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委員会設立

 授業が終わってから、眠気を払うために俺は校内の自販機で、コーヒーを買っていた。

 プルタブを引き、口をつけながらグラウンドの方に目をやる。


 校庭では真新しい体操服に身を包んだ人間が多数見受けられた。ここからだとその表情までは見えないが、恐らくは緊張した面持ちで部活に参加しているのだろう。

 彼らは体験入部中の一年生だ。一年生というものは純粋でいいなあ。見れば分かる。眼がキラキラしているのだ。おそらくは物語で見るような素晴らしい高校生活、ひいては最高の青春時代が送れると盲目的に信じているのだろう。俺は「そんなものはありません」などと無粋なことは言わず、彼らを生暖かい目で見守りたい。大学二回生になって、二浪して自分よりも年上になってしまった新入生に対し、「若いって良いねえ。私なんかオジサンですよ」とそんなことを言える大人、サウイフモノニワタシハナリタイ。……高校に入って一年も過ごすと、多かれ少なかれ心が穢れていくのは自然の摂理。


 無論、入学当初から心を悪魔にでも売ったんじゃないかと言いたくなるような人間はいるにはいる。誰とは言わない。決して俺のよく知っている、某橘さんのことを話しているわけではない。橘さん、見てくれは天使だからね!!


 それはそれ。


 サッカー部、野球部は今年も繁盛しているらしい。ざっと数えただけでもそれぞれ二十人近く集まっているのではないか。さすがキングオブリア充。俺にもフェロモンの出し方を教えてほしい。

 そんな甘い香りに誘われた純真無垢な一年生たちを、短パンを履いたむさい酸っぱそうな連中が狙って声をかけている。

 野太い声で

「君、そこの君! そう君だ! イイカラダしてるねえ」

 と舌なめずりをしながら、浮かべるのは猩々(しょうじょう)()くやと思わせる程の怪しい笑み。

「今どき、丸い玉を追うなんて流行らない。時代は紡錘形(ぼうすいけい)! 細胞分裂と言ったら紡錘体! 君の筋紡錘はさぞ美しかろう!! そう、君がやるのはラグビーだ!」

 とガシッと線の細い一年生を掴んでいるが、宣伝文句には狂気しか感じない。もはやただの恐怖体験である。一年生が困惑しているのは言うまでもない。

 やめてあげなよぉ。一年生怖がってるじゃん。

 巨躯に迫られるだけでも怖いのに、あれ(狂人)とぶつかり合うなんて考えたら、とてもじゃないが入部しようという気にはならないだろう。


 そういえば去年もラグビー部は部員集めに苦戦していて、放送部のところへ部員募集の放送をしに来ていた。今年も状況は好転していないらしい。ラグビーワールドカップの効果は我が校の新入生にはあまり波及していないようだ。……勧誘の仕方に原因がある可能性は否めないが。



 仮入部期間が始まり数日経つ頃だが、放送部に来た一年生といえば、穂波の他誰もいない。その穂波も弓道部に入りたいとか言っていて、うちに入る気は微塵もなさそうだ。思うにあいつは袴を履いてみたいぐらいのことしか考えておらず、兄としてそれでいいのかと心配になるのだが、かく言う俺も穂波の弓道着姿を見てみたいと思ったり思わなかったり。


 それはそれとして放送部の新入部員はこのままだと本当にゼロになってしまう。山本の指摘したように、廃部の危機が現実味を帯びてきている。

 委員会を作る以上、一部では放送事故部と揶揄(やゆ)されている、俺達の活動がなくなっても、学校業務上は困らないのだが、そこに所属する身としては、それはそれで寂しいもの。俺も安曇の感傷的な気持ちが理解できないわけじゃない。

 もし、もう一度彼女に頼まれたのなら、委員会活動の手伝いをするのは俺としてもやぶさかではない。しかし安曇はそれでは満足しないだろう。安曇が望んでいるのは、橘を含めた三人で、一緒に委員会をやること。俺と安曇の二人では不足だし、安曇さんにしてみれば、別段見たくもない顔を突き合わせられて心理的負担のために病気になるレベル。安曇の主目的は橘であり、俺は添え物のパセリに同じ。なければないで構わないし、というか食べにくいからむしろ邪魔者扱いされている。まあ、俺は使いまわしを防止する為、パセリでもなんでもむしゃむしゃ食べるんだけどね。その際、それが既に使い回されているものという可能性は、優しい世界の実現のため考えてはいけない。


 ……よく考えたら、俺、パセリなんておしゃれな感じじゃないな。どちらかと言うとわさびだな。WASABIだよWASABI。

 それでも話は同じこと。

 寿司のわさびがうまいのは、ネタとシャリとのハーモニーによるものであって、わさびそのものがうまいわけじゃない。存在がわさびな俺が、単体で乗り込めば吐き出されて、「主役になりたい人生だった」とぼやき、通りすがりの毒舌少女に「あら、あなたは人生そのものが侘び寂びに富んだネタみたいなものじゃない」と煽られること必至。上手いこと言ってやったぜ! みたいなしたり顔の彼女を見て、(にが)り顔をするに違いないのだ。

 ……。 


 誰かさんのせいで俺の思考プログラムが、毒舌少女アルゴリズムに汚染されてるんですけど。バグだよバグ。シティボーイにバグズライフは無理だよ? どう責任とってくれるの? 完治するまで絶対許さないぞ。

 ハンムラビ法典には、目には目を歯には歯をという、ルールが記されている。罪には同等の罰を与えよと言うことだ。これによれば、脳みそを乗っ取られた俺は逆に同じことを橘にやっても良いわけで、橘の前頭前野を……。


 っぶねー。「お前の前頭前野を俺色に染めてやるよ」などというなかなかに気色悪い台詞を危うく思いつくところだった。まだ思いついてないからセーフ。思いついていたとしても、俺の脳内はウィルスバスターで守られたパソコン並みに、セキュリティが高いので、スーパーハカーにクラッキングでもされない限り、誰かに覗かれる心配がないからセーフ。俺は何も言っていない。何か言ったとしても俺は悪くない。悪いのはあいつ。


 飲み干して空になったコーヒー缶をゴミ箱に投げ入れ、俺は部室へと向かった。


   *


 放送室の前に来たところで、中から二人の声が聞こえてくることに気がついた。扉が若干開いている。

 俺はそのまま入ろうとしたのだが、彼女たちの会話が耳に入ってきて、その話の内容に思わず足を止めた。

 いつものような和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気ではなく、二人の声には冷たさと苛立ちが感じられた。


「これは私の問題であって、あなたが首を突っ込む話ではないわ」

「そんなことない。私達みんなの問題だよ」

「……大体、補填はどうすると言うの? 皆に迷惑をかけることになるのよ」

「そんなのはどうにでも出来るよ」

「つまり誰でもいいってことでしょう。なら私が加わる必要なんてないじゃない」

「そういうことじゃないんだよ。三人でいることが大事なの。美幸ちゃんがいて、まるモンがいて、私が入部して、三人が出会ったこの場所は私の大切な場所なの。誰にも渡したくなんかない。どうしてわかってくれないの?」

「いずれは去る場所よ。そんなものに固執したってしょうがないわ」


「美幸ちゃんの馬鹿! 分からずや!!」


 安曇は部室から飛び出し、外にいた俺の顔を見るや動揺したような顔を一瞬見せた。

「いや、えっと……盗み聞きしたかったわけじゃないんだ。ちょっと入りにくくて」

 と俺が言い訳めいたことを言おうとしたところで、安曇は脱兎(だっと)の如く駆けていってしまった。


 その場で突っ立っていてもしょうがないので、部屋に入りおそるおそる、そこに座る橘に声をかける。

「……お前らが喧嘩とは珍しいな」

 前も喧嘩まがいのことしてたけど。

「喧嘩なんてしてないわよ」

「そんなとこで見栄張らなくても……」

 えっ……。


 まっすぐ前を見つめる橘の瞳は潤み、(まなじり)からはキラリと光るものが流れていた。


 橘は泣いていた。


「……お前、大丈夫──」

 俺が言い掛けた言葉を橘は遮り、

「私は大丈夫だから、安曇さんのところに行ってあげて」

「だが、しかし……」

「いいから、行って」

 

 俺は橘に強く言われて、放送室を出ていってしまった。彼女を一人にしてしまったのはどう考えても良くなかったが、彼女の涙を見て俺も動揺していたのだと思う。


   *


 俺はまず安曇を探すため、下駄箱へと向かった。他人のしかも女子の下駄箱を勝手に覗くのは気が引けたが、この際仕方ない。誰かに誤解されることのないよう、誰も周りにいないのを確認してから、安曇の下駄箱を開けた。中には彼女のローファーが入っている。だから校舎の中にはいるのだろう。


 彼女のスマホに電話をかけてみる。しかし応答はない。

 しかたがないので彼女が行きそうなところを探してみることにした。

 

 とりあえず最初は教室を覗いてみたが、誰もいない。本館の方へと向かってみる。

 渡り廊下の途中で女子生徒に出くわした。確か教室で安曇と話していた人物ではないだろうか。


「あ、ちょっと」

 俺は高校生活始まって以来初めて、名前も知らない女子に話しかけると言う英雄的行為に及んだ。


「え、何?」

 彼女は明らかに不審そうな表情をする。


「あ、安曇梓……見なかった?」

「ああ、さっき本館の四階の方登ってってたよ。なんかえらそうな顔してたけど、喧嘩でもしたの?」

「いや、まあ」

 詳しいことを話しても仕方ないと思ったので、適当に話を流す。


「ふーん」

 その女子は大して興味もなさ気な顔をして、そのままスタスタと歩いていってしまった。


 本館の四階というと図書室がある。俺はそこに速歩きで向かっていった。


  *


 安曇は先程の女子に教えられたように本館の四階へと続く階段の踊り場にいた。そこに貼られている、図書委員会の掲示を眺めているようだ。

 俺は近づいて声をかけようとした。

 だが口を開きかけたところで、声も足も出なくなってしまった。


 安曇は泣いていたのだ。


 橘の涙から逃げるようにここへ来たのに、安曇さんにまで泣かれてしまったのでは、俺も泣きたくなってくる。女子の涙というものは不思議なもので、自分は悪くないのに、何か悪いことをしたような気にさせられる。俺が悪いのか? いや、(ひる)むな俺。

 女子の涙の並々ならない破壊力に打ちひしがれようとしながら、俺は自分を叱咤激励しなんとか彼女に声を掛けた。


「……安曇」

 

 安曇はその声にピクリと反応し、壁の方を向いたまま、ゴシゴシと(そで)で顔をこすってからやはり顔はそむけたまま

「何?」

 と涙声で聞き返してきた。


「……戻ろうぜ」

「……ごめん。まだ無理かな」



「一体どうしたっていうんだ? お前がカッとなるとこ初めて見たぞ」

 安曇はそこでようやく俺の方に向き直り、目を腫らしたまま

「……どうしよう。私美幸ちゃんにひどいこと言っちゃった」

 と苦しそうな顔をしている。


「そんな酷いこと言ってたか?」

「馬鹿とか、分からず屋とか」

 俺は少し間をおいてから

「……それはほとんど真実だし、というか俺が普段あいつから、それこそ呼吸するように毎日吐きかけられてる罵詈雑言のほうがよほど酷いと思うんだが」

 とおどけて彼女の気を紛らせようとした。


「ううん。そう言うんじゃないんだ。……まるもんは美幸ちゃんが何考えているか分かる?」

「いや。あいつに会ってからこの方、一度たりとあいつのことを理解できたと思ったことはない」

「多分そうだろうね」

 おお、そうなのですか。


「でも、私は分かるんだ。美幸ちゃんが何考えているか。分かるからこそ、私は美幸ちゃんの意見には賛成できないの」

 そして安曇はじっと俺の方を見て 

「そんなことできないよ」

 と言った。


「……とりあえず、俺も橘とよく話し合ってみる」

「……うん」

「あいつは頑固だから、俺の言うことは聞かんだろうけど、安曇がどう思っているかはちゃんと伝えてみるよ」

「うん」



 俺は階段を降りて、廊下の途中で橘に電話をかけた。


「まだ学校にいるか?」


   *

 

 流石に涙は引いたようだが、しかし橘は浮かない顔をしていた。

 彼女を連れて、俺は高校の近所をプラプラと歩いていた。


 部屋を出てからここまで、一言も発しなかった橘がようやく口を開く。

「ねえ花丸くん」

「なんだ」

「安曇さんの側にいて、そして彼女を助けてあげて」


 俺はその言葉を聞き考えをまとめようと唇をなめてから

「あいつを助けたいと思うなら、お前が隣にいてやれよ。安曇はそれを望んでいる。安曇はお前に側にいてほしいんだよ」

 と言った。


「……私にはその資格がないのよ」

 橘は顔を下に向け、ふるふると首を振る。


「安曇なら、そんなに怒ってないと思うんだが。お前から言ってやったらすぐに許してくれると思うし」

 彼女も彼女で安曇と口論したことを後悔しているらしい。


「そうやって彼女の優しさに甘えたくないの」

「甘えるとか甘えないとかそういう話してるわけじゃないんだがなあ。というか互いに甘やかして傷をなめ合うのが俺たち人間って生き物じゃないのか」


「とにかく私には無理なのよ。だからあなたが安曇さんの側にいてあげて。お願い」

 言って、橘は俺に対し頭を下げた。

 毅然(きぜん)としたその物言いに、彼女が決して俺の説得には応じないのだろうなと思った。


 俺は小さくため息を付いた。嫌というものを無理にやらせることは出来ない。


 だが橘がいなくても、俺だけは安曇のことを助けてやらなければいけない。


 安曇を放送部に引き込んだのは他でもない俺である。ならば俺はその責任を取らなければいけないのだ。本来なら橘にこうして頭を下げられる前に決断しなければならなかったことだ。安曇に対して申し訳の立たないことをしてしまったことを、今更ながら後悔した。


「分かった。あいつが困ることのないように、手伝いをする」


「よろしくおねがいします」


   *


 俺は次の日、放送委員になることを伝えるため、山本がいるであろう執行部の部屋を訪れていた。


「じゃあ、安曇さんが委員長、花丸くんが副委員長ということでいいんだね?」

「ああ、それでよろしく頼む」


「……橘さんは?」

「……あいつはやりたくないってさ」

「そっか……。萌菜先輩残念がるだろうな」


「……萌菜先輩?」

「ああ、ごめん。こっちの話。前の執行委員長ね」


「いやそれは知ってる。山本は先輩と仲良かったんだな」

「まあ、一応一年の頃から執行部に入ってるから。というか、去年君たち、僕と一緒に体育祭の準備したよね?」

「……あ。あんた、体育祭実行委員長と喧嘩してたやつか」

 夏の終り。放送部は実行委員に招集され、体育祭用の放送機器の準備を手伝った。その時、マスコット制作のことについて、この山本と一個上の実行委員長がちょっとした言い合いをしていたのを思い出した。


 山本は俺の言葉に対し頬をかき

「喧嘩ってほどじゃないけど」

「それで萌菜先輩が乱入してきて……」 

 俺がその時のことを思い出そうとして言えば、山本が続け

「君んとこの橘さんが、実行委員長に向かって『幼稚園児』発言した」

 あのときはさすがの俺も橘の度胸には舌を巻いた。


「あったな。まだ一年と経っていないのに随分と懐かしく感じる」

「うんうん」


「……先輩、転校して残念だな」

「君は知ってるんだ。先輩、君のこと気にかけてたみたいだしね」

「……まあいろいろ」

 

 俺はそこでふと思った。

 萌菜先輩が好意を寄せていた人物というものは彼なのではないだろうか?


「……山本は、先輩が転校した理由、知ってるか?」

「……いや、詳しくは」

 彼は目をそらす。その発言から、萌菜先輩の転校が決して前向きなものではないことを知っている、あるいは勘付いているらしいことは察せられた。

 同時に、彼女の想い人が彼ではないことが分かった。萌菜先輩曰く、「彼」は至極鈍感な男らしい。この山本という男は鈍感という感じはしない。思えば俺たちの関係にも気を病むような繊細な人物だ。

 そもそも彼が本当に先輩の想い人なら、彼女の気持ちを知ってこんな悠然とした態度は取れまい。


 山本はゆっくりとした口調で

「ちょっとトラブルはあったんだけど」

「トラブル?」

 俺が聞き返しても、山本はその先を言おうとはしなかった。

 

 

「まあ、なんにせよ。引き受けてくれてありがとう。第一回の委員会の日程が決まったら、連絡するね」

「了解」


 俺は席を立つ前に

「……それでお願いなんだが、放送室の隣の部屋って誰も使ってないだろ。あの部屋を、今の準備室の代わりに放送部の部室として使わせてもらえないだろうか?」

 と山本に尋ねる。


「……えと、うん。先生に相談して使わせてもらえないか確認してみるよ」

「すまんな」


   *


 それからその週の最後、つまり金曜に第一回の放送委員会が開かれることになった。委員の募集のことを考えると随分と早い仕事である。

 

 本日の放課後すぐに本館の書道室で会議が開かれる。結局橘と安曇が仲直りすることなく、初めての委員会が開かれることになってしまった。


 安曇が教室を出る準備をするのを待つ間、俺は掲示板に貼られたプリントを眺めた。あまり利用したことのない図書室の新着図書の知らせや、保健だよりなんかが貼られてある。

 短期留学の募集のチラシが目に止まった。

 学校側がSSHの予算で三人ほど留学費を補填してくれるらしい。行き先はブダペストの姉妹校という。

 

 ブダペスト……。

 このブダペストという地名はそこはかとなく大陸の薫りが漂ってくる。

 地理選択者の威信にかけて、ユーラシア大陸にある都市に違いないことだけは、ここに述べておこう。

 

 日本よりは英語が得意な人間が多そう(勘)だが、そこに英語すら拙い人間が飛び込むのはかなり勇気がいる。

 本気で応募しようとは思わなかったが、応募期限が年末というのは目に入れた。期間は春休みの一週間程度らしい。ただで海外旅行ができるというのはそれなりに魅力的じゃないか。


「お待たせ。行こっか」

 用意を終えた安曇が来たので、そろって委員会が開かれる教室へと向かった。


 各クラスで選出された放送委員と生徒会立案部と執行部の面々が会する。


「では、第一回放送委員議会を開会します。今日の議題は放送委員会の設立に際し、委員長の選出と引き続いて基本的放送業務の解説を放送部のお二人に説明して頂きます」

 山本は淀みなく開会の言葉を述べる。流石にこういうことは慣れているな。


「それで、放送委員の委員長と副委員長はあらかじめこちらの方で推薦させて頂くことになり、放送部員である安曇梓さんと花丸元気くんにお願いしようかと思っておりますが、異議のある方はいらっしゃいますか」

 そう言って議場を見渡すが、誰も手を挙げる者はいない。いきなりの委員会で執行部に楯突くやつもそうはいないだろうが。


「それでは、安曇さんを委員長、花丸くんを副委員長就任ということで」

 続けて山本が言い、パラパラとやる気のない拍手が聞こえてくる。


 そこで山本は今度は安曇の方を見て「自己紹介やってもらおっか。安曇さんからよろしく」と(ささや)くようにいった。


 安曇は頷き、若干たどたどしくはあったが

「えと、安曇梓です。二年E組です。分からないことがあったら何でも聞いてください。これからよろしくおねがいします」

 と述べる。

 安曇の挨拶の後に俺も当たり障りのない自己紹介をしてから、集まった人員に自己紹介してもらう運びとなった。



 安曇が

「じゃあ、順番に自己紹介だけしてもらいたいんですけど……」

 と誰からやってもらえばいいかな、と俺に瞳で訴えかけてきたのと同時に、がたんと勢いよく立った男がいた。


 俺があえて目に入れてなかったもの。気づいていたとしても、それは幻覚だと信じていたかったもの。

 そういう存在がとうとう自己主張の衝動を抑えきれなくなったのか、今ここに顕現(けんげん)した。


「はい! 俺の名前は外野守!」

 勝手に始めるな。まだ頼んでない。


本町(ほんまち)のベーブ・ルースと呼ばれた男!」

 知らねえよ。


「希望ポジションはピッチャー! 現在のポジションはピンチヒッター!!」

 スタメンじゃないんかい。


「目標は可愛いマネージャーに甲子園での俺の勇姿を見せて、俺の名刀腰砕きでホームランを放ち、絶頂に連れて行くことです!」

 お、お前は一体何を?


「そう。その名も夜の大う──」


 甲高くホイッスルが鳴る。

「はい退場。摘み出して」 

 爽やかスマイルのまま山本が部下に指示を出す。


 さっと山本に指示に従いどこから出てきたのか、執行委員たちが馬鹿(そとの)を取り囲んだ。


「やめ、やめろー!! これは公権力の横暴だぞ!! 放せ! これが体制の、これがお前たちのやり方かあぁ!!」

 執行委員たちに腕を拘束されながらもなお、馬鹿(そとの)はジタバタしている。


 そして俺の方を見てきた。嫌な予感がして目を逸らしたのだが

「花丸! 助けてくれ! 俺とお前はセフレだろぅ?」


 彼の発言を聞き、場は騒然とした。


 安曇も動揺した面持ちで俺の顔を窺う。

「……まるモンどういうこと?」


 俺は放送委員会副委員長として相応しい発言をした。

「俺はお前のことなど知らん。分別を弁えろ。この下郎が」


 阿呆は目をかっと見開いた。

「この薄情者ぉ!!」


 外野は複数人の役員に連れられ、議場から退場となった。でも良かった。あんな放送禁止用語をべらべら話しかねないやつを、放送委員にしてしまうところだった。


「……えっと、何言っているのかよく分かりませんでしたが、ああ言うふうに暴れないでくださいね」

 安曇が苦笑いを浮かべながら言う。


 その後自己紹介はつつがなく進んでいき、実際の活動について説明が始まる頃になって、立案部と山本及び執行部の面々はクラスマッチの打ち合わせがあるということで、議場から退室した。


 安曇の説明が始まる。前もって用意していた資料を読み上げるだけ。それでも緊張するのか、声が若干上ずっているように聞こえた。


 説明が始まってしばらく。

 ヒソヒソとした声、時々聞こえるクスクスという忍び笑い。そういう音が聞こえてくる。あまり空気が良くないなと感じた。

 音を出しているのは、二年の一部の女子か。注意するか否か微妙なレベル。ここで無理に注意して、初回からみんなの雰囲気を悪くするというのも気が引ける。

 安曇は説明するので必死なのか、そのことには気が回っていない様子だ。


 ヒソヒソ。ザワザワ。


 ……。一度気になりだしたものはなかなか意識の外には追いやれない。

 仕方ない。こういう役目は俺のものか。橘に安曇のフォローを頼まれた以上何もしないわけには行かない。


「あの、やめてもらえますか。ヒソヒソ喋るの」 

 俺がボソリといえば、一瞬しんと静まった。

 喋っていた女子たちは自分たちのことだと自覚しているみたいで、顔を赤く染め、下に向けている。

「後ろの方に座ってる女の子たちですか? 大事なのでちゃんと聞いていてください」

 返事はなかったが、とりあえず静かになったので、俺は胸をなでおろした。


 その後は特に問題もなく、第一回の委員会はなんとか終了した。


   *


 俺と安曇が部屋を出ていこうとしたとき、はっきりとこちらに聞こえるトーンで先程注意した女子たちが話していた。

「ほんと何あれ。偉そうに」

「別に喋ってたの私だけじゃないじゃん」

「頑張って喋ってるからちゃんと聞けよー、ってことでしょ。お熱いね」

 決してこちらを向きはしないが、誰に向かって話しているかは考えるまでもなかった。


 ……やりにくいな。

 俺はやるせない気持ちになり、ため息を付きたくなった。

 隣を歩く安曇は羞恥のためか耳まで顔を赤くしている。


 言い返すのもガキ臭いので、俺たちは何も言わずにそのまま教室を後にした。


「……まるモンごめん」

 安曇が悲しそうな顔で俺に言う。


「何が?」

「さっきの子たち、サッカー部のマネージャーなんだ。だから……」


 ……ああ。そういうことか。

 一年前、彼女を取り巻いていた問題は今も完全にはなくなってはいないということだ。


「なんにせよ、お前悪くないだろ」


 誰が悪いという話をしたところでしょうがない。あの女子たちも悪人というわけではあるまい。ただ反りが合わなかっただけ。俺は自分の見ている世界が全てで、俺はいつでも正しいなんていうふうに考えちゃいない。無論安曇や橘など、俺の身近にいる人間が困っていれば、誰かと敵対するようなことがあれば、多分贔屓目で事を見てしまうに違いない。

 客観的にはどうか置いておいて、彼女らなりの理由はあろう。

 大勢の前で注意したのがこの場合良くなかったのかもしれない。


 誰が悪いかはこの際どうでもいい。問題は、反りが合わないという理由で、委員会活動の邪魔をされるということだ。

 

 俺は唇を軽く噛んで、空を仰いだ。

 どうしてこうも物事というものはスムーズに進んでくれないのだろうか。

作者「どうやったらランキングに載るんだろうか?」

ヒロインA「『ツンデレ幼馴染が俺にやたらちょっかいをかけるので、反撃してからかってやったらうぶな反応が可愛かったから全力で攻略したいと思います』みたいな題名にすればいいと思うわ」

作者「それはなんというか……いかにもだな。というかタイトル詐欺なような気が」

ヒロインA「だから早く私と花丸くんをイチャイチャさせればいいと思うの」

ヒロインB「ちょっと待って。それどういう意味?」

ヒロインA「どうって、別に字面通りの意味だけれど」

ヒロインB「ふーん。でも美幸ちゃんが勝ち確って決まったわけじゃないじゃん」

ヒロインA「あら。まるで自分にも勝ち目はあるみたいな言い方ね」

ヒロインB「実際私の方が仲いいでしょう」

ヒロインC「げんきくんは平等主義者なので、みんなと仲良くしてくれると思います!!」

ヒロインA「そんなことになったらやつを殺して私も死ぬ」

ヒロインB「嫌なら一人でどっか行きなよ。私はどんなに駄目になってもまるモンの味方でいる」

ヒロインA「あら。安曇さん、なにか勘違いしていない? すべてを盲目的に受け入れる。それは決して愛じゃないわ」

ヒロインC「すべてを受け入れた上でその人のことを愛せるならそれが本物だと思う!」

ヒロインA「……あなたぽっと出のくせに、生意気言うわね」

作者「ちょっとみんな仲良くしようよ」

ヒロインズ「「「あんたは黙ってて」」」

作者「はい黙ります」

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本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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― 新着の感想 ―
[良い点] ランキングだけが全てじゃないと思いますよ()笑 自分は以前からこの作品にすごく楽しませて頂いてます! これからも全力で応援しますー!!! あと、もっと胡桃ちゃん登板回下さいなんでもしますか…
[一言] あとがきで爆笑した。
[良い点] あとがきに全部持ってかれたw
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