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湖畔の街

「なんか理由でもあんの?」


 私と真那ちゃんは駅近くのカフェの席についていた。

 真那ちゃんは中三の頃、私と同じ塾に通っていた女の子だ。まるモンと同じ中学で、私が彼と同じ高校を目指していたことから、まるモンには近づかないよう私に忠告していた。


「ないこともないけど……」

 私が放送部に入ったのは、サッカー部でのいざこざが大きな原因を占めていた。彼らがそんな私を救い出してくれたのだ。それがあって今私は彼らと一緒にいる。


 真那ちゃんは私の友達だ。けれど、高校に入ってからあったことを話す気にはなれなかった。


「真那ちゃんが思ってるほど、まるモンは悪い子じゃないよ」

「まるモン?」

「あ、花丸くんのことね」


「だってあいつは昔……」

「女の子を病院送りにしたって言うんでしょう。でもそれ、本当なの? 真那ちゃんは誰に聞いたの?」

「……誰ってわけでもないけど、あいつと同じ小学校の人はみんなそう言ってたし」

「ただの噂ってことでしょう」

「……でも何もなかったら、そんな噂も立たないじゃん」

「そうかもしれない。でも私は彼のことを近くで見て、話を聞いて、……助けてもらって、その等身大の存在を知ったの。そんな噂、嘘としか思えない」

「……私は」

「真那ちゃんが私のこと心配してくれてるのは分かるし、それは感謝してる。でも私は、噂よりもこの目で見たものを信じたい。……心配しないで。本当に駄目な人は駄目って分かるから」


「……うん。そうだね。私もいい加減なこと言ってたかも。分かった。梓のこと信じるよ」

 

 私はホッとため息をついた。これでまるモンのことを誤解する人が一人減ったのだ。


「でも全部嘘とも思えないんだよね」

「どうして?」


「なんか、小五のとき花丸のクラスで、一人不登校になった女の子がいて、小六は一日も学校に来なかったんだって」

「……へえ」

「それでこれは確からしいんだけど、花丸がちょくちょく病院に行ってるのを見てる人がいたの」

「………病院?」

「うん」

「それって大海原病院?」

「そこまでわかんないけど」


 先日まるモンと大海原病院で偶然あったことを思い出した。あのときまるモンは、誰かのお見舞いに来たと言っていた。


「どうしたの梓?」

「あ、ごめんなんでもない」

 考え込んでいた私に真那ちゃんが声をかけた。


「まあせっかく会ったんだし、しけた話はこの辺にしといて、近況報告でもしよっか」

「そうだね」


 その後は最近あったことを話したり、高校での面白い話をしたりして、会話に花を咲かせていた。

 ただ一つの事実だけは、頭のどこかに引っかかっていたけれど。


   *


「花丸くん、あれが琵琶湖よ」

「ほほう。まるででかい湖だな」

「そうよ、でかい湖よ」


 そんな中身の無い話を、隣に座る橘と揺れるバスの中でしていた。


 琵琶湖。日本で最大の面積を誇る湖だ。土地勘のないものが見れば海と見紛ったとしても、仕方ないかもしれない。

 琵琶湖が車窓から見えるということは、もちろんそこは愛知ではない。


 神宮高校一年生一行は、滋賀県長浜市にやってきていた。


 みんな大好き秋の遠足である。


 長浜は豊臣秀吉が初めて城を持った土地であり、浅井家の小谷城や姉川の戦いの古戦場があるなど、歴史オタクにはなかなかエモい土地だ。


 ところでエモいという形容詞は、emotionalに由来するそうだが、その発音からしてエモいというよりイモいというのが近いので、可愛い女の子とか見たら、「エッモ!」ではなく「いっも!」というのが正しい。かなりの確率で嫌われる。


 そうか「お前イモいな」というのは悪口ではなく、褒め言葉だったのか。俺よく言われるんだけど、まじイモいな。


 それはそうと、橘の今日の格好もなかなかイモい。……誤解を招きそうだから、いとあはれ、とでも言っておこう。

 チュニックにショートパンツを履いている。……戦闘力の高そうな格好だな。

 俺は防御力がカンストしてるので、それくらいの可愛さじゃ、全然動じないけどね。そちらに視線が行っちゃうのは、他に見るものがないだけなんだから。というか橘さんが窓際に座っているせいで、外を見ようとすれば自然と視界に入ってくるだけなんだから。かかかかか勘違いしないでよねっ!!


「何かしら?」

 橘が俺の視線に気付いて聞いてきた。


「似合ってんな、その服」

 下手に取り繕うのも面倒だったので正直に言った。


「あらそう。……言うのが遅い気もするのだけれど」

「遠足が楽しみすぎて気づかなかったんだよー」

「そう。そんなに私と一緒に散策するのが楽しみだったのね」

「何言ってもどうせ聞かないから、そういうことにしておいてやるよ」


「バス降りたところで安曇さんと合流するから逃げちゃだめよ」

「へいへい」

 例のごとく、俺が口を挟む前に、三人で回ることになってしまっていた。

 

   *


「美幸ちゃん可愛いね!」

 合流した安曇の、開口一番の台詞はそれだった。


「ありがとう。安曇さんもよく似合ってて素敵だと思うわ」

「えへへ」

 安曇は橘の評価に対し照れくさそうに笑う。

 それから俺の方に体を向け、

「どう?」

 と尋ねてきた。


「うん。つなぎもファッションとしていけるんだな。知らんかった」

「つなぎじゃないし! サロペットだし!」

「サロンパット? 背中とか腰に貼るやつか?」

「それはサロンパス。じゃなくてサロペット!」

「つなぎとどう違うの? そのソロポットは」

「全然違うし! これはサロペット!」

「ああはいはい。分かったトランペットな。かわいいかわいい」

「まるモンムカつく!」

 安曇はからかうと反応してくれるから可愛いなあ。


「いやほんとに可愛いと思うぞ」

 そう言ったのだが安曇は俺を睨み、むくれた顔をしている。


 そんな俺達のやりとりを見ていた橘が

「ねえ花丸くん。私の服装の悪口も言ってよ」

「お前は何言ってんの?」



「ああなんでスカート禁止なのかなあ」

 と口惜しそうな口調で安曇が言った。

「花丸くんみたいなゲスが欲情してしまうからよ」

「おい」


 

 せっかく長浜に来たのだから、長浜城を見ないでは何も始まらないということで、琵琶湖の湖畔までやってきた。


「見てお城!」

「城だな」

「城ね」


 俺にはいまいち城の違いがわからない。ごてごてしたシャチホコが乗っている名古屋城は判別できるのだが、それ以外の天守閣は全部同じに見えてしまう。

 これは犬山城と何が違うのだろう?


 俺が、首を傾げながら見上げていたら

「ねえ、写真撮ってもらおうよ」

 と安曇が橘に言っている。


「別に構わんが」

 俺はそう言って、安曇からスマホを受け取ろうと手を指し伸ばしたのだが、

「違う違う、誰か他の人に頼んで、三人で撮ってもらうの」

「えぇ……」

「SNSにでも投稿すれば、花丸くんのジゴロぶりが後世に残るわね」

「おい、お前は適当なことを言うな」


 俺と橘がそんな会話をしているうちに、安曇が近くを通りかかった、地元民風の女性に声をかけてしまった。

 女性は安曇のお願いを快諾し、スマホを受け取る。


「お城が入ったほうがいいわよね。もうちょっと寄って」

 女性に言われて、橘と安曇が俺の方に近寄ってきた。近い恥ずかしいい匂い。


 女性は何度かシャッター音を鳴らし、

「はい、よく撮れたと思います。確認してください」


「ありがとうございます! ……はい、バッチリです!」


「高校の遠足?」

「はい、愛知から来ました」

「あらあ、愛知から来たの。わざわざ遠いところから。派手なものはないけど、楽しんでいってくださいね」


 俺たちは立ち去る彼女に再び礼を言った。

「「ありがとうございました」」


「女子だけでも撮るか?」

 そう言って俺は安曇の方に手を出した。


「じゃあお願いしよっかな」

 彼女は俺にスマホを渡し、橘の横に立った。


 ちょうどいいところまで下がり、彼女らを枠に収める。


「はーい、笑って。そうそう、二人とも可愛いよ! はい君変な顔しない。というか睨まない。笑って、……ねえお願い。……笑って。顔怖いよ。笑ってほら。……ごめんなさい」


 ふぇぇぇ、橘さんが怖いよお。


 こんな怖い思いするなら、写真撮るなんて言わなければよかった。


 なんとか撮り終わって、スマホを安曇に返した。


「ありがとう!」

 と礼を言う安曇に対して

「女子高生をパシャパシャ撮影して、どんな気分? 罪悪感は感じなかったの?」

 と言うお嬢さん(十六歳)(橘)。


「人を盗撮犯みたく言うな」

「あら、ニヤニヤしながらレンズを覗いていたように見えたのだけれど」

「んなことあるか」


 そんなとき、パシャリとシャッター音が聞こえた。


 橘がハッとその方を見て

「ちょっと安曇さん。撮るなら先に言ってくれるかしら」

「えー。いいじゃん。写真は一瞬が命だよ」

「肖像権というものを知らないの?」

「じゃあ撮るから並んで」


 安曇がそう言ったら橘がこちらを窺うように見てきた。

 

「なんだよ?」 

「聞こえなかったの? 早くこっちに来なさい。人を待たせるなと教わらなかったの?」

 えぇ、撮るんだ。


「はーい。二人とももっと寄って!」

 安曇がスマホを構えながら言う。

「嫌だわ」

「同感だな」


「もしかして恥ずかしいの?」

 と安曇さんはニヤニヤしながら分かりやすく煽ってきた。

 そんな安い挑発に乗るやつがこの世界の何処に──


「別に恥ずかしくなんてないけれど」

 ──いたわ。

 

 橘は一歩二歩とこちらに詰め寄り、肩をちょこんとぶつけてきた。


「はい、撮るよー」


 二、三度シャッター音がして、安曇はスマホを下ろした。


「……ありがとう。安曇さん。一応お礼だけ」

 すぐに俺から離れた橘が言う。すごく憎々しげに。


「……ありがとな」

 まあ人として逸してはいけない礼というものがあるのだ。


「どういたしまして。よし行こっか!」

 と言って歩き出した彼女を

「待ちなさい。私だけこんな辱めを受けるなんて、ありえないわ。安曇さんもそこのそれと、写真を撮られて恥ずかしい思いをするべきだわ」

「全く君は酷いこと言うな」

 というかやっぱり恥ずかしかったんだね。まるで俺との撮影が罰ゲームのように言うではないか。


 なんか、小学生の頃の運動会で踊るフォークダンスで、女子が俺の横になるたび『うわ。次、花丸かよ。イケメン寄こせよ。てかこっち見んな。きッショ!!!』みたいな目で見てきたの思い出すなあ。

 被害妄想だって? だって教室で言ってたの聞いたんだもん! ヤクシー!


「……撮る?」

 安曇は俺の方をじっと見てきた。橘とは撮ったのに安曇とは撮らないなんてことをするのは、大人気ない。

「そうだな」


 橘は安曇からスマホを受け取り、俺たち二人から少し離れた。


「はい並んで。そうそう。撮るわよ」


 隣の安曇はピースサインを横にして、顔に近づけている。いわゆる横ピースと言うやつだ。

 可愛いけどすごく頭悪そうに見えるよ。


「花丸くん、まるで置物みたいよ。何かしたらどうなの?」


「何かとは?」

「安曇さんみたいにば……可愛いポーズを」

 今馬鹿って言いかけたよねこの子。


 安曇がカメラを見ながら、肘でつついてきた。

「ほら、まるモンも」


 ええ、やるの?


 俺は渋々ピースサインを顔の方まで持ってくる。イェーイ、ピースピース。


「はいチーズ」



どうもどうも作者です。

読んでいただきありがとうございます。

皆さんご存知のように、この作品は不定期更新です。それと一回の文字数が多めです。書けるときにまとめて書いて出しちゃうからですね。

空くときは2週間くらい空いてしまいます。作者が学校のテストで死にそうになってるときですね。すみません……

ですが、これを含めてあと四章分、完結までプロットは書いています。前の作品も四十万字最後まで書ききったので、終わらせることについては、ご安心くださいまし。

今後ともお付き合いください!

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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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