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その時踊っていたのは体だけか、今となっては知る由もない

「E組最下位だったわね」

 クラスマッチの全日程を終え、場所は変わって放送部部室。何の気もなしに本部テントに委員会の後輩たちの様子を見に行ったせいで、片付けやら、集計結果の報告書を実行委員会に提出する仕事やらの、手伝いをするはめになったため忙しくしていた俺が、とぼとぼと部室に行けば、体操服から制服に着替えた橘がいつもどおりの様子でノートを開いて勉強をしていた。

 邪魔をしないよう静かに荷物を置き、少し離れたところに座った俺に、彼女はそういったのだ。

 二年生の結果は、F組が総合優勝し、橘の言ったようにE組が最下位となっていた。E組が唯一、一回戦突破できたのは男子サッカーだけで、そのサッカーも優勝を飾ることは出来ず、二回戦で敗北した。


「全部お前のクラスのせいだと思うんだが」

 実際、サッカーを除き、三部門で一位入賞したF組と初戦であたっていなければ、E組が最下位になるなんてことはなかったと思う。

 橘は俺の文句をサラリと受け流し

「強いものが弱い者を打ち滅ぼす。自然の摂理だわ」

 とこともなげに言った。

「さいですか」


 橘はそこで顔を上げてニヤリとし

「特に男子のバレーは酷かったわね。あまりに一方的で試合になっていなかったもの」

 女子バレーもなかなかだったけどな。


「……俺はスパイクを二本打てたから満足だな。見たか? 俺のファインプレー。お前、試合の最中、ずっとボーっとニタニタへらへらしてたけど」

「ちゃんと見てたわよ。あとニタニタもへらへらもしてないわ」

「なら、決まったとき何で薄ら笑いしてたんだよ」

「悔しさを我慢するために、食いしばってただけだわ。それにあなたは敵チームだったし、周りにみんないたし、その上私のクラスメートを保健室送りにしたのだから、喜べるわけないじゃない」

 そう言って彼女は眉尻を下げた。


「……それもそうか」

 あの子は一体大丈夫だったのだろうか。慣れないスポーツをやらされて、挙句敵からスパイクを顔面に打ち込まれるなんて、かわいそうに。まあ、やったのは俺なんだけど。


 俺が敵さんのご冥福をお祈りしていたら、橘は軽く咳払いをしてから、でも、と付け足した。

「でも……かっこよかったわ」

 俺はその言葉に、心臓をぎゅっとつかまれたような気がした。夕日に照らされ、橘の表情が赤く染まっている。


「……あ、そう?」

 俺がそう返せば、橘ははっとしたように目をそらし

「ええ。若干ね」

 と付け足した。


 俺は苦笑いをする。

「なんだよ若干って」

 彼女がいつもよりも綺麗に見えたのは、夕日に照らされていたからか、あるいは一日運動して、心身ともに疲労していたせいか。

「若干は若干よ。結局負けなのだから、どう足掻こうと格好なんてつかないもの。この世は勝たなければ意味がないのよ」

 そうツンと澄ます彼女の顔は、やはりいつも通りの橘美幸だった。


「皆おつかれ!!」

 ガラリと戸が開けば、安曇が疲れを感じさせない元気良さで部室に飛び込んでくる。


「おっす。お疲れ」

「お疲れ様」


「いやあ、F組すごかったね! 美幸ちゃんもかっこよかった!」

 座るなりニコニコした顔で言う。

「そう、ありがとう。でも安曇さんもドッヂボール最後まで残って頑張ってたらしいじゃない」

「えへへ。負けちゃったけどね」

「いいえ。試合には勝てばいいというものではないわ。安曇さんは一生懸命頑張った。その事実が大事なの」

 俺に言ってることとなんか全然違うんですけど。


 安曇は少し悔しそうな顔をし

「結局まるもんの試合見れなかったし。……どんなだった?」

 と俺ではなく橘に尋ねた。

「それはひどかったわね。E組は手も足も出ていなかったわ。花丸くんなんてずっとぴょんぴょん飛び跳ねていたけれど、何をしたかったのかわからなかったもの。まるでピエロよ」

「おい、お前、だからさっきと言ってることが違うんだが」

「あら、私さっき何て言ってたかしら。忘れちゃったわ」

 橘はすっとぼけた顔をした。

「だから、俺がかっこ……」

 ……。橘は真顔で俺の顔をじっと見てくる。 

 二人きりの時ならまだしも、他の奴の前で言えるわけがなかった。


「何? 美幸ちゃん何て言ったの?」

 俺が途中で言葉を詰まらせたのを見て、安曇が不思議そうな顔をしてくる。

「……なんでもない」

「ええ、気になる」

「だからなんでもないって。いつも通り俺を馬鹿にしてたんだ」

「……ふーん」

 安曇は少し気にするような顔をしていたが、それ以上は突っ込んでこなかった。


 「ところで」と彼女は別の話を始める。

「土曜のクラスマッチライブ行く?」

「クラスマッチライブ? なにそれ? クラス対抗で音楽の競い合いでもするの?」

 そうなのだとしたら審査員はいったい誰がするのだろう。

「いや違うけど」

 すかさず安曇が否定する。


「じゃあクラス対抗で楽器使った殴り合いでもすんの? 俺リコーダーくらいしか持ってないよ? ギターで殴られたら防げないんだけど」

「そんなわけないでしょ。クラスは関係なく、有志バンドがライブ開くの。毎年やってるんだよ? 三月のクラスマッチの時でもやってたし、学校祭の後にだって」

「へえ」

 俺が入学二年目にしてようやく知った事実に、さして感動もせずに相槌を打っていたら


「私は遠慮しておくわ。去年付き合いで行ったからどういうものか分かってるから」

 と橘が不参加の意を示す。橘が付き合いで行ったのだとしたら大方萌菜先輩辺りの関係だろう。

「そっかぁ……」

 安曇は橘の返事を聞きしょんぼりした。


 俺も橘に同調して

「俺もいいかな。あんまうるさいの好きじゃないし」

 と答えたら

「ええ、行こうよ。絶対楽しいよ」

 安曇は粘ってくる。


 なおもやんわり断ろうとして

「またの機会に」 

 といった。


「……えぇ、チケットもう買っちゃったんだけどな……」

 安曇はそう言ってまたしょんぼりした。


 俺と橘が顔を見合わせた。

 おい、お前が一緒に行ってやれよ。安曇が可哀想だろ、と俺が橘に言う前に

「私はともかく花丸くんは行きなさいよ」

「なぜ?」

「見もしないで評価を下すなんて、愚か者のすることだわ」

「先人の知恵を用いるのもまた賢者なり」

「自分の見たものしか信じないような男が何を言っているのかしら」

「いや、そんなことありませんが」

 本に書いてあるようなことまでいちいち疑っていたら、人生がいくらあっても足りないですよ?


「いいじゃん行こうよ。百聞は一見に如かずっていうでしょ」

 という安曇に続き

「花丸くん一緒に行ってあげなさいよ。もし安曇さんが一人で行って犯罪にでも巻き込まれたりしたらどうするの? これは部長命令であり副委員長から庶務に対する絶対命令よ。拒否権はないわ」

 と独裁者橘さんが時代の逆風にも負けず強権をふるおうとする。

「……そういうのパワハラっていうんだよ?」

「いいから行きなさい」

 ……俺はため息をついた。波風を立てないことを人生の基本理念とするのなら、素直に従うのもまた一つの手か。


「……へいへい」

 まあいいのだ。今は疲れているから、あまり乗り気じゃないだけで、今晩寝たら元気が出て少しは前向きな気持ちになれるだろう。

 それに俺としても女の子につらい思いをさせるのはなるべく避けたいところ。……安曇には今日迷惑もかけてしまったことだし。


 俺が承諾したのを見て

「やった! まるもんありがとう」

 安曇はぱっと顔をほころばせた。

 半ば強制でしたがね。


   *


 その日の晩、当日のことについて安曇からラインで連絡がきた。


『土曜なんだけど、ライブ六時からだから、ちょっと早いけど、どこかで夜ご飯食べてかない?』

 俺は安曇にすべて任せるという旨を伝えた。


『じゃあ、駅前のイタリアンにしよっか! ライブハウスも近いし』

 俺は了解とだけ返信して、スマホの電源を落とした。


 翌日、集合時間の三十分ほど前に自転車で家を出て、駅の入り口のところへと向かった。

 少し早めについてしまったから、英単語の復習でもしておくかと思い、鞄に手をのばそうとして、そこで単語帳は置いてきたことを思い出した。


 家でこんなやり取りがあったのである。


「お兄ちゃん、女の子とお出かけするのに、単語帳なんか持ってくなんて馬鹿なんじゃないの?」

 俺がもぞもぞと準備をしていたところで、穂波が馬鹿にするような目で蔑んできたのだ。

「何を言う。時間を有効に使う事こそ、この世で一番大事なことだろうが」

「一人で暇な時に見るくらいならいいけど、お兄ちゃん絶対、二人でいる時でも何話していいか分かんなくなって、本とか開いて逃げようとするでしょ」

 なんか心当たりあるなあと、ウッとしながらも

「お、俺はそんなことしないぞぉ」

 と反論した。

「いいから置いてく! そんなん持ち歩いてたら変だよ」

 と妹に取り上げられてしまったのだ。全く腹立たしい事である。


 ところで、これだけ早く来てしまって、安曇が後から来た時に、俺を待たせたんじゃないかと、心配させるのは忍びないな。

 そう思って俺は、少し離れたところから安曇が来るのを見守っておくことにした。


 およそ十分ほどしてから、半ば駆け足でこっちに向かってくる安曇が見えた。

 そして集合場所についてから、左腕に付いた時計を確認して、きょろきょろとあたりを見回した。


 俺はそれを見て、安曇の方へと近づいていく。

 その時、安曇が近くで突っ立っていた男の肩を叩いた。その男は驚いたように振り向く。知り合いなのだろうか。俺はそこでピタリと足を止めた。


 ところが安曇は振り向いた男の顔を見て、驚いたように、ぺこぺこ頭を下げ始めた。どうやら俺と彼を間違えてしまったらしい。

 男は笑って安曇を許したようで、そのままどこかへと歩いて行った。

 安曇はというと、真っ赤な顔になってうつむいている。よほど恥ずかしかったらしい。


 俺はそのままテケテケ安曇の方に近づいて行ったのだが、今度はまた別な男が安曇の前に立ちはだかった。一般的な日本人の地毛にしては髪の毛の色が明るい。大学生だろうか。

 その男に話しかけられ安曇は困ったような顔をしている。

 どうやら今度はナンパされているらしい。


 人間違えしたり、ナンパされたり忙しい子だ。

 

 俺は彼らの声が聞こえるところまで急いで駆けていった。


「ねえ、暇ならこれから名古屋行って一緒に遊ばない? おごるよ?」

 チャラ男が安曇をそう口説いている。

「あの、すみません。これから約束があるので」

「ええ、どんな用なの?」

 安曇は顔をうつ向かせて

「……あの、すみません」

 と言うばかり。


 俺は詰め寄って男の肩をポンとたたいた。

「連れになんか用ですか?」

 男は胡散臭そうな目を向けるように俺の方を見た。男の身長は俺より十センチほど低く、自然俺を見上げるような視線になる。


「失敬。彼氏さんね。やっぱかわいい子にはいるもんだなあ」

 男は俺の顔を見ると、へらへら言いながら足早に去っていった。


「お前何ナンパされてんだよ」

 男を追い払ってから、そう安曇に声をかける。

「……ごめん」

 安曇は俺を見上げて申し訳なさそうな顔をした。

「……いや、別に謝んなくていいけど。お前は悪くないし」

 俺が離れたところにいなければこんなことにはならなかったわけだしね。


 全部見てたなんて言うわけにもいかず、今度からはもっとタイミングよくやってこようと反省した。


 安曇は白を基調としたシャツと、デニム生地の膝上のスカートにキャンバス地のスニーカーを履き、ワイン色のボーラーハットを頭に載せるといういかにも女子高生らしい服装をしていた。


「じゃいこっか」

 安曇が歩き始めたのに従って、駅の外へと歩いていった。

 

 安曇に教えてもらったレストランというのは、シックな雰囲気の店で、かなりボリューミーな料理を提供していた。二人用のコースがあったので、大皿で運ばれてきた料理を二人で分け合って食べたのだが、俺も十分腹が膨れたし、安曇もお腹いっぱいになったようだった。


 食事を終えてから、俺たちはライブハウスへと向かう。

 入口で係りにチケットを渡し、代わりにドリンクを一つ選んで中へと入っていった。

 ライブハウスというから、俺はてっきりすべて立ち見かと思っていたのだが、壁に添うようにテーブルと机も置いてあり、どうやらカウンターでは飲み物や食べ物も提供しているらしかった。


「バンドって聞いてたから、もっと激しいのばっかだと思ってたけど違うんだな」

 ライブが開始してから中ほど、ジャズクラシックのようなゆったりした音楽を演奏するグループの番になって、俺は安曇に言った。あれはブラスバンド部の連中だろうか、黒を基調としたフォーマルな服装に身を包んでいる。

 俺も安曇も壁際のテーブルでステージ上の演奏を遠巻きに見ていた。ステージ前の開けた空間では、観客が音楽に合わせて身を躍らせている。


「そうだね」

 安曇はジュースのコップのストローをぐるぐるかき混ぜながら言う。


 始めの方は、流行りのロックバンドのコピーやら、どこかで聞いたことのあるJPOPが流れていたのだが、アップテンポの曲ばかりという事はなく、このように落ち着いた雰囲気の曲も間に挟まれていた。


「まるもんって踊るの得意?」

 ふと安曇が他の連中が踊っているのを見ながら、尋ねてくる。

「はは安曇さんよ。俺を誰だと思ってるんだ?」

「誰なの?」

「前世が鹿鳴館だったという記憶があるような気がしないでもない男……だぞ?」

「全然踊れる要素を感じないんだけど。しかも鹿鳴館って建物だよね?」

「……」

 実際、踊りなんて小学生のころにいやいや踊らされた、地域の盆踊り大会くらいしか経験がない。仲いい奴がいなかったから、踊る当番じゃなかった時も、ボーっと突っ立ってたな。「暇なら俺の分もやっとけよ」って意地悪な上級生に(ばち)もたされて、二人分の太鼓をたたいたりもしたな。あと、体育のダンス発表という名の、公開処刑くらいだな。俺がステージに立っただけで、みんな笑ってくれていたな。あ、もう一個あったわ。運動会のフォークダンス。俺とペアになった女子が本気で泣いていたのを見て「ごめんね俺なんかで」と本気で申し訳なくなったのを覚えている。ろくな思い出がないな。


 俺が思い出に浸って、目頭を熱くしている横で、安曇が頬を少し染めて、ちらちらと俺の方に目配せしてくるのに気が付いた。

「……踊りたいのか?」

 安曇は言葉にはせず、こくりと頷いた。

「よしいいぞ。行ってこい」

 安曇は驚いたように目を見開く。

「ちょっと! せっかく二人で来たのに、一人で踊らされるってどんな罰ゲーム!?」

「え、やっぱり俺も踊んの?」

「そうだよ!」

 過去の記憶からすれば、なるべく隅っこでおとなしくしていたいというのが本音ではあったが、ライブ会場を見てみれば、まともに踊ってる奴なんて一人もおらず、しっちゃかめっちゃかに飛び跳ねているだけだ。これなら俺がそこらへんでピエロみたいにくるくる回っていても、誰も気にも留めないか。


「……しょうがないな」

 俺はそう言って、よいしょと立ち上がったのだが

「ねえ、こういうのは男子から誘うべきだと思うの」

 と安曇は裾を引いてくる。


 いつもなら、「ジェンダー論の押し付け良くない。もときゆるさない」と言説を垂れるところだが、パーティーの場でそんな湿気たことを言っても仕方あるまい。

 

 それでもなんだか普通の誘うのはすごく照れ臭く感じ、お辞儀をして右手を差し伸べてから

“Would you mind dancing with me, ma'am? ”(私と踊って頂けませんか、お嬢さん?)

 と誤魔化すように英語で誘った。なにこれ余計恥ずかしいんだけど。


 安曇も照れたようにはにかんで、立ち上がってから会釈をし

“Of course not, sir.”(よろこんで)

 と英語で返して、俺の手を取った。


 俺のダンスのセンスなんて壊滅的だし、安曇も踊りを習っているわけじゃないから、とても人に見せられるような出来栄えではなかったが、彼女はそんなこと気にせず十分に楽しめたようだ。安曇と手を取り合い、しばらくの間くるくると木の葉が舞うように、音楽に合わせて二人で回っていた。

 


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