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小学生のころ怖い女の先生で鉄仮面と呼ばれていた先生がいた

 春の青空は霞んでいて、余り綺麗じゃないと言うけれど、今日の空はとても澄んでいるように見える。ここ最近はずっとどんよりとしていたが、数日ぶりにいい天気になったのではないか。

「綺麗な青空」

 ぽつりと一人で呟いた。


 今二人が横にいたら、まるもんは光波のスペクトラムがどうだの、散乱がどうだの言って、対して美幸ちゃんは、全てをわかったような顔で、とんでもないことを澄まし顔でさらりと言って、まるもんをあたふたさせるんだろうな。

 

 そんなとりとめもないことを考えながら自転車を漕ぎ、小鳥の歌声に耳を傾け、二匹の燕が仲良く飛んでいるのを見ては、理由もなく笑みがこぼれてくる。そんな朝の空気がとても美味しい。


 美幸ちゃんと仲直りできて、本当に嬉しい。

 私はここ最近ずっと塞ぎ込んだ気持ちだったが、数日ぶりに元気になれた。やっぱり喧嘩なんかしたっていいことはない。一期一会の人生。出会った友達は生涯大切にしなきゃいけない。今日の放課後は何の話をしよう。昨日見たテレビ、面白かったんだけど、美幸ちゃんも見てたかな? でもいいや。見てなかったとしても、教えてあげられるもんね。


 いつになく晴れやかな気持ちで校門をくぐり学校に到着した。

 自転車を押して、昇降口裏の自転車置き場まで歩いていく。自転車を駐輪場に停めて、鍵をかける。

「よしっ、今日も頑張るぞ!」

 私は校舎に入り授業の支度をした。


   *


 放課後になり、部活の時間。これだけ楽しい気持ちで放課後を迎えられたのはいつぶりかな?

 まるモンと一緒に行こうとしたけれど、まるモンは担任の先生に呼び出されて、職員室に行ってしまった。なんでもクラスの係では「庶務」になったから、色々と言いつけられて大変だとぼやいていた。私達の担任の先生は若い女の先生だから、満更(まんざら)でもなさそうなのがちょっとムカつくけど。でも庶務というのは、美幸ちゃんに話したら喜びそうだな。「あら、庶務だなんて、花丸くんにピッタリの役目じゃない」とか言うんだろうな。眼をキラキラさせて。でもそう言いつつ心のなかでは「私以外の女の言うことをホイホイ聞くなんてムカつくわね」とか思ってそう。流石にないか。

 

 一人で部室に向かおうとして、その前にトイレに行っておこうと思い、教室の近くのトイレに入った。


 それから手を洗って出ようとしたときのことだった。


「安曇ちゃん、随分楽しそうじゃん。なんかいいことでもあったの?」

 私はその声を聞き、自分でも体が強張るのが分かった。


 声のしたほうを向けば、女の子三人組がトイレの入口を塞ぐように立っていた。先頭で作り笑いを浮かべているのは、億野(おくの)さん。後ろにいる二人は、千秋(ちあき)さんと、万屋(ばんや)さんだ。


 私は少ししぼんだ声で答える。

「……別に、なにもないよ」

 彼女たちと対面して自分の気分が急降下するのが分かった。

 彼女たちはサッカー部のマネージャー。私と同じ二年生。

 女子の先輩と一緒になって私をいじめていた人たち。

 この間の放送委員会で、私とまるもんに嫌なことを言ってきた子たちだ。


「安曇ちゃん、放送部に入って、楽しい?」

 一人が一見すればにこやかな表情で私に尋ねてきた。けれど私にはそれがとても嫌な笑みに見える。

「……うん、そうだけど」

「毎日、好きな人と入れればそりゃ楽しいわよね」

「違っ、べつに彼はそういうんじゃ」

「彼だって!!」

 彼女たちは黄色い声を上げる。私の声など彼女たちには届いていない。


 そうなのだ。彼女たちは私の話なんてちっとも聞こうとしない。私が何度否定しようと、エースだった金本先輩との誤解を解こうと何度も説明しようと、彼女たちは誰も、部活の人たちは誰も聞く耳を持たなかった。


 うちの一人が冷ややかな目で私を睨んだ。

 先ほどとは打って変わって、冷たい声で言う。

「よく、そんなふうに楽しめるよね。あんたが部活やめたせいで、サッカー部は雰囲気最悪よ。金本先輩はマネージャーに冷たくなるし、男子たちだって、うちらのこと軽蔑した目で見てくるようになるし。あんた、そんだけ部活めちゃくちゃにしといて、よくもまあ平気よね。自分が楽しければそれでいいってこと?」


 ……私が部活をめちゃくちゃ? そんなのは嘘だ。サッカー部はちゃんと去年の夏の大会で結果を残した。めちゃくちゃにしようとしたのは私じゃない。


「安曇ちゃん、放送委員長になんでなったの? 部活を途中で辞めちゃうような人に委員長なんかできるの?」 

「……できるよ」 

 自分の語調が弱くなるのが分かる。彼女たちのギラギラした視線に捉えられて、身がすくむのが分かる。


「あんたは困ったことがあればすぐ逃げ出す負け犬よ」

「……」

 もう何も言い返すことができなかった。私は足早にその場をさろうとする。

 そんな私に追い打ちをかけるよう耳打ちして

「次の委員会でまた会おうね。ちゃんと来れたらだけど」

 

 私は脇目も振らずにそのまま駆けるように去っていった。


 その場で泣かなかったのは奇跡に近かった。あんな人達に負けられるかっていう気持ちが、この一年で芽生えるようになったからだと思う。それはあの二人のおかげだ。まるもんと美幸ちゃんには、逆境でも諦めずに立ち向かう勇気を教えてもらった。私はいつまでも逃げてばかりの女の子じゃない。……さっきのは戦略的撤退。


 放送準備室から、その隣へと移った私達の新しい部室に入る。

 まるもんは先生に言われた用事が済んだようで、もうそこにいた。


「よう安曇。遅かったな」

「……うん」


 まるもんは私に元気にないのに気付いたのか不思議そうな顔をする。

「……どうした。元気ないな。お前は笑顔でいるのが一番だぜ」

 まるもんはいつもみたいにちょっぴりふざけた調子でそう言った。いつもなら適当に流すのに、なんだかそれがとても暖かく感じて、顔を上げて、彼の顔を目に入れた時、私は堪えていたものを、熱いものが体の底から溢れだそうとするのを抑えることができなくなった。


   *


 涙に背中を震わせる彼女を前にして、でも流石に背中を(さす)ってやるのはまずいよな、ああ、俺も女に生まれたのなら、この間の橘と安曇のようにスキンシップを存分に取ることができたのに、と自分の生まれ持った性を少し憎む。

 俺は先程安曇が受けた仕打ちを、彼女自身の口から聞いた。

 俺には肌で触れ合い彼女を慰めることができない。かと言って優しい言葉で元気づけてやることもできない。言葉なんかに大した力はないと、俺が切り捨てたコミュニケーション能力が遠くで俺を嘲笑(あざわら)っている気がする。

 

 女子二人の涙を前にしたこの間以上に、狼狽(うろた)えてオロオロしていたところ、橘が部屋に入ってきた。

 そして俺の隣で泣いている安曇、それをじっと見ている俺、と言う構図を目にし、彼女は非難がましく俺を見てきた。

 橘がとんでもない誤解をしたのを悟り俺は慌てて

「いやっ、これは違っ……。俺じゃないからな!」

 と弁明しようとしたが、

「……あなた、安曇さんを泣かせるなんて、ほんと最低ね。いい加減地獄に落ちればいいのに」

「いや、だから俺じゃねぇっ()てぇ!()


「安曇さん。悔しかったわよね。どこを触られたの? お尻?」

 橘は慈悲のこもった眼を安曇に向けている。

「だから何もしてねえってば」

 しかもなんでセクハラしたことになってんだよ。

 しかし橘は俺の声に反応する素振りを見せない。

「辛いのは分かるわ。私もよくやられそうになるから」

 と引き続き安曇の方を向いて言っている。

「お前は平然と嘘を付くのをいい加減やめれ」


 橘のとんでも発言に対し、指先で涙を拭いながら、安曇はフルフルとゆっくり首を振り

「ううん。まるモンは何もしてないよ。私を慰めてくれたの」

 と俺を擁護してくれた。


 橘は驚いたような顔をして

「……え。何もしてない? 弱みを握られて脅されているとかそういうことではなくて?」

「うん」

「え。もしかして本当に花丸くんは安曇さんにセクハラをしていないの?」

 なんでそんな疑り深いのかなこの子は。

「だから、はじめからそう言ってんだろが。人の話を聞かないやつだな」


 橘は少し考え込むような表情をしてから、恐ろしい事実に気付いたとでもいうような表情をし、左手で髪をかき上げながら

「……つまり二人きりになったとき、花丸くんがセクハラをするのは私だけということ? 私にだけ特別セクハラをしていたということ?」

 と一人でぶるぶる震えている。

「何とんでもない大嘘こいてんの!?」

「セクハラ、ダメ絶対」

 だめだこいつ。早く何とかしないと。


「……でも、イケメンだったら許すんだろ」

 イケメンだったら、壁ドンしてもいいし、唐突に顎をくいっと上げてもいいし、俺が言ったら確実に「なんか最近太った?」というセクハラ発言も、「何あいつムカつく!!」とか言いつつ、(でもそんなに私のこと見ててくれてたんだ。きゅーん♡)みたいな感じになるんだろ。ああやだやだ。これだから女子は。

 ま、人を見た目で選ぶような奴はこちらからお断りですがね。誰も俺を選んじゃくれないがな!!!!


 俺の言葉を受け橘が訂正するように言う。

「そんなことないわ。ほら、男性アイドルが公衆の面前で服を脱いだり、女の子に無理やりキスしようとしたりして事件になったことあったじゃない」

「はい、そういうセンシティブなこと言わない」

 Jが怒るぞ。

「それに花丸くんだって、不細工じゃないわ。目を瞑って見れば何とか我慢できるもの」

「それ何一つ我慢できてないよね!? 君は(まぶた)の裏で一体何を見てるの?」

「現物より百倍くらい美化した感じの花丸くんよ」

「それもはや俺じゃないし」


 突然、安曇が吹き出して笑い始めた。眼こそまだ潤んではいるが、確かに笑っている。

 

 そんな安曇を見て橘は小さくガッツポーズをして

「……勝ったわ」

 と呟いた。

「何にだよ?」


「知らないの? 『泣いた分だけ笑わせてやんよ』が私のモットーだっていつも言っているじゃない」

「一年とちょっとお前との会話に付き合ってきたけど、そんなモットー初めて聞いたんだが」

「え? 私と花丸くんが付き合ってるですって? とうとう『ぼくとみゆきたんはラブラブカップルなんだ』という頭の中の妄想が、口に出るようになってしまったのね。可哀想に」

「ちゃんと話聞けよ」

「私と花丸くんが付き合うだなんて、実現可能性としては世界滅亡の次くらいのありえなさだわ」

 だから話聞けよ。


 というか世界はほぼ百パー滅びるのだから、それは割と高いことになってしまうんじゃないだろうか。そんな疑問を挟む前に、橘は幾分か真面目な顔になり

「それで何があったの?」

 と俺に尋ねた。

 

   *


 俺はかいつまんで「億野(おくの)千秋(ちあき)万屋(ばんや)」と言う三人組が、安曇に『困ったことがあればすぐ逃げ出す負け犬』と言ったこと、他にもネチネチと過去のことについて陰湿に絡んできたこと、そしてそいつらが(くだん)の放送委員会のメンバーであることを橘に伝えた。


 俺の話を聞いた橘は

「つまり端的に言うとその億千万と言う三人組が安曇さんをいじめているということね」

 

「変な略し方するなよ」

 エキゾチック・ジャパンじゃないからね。


 さてどうしたものかと、腕組み考えたところで

「邪魔するでぇ」

「邪魔するなら帰ってー」

「ほなまた来るわ。……て、なんでや!」

 うるさい奴が闖入してきた。どうして放送部には変な奴ばかり寄り付くのだろうか。変な奴が中にいるからか。うるせえよ。橘はともかく俺はそこまで変じゃない……と思う。


「ほんとに帰れ。この似非関西人」

 俺はその闖入者こと、外野に対し言った。


「誰?」

 橘が不思議そうに外野を見てから、安曇に尋ねる。

「ほら、問題発言で委員会追い出された人」

 泣き止んだばかりの安曇は答えてやった。

「ああ、例の」


 そんな女子たちの会話はまるで意に介さないようで

「へいへい花丸さんよ。超絶(プリティー)可愛い(キュートな)女の子(セニョリータ)たちとの会話(チャッティング)邪魔(バザー)されたからと言って、不機嫌(ムーディー)になるのはいただけないなっ」

 と未知の言語で俺に話しかけてくる。

「お前、一体何人(なにじん)だよ」

「お前の笑顔に、胸がジンジン」

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわからない」

 本当にこいつは何を言っているのか。


「そう、Hey YO! 

 俺は超人

 そこが肝心

 佳人に囲まれニヤつく奇人

 皆お前にひやつき用心

 俺は要人

 お前は変人

 俺とお前で無敵の布陣

 お前に出会えてマジで幸甚

 だから聞いてよ俺の友人

 俺は世紀の大賢人!」

「……」

「……」

「……」

 体が痒くなる魔法でもかけられたらしい。背中がむずがゆくてしょうがない。


「……なあ橘。イソジンって馬鹿にも効くか?」

「それはよくわからないけれど、バケツいっぱいのイソジンに顔を突っ込ませたら、少しは大人しくなると思うわ」

「よし。安曇、保健室でイソジンもらってきてくれ。なければ化学実験室のベンジンでも可。何なら塩酸とかでもいい」


「それ大人しくなるどころじゃないよね?」

 すんすんと鼻を鳴らしながら、安曇は言った。


「たっはー。花丸さんったら、冗談きついぜ」

 外野はおでこにぺちりと手のひらを当ててわざとらしく言う。

「ははは。悪い悪い。割と本気だけどな」

「ガハハハハ……ハ…ハハ…………。……え、冗談だよね?」

 外野が小動物的なくりくりした視線を俺にぶつけてきたが、固く無視する。

  

 俺は冷ややかに彼を見つめ

「お前ほんとに、何しに来た?」

「いや、また板書当たったから、教えてもらおうと思ってだな」

 と照れたように頭をかく。

「帰れ!」

「ままま、そう言わず。俺お前の仲だろぅ?」

「知るか」

「頼む! 俺にはお前しかいないんだ!!」

 外野は必死の形相で俺に抱きついてくる。

「よせやい気持ち悪い」

 こいつ、大概俺のことが好きすぎではないだろうか? 本当に気持ち悪いから辞めてほしい。


 外野は俺の肩に手を回し、女子に聞こえないよう背を向け小声で

「おいおい。いいのかい? 俺を助けてくれないと困ったことになるぜ」

 と囁く。


「……なんだよ?」

 俺は胡乱げな視線を向けた。

「お前に関して、あることないこと橘のお嬢に吹き込んでやる!!」

「おっま、ふざけんなよ。てか、ないことはふきこむな。……もちろんあることも」

「ならありそうなことだけ吹き込んでやる!!」

「やめろ。それが一番たちが悪い」

「純度九九パーセントのホラ吹き男と言われた俺の活躍を刮目(かつもく)せよ!」

「お前、ほんと一回くたばれ」


 俺はため息をついた。


 こいつの策略にはまり、願いを聞いてやるのは、この上なく腹立たしいが、意地のために、橘に余計なことを言われてより酷いことになるのはごめんだ。仕方ないから、ちゃっちゃと教えて追い払ってしまおう、と考えていたところ

「あ! 外野! 声が聞こえたと思ったら、お前一体ここで何してんだ! 呼び出しかけようとしてたとこだぞ」

 ガタイの良い坊主頭が顔を覗かせた。


「ひぇっ、先輩!」

 外野はおびえたように、身体を縮こませた。

「早くこっち来い!」

 そういってその外野の先輩はがっちりと外野を捕まえた。


 外野は先輩に引きずられながら

「花丸お前、謀ったな! この裏切り者!!」

 と叫んでいる。


 いや何もしてないし。そもそも仲間じゃないから。


「行ってしまったわね」

 引きずられていった外野を見送り橘がぽつりと言った。

「そうだな」


 嵐が過ぎ去り、一安心したところで、話をもとに戻す。

「でどうする?」

 橘も真顔になり

「……安曇さんのことよね。それは、そういう人たちにはちゃんと言わないと分からないわ」

 うわあ、嫌な予感するなあ。橘さん、戦闘モードだよ。嫌だなあ。怖いなあ。橘さん安曇さんのためだったら何でもするからなあ。


「問題になるようなことは言うなよ」

 とおそらくは役に立たない忠告をする。

「ちょっと軽く注意するだけよ」

 君の場合その()()()()が、初っ端から決定打であり一撃必殺であり、その上オーバーキルなんだよな。


   *


 外野のことはあのままにしてあったが、夜になって奴からラインが来て、もう絡みがめんどくさいから、素直に教えてやることにした。数式やグラフを書くとすると、パソコンの画面でやったほうがいいと思い、俺はパソコンを起動させていた。

 しばらくしてから、ラインにテレビ電話の着信があり、パソコンにて応答する。


「やっほ! 花丸くんとテレビ電話できるなんてすごく嬉しいな!」

 裏声で気色悪いことを言ってきたので、多分間違い電話なのだろう。だから俺はとりあえず切った。


   *


 先程の間違い電話から十数秒ほどしてから、またパソコンにテレビ電話の着信が来たので画面を開く。


「お前、何いきなり切ってんだよ? ブチ切りしたらいかんだろ? ゲームボーイアドバンスだったらデータ壊れてたよ?」

 画面を開くなり、外野はべらべらぶうたれた。

「知るか。俺はDS派なんだ」

 ゲームボーイとかリアルに博物館で見るレベルのものになりつつあるんだが。


「うわ出た。お前、花丸のくせにDS派とか。ああやだやだ」

「文句あるか?」

 大体、俺らぐらいの世代ならDSでもかなり遅れている方だ。


 外野は目を見開き、自分の胸元を指で指して

「お前に俺の気持ちがわかるか? 兄貴のお下がりでゲームボーイしかできなかった俺の気持ちが。ダイヤモンド・パールを持っていた友達に、通信プレイに誘われた時、『僕サファイアなんだ』と言って毎度断らなければならなかった俺の気持ちがお前に分かるのか?」

 

「は? そういうお前は、通信プレイに誘ってくれるような友達がそもそもいなかった俺の気持ちが、個人プレイではゲットできないポケモンがいることを知って絶望した時の俺の気持ちがわかるのかよ?」

 

 数秒音が途絶えた。通信状況が悪化したのかと思い

「おい、聞こえてるか?」

 と聞けば

「……………………なんか、ごめん」

「……急にマジなトーンで謝るなよ。本気で悲しくなっちゃうだろ」



   *


 翌日。俺は相談をするために、昼休みに執行部の部屋を訪ねていた。もしかしたら誰もいないかもしれないと思ったのだが、五月に開かれるクラスマッチの準備をしていたようで、部屋には山本がいた。


「良かったね。橘さん説得できて」

 応対した山本に現状を報告したところ、彼はそう返してきた。


「それは良かったんだが、ちょっち問題が」

「なんだい?」

「……ほら、橘って物怖じせず誰に向かってもズバズバ言うだろ。だから例の三人組の件でなんかやらかすんじゃないかと」


 山本は合点がいったように、顎を撫でている。

「うーん。なるほど」

「だから今日の委員会、様子を見に来てくれないか。いい感じにとんとんになるよう事後処理を頼む」

「うわぁ、無茶言うなあ」

「萌菜先輩の無茶振りに比べれば可愛いもんだろ」


 山本は小さくため息をついた。

「僕はとんでもない人たちに仕事を振っちゃったんじゃないかと、今更ながらに後悔してるよ」

「そんなこと言ってくれるな。(さい)は投げられたのだ。もう後戻りはできん」

 そう後戻りはできないのだ。


 橘嬢が動き始めたら、もう誰にも止められない。ここまできたらもうやけだ。どうにでもなってしまえばよい。さあ橘劇場の開幕、開幕。とくとご覧あれ。


   *


 しょっぱなからそれはそれは酷かった。

 まず

「執行部の方で花丸元気副委員長に対し、不信任決議案が可決されたので、花丸は辞職し、代わりに私橘美幸が副委員長に就任しました。以後よろしくお願いします。なお、今後花丸は庶務として私がこき使うので、委員会には在籍させます」 

 という挨拶から始まった。

 俺、味方のはずなのに、いきなり集中砲火を浴びてるんだけど。俺のピエロぶりがやばいんだけど。みんなにゲラゲラ笑われてるんだけど。え、なにこれ、いじめなの? 俺に対するいじめなの? 泣いちゃうよ、というか泣いちゃうぞ。泣こうかな。もう泣いてるよ。


 それからは、クラスマッチでの放送委員の役割を説明することになったのだが、誰かがひそひそと音を出す度、副委員長もはや実質のドンが、

「何か? 言いたいことがあるなら前でどうぞ」

 とすぐさま冷たい声で言うので、誰も音を出さないようになった。ああいう女の先生、学年に一人はいるよね。廊下とかですれ違っても、怖いから目を合わせないようにしてた。大抵挨拶ぐらいしなさいと注意されるんだけど。

 そんな状況下、咳払いさえ躊躇われ、なんか俺でも胃がキリキリしてきたから、他の奴らはなおさら緊張していたと思う。


 大方説明が終わり、閉会のころになって、俺もようやく終わるぜと安心しかけていたところで、また橘が口を開いた。

「少し話をさせてください」

 また、皆に緊張が走る。自分が怒られるんじゃないかと、誰もかれもが下を向いた。何この恐怖政治。

 橘は一呼吸おいて

「どうやら、当委員会において、一部委員長に対し信用を置けないと感じている方がいるらしいです。彼女自身、このような役目を負うのは初めてですので、色々と不慣れで至らないこともあると自覚しています」

 億千万はまさか自分たちが悪いとは露も思っていないようで、後ろでニヤニヤ笑っている。


 橘は続けた。

「ですが委員会活動は有志で行っていただくものです。体制にご不満ならどうぞやめてくださって結構です。私から執行部の方に話を通しておきますので」

 場は静まり返った。元から静かだったけど。……さらに凍り付いた感じか。


「どうしたんですか? 嫌ならもうここにいる義務はないと言ったのですよ。色々とお忙しいでしょうから、どうぞご退席ください」

 みんながみんな、「え、僕のことかな? え、どうしよう。え、怖い」みたいに考えているように見える。特に俺。


 誰も何も言わず、だれ一人席を立ち上がろうとしないので(当たり前だが)、橘はため息をつくように

「億野さん、千秋さん、万屋さん。あなた方三人のことを言っているのですよ。もしかしてあなたたちは数日前にした自分の発言を覚えていられないくらい記憶力が悪いんですか?」

 怖い。美幸ちゃん怖いよ。すごく怖い。悪役みたいになってるよ?


 名指しされた三人は、やはり顔を下に向けたまま、何も言わないでいる。

 橘はそれを見て続けた。

「もしかして、彼女に対し『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』と言ってしまった手前、辞められないのですか? ですがこれは仕方ないでしょう。あなた方は事前に誰が委員長をやるのか知らされていなかったですし、執行部が決めた人事である以上、それに歯向かうことは難しかったと思います。やめたとしても誰もあなた達を見咎められません。人員の補填は私が責任を持って行います。ですので心置きなくやめてください」

 三人を見れば、顔を真っ赤にしているのが分かった。ああ、やっちゃったよ。これ。大丈夫かなあ。


「聞こえなかったんですか? 出ていってもらって結構です」

 橘は攻撃の手を緩めない。もはや死体蹴りだよね。やめてあげて。


 がらりと戸が開いた。ああ、来た。執行委員長。早く何とかして!!

「あのう、会議中失礼。えっと、二年の億野さん、千秋さん、万屋さんちょっといいかな?」

 山本はひょいひょいと三人に手招きをした。

 三人は赤らめた顔を見合わせて、逃げるようにこの場から立ち去って行った。


「ああ、怖かった」

 俺の口から自然とその言葉がこぼれたのも当然だった。


「本当、怖かったわ」

 みんな驚いたように橘を見た。

「……それ、君が言う?」

「え、どういうこと?」

 ええ、この子本気で言ってるの? その場にいる全員が、この人何言ってるんだろう、という顔をしていた。


「あ、えと。じゃあ、今日の所は解散で。おつかれさまでした!」

 安曇が元気よく締めようとした。みんな出て行っていいのか分からないのか、きょろきょろお互いを牽制していたが、一人がひょいと教室を飛び出したのを機に、雪崩のように出口に殺到した。よほどこの部屋にいるのが堪えたらしい。

 

 俺たち三人以外の全員が教室を出たのを見て

「お前なあ。もっとどうにかならんかったのか? 今どきああいうのはパワハラと言って問題になるんだよ? 分かってるの?」

 と橘を諫める。

「でも花丸くんは、私達の味方をしてくれるんでしょう?」

「いやそうだけども」

「たとえ全世界を敵に回しても味方でいてくれるんでしょう?」

「そんなかっこいい台詞言った覚えがございませんが?」

「お前のために世界を壊してやるって言ってくれたじゃない」

「ぜってぇ言ってねえ!!」


 橘は満足気に笑みを浮かべた。

「あなたが味方をしてくれるならそれで十分だわ」


 まったく、この子は、もっとみんなに好かれる工夫をした方がいいぞ。……。


 そのブーメランに俺は苦笑いする。

どうも作者でぇす。

間が空いたのは、あれですよ。大学の課題がウェブ授業になったせいでアホみたいに多かったからですよ。そう。だから悪いのは教授。ひいてはウェブ授業をせざるを得なくした、コロナのせい。俺は悪くない。そして課題は終わっていない。やばい。また時間かかりそう。ごめん!!!!

いつも応援ありがとうございます!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いつも楽しく読ませてもらってます [一言] 大学の課題凄いですよね笑 お互い頑張りましょ笑
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