいたのに私はぎょっとした。
その人物はまるもんだった。
「あ、えっと」
私は動揺してしまって、何も言えなかった。彼は聞いていたのだろうか。
まるもんは無言のまま部屋に入って
「これ、ここ置いとくぞ」
と飲み物だけ置いて、足早に部屋を後にしてしまった。
美幸ちゃんはそれを見て、心配そうな顔をした。
「あ、私、ちょっと様子見てくるね」
私が部屋を出る時に横目でとらえた胡桃ちゃんは、唇の端に自虐的な笑みを浮かべたように見えた気がしたが、私はまるモンに追いつくため、走ってその場を後にした。
*
そのままどこかに行ってしまったんじゃないかと思ったが、まるもんは病院のエントランスを出てすぐのところに、何をするでもなく立っていた。
まるもんは私に気付いたが、何も言ってこなかった。
「……まるもん」
私は何と言って良いかわからず、沈んだ表情をした彼を見つめることしかできなかった。
ぐるぐると思念が頭の中を行ったり来たりして、何か言ってあげなきゃと思い、
「まるもん。……あの、多分胡桃ちゃん本気で言っていたわけじゃないんだと思う」
苦し紛れに、それだけ言って、なんとかまるもんの気を楽にさせてあげようとした。
まるもんはその言葉には答えずに
「悪いな、胡桃が変なこと言って。入院生活が長いといろいろと精神的に不安定になる事があって、八つ当たりみたいなことしたくなる時もあるんだよ。だから、あんま怒ってやらんでほしい」
まるもんはあくまで胡桃ちゃんの立場に立とうとした。
でも私には無理をしているように見えた。
「……まるもんは大丈夫なの?」
「俺は別に……」まるもんは言いよどんで、目をつむって唇をかんだ。「駄目だなぁ」
そう吐き出した、彼の眦にはきらりと光るものが見えた。
*
「はい、これ」
私は自動販売機で買ってきたジュースをまるもんに手渡した。まるもんはすぐに財布に手を伸ばして代金を支払おうとする。
「お金はいいよ。……泣いてる人からお金取るのなんか悪いし」
私は手を振って受け取る意思の無いことを伝える。
「……別に泣いてないし」
否定はしたが、渋々手を引っ込めた。
そうやって強がるのは、彼なりのプライドなのだろうか。
思えば、私は彼が誰かに対して弱みを見せている場面を今まで見たことがなかった。いつも一人でいたせいで、誰かに弱みを見せるという事、誰かを頼るという事に慣れていなかったのだと思う。一人でも寂しくなんてないと強がって、本当は傷ついているのに自分ですら気づかず、弱さを見せることはいけないことだと思って、ひたすら孤独であり続けてきたのだろう。
それを思うと私は自分の事のように、胸が苦しくなった。
私は黙って彼が座っていたベンチに並んで腰かけた。
彼が飲み物を飲むのに倣って、私も自分の缶を開ける。
「……何がいけなかったんだろうな」
まるもんは一口飲み物を口に含んでからぽつりと呟いた。
「別にいけなかった事なんてなかったと思う。まるもんは間違ったことなんてしてないよ」
「……多分、胡桃の言う通りなんだ」
「どういうこと?」
「俺が誰かを助けるのは、自分より困っている人を見て安心したかったからじゃないんかと。だから俺は最低な奴だなって思って」
まるもんは自嘲的に笑う。
私はとっさに声を上げた。
「そんなことないよ! そんな自分本位のために誰かを助けてるなんて、私はそんなこと思ったことないもん。まるもんが私を助けてくれた時も、そんな風には全然感じなかった。まるもんはとてもやさしくて、困っている人がいれば助けてあげたくなる。それだけだよ。もし、本当に自己中心的な人だったら、私の事最後まで面倒見ようだなんてしなかったはずだし、それに美幸ちゃんだって!……」
私はそこまで言って、口をつぐんだ。その先を私が言うのはマナー違反な気がしたから。それにそれを言ってしまったら、何もかもが変わってしまうと思ったから。
その時、スマホに連絡がきた。美幸ちゃんからのメールだ。
私は目を通してから
「美幸ちゃんが『帰るの?』だって」
まるもんは二、三秒何も言わなかったが最後には「ああ」とだけ言った。
私がそのことを美幸ちゃんに伝えたら、すぐに『わかったわ。荷物は持っていくわね』と返ってきた。私はお礼だけ送って
「美幸ちゃん、荷物持ってきてくれるって」
とまるもんに伝えた。
「……橘には悪いことしたな」
まるもんはしんみりした様子でそうつぶやいた。
美幸ちゃんはしばらくしてから、私とまるもんの荷物を持った状態で、エントランスの外までやってきた。
しょんぼりした様子のまるもんとその隣に座っている私を見つけて
「帰りましょうか」
といつになく優しい口調で言った。
*
休日明けの学校。二年生は修学旅行を目前にして、見てわかるくらいに浮ついた雰囲気になっていた。俺は皆と一緒になってはしゃぎはせず、黙々と授業を受けていた。
五月も下旬。いつの間にか終わっていた連休はどこに行ったのだろう。俺のゴールデンウィークは何処へ? 俺から休みを奪った存在を俺は許さない。
休み時間はそんなしょうもない事を一人でブツブツ考え、次の授業の用意をする。それの繰り返しだった。
この間のことは想像した以上に応えた。だが、いつまでも腐っていてもしょうがないので「もときちょー元気」と家でずっと呟いていたら、
「お兄ちゃん頭大丈夫?」
と穂波に心配されたので
「あまり大丈夫じゃない。穂波に膝枕してもらって慰めてもらいたい」
と言ったら
「無理。というかキモイ」
と拒絶されたので、また泣いた。最近泣いてばかりである。よく泣くと言えば、平安貴族だから、俺も平安貴族に近づきつつあるのかもしれない。違うか。
昼休みになって、安曇が俺の方に近づいて話しかけてきた。
「放送部のアカウントに相談したいってメールが来てたから、今日部室来てね」
「ああ、分かった」
放送部のアカウントと言うのは今年になってから、安曇が思いついたように作った、ツイッターの放送部アカウントの事である。従来の紙での応募に加え、ツイッター上でもお悩み相談の募集をするようになったのだ。
放送でやる分はわざわざ集合しなくても、放送当日に回答していけばよいが、このように直に相談に乗るものは部室に集まらないといけない。
俺の精神状態がどうであろうと、授業は席に座っていれば、時間の流れと共に流れて行ってしまう。気づいた時には、五限が終わり、安曇に言われたように部室へと向かった。
橘に会うのはあの休日以来初めてのことだ。
橘は俺が部室に行ったら、まず
「こんにちは。花丸くん。お茶淹れるけど、飲む?」
と妙に優しい。自分ではいろいろひどいこと俺に言うくせに、俺が他のことでめそめそしていると、優しくしてくれるらしい。
もちろんそんなことを口に出して言えば、「あら、もう元気そうみたいね」とか言って、嬉々として悪口を言い始めるに違いないから、もうしばらくめそめそしていこう。おそらくは俺が元気になったらまた暴言を吐いてやろう、と企んでのことに違いないが、彼女が尽くしてくれる今のこの状態は見ていて非常に気分が良い。財界のプリンセスに優しくしてもらえるなんて、末代まで誇れるくらいの栄誉だ。
そうこうしているうちに安曇が相談者を連れて部室へとやってきた。
相談者というのは、一年の男子生徒だという。
橘と安曇が彼に席を勧め、お茶を出してお決まりの挨拶をしたところで、さっそく彼の相談内容を聞く。
曰く
「実はある女の子から告白されたんです」
と。
それを聞いたら
「何? 自慢しに来たのかい?」
としょうもないことが口をついて出た。
心が荒んだ人間からは荒んだ言葉しか出てこないというが、まさしくその通りだなと思って、一体俺は何がしたいんだろうと自分が自分で嫌になる。
おまけに
「まるもん、自分がモテないからって僻むの良くないと思う」
軟弱化した橘さんの代わりに、安曇さんに叱られてしまった。
「だって告白されて困ることってあるのか?」
と今度は言い訳がこぼれてくる。汚れた自分を擁護する言葉でさらに自分の価値を貶めるのだから世話がない。
それでも心清らかな一年生の彼は、汚れ切った俺の嫌味なんて意に介さない様子で
「悩んでるんです。どうしてあげればいいか。勇気を出して告白してくれたのを無碍にするのは忍びなくて……」
と心情を吐露した。
「……悩んでるってことは、あんた別にその女子の事好きじゃないんだろ。好きでもない女と、同情のために付き合ってやるなんて、相手に失礼じゃないか」
「……ですよね」
橘がそこで俺の言葉に補足する様に
「ごめんなさいね。ちょっと彼の言い方はきついけれど、女の子からしてみても、いい加減な気持ちで付き合ってもらったり、……憐れまれて、付き合ってもらったりということであれば、やっぱりいい気分はしないものだと思うわ」
と意見を述べる。
「……なるほど」
安曇は優しい声で
「他に好きな子がいるの?」
と一年の男子に問いかけた。
「特定の相手は今のところいません。でもよく知らない相手のことを、知らないからって理由だけで振るのもどうなのかなって思いまして」
「なるほど。……もし少し気になる気持ちがあると言うなら、何回かデートしてみて、それから考えるっていうのもありだとは思うけど……どうかな?」
一年の男子は安曇の言葉を頭で反芻する様に、考え込む仕草を見せてから
「ありがとうございます。自分でもじっくり考えたいと思います」
ぺこりとお辞儀をして、部室から出ていった。
扉が閉まって、彼の足音が聞こえなくなったころになって
「妙なものよね。私達の誰も今まで恋人がいたことなんてないのに、他人の恋愛相談に乗っているなんて」
と橘がしっとりとした口調で言った。
「本当だな」
だが追い返すわけにもいかないのだ。恋愛相談にせよ何にせよ、相談に来る者たちは悩み、苦しみ、藁にもすがる思いでこの部屋を訪れているだろう。それを「わからん。自分で考えろ」と突っぱねるのでは、人でなしと言われても仕方ない。
そのとき、ちゃぽんと一つの違和感が俺の腹の中でうごめき始めたような気持ちがした。
真剣な相談はそれほど多いわけではなかったが、ないわけではなかった。深い悩みを抱える者たちは多くが、このように直接部室を訪れた。
その時はいづれも、部員みんなで真摯に向き合って、客観的な意見を述べるようにしていた。
明確な指針を決めていたわけではないが、そういう相談に乗る時には、俺と彼女たちの間での共通の理念として、俺たちがすべきことは迷える子羊たちの背中を押してあげる事であり、完璧な解決策を提示する事ではない事、最終的な決断はすべて相談者に委ねるという事があった。その方針は別に間違っていたとは思わない。
それでもどこか、相談に乗ってあげているという驕りがあったんじゃないかという思いが、今ここに至って俺の胸を衝いてきたのだ。
本当は何もわかっていないのに、分かったふりをして、偉そうなことを言っているだけなんじゃないか。
お悩み相談室をする理由。当初は部活だから、という単純な理由で満足していたし、義務感すら持って、俺はそれを続けてきた。でも今では、それがどうにも違うように思えてきたのだ。本当に部活だからという理由で俺はこんなことをしているのか? 俺はこの行為に何かもっと違う意味を求めていたのではないのか?
胸の中の違和感が、具体的な形になって俺に問いかけてくる。
その違和感に名前を与えたのは、紛れもない彼女の言葉だった。
俺は短く息を吐いた。
「思うんだが」
俺はそこまで言ってから言葉を切った。本当にこれは言うべき事か迷ったのだ。二人が不思議そうに俺のことを見てくる。
だが一人でうじうじ考えていても仕方ない、ええい儘よと先を続けた。
「……俺らがやってることは、自己満足なのかな。いいことしている自分に酔っているだけなのかな」
思ってること、考えていることを上手く言えなくて、ポロリとこぼれたのはそんな言葉。
橘は俺の方に視線を向け、自分たちが今までしてきた行為を無碍にするような、後ろ向きな寸評に気を悪くするでもなく
「別に自己満足でもいいじゃない。例えそうだとしても、私やあなたや安曇さんがここでこうしてみんなの相談に乗ることで、確かに気持ちが楽になる人はいるもの。批判するばかりで誰も救えない衒学者より、誰かを救う偽善者の方が価値があるわ」
と述べた。
「だがそれは偽善を正当化する理由にもならないだろ」
自分で言葉にしてみて腑に落ちた。そうだ。俺が今までしてきたことは、偽善なんじゃないか。結局は自分のためにそうしてきたのではないのか。それが頭にこびりついていた違和感の正体だった。
「そうだとしても、少なくとも私たちの目の前にいる人たちは、私たちに助けを乞う人たちは救える。もし本当の善とやらを追い求める人がそれで救えるのはごく一部だけだと批判するなら、それこそ個人の尊厳を否定することになるわ。助けられる個人にとっては各々が抱える問題は大問題であるわけで、それの手助けを無意味と喝破するなら、その人たちのことなんかどうでもいいと言っているようなものだもの」
橘の言葉に続いて、安曇も
「私は難しい話はよくわかんないけど。……ほら、同情するなら金をくれって言うしね」
「それはまた別な話になる気もするけれど」
彼女たちがワイワイ話し始めた隣で、俺は考えた。
橘の意見は一つの答えだとも思う。正論で人が救えないなら、嘘でも助かるほうがいい。助けられる側にとっては、自分に手を差し伸べる人物が本当に心からの優しさでそうしているかどうかなんて、さしたる問題ではないのだ。当人にとって生きるか死ぬかのような問題のときならなおさら。悪人に助けられるくらいなら死んだほうがましだなんて、綺麗事でしかない。多くの人間は自分が助かる方を選ぶ。自分を救えない善人に感謝できる人間は希少だろう。
だが、その自己満足が本当にただの自己満足で誰の助けにもなっていないのだとしたら……。
作者「言ってなかったかもしれないけれど、僕はハッピーエンドが好きです」
ヒロインA「つまり、私が勝ちヒロインってことね」
ヒロインB「なんでそうなるの?」
ヒロインC「そうだよ。作者さんがハッピーエンドが良いって言うなら、みんなが幸せにならなきゃ。つまりみんなが、げんきくんのお嫁さんになればいいんだよ!」
妹(それハッピーエンドどころか、地獄なんだよなあ)
外野「ここは間を取って、俺がメインヒロインになればいんじゃね?」
一同「「帰れ!!!!」」