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さりとて喧嘩くらい

「それで、執行委員長さん、ご用件は何かしら?」

 橘は部室にやってきた執行委員長こと山本にそう尋ねた。


「実は放送委員会を作るという話になっていまして」


「放送委員会?」

 寝耳に水だ。顧問の井口先生からもそのようなことは全く聞いていない。


 忽然と突きつけられた話に呆然とする俺達を前にして、山本は話を続けた。

「これは萌菜先輩が僕に残した宿題の一つなんですが、先輩の目標の一つに生徒会各委員会と各部活の連携を強めると言うものがあるんです。その一環として放送部さんに今お願いしている放送業務を部活動としてではなく、委員会活動として行うようにして、放送部さんの負担の軽減を図ろうと言うものなんです。もちろん君たちが今までやってきた昼の放送と言った部活動はそのまま続けていただいて結構です。僕もファンの一人なので。帰りの放送や諸々の連絡を三人だけの部活で回していくのは大変でしょうし、部活動という性質上人員確保も難しく、なかなか今後も継続的にやっていくのが厳しいという事情もあるので」


 橘はじっと山本の方を見て

「それはもう決定事項なのかしら」

「……勝手に話を進めて申し訳ないんですが、そういうことになっています」

 そう言って山本は申し訳無さそうな顔をした。橘に見つめられて怖がっているようにも見える。そんな蛇に見込まれた蛙みたいにならなくてもいいよ。橘さんの怖さはこんなものではないから(体験談)。


 橘は怯える山本を目にしてか、ふっと表情を緩め

「別にあなたを責めているわけではないわ。生徒会の方でそういうことになっているのなら、抗うようなことはしません」

 と述べた。それを見て山本はホッとしたような表情をする。


 そして話を続けて言うには

「それで何ですけど、君たちに敬意を払うという意味でも、委員会に入っていただけるのならこちらもありがたいです。もちろん煩わしいのが嫌いというのなら、公募で募ります」


 静かに山本の言うことを聞いていた橘は、二、三秒目を閉じてから

「別に誰が長をやろうと構わないわ。そんなに難しい仕事じゃないし、すぐに誰でもできるようになるでしょう。もともとこの仕事は井口先生に頼まれて始めたことだし」

 と言った。


 安曇は橘の発言に驚いたのか、憮然とした表情を見せる。

「そんな! 美幸ちゃんは嫌じゃないの? 放送部を他の人に渡しちゃうなんて」

 橘はそんな安曇を宥めるように

「安曇さん。彼も言ったでしょう。部活自体はなくならないのよ」

 と安曇の方を向いた。


「でも、みんなで居られる時間が少なくなっちゃうんだよ。まるモンはそれでいいの?」

 そう言って安曇は今度は俺の方を向いて訴えてくる。


 俺は山本が言っていることは道理だと思ったし、既に執行部や教師陣で合意がなされたものをひっくり返す気は起こらなかった。

「別に。それに新入生が入って来るか分からんし、山本の言ったようにこの部活がずっと存在する可能性がすごく高いわけじゃないだろ。だったら今のうちに委員会を作っておいた方が、学校のためにもなると思う」


「この場所は二人にとって大事な場所なんじゃないの? 私は嫌だよ。……二人がやらないのなら、私が委員長やる」


「そう。分かったわ」

 橘は安曇の決意を止めはせず、静かに受諾した。


「まるモンは?」

 

「……俺は」

 彼女にじっと見つめられて俺は言い淀んでしまう。そんな俺に(しび)れを切らしたのか

「分かった。もういいよ。私一人でやるから」

 ときっぱり言った。


   *


 山本が部室を出ていった後も、なんだかギクシャクした空気だけが部室には残っていた。

 カリカリと安曇が立てるシャーペンの音もどこか無機質で、俺達の心情を表しているかのように聞こえてしまう。



「ねえ、いい?」

 不意に安曇が俺に声を掛けてきた。ペンの先で物理の問題集を叩いている。分からないから教えろということらしい。安曇さんの発したその四語だけで、何が言いたいか分かっちゃう俺ってば、そこそこコミュ強なのでは? え、違う? 違うか。


 俺は腰を少し浮かせて、安曇の方に椅子をずらした。覗き込んで見れば、力学の問題を解いているらしい。

 安曇は首を傾け

「これどういうこと?」

 と俺に聞いてくる。

 

 俺は問題文に目を通して

「……弾丸が木片に突き刺さったら、木片ってどうなると思う?」

「えっと……、破片が飛び散る!」

 うん。たしかに飛び散りそうだよね。分かるよ。でもそういう話じゃないんだよね。


 俺は小さい子に教え諭すように

「えっと、……弾丸に押されて動きそうじゃない?」

 と言ってみる。

 じゃない? なんて言ってるけど、動くんですよこれが。

「……」

 だが安曇さんは納得できないらしく、無言。


「じゃあさ、消しゴムをデコピンしたら、消しゴム飛んでいくだろ」

「うん」

「それとおんなじ話」

「でも、指は突き刺さらないよ」

 いや、そうだけれども。


「まあとにかく、弾丸が突き刺さった木片は動くわけだよ。このとき弾丸と木片って一緒の速度で動いているの」

 若干煙に巻いた自覚がないわけじゃないが、君は僕と同じ入学試験を受けてきたのだから分かってくれ、と念じる。

「弾丸と木片って一緒の速度で動いているの?」

「突き刺さってるから」

「突き刺さってるから……。ああそっか」

 

「だから、運動量保存則を弾丸だけが動いている()の状態と()の状態で比べて云々カンヌンゴニョゴニョ……」と一通り安曇に説明する。


 安曇は説明を聞き終わったところで一応の納得はできたみたいで、ノートに書き留めた。

 だが、また不満そうな顔を見せて

「でもこれってさあ、エネルギー保存則は使えないの?」

 と疑問をぶつけてくる。


 俺は再び「物と物とが衝突するときは、音が出たり熱が出たりするだろ? 熱も音もエネルギーの一つの形態で云々デンデンむにゃむにゃ……」と解説してみせた。

 そうしたらようやく安曇も分かったようで

「なるほどなるほど。分かった。ありがとう」

 とにっこり俺に微笑む。ふう、分かってくれてよかったぜ。

 

 俺は一仕事終えて、満足気に所定の位置に戻った。

 さて、わいも勉強するべ、とペンを取ったところで

「随分仲良くなったのね、安曇さんとあなた。遊園地で何かあったのかしら? 安曇さんに一体何をしたの?」

 と静かにしていた橘が口を開いた。

 少し棘のある言い方に聞こえたが、橘さんに関してそれは平常運転。そんな些細なこと気にしたら負け。気にしたら胃潰瘍になるし、禿げる危険すらある。このストレス社会だからこそ、我々はストレスに鈍感たるべきなのです。とっておきの秘策は、意地悪な女の子の発言も、嫌な上司の小言も全部ツンデレ発言だと思えばよいのです。だから今のも「ずるい! 私も花丸くんと仲良くしたい!!」みたいに言い換えればいい。ほら可愛い。というか俺最強。

 

 と自分を騙しながらダメージ回復し、橘に向かって「何もねえよ」と言おうとする前に

「それ、どういう意味?」

 安曇が橘の言葉に食って掛かるように、発言した。


 橘はおもむろに安曇の方へ顔を上げ

「どうって、別に字面通りの意味だけれど」

「そう。でも私とまるモンが仲良くなるのは別に悪いことじゃないでしょう。同じクラスになったんだし」

「そうね。花丸くんと仲の良い人がクラスに居るのは悪いことじゃないわ」

 そう言ったら傍目で分かるくらいに安曇の表情が強張った。

「……またそうやって、美幸ちゃんは──」

 俺が二人の険悪な空気に気づき

「お前らその辺に──」

 と仲裁しようとしたら


「あなた

      は黙ってて

 まるモン      」


「はい、花丸黙ります」

 敢え無く敗走。


 安曇は橘を()めつけ、対して橘は冷ややかな視線を送っている。

 ふぇぇぇ、二人が怖いよお、みんな仲良くしようよお、と俺がオロオロし始めたところで扉が叩かれた。こちらが返事をする前に、戸がガチャリと開いたかと思ったら

「もしもし、放送室はここでよろしいです?」 

 としわ一つない制服で着飾った女子生徒が顔を覗かせる。はいそこ制服のスカートはしわだらけだろとか言わない。あれはプリーツだから。しわじゃないから。

 それはそれとして、その御仁、控えめに言って美少女である。大袈裟に言うと天使。

 誰だろうと思ったら、俺の妹だった。てへ、制服が変わったからお兄ちゃん一瞬分かんなかったよ。それにしてもナイスマイシス、グッドタイミング。渡りに穂波……じゃなくて船とはよく言ったものだ。


 流石に第三者の前で喧嘩をするのもみっともないと思ったのか、橘も安曇も(ほこ)を収め

「あら、穂波さん。こんにちは。合格おめでとう」

「穂波ちゃん、合格おめでとう! これからよろしくね」

 と二人ともハットリくんも仰天するに違いない、忍者ばりの変化(へんげ)を繰り出し、我が部活に一点の(いさか)いもなし、とでも言いそうな笑顔で穂波を迎え入れている。そこがなんだか余計に恐ろしく感じられる。女の人ってみんなこうなのですか。


 百面相の女子たちに戦々恐々としている、俺の胸の内など穂波は露知らず

「穂波、無事入校に至りました」

 そう言ってビシッと敬礼を決めている。呑気なのか気が張っているのかよく分からない。


 俺だけが仏頂面をしていても仕方ないので、無理矢理にでも相好を崩し

「穂波、よく似合ってるな。神宮の制服」

 とサムズ・アップしてみせた。実を言えば家で何回か見てるけど、新鮮さは失われていない。賞味期限はまだ先である。じっくり堪能しましょう。

 うちの女子の制服は、割とオーソドックスなセーラー服だ。伝統校に相応しいデザインと言ったらそれらしい。今の時期は冬服で、全体は紺色、襟に三本の白いラインが入っているというデザインだ。あまり特徴はないが、シンプルイズベスト。大好物です。

 衣替え以降見られる合服も乙。合服の方も王道、白を基調としたシンプルスタイルだが、逆に王道過ぎてここらへんの高校でも珍しい。だから目を引くし、そこも女子中学生の間では人気らしい。紺の襟と、紺に白のラインが入ったカフスがアクセントとなって、普通にかわゆい。合服というのに夏の間も着ている生徒多数、というか半袖のうちの女子を見たことがないんですが、と言う感じだが、可愛いからOKです! 可愛いは正義なんだよ。

 そんなことを須臾(しゅゆ)の内に瞑想する我、ちょっとキモい。


 と無駄に脳をフル回転させていたわけだが

「お兄ちゃんは話しかけないで」

 ……ふぇぇぇ。妹が怖いよお。

 穂波ちゃん、みんなの前だから恥ずかしいの? そっか! 恥ずかしいんだね! 家でもこんな感じだけどね! でも良いのだ。妹がブラコンと罵られ、みんなに虐められるなんて俺には耐えられないからな。お兄ちゃんにはそのくらいの塩対応でいいよ。お兄ちゃん全然大丈夫だから。ほんとだよ。


 その後しばらくは穂波の相手をして、部活をどうするだの、どの教科が大変だの、という話を聞いて、上級生として適当な返しを三人でしていた。


 時間が来て部活を解散してから、鍵を返した俺は一人で昇降口へと向かった。


 歩きながら、ぼんやりと今日のちょっとした諍いのことを思い返す。

 安曇が橘に対して、あそこまで強く意見するのは初めてじゃないだろうか。あれだけ温厚な彼女が、ああいうふうになるのだから、やはり彼女にとって放送部というのはそれだけ特別な場所なのだろう。 

 橘にとっても安曇というのは数少ない友人の一人だ。だからなるべく早く仲直りをしてほしい。

 それでも俺はそこまで深刻には捉えていなかった。ずっと一緒にいれば喧嘩くらいしよう、だってにんげんだもの。というか今まで安曇と橘がぶつからなかったのがおかしいくらいだ。俺なんてしょっちゅう橘さんと事故を起こしてますよ。大抵向こうから止まっているというか、もはや不動産な俺に正面衝突してくるんだけど。そろそろ(心の)被害額が、生涯年収の域に到達しそうなので、一生かけて償ってほしい。


「あの、花丸くん」

 声を掛けられたので、そちらの方を向けばそこには山本が立っていた。


「……どうした?」

 先程の話の続きでもあるのかと思い、尋ねる。


「あの……二人は大丈夫だった?」

「何が?」


「ちょっと、僕のせいで雰囲気悪くしちゃったでしょ。本当ごめん。君たちの仲を裂きたかったわけじゃないんだ」

 どうやら、わざわざそんな事を言うために俺を待ち伏せしていたらしい。

 執行委員長というのも大変だな。放送委員会を作る話はこいつの一存で決めたわけじゃないだろうに、汚れ仕事を押し付けられて、細かいことまで気にかけないといけないとは、ご苦労さまです。


「気にすんな。どうせ俺たちは行きずりの関係だ。これくらいで崩壊するような仲なら、結局それまでの関係だったってことさ。それに……」

「それに?」

「いや、なんでもない」

 

 それに、あいつらがこれくらいのことでどうにかなるような仲じゃないと知っている、と言おうとしたのだが、さすがにくさいなと思ったので、言わなかった。



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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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