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暮れの街 とうふたゆたう さくら道

相談内容【私の好きな男性が男性を好きらしいのです。ショックで何をやっても気も(そぞ)ろなのです。私はどうしたら良いのでしょうか】


「まあ、よくある話ですね」

「……よくある話なの?」

「対抗してあなたも女性を好きになってみてはどうでしょう? 世界の見方が変わって、よりその男性のことを好きになるかもしれませんよ」

「斜め上の解答来ちゃった!?」


「いやいや。いきなり同性を好きになれと言われても訳わからんだろ。ここはその男が好きだという男のことを好きになってみるのが手だ。そうすればその男の気持ちをより深く理解できるようになって、解決策も自然と見つかるだろう」

「まるモンはナチュラルに修羅場作ろうとしてるし」


相談内容【淫行条例というものがありますが、プラマイ五歳ぐらいなら割とセーフだと思うので、高三と中一のカップルもありかなと思います(13歳以上なら×××(自主規制)してもセーフと聞きました!!)近所の男の子が最近可愛すぎ!! 行っちゃっていいですか!!】


「著しく犯罪の匂いがするのでやめなさい」

「知ってるか? 大学生と高校生のカップルが淫行に及んで、大学生が逮捕されたこともあるんだぜ」

「でも高校生同士ならセーフだよね? 高3と高1とか」


「条例では十八歳以上の成人が未成年に淫行を働くことを禁じている。だからそれに従えば厳密にはアウトだ。いやレッドカードでいいよもう。大体、不純異性交遊に及ぶなと学生手帳には記されている。これ以上少年犯罪を増やさないためにも、高校生カップルは年齢に関わらず全部取り締まればいい」

 高校生カップルという生き物は、公衆の面前でイチャイチャすることによって、特定の人間(俺とは言っていない)に精神的苦痛を与え、公共の福祉を著しく害するので、粛清されるべき存在である。

 真剣交際ならセーフとかいう都市伝説を聞いたことは無きにしもあらずだが、真剣交際かつ高校生というカップルは空集合なので、つまりは犯罪である。

「もはや八つ当たりだし!」


 俺の崇高なる理念を理解できなかった安曇さんの横で、橘は呆れた顔を見せ

「何を言っているの花丸くん。高校生同士でそんなふしだらな関係に陥る人がいるわけないじゃない。世の高校生カップルはみんな健全な交際(プラトニック・ラブ)をしているのよ。新聞に書いてあったわ」

「その新聞嘘つきだから解約したほうが良いぞ」


   *


 春宵一刻(しゅんしょういっこく)と呟くには今しばらく時を待たねばならないが、廊下を挟んで窓の向こう、かつて紡績で栄えたこの街が落陽に燃えるのを見て、俺は多分にノスタルジックな気持ちになっていた。ここで豆腐屋のラッパでも聞こえてくれば、そのまま三丁目の夕日に埋没できそうなくらいだ。

 そんな郷愁に(ふけ)る俺の傍らで、妙齢の女子二人が思い思いの時間を過ごしている。

 客観的に見て整った顔立ちを持った彼女たちが、「充実した」青春時代を過ごす舞台の任を負わせるには、この放送室では少々荷が重たかろう。若さと言うものは永遠には存在しないのだから、その全身から(あふ)れる妖艶なフェロモンを、この埃っぽい部屋で垂れ流しているのは、至極もったいない。校庭なり街なりに繰り出て、男を悩殺するが君等美しき乙女たちに課せられた使命だろう。ぴっちりショートパンツから蠱惑(こわく)的な太腿を覗かせている女子バレー部員とか、鎖骨のラインを汗でキラキラ光らせ男の視線を釘付けにする女子バスケ部員とか、この世の中には美しいものが満ち満ちている。それを見習ってだね……。コホコホ、失礼。

 ほら、こんなどうしようもないほどオジサンじみた、気持ち悪いことを考えているような男が、君らの吸って吐いた息を、また吸って細胞レベルで混じり合っているのだから早く外に出たほうが良い。ほんと気持ち悪いな。


 妄そ……もとい猛勉するのにも疲れ、適当に伸びをしたところで

「橘は何組になったんだ?」

 俺はツンと澄ました表情で放送準備室に腰掛けている彼女に声を掛けた。


「そんなに私のクラスが知りたいのなら、掲示を見に行けばいいじゃない」

 彼女は顔を上げぬまま、すげなく言った。

「あっ、……そうですか」


 わざわざ部屋を出て掲示を見に行くというのも面倒だ。早晩何かの折に知ることになるだろうから、今立ち上がって調べる必要もあるまい。

 

 適当にコキコキと首を鳴らして、やたら小難しい微積の問題にでも戻るかいと思い、ペンを取ったところで

「F組よ」

 ……。

 やはりこちらを見もせずに彼女はそう告げた。

 答えるのなら、最初から素直に答えれば良いものを。


 橘は続ける。

「安曇さんはE組だそうけれど、あなたはどこのクラスなのかしら?」

 安曇の性格からして俺が同じクラスであることも、すでに橘には伝えていそうだが、俺は誰かさんとは違って真っ直ぐで正直で純朴な人間であるので、素直に質問に答えた。

「俺もE組だが」

「あら、安曇さんと同じなのね。お友達のいない花丸くんのために、先生方も考慮してくださったのかしら」

 と大慈大悲、先生方の余りあるご配慮に感謝すべしとでも言い出しそうな雰囲気である。


「んなわけあるか」

「そうよね、安曇さんが人前で花丸くんに話しかけるわけがないのだから、余計あなたが孤独な思いをすることくらい、先生方も分かっているわよね」

「……」


「わ、私そんな酷いことしないよ?」

 安曇が気を使って慌ててそう言ってくれる。


 やられたままでは男がすたる。俺は言い返そうと思い

「お前の方こそ、お友達がいなくて寂しい思いをするんじゃないのか? 今日もどうせ一人でだんまり決め込んでいたんだろ。お可哀そうに」

「あら、そんなことないわ。ほら、あの子と私同じクラスになったもの」

「あの子じゃ分からん」

 相談しましょ。そうしましょ。


「ほら、あのスズ……スズ……鈴山くんよ」

「誰だよ鈴山」

 鈴木くんです。

 というかあなた彼の悪口言ってませんでしたか? 絶対仲良くないよね。


「だからそういうことだから、寂しくなって私のクラスに遊びに来ても相手してあげられないの。ごめんなさい」

 そういうことって、どういうことなのかな?


   *


 問題を一問やっつけたところで俺は再び口を開いた。

「ところで萌菜先輩の話、聞いてるか?」

 橘はこちらを向き、一瞬寂しそうな顔をしてから、目を伏せた。どうやら先輩がもうこの学校にいないことは知っているらしい。その表情を見るにどういう事情で転校したかも、なんとなく分かっているのだろう。直接先輩から聞いたのかは知らないが、流石に古くからの付き合いは伊達じゃないか。


 安曇は事情をまだ知らないようで

「先輩がどうしたの?」

 と不思議そうに尋ねてくる。


「転校しちゃったんだよ」

「え……。なんで?」

「なんでって……、そりゃ、色々あるんじゃないの」

 俺は言葉を濁した。別に口止めされているわけじゃないが、これを話すのは俺の心情的に良くないことに思えるし、彼女の名誉のためにも言うべきことじゃない。


 橘は俺の顔をじっと見た。

「随分先輩のことに詳しいのね。お友達が僅少と言って差し支えないあなたが、先輩が転校した件を既に知っているというのは不可解極まりないわ。クラスで聞いたのなら安曇さんが知らないというのも変だし」

 橘に言及され、気味の悪い汗が腋窩(えきか)にツーと滲むのが分かった。


「いや、えと、風の噂だよ。うん。……あ、そうそうSNSだよ。SNSで見たんだわ」

 とSNSとSMSの違いがよくわからない俺が、今どきの高校生らしくスマートフォン端末を自在に操っている風を装う。

「SNS? まるモン、インスタとかやってたんだ」

 と安曇が意外そう、という顔をした。


「イン……?」

 なにそれ。おいしいの? 今流行りのJK語ってやつ? インスタントカメラで撮った写真でも載せるのかい? まさかここにインスタントカメラの興隆を見ようとは。さあ、みんなでチェキろう。


 俺はタラタラと汗をかきながら、どこかで聞きかじった名称を捻り出す。

「いや、あれ、……ゼクシーみたいなやつ」

 安曇は眉をひそめた。

「ゼクシー? もしかしてmixiのこと?」

「あ、そうそれ」


 安曇と橘は顔を見合わせた。

 そして眉を(ひそ)めて言うには

「花丸くん。それSNS黎明期(れいめいき)のサービスよ。今どきの高校生がやっているとは思えないのだけれど」

「……あれ、おかしいなあ? 違うやつだったかなあ」


 今度は安曇が聞き

「ツイッターとかじゃないの?」

「ツイ……ああ聞いたことあ……そうそれだわ。ツイッター」

 確か青い鳥文庫みたいなマークのやつ。以前、安曇に見せてもらったのも、そのトゥイッターの画面だったと思う。最近じゃニュースとかでも取り上げられているしな。知ってるよ。


「あら。そうなの。じゃあ昨日の私の投稿見た? お菓子を焼いた写真を上げたのだけれど」

「あ、見た見た。美味そうだったな。お菓子」

「私のアカウント、鍵をかけているから許可した人じゃないと見られないのだけれど。あなた私のフォロワーだったかしら」


 ……鍵? ……ふぉろわぁ?


「……えと、うん。そうじゃないかなぁ」

 よく分からんが、ここまで来たら話を合わせるしかない。


「では、去年の夏に上げた私の水着写真も、きっと保存して、お宝フォルダにしまっているのね」

「そ、そんなことはしてないよぉ」


「あらそう。まあ、私ツイッターはやっていないのだけれど」

「……え?」


 橘は鬼の首を取ったように意地悪く笑った。

「どういうことかしらね」


「……すみません。嘘つきました」

 俺は観念して(こうべ)を垂れた。


「なんで嘘つくの?」

 痛い。安曇さんの視線が痛い。


「では、どこで聞いたの?」

「……春休みに直接、先輩と会って聞きました」

「つまり先輩をデートに誘ったということね」

「いや向こうから誘ってきたんですが」

 言ったらすかさず安曇さんが

「なんで嘘つくの?」

 これはホントだもん!


 橘は(しと)やかな声で

「萌菜さん、可哀想な子には優しいから」

「ああそっか」

 なんで勝手に納得してるんですか?


 俺がたらたらとぶうたれてやろうかと口を開いたところで、コンコンと扉が叩かれた。

 橘が

「どうぞ」

 と答える。


「失礼します。執行委員長の山本雄清です」

 そこに立つのは、身長が俺よりやや低めで、俺達と同じ色の上履きを履いた男、つまりは二年の男子生徒である。

 女傑なき執行部を支える男。……と言うとなんか格好いいな、なんて考えている俺はだいぶ格好悪い。

 兎にも角にも、先輩の後任である彼と、初対面することになった。



 ここで雑談をば。

 僕は聡明な女性が好きです。

 具体的に言うと、膝枕をしてもらっている時に「暴君のネロと『ブルタスお前もか』って言ったカエサル、どっちが先だっけ?」と尋ねれば、すかさず「カエサルよ」って答えてくれるような子がいいです。ポイントは膝枕している時ってところです。

 ……。


橘:「ちょっと何を言っているのかわからないのだけれど」

花丸:「深夜テンションってやつだな」

安曇:「気持ち悪い」

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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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― 新着の感想 ―
[良い点] 放送部のやり取りは、やっぱり面白いなぁ…。 [一言] 作者さん、後書きのその気持ちは分かる…。けど…。(遠い目)
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