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役者が集い舞台の幕が開ける

 女子二人と向き合った俺は、単刀直入に自分の頼みごとを口にした。

「あいつの、胡桃の勉強を見てやってほしいんだ」

 俺がそう言ったら、すぐに

「勉強? 私が? 無理無理!」

 安曇はとんでもないというように顔の前で手をブンブン振っている。


「おいおい。天下の神高の名が泣くぞ」

「天下って、神高生の中でもピンキリなのまるもんだって知ってるでしょ」

「すくなくともキリではないだろ」

「……そうだけど」


 橘は不可解そうな表情を浮かべる。

「花丸君、どういうことなの? 急に勉強を教えてやれだなんて」


「あいつ学校まともに行けるような体じゃないだろ。だから通信制に通ってるんだけど、なかなかな」

 そこまで言うと、二人は顔を見合わせた。


 俺は二人が何か言う前に続けて言った。

「それに、勉強って言うのは方便だ。本音を言うと、あいつの友達になってやって欲しい。お前らも経緯を知ってるだろうが、あいつにゃおよそ友達と呼べるやつがほとんどおらんだから──」

 俺の言葉を遮り、橘が苦言を呈した。

「私、前にも言ったでしょう。友達は作ろうとして作るものではない。ましてや、なってくれって言われてなるようなものでもないわ」

 

 一瞬、言葉につまった。

 彼女にとってはこれは偽善のようなものに感じてしまうのだろう。だがそれでも俺は、たとえ虚構だとしても胡桃を一人にしておくのが忍びなかった。

「重々承知してる。だがせめてきっかけだけでもくれないか。頼む」

 俺は頭を下げた。


「まあ、別に構わないけれど」


 顔を上げて橘の顔を見れば、仕方なさそうな表情を浮かべて、小さく息を吐いていた。


「恩に着る」

 そこで安曇も続けて

「あ、私は全然OKだよ。胡桃ちゃんにも会ってみたいし」

 と言ってにっこり笑っている。

「すまんな」

「ううん。気にしないで」


   *


 数日が過ぎ休みの日に、早速三人で胡桃が入院している病院へと向かった。事前に胡桃に伝えた時は随分と嬉しそうにしていた。


 部屋に入るまでに簡単に打ち合わせをしておく。

「じゃあ理系科目は俺が教えるから、文系科目は……橘頼んだ。安曇はそばにいてくれるだけでいいよ」

 目下、安曇さんの役割が思い浮かばなかったので、慈悲を込めてそばにいてくれることの大切さを説いたのだが、安曇さんは憤然として

「私をここまで引っ張り出しておいていきなりのいらない子宣言!?」

 と声を上げた。

「おいおいそんなこと言ってないだろ。ただの戦力外通告だ」

 俺がそう言えば

「オブラートに包もうとする努力が垣間見えすらしないよ!?」

 むきーっと突っかかってくる。

 うん、この小さい女の子の相手している感じ。ほんと安曇は可愛いなあ。


 それから病院の廊下を進み、胡桃の病室の前に立ちノックをした。

「胡桃、俺だ。約束通り二人を連れてきた」

 二、三秒間をおいてから、中から返事が聞こえる。

「どうぞ」


 俺は引き戸を引き、入ると同時に女子二人を招き入れた。


「よお。元気してたか。……えっと、こいつらが俺の部活仲間で──」

 と俺がそこまでいいかけたところで、橘が脇腹をつついてきた。

「こいつらって何よ。こいつらって。あなたが私と安曇さんに、お願いしてここまで引っ張ってきたのに、随分な態度ね。何? あなた、私達のこと、自分のものにでもしたつもりなの? 勘違いも甚だしいわね。懇切丁寧に紹介しなさいよ」

 懇切丁寧にだと? 面倒な注文をつけやがる。

 だがこの女に逆らってもどうにもならないことは今までの付き合いで、十分思い知っているので、仕方なく従うことにする。

「……えー、このお嬢さん方がわたくしの部活仲間である、橘美幸さんと安曇梓さんであります。えー、橘さんは名古屋に住んでいて、家族は豚と祭りでもらった黒い出目金です。好きな食べ物はクリームシチューで、好きなスイーツはバスクチーズケーキ。コーヒーはグアテマラをネルドリップで頂くのが好みだそうです。ちなみに、現在恋人はいま──」

「ちょっと。誰がそこまで説明しろって言ったの? 馬鹿なの? 限度というものを知らないの? というかなぜ私の趣味嗜好をそこまで把握しているの? 流石に気持ち悪いのだけれど」

 事あるごとに、あれが好き、これが好き、でもあれは嫌いと俺にくどくど説明していた君が言うかね。

 胡桃の前だから、この件は保留にしといてやる。後で覚えてろよ。


「……。でこちらの安曇さんは神宮市出身で、お父さんとお母さん、おばあちゃんと一緒に住んでいます。好きな食べ物は──」

「私のこともそんな説明しなくていいから!!」


「……で、こっちの子が、久留和胡桃。胡桃って呼んでね♡」

「私の説明は雑だなあ」

 胡桃は笑いながら言う。ほら全然怒らない。お前らも見習え。


「以上。何か質問はありますか」

「……」

 誰も文句はないらしい。


 俺はパンっと手を叩いた。

「はい、じゃあ皆さん仲良くしましょう」

 女子三人はぱらぱらと頭を下げ、よろしくおねがいしますといった。


 紹介が済んだところで早速胡桃の勉強会へと移る。


 前もって暇になる時間があるかも知れないと伝えておいたので、勉強用具なり本なり暇つぶしの道具は持ってきてもらっており、各々担当じゃない時は、自分のしたいように過ごしていた。それでも時折雑談を交えながら、楽しく過ごせていたと思う。

 ここにいる女子三人は三人とも、俺という、社会不適合者一歩手前というか半分くらい足を突っ込んでいるんじゃないかと小学校のときの担任に心配されていた、いわばグレーゾーンな人間の相手が出来ているという点で、対人コミュニケーションに関して秀でた才能があることが、証明されているエキスパートたちなので、特にギクシャクすることもなく会話をしていた。

 橘さんも普段からそれくらい他人に優しくできれば、放送部の拗らせニョリータなどという不名誉なあだ名をもらうこともなかったのに。なんでいつもはああなのか。

 と楽しそうに胡桃とやり取りしている橘を見て首を傾げていたら

「二人のどっちがげんきくんの彼女になる予定なの?」

「ばっか、お前何言ってんだ!」

 胡桃がとんでもないことを言っていた。


「……えへへ、胡桃ちゃんって面白いね」

 安曇は胡桃の冗談だと分かったようで、笑っていたのだが、橘は

「……花丸くんったら、一体いつも胡桃さんにどんな話をしているの? もしかして頭の中のどうしようもない妄想を、さも事実かのように話しているのかしら?」

 と怪訝そうな顔をしている。


「なわけないだろ。胡桃は冗談が好きなんだ」

「今のは別に冗談じゃなかったんだけどな」

「いやいや冗談だろ」

「……じゃあ、そういうことにしといてあげる」


 とそんな俺達のやり取りを見てか

「胡桃さん、随分花丸くんのことを信頼しているのね」

 橘は素直にそう思ったらしい。

 

 胡桃はそれに元気よく答えた。

「うん! げんきくんには、お着替えとかお手洗いとか手伝ってもらってるんだ」

 胡桃のその衝撃の発言に、気味の悪い汗が、ぶわっと全身に滲むのを感じた。


「……お着替え?」

 と安曇。

「……お手洗い?」

 と橘。

 彼女たちはそれぞれ耳を疑う、といった表情をし、ちらちらと俺の方に視線を向けてきた。


「む、昔の話な!」

 俺は慌てて補足をした。あらぬ誤解をされたらたまらない。

 続いて胡桃が付け足すようにしゃべる。

「そう、昔。……去年ぐらいまではよく手伝ってもらってたよね」

「「……去年?」」

 胡桃の言葉を受けて、じろっと二人が俺の方を見てくる。


「あ、いけない! もうこんな時間だ。面会時間は終わりだな! よし帰ろう。すぐ帰ろう。じゃあそういうことで。胡桃、また今度な。さ、お前らも行くぞ」

 俺は手早く後片付けをし、そそくさと病室を出た。


   *

 

 病室から出て、ロビーに降り、病院のエントランスを出てしばらくしても、後ろを歩く二人の視線が痛かったが、俺が頑なに話をそらそうとしたので、二人も追及するのは諦めたようだった。


 歩きながら橘が不意に

「胡桃さんどうしてまだ入院しているの?」

 と尋ねてきた。


「え、美幸ちゃん。そんなの……治らないからに決まっているじゃん」 

 安曇は橘の急な発言に驚いたようで、慎重に言葉を選ぶように、そう発言した。


 橘はひたと足を止め、言葉を継いだ。

「違うの。……言い方がまずかったわね。胡桃さん、病院に長くいすぎじゃないかしら?」

 そう言って俺の方に視線を投げかけてくる。


 俺は驚きや、緊張というよりも、彼女の見識の広さに感心した。

「……お前、変に詳しいところあるよな。一体いくつだよ?」

「永遠の十七歳よ」

「十七歳の女の子はそんなおばさん臭いこと言わんと思う」


 安曇は話の意味がわからないようで、怪訝そうにしている。

「どういうこと?」


 別に秘密にすることでもないかと思った俺は、説明することにした。

「……保険で入院できる期間ってのは、病気によって上限があるんだ。胡桃の場合、半年未満。事故から五年、ゆうにその期間は超えている」

「……でも今は病院にいるじゃん」

「実は、また病院に入ったのは、去年の秋の終わり頃からなんだ」

 橘が相槌を打つ。

「……そうなの」

 

 俺は続けた。

「それまでは介護施設にいたんだ。国は半年以上の病院におけるリハビリを認めていないんだ。それ以上やっても意味ねえって言うんだな。まあ、ぶっちゃけ金が惜しいんだろ」


「じゃあ、どうしてまた病院に入ることが出来たの?」

 橘が疑問の核心に触れてくる。

 橘の家のようにとんでもない金持ちだったら、別に保険なんて使わなくても入院生活を送られるかも知れない。 

 だが実際の医療費というのは、月に数百万を超えることがざらにある。一瓶百万円を超える薬。ロボットを使った先端医療。そんな物があるから、医療費がそれだけ膨れ上がるのも何ら不思議はない。保険がなかったら、とてもじゃないがほとんどの日本国民は、ありふれた疾患でさえ治療を受けるのは難しいのだ。現在、国の医療費は四十兆円を超え、国の財政は火の車。化粧品代わりに皮膚炎の薬を処方してもらうと良いよ! という話が出回った時に、その話の発信者に中指を立てた霞が関のお役人と医療従事者は多いと聞く(知らんけど)。

 とにかく、医療保険を使えないというのは普通の日本人にとっては、致命的であるということを、橘は理解しており、また胡桃の家がその例にもれないことも分かっているのだろう。


「……胡桃がやっている治療は、最先端の治療でまだ研究段階なんだ。だからそこら辺にかかる費用は病院側が治験と言う扱いで免除してくれている。でもリハビリの費用とか、入院費はお前が言ったように胡桃の場合保険が効かないから、全部自己負担。諸々合わせて一日一万はくだらんだろうな。胡桃の親父さんは、橘んちほどじゃないだろうが、かなり社会的地位の高い人らしくてな、自己負担でもなんとか入院費は工面できているらしい」

 どのような仕事をしているのか、詳しく聞いたことはない。胡桃の父親は仕事で忙しいらしく、俺も今までに数度しか顔を見たことがない。


 俺が説明をし終えてしばらくして、安曇が何かを思い出したように

「あ、でもさ。私、去年の夏頃にさっきの大海原病院でまるもんに会ったけど、あれは胡桃ちゃんのお見舞いじゃなかったってこと?」

 去年の夏? ……。

「ああ、そんなこともあったな。……いや、あれは胡桃の見舞いだったよ。一応検査って言うことで、定期的に入院してたから、その時偶然安曇に会ったんだな」

「あ、そうなんだ」


 俺は少し間をおいてから、二人に尋ねた。

「……で、どうだ? これからもあいつに会ってやってくれないか?」


 橘は俺に冷ややかな視線を向けてきた。

「……何馬鹿なことを言っているの? どうしてあなたにそんなことを指図されないといけないの?」

「いや、でも……」

「私はもう胡桃さんと友だちになったのよ。友だちに会うのにいちいちあなたのお伺いを立てなければいけないだなんて、そんなおかしいことないわ」

 ……素直に、うんいいよ、って言えないのかねこの子は。とは思ったが

「……あ、うん。そうだな。ありがとう」

 と礼を述べた。

 そして安曇が

「私も大丈夫。胡桃ちゃんのこと好きになっちゃった!」

「おう。だからそばにいてくれるだけでいいからな」

 俺がそう言ったら、安曇は顔を赤くして

「勉強も教えてあげるよ!!」

 とむくれた顔をした。

どうもどうもこんばんは。作者の逸真芙蘭です。


最近ウェブ授業のため、パソコンの画面を見すぎて、眼がピクピクし始めました。美少女の指の腹でマッサージしてもらわないと治る気がしない。

 

それはさておき。

もう六月も終わりますな。夏ですわ夏。

小説を書いているとついうっかり、夏っぽい文章を書きたくなって、いかんまだ話は四月やったわ、と書き直すことが。あはは。早くしないと季節が逆転しそうなのでがんばるんば。


いつも応援ありがとうございます!

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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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