アミューズメントパークの立地に関する考察
『シベリアから寒波が流れ込み、今日は一月下旬並みの冷え込みになるでしょう。お出かけする際は防寒対策をしっかりとってください』
お天気お姉さんの、弾むような明るい声を聞きながら、もぐもぐとバタートーストを食べている。
時報と共に番組のタイトルコールがなされた。
只今の時刻は午前七時。
平日なら……いや平日でもぎりぎり寝ている時間だ。
今日は日曜日であるが、寝坊することなく、むしろいつもより早い時間に起き出していた。
その理由は外出をするからに他ならない。
……安曇と遊園地へ。
別にすごく楽しみで早めに目が覚めてしまったとかそういうわけではなくて、一応の身なりは整えようとした次第で、集合時間のこととかを考えると、相応の起床時間である。むしろ遅いくらいだし!
そんなことを
「あれぇ? お兄ちゃん今日は早起きじゃん」
とニヤニヤしながら、俺の顔を覗き込んできた穂波の顔を、特に反応もせず、ぼーっと眺めながら考えていた。
俺の考えを口に出して言えば妹の思う壺だと思ったので口を開きはしなかった。
穂波が今日のことを知っている訳は、他でもない俺がぽろりとこぼしてしまったからだ。妹に話してしまうぐらいには、俺も浮かれていたと認めざるを得ない。
昨日、穂波は話を聞くやいなや、俺を外に連れ出し、「まともな」格好をさせるべく、服屋へと連れて行った。兄が中学生である妹のコーディネートを受けるなんて恥ずべきことなのかもしれないが、穂波のほうがファッションセンスが上であることは、明白であるのでおとなしく従った。
それにしてもお袋もお袋だ。穂波が「お兄ちゃんにまともな格好させたいから、服代頂戴」と言っただけでお金をぽんと渡してしまうのだから。……何かがおかしい。
それはそれとして、妹とお袋のおかげで、少なくともまともな格好にはなったはずだから、安曇に駅で他人のふりをされる危険も減っただろう。
「お兄ちゃん大丈夫? シャキッとしなよ」
俺が何も言わないのを見て、穂波が拗ねたように言う。
「大丈夫だろ。多分」
そこで大きく口を開けて欠伸をかいた。
「昨日寝られてないんじゃないの? 今日のことが不安で不安で」
「不安なんてないから。ちょっと体が火照って、心拍数が上がって、思考が袋小路を巡ってただけだから。全く大丈夫だから」
「それを不安になっているって言うんじゃないの?」
「違うから。自律神経系の乱れだから」
「そっちのほうがやばくない?」
やばくない。自律神経なんて精神的に不安になればすぐに乱れるから。全然やばくない。
「ところで穂波よ、ジェームズランゲ説というものを知っているか」
「ジェムヅラっ気? ジェムさんがハゲってこと?」
「違う。心は身体の影響を受けるという説だ。悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいという例のアレだ。それによれば、俺は不安だったから体が火照って心臓がドキドキしているわけではなく、体が火照って心臓がドキドキしているから不安になるのだ」
「循環器疾患なんじゃないか、って不安になるってこと?」
「違うそうじゃない」
さて、俺が何かしらに対して精神的に不安定になっていることは確からしいとして、それのはっきりとした原因は、さしものジェームズランゲ説でも分からない。
……少なくとも、安曇をがっかりさせたくないと思っていることは確かだが。
人から誘われて出かけるのに、湿気た面をするほど俺も空気が読めないわけではない。せめて誘ってくれた彼女が落胆することのないように努めることは、人として当然の礼儀だろう。
「じゃあ、ぼちぼち行ってくら」
「おう。生きて帰ってこい」
安曇とは名古屋駅で待ち合わせをしている。遅れることのないように、二本くらい早めの電車に乗れる時間に家を出た。
日曜の朝とあって平日の客層とはだいぶ違うのだろう。そもそもの客の数が、平日のラッシュ時に比べれば少ないだろうし、サラリーマンらしき人はあまり見当たらず、朝早くからお出かけをする、若者や家族連れが目立つ。
俺はぼーっと車窓の外を眺めていた。寒いと思って着込みすぎたか、ちょっと体が火照ったように感じる。
コートのボタンを外したところで、後ろから肩を叩かれた。
ゴソゴソしていたので痴漢でも疑われたかと驚いて振り返ってみたら
「やっほ。おんなじ電車だったんだね」
安曇がそこに立っていた。
「おぅ。奇遇だなこんなところで」
安曇は可笑しそうに笑って
「何言ってんの? 今日はデートするんでしょ」
と俺の肩を軽く小突いてくる。
「おい、あんま大きい声出すなよ」
休日だからまだ良かったが、電車の中で浮かれ騒ぐのは褒められたことではない。
安曇は肩をすくめる。
それからトーンを幾分か落として
「それにしても、ちょっと早くない? デートそんなに楽しみだった?」
とニヤニヤしながら尋ねてきた。
「俺は人として約束の時間に遅れることのないように万全を期しただけだから。大体、それを言うならお前もそうだろ」
「私は普通に楽しみだったよ。まるモン、オーケーしてくれると思わなかったから」
「……別に断る理由もなかったからな。俺は基本的に暇なんだ」
「ふふ。そこまで私は読んでいたのだ。どうだ、私の作戦は!」
「おお参った。こりゃ安曇さんはどえらい策士だな。感服する」
「カッカッカ。控えぃ。控えおろう!」
そう言って安曇は腰に手をやり、むんずと胸を張る。
紋所でも胸に描いてあるのかと思って彼女の服装をまじまじと見た。
安曇はベージュのトレンチコートに、ボトムスがワインレッドの膝上のスカートという姿をしている。
コートの下はタイトなセーターを着ていて、体の線を顕にし、曲線的で締まるところは締まっているという、健康的でかつ、女の子らしい体つきを彼女が持つことを知らしめていた。
スカートの下にタイツは履いておらず、白い肌と薄桃色の膝小僧が顔を覗かせている。
……。今日一月並みの気温……。
「お前、寒くないの?」
「え? 大丈夫だよ」
安曇は俺の言葉を聞き、腑に落ちないような顔を見せた。
まあ、安曇が大丈夫というのなら大丈夫なのだろうが
「女子が冬でも生足で生きていける理由を俺は知りたい」
俺は外の景色の方に視線を移しながら、ぼそぼそと呟くように言った。
それを聞いた彼女は
「大げさだなあ」
と笑う。
……年がら年中半袖半ズボンのやつとかいるしな。子供は風の子。
「……いや、まあ、似合ってんじゃないの? 知らんけど」
本当は「寒いのどうの」と言う前に、こっちを先に言うべきだったのかもしれないけれど、あと言うと最後の一言余計だけど、あいにく根暗ボッチの私にはそんなリア充みたいな芸当はできませんで、へえ。
一瞬安曇はキョトンとしたが、服装を褒められたのだと分かって、にっこり笑い
「ありがとう」
と言った。
女の子のお洒落が別にてめえに見せてる訳じゃないんだから、ごちゃごちゃ抜かすなと言う意見はあるが、今日ばかりは、安曇さんのその格好は少しくらいは俺に見せるためにしてきた……と多分思うから、褒めるくらいしても罰は当たるまい。
ナガシマへは直接電車で行くことはできない。名古屋駅から直通のバスが運行されているから、今日はそれを利用する。
電車を降りてからバスターミナルでそのシャトルバスを待っていたのだが、屋根はあれども停留所はほとんど外である。ひんやりとした外気に肌を触れさせないよう、俺は首を縮ませていた。
ふと隣を見てみれば、安曇が体を縮ませて、ブルブルと震えていた。……やっぱり寒いんじゃないか。
「安曇、カイロ持ってるか?」
「え? ごめん、ないけど」
「ほらやるよ」
俺はコートのポケットに入っていたカイロを取り出し、安曇に渡した。
「……ありがとう」
安曇はそれを受け取って、ほーと息をついている。
「着いたらタイツ買うか」
遊園地に隣接するアウトレットモールに売ってあるはずだ。
「なんで?」
安曇は首を傾げる。
「いやだってお前寒そうだし、今日は一月並みって言ってたぞ。臨海部だからちっとはましかもしれんが」
風邪をひかれでもしたら困る。というか見ているこっちが寒い。
「えぇ……。うん分かった」
残念そうな表情の安曇を見て、要らぬお節介を焼いたかもしれないと少し後悔したが、後の祭り。
口からこぼれた言葉を掬い上げることはできない。言葉尻を捕らえて槍玉に挙げる日本社会では、今みたいのは致命的なミスだ。大変申し訳ありませんでした。
*
「どうかな?」
モールに入っている服屋で安曇のタイツを買い、俺はその着替えを外で待っていた。そこへ安曇がやってきて、着替えたその姿を俺に見せるように目の前に立ったのだ。
「やっぱり黒タイツもいいなあ」
彼女の姿を見た俺はそうコメントした。
安曇は苦笑いしながら
「……目がエロい」
と足を隠すようにスカートを伸ばそうとしている。
「エロいとか言うなよ」
まるで俺が女子高生を視姦している変態みたいじゃないか。
「だって太ももガン見してくるし」
「タイツを見ようとしたら、自然足を見ることになるだろ」
「でも遠慮なさすぎ」
安曇はそう言ってくるりと体の向きを変えて、横目で俺を見て
「用事済んだし早く遊園地行こ」
と言って歩き出した。
ナガシマリゾートは三重県桑名市長島に立地している。遊園地の他、アウトレットモール、ホテル、温泉、植物園が併設されており夏季はプールも営業される、複合型テーマパークだ。名古屋から車で一時間足らずで行けるので、愛知県民にも馴染みが深い観光地だ。
ナガシマリゾートの近くを走る伊勢湾岸自動車道からは、遊園地の目玉とも言える巨大なジェットコースターを垣間見ることができる。太平洋に近接して立地しているので、さながら海に浮かんでいるように見える。
……ところで、ここもそうなのだが、遊園地というものは工業団地の近くに立地する傾向にあるらしい。実際ここも中京工業地帯のどまんなかにあるし、周りをコンビナートで囲まれている。
中京こと日本のど真中の京であるこの地に対して、東の京の近くにあるネズミが跋扈する遊園地も、京葉工業地域の中央にある。
ハリウッド映画をテーマにした大阪の遊園地も阪神工業地帯のど真ん中にある。
今は廃園となったが北九州のスペースワールドなんかは製鉄会社による運営だったりする。
富士山の麓にある例のなんとかキュー? ハイランドも富士山を挟んで向こう側、富士川近辺は製紙業が盛んだ。製紙と言うと軽工業ではあるのだろうが、紙は生活必需品だ。全盛期ほどではないだろうが力のある企業が残っているだろう。俺が鼻水を垂らしているのを見た美少女が「鼻を拭くために紙がいるわね。でも花丸くんのことだから、トイレットペーパーでも気付きはしないでしょう」とか何とか言って、全国の店でトイレットペーパーの買い占めでもしない限り、枯渇することはあるまい。
まあ、何がどう関係して事象が発生するなんて想像もできないから、近い将来「風邪が流行れば紙屋が儲かる」なんて諺ができる可能性も無きにしもあらずだが。
……それはそれとして、遊園地が工業団地の近くに立地する傾向にあるという説はなんとなく理解できよう。
だが一足飛びに遊園地と工業団地との関係を直接の因果関係に結びつけることはできないだろう。
これは工業地帯という金があるところに人が集まり、人が集まるところに、金を集めるために遊園地が建てられるという関係があるのだ。
とどのつまり、この世は金を中心に回っており、金のないところに遊園地は建たぬ、ということになろう。
なんてことを目の前の差し迫った問題から目を逸らすために考えていたのだが
「ね! さっきの面白かったね!」
と安曇がはしゃぎ声で俺に話しかけてくる。
「……おぅ、安曇が楽しそうで何よりだぜ」
ジェットコースターから降りてグロッキーになっている俺が訥々と言ったところ
「……まるモン大丈夫? やっぱ、絶叫系やめといたほうが良かったんじゃない?」
「全然怖くなんかないし。ちょっと俺の平衡感覚器が、あまりの重力加速度に耐えきれずエラーを起こしてるだけだから。朝食べたものを吐けば平気だから」
「それ全然大丈夫じゃないよね!?」
本当にどうしたものか。やはり寝不足気味だったのがいけなかったのだろうか。
安曇をがっかりさせたくないと思って来ていたのに、逆に安曇に介抱される自分を情けなく思いながら、冷たい海風を避けるために建物の中にあった休憩所で休むことにした。
「はい、炭酸水。酔いにいいらしいから」
売店で俺のために安曇が炭酸水を買ってきてくれた。
「迷惑かけてすまん。せっかく遊園地に来たのに」
ベンチに俯いて座っていた俺はペットボトルを受け取り、そう答えた。
「いいよ。気にしないで」
一口、炭酸水を口に含む。
ふと隣のベンチに座っていたカップルらしき二人組の声が耳に入ってきた。男が体調を崩しているらしく、横になっている。
「遊園地で乗り物酔いしてへばっちゃうなんて、ほんとあなたって可哀想な人よね」
「そのおかげで君に膝枕してもらえたから全然問題ない。むしろプラスポイントだな。乗り物酔い万歳」
「……馬鹿」
女は口ではそう言うが、やぶさかではないようで、顔を赤くして嬉し恥ずかしいのか口を閉ざしてしまった。
それから安曇の方を見やった。安曇は彼らの方をぽーっと見ている。
俺は軽く咳払いして
「……どした?」
「あ、いや、なんでもない!」
安曇は頬を染めて慌てて目を逸らす。
そんな反応されちゃうと俺も要らぬことを考えてしまう。
俺と安曇が恋人関係にあったなら、ああいうこともしたのかもしれないだなんて、その後やってくるであろう超気まずい空気のことを考えると、口が裂けても言えない。
その後も安曇は俺に気を使ってくれたのか、あまり激しいアトラクションには行こうとせず、お化け屋敷やら、ボブカートやらを回った。それでも遊園地なんて久しぶりに来た身だから、十二分に楽しむことができた。
いい加減遊び疲れて、日も傾き始めた夕方。モールにある喫茶店で俺と安曇はスイーツを食べながら休憩をしていた。
「今日は付き合ってくれてありがとうね」
安曇がケーキを突きながら、そう言ってきた。
「いや、俺こそ楽しかったよ。誘ってくれてありがとな」
安曇は恥ずかしそうに笑って
「私のほうがお礼言うべきなんだけど……どういたしまして」
俺はそれを聞き微笑を浮かべ
「たまにはいいもんだな」
これからは人混みだからといって、食わず嫌いするのもよそう。
そんな事をぼんやりと考えていたら
「ねえ、まるモン」
安曇はまだ食べかけなのにフォークを置いて、俺の目をじっと見てきた。
「話があるんだけど」
「……そうか」
安曇がどんな話をするのか、という見当も付ける前に彼女は口を開いた。
「本屋で一緒にいた車椅子の女の子のことについて教えてほしい」
俺は彼女の言葉を聞いてから、コーヒーカップを持ち上げて一口飲み、ゆっくりとコーヒー皿に戻した。
俺がなんて返そうかと考えあぐねていると安曇は続けて
「まるモンと中学が一緒だった人から聞いてたの。まるモンが昔、女の子を病院送りにしたって。その噂のせいで、まるモンは一人ぼっちになって、部活も辞めて、それでも誰にも言い訳を、……本当のことを言わなかったんでしょう」
「……その噂も懐かしいな」
「私はもちろん、そんなこと信じないよ。まるモンはそんなことしないもん」
「ふーん」
「だから、本当のこと教えて欲しい。一人で抱え込まずに」
彼女は大きな瞳で俺の目をじっと捉えていた。
そこで俺のスマホが鳴った。
「出ていいか?」
と尋ねたら、コクリと安曇は頷いた。
電話の主は妹の穂波だ。
俺が耳にあてがい「どうした」と聞けば、
「今家に美幸さん来てる」
妹の平坦な口調を聞くに、ただ遊びに来たわけではないらしいことは、察せられた。
俺は二、三秒の間を空けてから
「そうか。……聞かれたことは話せばいい」
と答えた。
「分かった」
という穂波の返答を聞いてから、電話を切ってスマホの電源を落とした。
俺はスマホをしまう。
急に体が重たく感じた。多分、睡眠不足のせいだけではないだろう。
視線をテーブルに向けたままで、吐き出すように呟いた。
「なるほどな。全部お前ら二人で仕組んだのか。大方俺は橘だとムキになって話さないとか、安曇になら話すかもしれないとか考えたんだろう」
本当、一人で盛り上がって馬鹿みたいだ。
最初からこれはデートなんかじゃなかったんだ。
安曇は落ち着いたトーンで
「まるモンは何でもわかっちゃうんだね」
という。
俺は何でもわかっているか? そんなことはない。なんでも分かるのなら、こんなことにはならないだろう。
感情の波は荒立っていない。自分でも不思議なくらいに静かな気持ちだた。
この期に及んで逃げるわけにもいくまい。
「その前に、俺からもいいか?」
「何?」
俺の告白が彼女に正しく伝わるかは分からなかったが、こればかりは彼女になんとしてでも伝えないといけないと思った。
「チョコ美味かったよ」
安曇が橘の作戦に乗った理由は何となくわかった。彼女は昔のことをずっと気にしていたのだ。俺に対する罪悪感。それが今回の動機になったのだろう。あるいは安曇が放送部に入ったのもそれが理由の一つだったのかもしれない。これ以上彼女を苦しめても仕方がない。俺には彼女を解放してやる義務があるのだ。
「……なん……で」
安曇は驚きのためか目を見開かせた。
「お前も詰めが甘いな。どんな事情があって名前を伏せたのか知らんが、あれは良くない。
まず俺には、高校に仲のいいやつなんてほとんどいない。というか知り合いが。俺の下駄箱にチョコを放り込むようなやつはその時点でかなり絞られる。
それで昔の話なんだが、俺は助けた少女に確かに名前を教えた。だけど彼女は音は分かっても、俺の字までは知り得なかったはずだ。モトキといってすぐに『元気』という漢字を思い浮かべるやつはそういない。だから俺の名前の字まで知れるような環境にそいつはいることになる」
「……でもこじつけじゃない? そんなの」
「じゃああれだ。お前夏の終わり頃のこと覚えてるか?」
「ん? 何?」
「学校の駐輪場で自転車倒しちゃった女子がいたろ。そんで野球部が起こしてた」
安曇は逡巡するように目線を斜め上にやって、思い出したのか
「……ああ、あったね」
と呟いた。
俺は続けて
「お前その時さ、俺なら『ああいうの見たら助ける』って言ってた。あれって昔俺がお前にそうしたからそう言ったんだろ」
「……よくそんなことまで覚えてるね」
「女子に褒められると嬉しくなっちゃうのが男子高校生だからな」
「……忘れたわけじゃなかったんだ」
「いや普通忘れんくね?」
もちろん俺が助けた少女が安曇であることに気づいたのは、チョコレートを受け取った後だったが。それでも俺は少女のことを忘れたことはなかった。
断片的だった記憶が、今になってようやく繋がったのだ。
「……そっか。……そうだよね。じゃあ改めて言うけど、あの時はありがとうございました」
安曇はペコリと頭を下げた。
「……まあ、うん。……どういたしまして」
そして俺は彼女に尋ねた。
「それで俺の話が聞きたいと?」
「うん」
安曇は小さく頷く。
「……つまらん話だ。聞いてワクワクするようなもんじゃないぞ」
「うん。それでも聞かせてほしい」
「……分かった」
俺は少し長めの自分語りをするため、口を開いた。