頭大丈夫?
せっかくだから地元のものを食べようということになったのだが、流石に近江牛のフルコースを食べる余裕はなかったので、長浜ラーメンに落ち着いた。その店は、長浜の観光名所となっている黒壁スクエアというエリア付近にある。
色は豚骨のようだったのだが、見た目よりもあっさりしていて、ツルツルと食べられた。
「メンマみーつけた!」
ラーメンを食べている途中に、突如声を上げた俺にビクリと橘が反応する。
「花丸くん、頭大丈夫?」
と橘が気味の悪いものを見るような目で見た直後
「見つかっちゃったあ」
俺の声でもなければ、もちろん安曇の声でもない。全く違う席から聞こえてきた。
俺たち三人は声のした方を見た。
おそらくはうちの高校の生徒だろうが、見知らぬ男女四人組が俺たちと同じようにラーメンを食べている。
そのうちの一人の女子が
「深山さんどうしたんですか?」
と男に尋ねている。
「え、ちょっと……条件反射」
「とうとう頭おかしくなったのね」
ともう一人の女子が呆れて言っている。
それに続き、頭のおかしい方じゃない方の男が
「太郎がおかしいのは前からでしょ」
俺がボソボソと
「あいつやばいやつだな」
と言ったら
「あなたも大概でしょ」
*
昼食をとったあとは、フィギュアミュージアムにやってきた。古いものから新しいものまで、多様なフィギュアが展示されている。……なんでこんなとこにあるんだろうか?
「花丸くんって家に私のフィギュア置いてたりする?」
展示を見ているときに橘が言ってきた。
「何それ? どこに売ってんの? 逆に見てみたいんだけど」
「もちろん、あなたがいやらしく笑いながら作った、お手製のものよ」
「そんな面倒なことするか」
そんなものはこの宇宙に存在してはいけない。
「3Dプリンターで作ったということ? いつ私のスリーサイズを調べたの? まさか寝ている隙に家に忍び込んで……」
「違うそうじゃない」
橘さん目を見開いて「変態だわ」と一人でつぶやいてる。おーい、戻ってこい。
「ねえ次どこ行く?」
と安曇が尋ねてきた。もう橘さんのことは放っておこう。
「ここらへんガラスが有名らしいから、そのギャラリーでも見に行くか」
俺達はミュージアムをあとにし、ここいらの名称である、黒壁スクエアという名のもととなった、元黒壁銀行の建物の方へと歩き出した。
途中、橘が手洗いに行ったところで安曇が話しかけてきた。
「もう美幸ちゃんにプレゼント買った?」
「なぜ俺があいつにプレゼントを?」
「え、だって今度の日曜、誕生日じゃん」
なんですと?
「え? あいつの誕生日もう終わってたんじゃないの?」
「え、なんで?」
「……いやだって、いつの日か、お前年いくつなんだよって聞いたら『十六よ。あなたの、私が嫁に貰われてしまうのでは、という不安が現実に起こり得る年齢ね』って返されたんですけど」
確かバイトの邪魔されたときかな。
「……それ嘘だよ」
「マジかよ」
「……にしても、言うなあ」
「何が?」
「なんでもない。とにかく、まだ買ってないんなら、今日なんか選んだら?」
「うーん。分かった」
途中で適当に見繕えば良いか。
「お待たせ」
ちょうどそこで橘が戻ってきたので、再出発する。
ガラス細工のアートギャラリーは店舗も兼ねていて、食器を始め様々なガラス工芸品が飾られていた。
「ねえ花丸くん」
品物の値段に目を見開いていたところ、橘が袖を引っ張ってくる。
「なんだ?」
「結婚式の引き出物、こんなのはどうかしら?」
言って、橘は切子細工のタンブラーを指差していた。
確かに綺麗ですけれども。
「いや、どうかしらってそんなん旦那と決めろよ」
俺に聞くなよな。
「……もらう人の意見も重要でしょう」
「え、何? 俺呼んでもらえるの? あんま男友達って呼ばないほうがいいんじゃないか?」
「……あなたは新郎サイドで来ればいいわ」
「お前誰と結婚するつもり? 俺の知り合いってこと?」
俺の知り合いで、橘と仲のいいやつ。……いないよな。というか男の友達がほぼ皆無なんですけど。微分したらゼロだし。
「それは将来のお楽しみよ」
この女に惚れるようなやつだから、相当変わってるやつに違いない。断言できる。
それから小物コーナーに来た。値段も手頃なものが多い。先程安曇の言っていた事を思い出し、なにか良いものはないかと、物色する。
髪飾りが目についた。ガラスの装飾が施された、青系の落ち着いたものだ。橘がつけたらよく似合いそうだ。
あたりを見回して、橘がいないことを確認し、素早くレジに向かい、袋に入れてもらった。
*
はじめ遠足の場所を聞いたときは「長浜ってなんかあんの? ていうか日本?」みたいな感じだったのだが、知らない街というものは、歩いてみればそれなりに面白いもので、なかなか楽しめた。
いつの間にやら時間が過ぎ、最後には結局駆け足で集合場所に戻ることになった。
バスの中では、橘も歩き疲れたのか、ウトウトと船を漕いでいた。全く不用心だな。隣に座るのがこの俺でなかったら、いたずらされてるぞ、とかなんとか思いながら、いつの間にやら俺の意識も沈んでいて、次気づいたときには、互いに寄りかかるようにして眠っていた。危うくキスするところだった。
橘より早く目覚めてよかったぜ。
そうじゃなかったらどうなっていたことか。……間違いなく殴られてたな。
学校についてから、
「お前ら、家に帰るまでが遠足だからな」
と言い古された、担任の井口先生の言葉を受けながら、バスを降りる。
橘は土産を買い込んでいて、かなりの荷物を手に下げていた。起きたばかりで、目がとろとろしている。
「駅まで荷物運ぶの手伝おうか? 俺自転車だし」
「お願いするわ」
彼女は目をこすりながら言った。
日が沈むのが早くなった。もう辺りはすっかり暗くなっている。
「寒くなってきたわね」
歩きながら橘が言う。
「もう11月だからな。それにお前そんな薄着だし」
「いいのよ。褒めてもらえたから」
「え?」
「……安曇さんに」
「ああ、なるほどな」
改札の前までついていってやり、最後に荷物を彼女に返した。
「送ってくれてありがとう」
「おう。気をつけて帰れよ。あ、あと」
「何?」
今渡すべきか迷ったが、今度の日曜なら、次会うときはどのみち過ぎてしまう。遅れるより早めに渡しておいたほうがいい気がしたので、今渡すことにした。
「これ、誕生日プレゼント」
そう言って、紙袋を彼女に渡す。
「お前俺に嘘ついてたな。まだ十五なんじゃないか」
「四捨五入したら十六よ」
年齢は四捨五入じゃなくて、月以下切り捨てだろ。場合によっては、二、三年引くまである。
そしてそのうち、私永遠の十七歳とか言い始めるんだ。
彼女は紙袋を受け取り
「……ありがとう。開けても良い?」
「うん」
橘は中のものを取り出した。そしてじっと見ている。
「どうだ?」
「……あなたが選んだ割には、まともね。気に入ったわ」
「そりゃ良かった」
彼女は、早速その髪飾りを、頭につけた。
「どうかしら?」
「俺が選んだだけあって、よく似合ってるぜ」
「よく似合うのは、私が可愛いからよ」
「かもな」
「……ありがとう」
再び彼女は、しおらしく礼を言った。
「気に入ってくれたのなら幸い」
「……じゃあ」
彼女は照れたような顔を見せながら、小さく手を振った。
「じゃあな」
俺もひょいと腕を上げ、それに答えた。
改札を抜けてから、彼女はこちらを振り返った。
……。
なぜそこで横ピース? 頭悪そうに見えるし、恥ずかしいし可愛いから辞めろ。