二年参り
十二月三十一日。大晦日。
初詣の二年参りをするため、放送部連中で学校近くの神社に行くことになった。
雪が降らなくても、氷点下にならなくても寒いものは寒い。伊吹おろしの冷たい風がびゅうびゅう吹くから体感温度はかなり低い。
ポケットに突っ込んでもかじかむ手をぎゅっと握りしながら、手袋をしてこなかった自分を呪う。
気休めに片手に息を吐きかけてみるが本当に気休めにしかならず、むしろ気化熱のせいでより冷たく感じたので、すぐにもとの場所に戻した。
「こんばんは」
「よぉ。来たな」
歯をガチガチ鳴らしながら、目の前に立った彼女に言う。
毎年やってくる新年の訪れに、彼女はいつもこのような格好をするのだろうか?
といたく庶民的な感想を抱く俺の目に映る彼女は、ただでさえ人目を引くその美貌に、振り袖という晴れ着を以て華やかなことこの上なかった。
これぞまさに大和撫子と形容するにふさわしい。その性格は置いといて。
「駅舎の中で待ってくれれば良かったのに」
凍える俺を見て流石に不憫に思ったのか、柄にもなく優しいことを言う。
「ほんとそれな。三分前に気づいた」
だが入れ違いになったら面倒だと思い、動かなかったのだ。事前にメールで橘がどの電車に乗ってくるかは知らされていたので、そろそろ出てくることは分かっていた。
「安曇さんはまだみたいね」
「……やっぱ建物ん中入ろうぜ」
俺は顎で駅ビルの中にあるカフェを示した。集合時間までしばらく余裕がある。流石に自転車を漕いでくる安曇の到着時刻を正確に予想することはできないし、それ以上外に立っている気にもなれなかった。
「そうね」
橘は二つ返事で承諾し、飛び込むようにして駅ビルに入った俺のあとに続いた。
*
「大晦日の夜までやってるとはブラックだな」
俺は暑いぐらいに加温された店の中に入り、生き返った心地になりながら言った。
「おかげで暖を取れているのだから、文句は言わないわ」
着物の上に着ていた羽織を脱ぎながら橘が言う。
「違いない」
「ねえ花丸くん。新入生歓迎会のことなんだけれど、どうする?」
羽織を畳んで、横に置き席に着いた橘が尋ねてくる。
「気が早いな。来年のことを言うと鬼が笑うぜ」
「でも案出しくらいしておいてもいいでしょう。どうせ暇なんだし」
新入生歓迎会か。まだ一年も経っていないというのに、記憶が朧気だ。……興味もない部活のよくわからない内輪ネタを見せられて辟易していたような。
「……寸劇でもやるか?」
ブラスバンドやアカペラ部のようにわかりやすいパフォーマンスをできるところとは違って、うちは部活動そのものをアピールできるような材料が乏しい。よもや毒に満ちた放送を純真たる新入生の前でやる訳にも行くまい。
「じゃあ私がコピーライターになってあげる。タイトルは『劇場版 嵐を呼ぶ 花丸元気のヰタ・セクスアリス』でどうかしら?」
「色々と問題になりそうだから他のがいい」
というか発禁になりそう。じゃなかった出禁になりそう。
「では『劇場版 物議を醸す 花丸元気の橘美幸監禁365日』というのはどうかしら?」
「やめて」
確実に職員会議にかけられるから。下手したら部活停止ですよ?
そんなとき橘のスマホの着信音が鳴った。
それを見て言うには
「安曇さん駐輪場に着いたみたいね。もうすぐ来るわ」
橘の言ったように、安曇はそれから間もなくやって来た。
「ごめん! お待たせ!」
彼女は息を弾ませながら店に飛び込んできた。防寒対策はバッチリなようで、コートにマフラー、タイツにブーツに手袋と、肌で見えているのは顔くらいだ。
寒さのせいか頬が艶っぽく桜色になっている。
「いいえ時間通りよ」
と彼女を見て橘は優しく微笑んでいる。
……いやあ、俺が時間通りに来たときとはえらい違いだなあ。遅いという文句から始まり、痴漢して捕まっただの酷い言われようだったのに。
「安曇さん寒かったでしょう。これ飲んで」
そう言って、橘は自分の飲み物を差し出した。
「いいの?」
と尋ねる安曇に対し、橘は俺の方をチラチラ見ながら
「ええ。きっと素敵な人が心優しい私に感銘を受けて、自分の飲み物を私に分けてくれるはずだから」
そういうこと口にしちゃうと、心優しさというやつが一気に打算的なものになっちゃうよ。
俺はそんな打算的な彼女に比べ、真に心優しいので、その思惑通り飲み物を譲る訳だが。
「俺の飲んでもいいぜ」
とカップを橘の方に差し出した。そもそも、俺が風邪でも引いたら目覚めが悪いとか言って、無理やり彼女に奢られたものだから、俺が一人で飲む方が心苦しい。
「あら、あなた私とそんなに間接キスがしたかったの?」
「曰く、俺の唾液はワクチンらしいからな」
新しい免疫療法的な。例のノーベル賞を取った先生の新薬は一瓶百万するから、俺のはだいぶ安上がり。
そして効果も月とスッポンなのが非常に残念。
「気持ち悪いことを言う人がいたものね」
「ほんとそれな」
発案者お前だけどな。
口ではそう言いつつも、特に気にする様子もなく橘はコーヒーカップに口をつけた。そういうところは、サバサバしているというか、気安くてこっちが拍子抜けするくらい。
君に好意を寄せる男子が見たら、卒倒するレベルだということを理解してるのかね?
「見て良くない?」
と温かい飲み物を飲みながら、安曇がそう言って、スマホの画面を見せてきた。
「いつの間に撮ったんだよ」
そこに写っていたのは、先日のクリスマスイブでの食事会の様子だった。
澄まし顔で何かとんでもないことを言ったらしい橘に、俺が反論している様子が見て取れる。
「こっちはホーム画にしちゃった」
そう言って、安曇はツイッターの画面を見せてきた。こちらは俺たち三人が写っている写真だ。安曇が器用に自撮りしたものだろう。顔は切れている。彼女が情報リテラシーのある子で良かった。
「……お前って早生まれだったんだな」
彼女のプロフィールのところに誕生日が書かれている。それを見てコメントした。
二月の末日か。閏日をニアミスしている。
「え、ちょっと、真剣に見過ぎ。怖いからやめて」
そう言って、慌てて彼女は画面を伏せた。
「……それプロフィール画面なら、誰でも見れるページなんだろ」
「でもなんか恥ずかしいから」
ソーシャルネットに情報を公開はするけど、クラスのキモい男子には見られたくないというあれですか。そうですか。
迂闊にさして親しくない女子に「いいね」すると、「は? キモ。こいつ私のこと好きなの? てか誰だっけ?」みたいな反応をされてブロックされるんだろう。知ってるよ。やったことないけど。
「そう言えば、夜中に出歩いて補導されることってあるのかな」
条例違反を心配する安曇さんが、スマートフォンをしまいながら言う。そういうところしっかりしてるよなあ。
「花丸くんが可愛い私に欲情して押し倒そうとしていたら、あるいはあるかもしれないわね」
「それ補導どころじゃないだろ。つか、そんなことしないし」
「でも、お巡りさんが来たら、『きゃー!! 神宮高校一年A組の花丸元気に茂みに連れ込まれるぅ!!』って叫んだら大丈夫ね」
「だから俺が大丈夫じゃないからやめて」
「結局どうなの?」
話をそらされた安曇は困ったような顔をした。
「……確か祭礼などの場合は考慮されるものだったと思うけれど。飲酒とかして大声で騒いだりしなければ、余程大丈夫だと思うわ。愛知県警もそこまで頭でっかちということもないでしょう」
「それに、遠目で見たら俺たちが未成年かどうかなんてわからんだろ。橘は着物着てるし」
「そうね。いざとなったら親子ですと言うしかないわね」
えぇ……。それは少し無理があるのでは?
「ちなみに家族構成は?」
「私が母親役。安曇さんが娘。花丸くんは……ペット?」
なぜ首を傾げながら言うの?
「無理ありすぎるだろ」
「では美人母娘につきまとう、ストーカーということで」
結局俺は捕まるらしい。
「橘はともかく、よく安曇んとこ、夜出るの許してくれたな。親父さんとか心配してるだろ」
「パパには内緒で出てきたから大丈夫。ママとおばあちゃんはまるモンいるならいいよって言ってくれたし」
それ本当に大丈夫なの?
「……家の人、俺が男だって知ってるの?」
「え? 男の子がいるから大丈夫なんじゃないの?」
それは色々とリスク管理に問題があるのではないですか? 年頃の男子がいるからより危険なことになるということもあるわけで。
ほら、都内の某有名私立大学のスーパーフリーダム過ぎた巨大サークルがやらかしちゃったW大学の事件とか、事件のせいでノックアウトされるかなと思ったけど誰も起訴されなかった、万札の人縁のKO大学の事件とか。
少し前に、C葉大学のI学部の学生がやらかしちゃった事件とか、色々あるじゃん。
……。
おべんきょうできてもひととしてどうかとおもいます。
結論。ボンボンと医学生はクソ。というか大学生がクソ。というわけで薄暗いじめじめした所でニャーニャー泣いていた事だけは記憶している猫には激しく同意する。
娘ができたらお茶の水か奈良女に入れよう。そうしよう。というか俺が入学したい。
人でなしたちが唯一成したのは、偏差値と倫理観は相関するものではないと、人々に教えてくれたことか。
まあぶっちゃけ、某私大(免罪符発行中)では塾長のポケットに某塾某初代塾長さんが描かれたトレーディングカードを突っ込めば、入学でき──自主規制──。
天は人の上に人を作らず。ただし勉強すれば別。だから学閥で結束するのも問題なし。……わはははは。
選民意識が強すぎて、内部生以外は我が校の学生ではない、と言い始めて内輪もめまで始めるから、傍から見ている分には非常に面白い。
閑話休題。
でもこの一連の事件は大学生だからというのもあるのかもしれない。
僕は純真無垢な男子高校生だからね! だから全く問題ない。
と自己完結する俺の横で、橘も似たようなことを思ったらしく
「私ちょっと心配だわ。大事な娘をどこの馬の骨とも知れぬ男子がいるからと言って、安心してしまう安曇さんのお母さんとお婆さんが」
まあ俺が馬の骨かどうかはおいといて。
「あ、そういうのは全然大丈夫だよ。私家でまるモンの話たくさんしてるから」
えー何それ。やだもう。何話されてるんだろう。超恥ずかしい。
*
「結構混んでるな」
駅から歩いて五、六分。
本町の商店街のアーケードを歩いているときから、その正面に見える神社の方面には人だかりができていた。
「だって尾張国で一番社格が高い神社ですもの」
「ほえー。熱田が一番じゃないんだ」
「熱田神宮は国府から離れているからね」
それでも今日という日もあちらの方が人でごった返しているのだろうが。
「一之宮がここなら、国府宮はどういうやつなんだ?」
ここから南に下ったところに、また別の大きな神社がある。それを有名にしているのは、ふんどし一丁の男たちが、真冬の街を練り歩く例の奇祭のせいだが。
正式名称はもっと長いのだが、地元民は国府宮というので、俺もそれに倣った。
「国府宮は尾張国の総社。つまり尾張国中から神様を分けて祀ったところよ」
「つまり国府宮に行けば尾張の神様コンプリできるってわけか?」
「そんな雑なのでいいわけ無いじゃん」
と安曇が呆れたように言うが
「いいえ。国府宮の目的がそもそも国司が毎日国中の神を参拝するために作ったものだから、あながち間違いでもないわ」
と橘が解説する。
昔の日本人って結構軽いよなあ。今もだけど。
「お鐘衝くの楽しみだなあ」
と安曇はルンルンだ。……。
「今から行くとこ、神社だから鐘はないけどな」
「え! そうなの?」
「それに花丸くんの煩悩は、百八どころじゃないものね。鐘をついたところでどうにもならないわ」
お前は俺を引き合いに出すのやめれ。
兎にも角にも、メリクリしたり、寺で鐘をついたり、神社でお守り買ったり、日本国民の年末年始は忙しいですね。
新年あけましておめでとうございます。
いやあとうとう2020がやってきましたよ。
作者は正月明けのテストの準備で、初詣には行けてないです。成人式があったり、二月までテストラッシュがあったりなので、また更新遅れるかもしれません。ごめんちゃい。
下宿先に籠もり一人で年越ししてたので、感想欄であけおめメッセージくれると喜びます。多分。評価ポイントでも喜びます。ガチ。
今年もよろしくお願いします。