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魔法にかけられて

 バンド会場である第二体育館から、ブラバンを見に行った橘のいる第一体育館へと向かっていたときのことだった。

「おーい!」

 

 誰かが大きな声で叫んでいた。見れば、渡り廊下を歩く俺たちに向かって、坊主頭がグラウンドのダイヤモンドから、両手を振って叫んでいるのだ。その距離、直線にして百メートルほど。


 だが俺は歩みを緩めない。


 ところが

「ねえ、なんか呼んでるよ。まるモンの友達じゃない?」

 と安曇が俺の袖を引っ張ってくる。

「あ? 気のせいだろ。そもそも俺にあんなむさ苦しい友達はいない。というか僕は友達が少ない」

「……でもめっちゃこっち見てるよ」

「気のせいだろ」

 ただの予感でしかなかったが、絶対面倒なことにしかならないと俺は感じていた。


「渡り廊下を歩くそこのアベックよ!! こちらに来たまへ!」

 ……あの野郎。


 俺は文句を言いに行くために、下駄箱へと向かった。


「よく来てくれた!」

 坊主頭がグラウンドまで歩いていった、俺達に向かって言う。


「あんたが呼んだんだろうが」

「ハハハ、少年よ細かいことは気にするな」

 ……いと疎まし。


「我ら野球部は文化祭に乗じてゲームを運営することにした」

 勝手に始まる説明。


「名付けて、スピードボールゲーム」

 雑な名前。


「ルールは簡単、速いボールを投げたやつが勝ち」

 それただのボール投げだろ。


「こんな楽しそうなゲームなのに、今日はまだ客がゼロだ。暇である。そこで暇そうな君達を呼び止めたのだ」

「……安曇帰ろうぜ」

「そだね」

 言って、俺と安曇は来た道を引き返そうとする。


 坊主頭は俺の肩に手をかけて必死に引き留めようとする。

「ちょちょちょちょっと待った! 一回だけ、一回だけでいいから! お願い! 先っちょだけでいいから!」

「おう、てめえぶん殴るぞ」

 

 俺は肩に置かれた手を振り払って、そのまま歩き出した。


「後生だ。僕を一人にしないでくれ! このとおりだ」

 肩越しに振り返ってみると、彼は頭を地面にこすりつけている。


「……ねえまるモン、なんか可哀相だよ」

 安曇は哀れに感じたのか、足を止めてしまっている。

「ったく。しょうがないな」


 俺がそういったら、坊主頭はぱっと顔を挙げて

「さすが俺の見込んだ男だ! では早速このボールをあそこのネットめがけて思いっきり投げてくれ! スピードガンで速度を測定し、速度に応じて景品が出る! 特賞は百キロ超えだ。頑張れ!」

 そう言ってボールを俺に渡してくる。起伏の激しい奴だな。


 ボールを手にした俺は肩を回して、肘を引っ張ったり、腕をクロスさせたりして、軽くストレッチをする。いきなり動くと怪我するってこの前分かったからね! 


 ボールを手になじませるように、軽く真上に放ってみる。


「なにげにまるモンやる気満々じゃん」

「ああ思い出すなあ。こうやってボールを触ってると、一度も踏みもしなかったダイアモンドを試合終了後にトンボがけをした日々が蘇るぜ」

「……」


 尾張近辺のグラウンドで俺がトンボ掛けをしていない球場はないんじゃないかってくらい、トンボ掛けをした。小学校の校庭はもちろん、近所の高校、木曽川のワイルドネイチャーグラウンド、新幹線が見えるどこかの市民球場、県大会で行った名古屋の大高緑地、イチロー杯で開会式を行ったナゴヤドームなどなど。……俺ナゴヤドームのマウンドに立ったことあるんだぜ! 野球に関して唯一人に自慢できることがそれである。ちなみにトンボ掛けの最中だが。……ワハハハ。

 チームメイトは俺は何もしていないと思っているかもしれないが、試合中は結構忙しかった。川に落ちた球をタモで拾ったりしてたからな! 拾いに行くのめんどいから、ファールを打つなと本気で思ってた。……嘘嘘。


 そうそう。小学校六年最後の大会のときも俺はトンボを掛けていた。確か上小田井の球場だったと思う。昔のジャスコが近くにあったはずだ。今は何て言っただろうか。モジャとか、マゾとかそんな感じの名前に代わっていたと思う。改装してから一回だけ行ったが忘れた。

 俺はベンチでスタンバってただけなので、体力あり余ってたから、疲れた選手に代わって、試合に負けて悔し涙をボロボロ流していたチームメイトに代わって、真顔で丹精込めてトンボ掛けをしていた。まるで他人事みたいだが、言い訳をさせてもらうと、六年のとき、一度も試合に出なかった男がチームに一人だけいたのだ。

 俺である。

 

 トンボ掛けをさせたら花丸の右に出るものはいないと、監督たちにはよく褒められたなあ。

 なんならトンボ掛けするために試合会場まで行ってた感すらある。というか試合終わってからが俺の試合だった的な。

 親父とお袋はよく試合を見に来てくれてたなあ。俺はいつもそれをファールグラウンドからじっと見てた。バットボーイするので忙しかったからな!! ……ほんとすんませんでした。毎週おにぎり作ってくれてありがとう。

 でもお袋よ。ばあちゃんに「モックンの野球の写真はないの?」と聞かれて、トンボ掛けしているときの写真見せたのだけはやめてほしかった。ばあちゃんの「あらあ、頑張ってるのね」って色々悟ったふうにコメントした後、何も触れないでそのまま話を変えた優しさときたら……。


 ……ちょっと、このグラウンドにがり足りてないんじゃないの? 涙出てきたよ。絶対、砂のせいだよ。ちゃんと整備しろよ! ……ぐすん。


「まるモン、何泣いてんの?」

「泣いてねーし。これはただの水だし」

 目から出てくるその水をシャツで拭った。


 俺は数年ぶりにダイアモンドに立った。そして叫ぶ。

「野球なんてだいっきらいだー!!!!」

 ワインドアップで振りかぶって、外野投げの汚いフォームで思いっきり腕を振った。それでも数度しか触ったことのない硬球は、不思議なほど手にフィットし、まっすぐに飛んでネットに吸い込まれていった。


「ねえねえ、何キロだった?」

 安曇が、ネット裏でスピードガンを構えていた坊主頭の相棒(坊主頭その二)に尋ねた。


「……キロ」

「なんて?」


「百二十キロ!」

「え? すごくない?」


 まあ、テニスで肩は鍛えていたし、今も筋トレは欠かさずやっているからこんなものだろう。それに、小六の時でも百十キロぐらい投げるピッチャーはごろごろいた。男子高校生がこれくらい投げられても不思議はない。


 肩をぐるぐる回しながら、マウンドから降りた俺は坊主頭(その一)に向かって言う。

「さあ、出すもん出してもらおうか。とりあえず一旦跳んでみろ」

「それカツアゲの台詞じゃないの?」


「テッテレー、特賞はポッキーでーす」

 坊主頭は袋の中からポッキーを取り出した。

「は? ポッキー? やけに煽ってたくせにだいぶしょぼくないですか?」

「なんのなんの。特賞はポッキーそれ自体じゃなくて、それを使ったゲームなのさ」

「ゲームだ?」

「ポッキーを使ったゲームと言ったら、ポッキーゲームに決まっとるやろがないかーい」

「お前おちょくってんのか?」


「マジよマジ。何なら実践して見せよう。俺とそこのお嬢さんとで」

 そう言って、坊主頭はポッキーを口に加えて安曇に近づこうとする。


「あ? てめえ、この女に手出してみろ。ぶっ飛ばすぞ」

 橘が俺を。……俺ぶっ飛ばされちゃうんだ。


「オー、ドントマジになんなよ。アイアム冗談。ジョークネ」

 急に片言になった。というか二重否定。こいつ完全に壊れたな。昔から壊れた機械は叩けば直ると、相場は決まってる。

「……おい誰かバット持ってきてくれ」


「ノンノン! バットは友達、武器じゃない!」

「知ってるぜ。丸いもんをぶっ叩く道具だろ。ちょうど丸いものが今俺の目の前にある。いい音がなりそうだ」

 その軽そうな坊主頭。


「ノー! ミーは友達。ボールじゃない!」

「ねえー、もう行こうよ」

 安曇は退屈してきたようで俺の袖を引っ張って言った。そんな安曇の台詞にも坊主頭は反応し

「オゥ、マドモアゼッル、ユーはカインドね」

 やっぱ一発叩いといほうが良くないか?



   *



「ほらよ。飲み物は前のコーヒー代」

 めんどくさい奴に絡むのもめんどくさかったので、貰うものだけ貰って、さっさと第一体育館へと向かった。目標をオーバー二十したということで、気前よくポッキーを三つくれたのでまあ良しとしよう。そして席に座っていた橘を見つけて、彼女に飲み物と、ポッキーひと箱を渡したのだ。


「あら? とうとう私をモノで釣る作戦に出たのね。でもお菓子ごときじゃ全然だめよ」

 橘は俺の渡したものを見て、座ったままこちらを見上げていった。

「ちげーよ。景品で貰ったからお前に分けてやるだけだ」

「……つまり私とポッキーゲームがしたいということ?」

「なんでそうなるの? というかポッキーゲームそんな流行ってるの?」


 今は演奏の合間だったようだ。ブラスバンド部の面々は楽器の調節をしているらしい。


「そういえば何だが、ブラスバンドと吹奏楽団って同じものなのか?」

 俺は橘に尋ねた。

「厳密には違うみたいね。ブラスというのは真鍮(しんちゅう)のことで金管楽器のことを示しているの。仮に日本語にするなら、金管楽団という感じかしら。対して吹奏楽団は木管楽器も金管楽器も含んでいるわ。でもうちの高校のブラスバンド部は木管楽器もいるみたいね。ほらあそこ」

 そう言って橘は楽団の一角を示した。金ピカに光る大きな縦笛のようなものを持った集団がいる。確かサックスという楽器だったか。発音に気の使う単語のひとつだ。……あれがどうして木管だと? どう見ても金属ではないか。

「木管楽器とは?」

「金管楽器以外のものよ」

「なるほどよく分からん」


「金管楽器は奥に固まってるわね」

 橘が奥といった方には確かに金ピカの楽器を持った人間がたくさんいた。どれもグネグネした同じような形のものばかりで、単体で出されたらすべて響け! ユーフォニアム、と答える自信がある。


 だが俺が一番気になったのは

「あれは木管なのか? 金管なのか?」

 左の一番手前に立つ男子の方を示した。太鼓のようなものやタンバリン、木琴などと一緒にいる。


「あれは打楽器(パーカッション)ね」

「ほえー、……あれは公開処刑というやつでは?」

「そんなわけ無いでしょう。立派な楽器よ」

「あの手のひらサイズのやつが?」

「ええ」

 ……おかわいそうに。どこのクラスの男子か知らんが、女子が九割を占めるうちのブラバンにおいて、彼の担う役割を見たクラスの連中にあだ名をつけられてしまうこと必至だな。……カスタネットくん。絶対女子部員にそんな扱いを受けている。群れた女子ほど容赦ないものはないからな。

 どこか誇らしげな彼のその表情が、逆に痛さを増している。痛い、俺の胸が痛い。……いやもしかしたら彼はフラメンコの達人で、カスタネットのプロなのかもしれない。ふふん。


 だがどこかで侮っていた俺のそんな気持ちも次の曲を聞き終わる頃には、消し飛んでいた。


「やっべ、カスタネットやっべ!! もう神!!!! 神タネット!」

「……まるモン態度変わりすぎでしょ」

  

 その後、昼食をとって、午後は演劇部の発表を見ることからスタートした。


 ある日、魔法の力を授けられた少女が、自分の宝物を見つける旅に出る、というどこかで聞いたような話だった。それでも同じ高校生が時間をかけて準備してきたものはそれなりに見応えがあった。

 演劇の途中の休憩時間で俺の右隣に座っていた橘が


「ねえ花丸君。あなたに魔法をかけてあげましょうか?」

 と劇に出てきたセリフを俺に言う。


「ほほう。どんな魔法をかけてくれるんだ?」

 暇だったので俺は相手してやることにした。

「ここにエーテルを一瓶用意します」

 ん? いきなり魔法とは程遠い、化学薬品の名前が出てきたんですけど。


「……それで?」

「布にエーテルをしみこませて花丸君の口元に持っていきます」

「……うん」

「あなたは魔法にかけられていい夢が見られるわ」


「それ魔法にかけられてじゃなくて、麻酔にかけられてだろ。麻酔って量を間違えたら死ぬんじゃなかったっけ? 俺を殺す気なの?」

「そんな間抜けな事はしないわよ。……ところでナノグラムって、ミリグラムの千倍でよかったかしら?」

「よく分かった。俺を殺す気だな」

 医療過誤、ダメゼッタイ。


「魔法を解くためにあなたはきっと私にキスして欲しいと願うんだわ……気持ち悪い」

「俺の話を聞け」


「ねえ始まるよ」

「あぁん」

 俺の左に座っている安曇が指で俺の脇腹を(つつ)いてきた。


「変な声出さないでよ! 恥ずかしい」

 安曇は顔を赤くして身を縮こまらせた。

「お前が俺の弱いところを攻めてくるから」


 何を思ったのか今度は橘が俺の右の脇腹を(つつ)いてくる。

「おぁふ。だからお前も要らんことをすなっ!」

「ごめんなさい。つい」


 それから彼女たちは俺を挟んで顔を見合わせた。


「……えいっ」

 左から安曇が(つつ)き。

「……」

 右から橘が無言で(つつ)く。


「お前らやめれ!」


 そんなとき

「はい君たちイチャつかない」

 後ろから肩をたたかれた。

 

 振り返ってみれば、腕に「執行部」と書かれた腕章を付けた萌菜先輩が立っていた。


「「「……すみません」」」


 とまあ初日はそんな感じで終わった。二日目も似たような感じで橘と安曇と三人で展示を見て回り、三日目の午後には、学校全体で鑑賞する、文化講演会を見るため、市民会館へと移動した。

 呼ばれたのは、テレビでもよく見る落語家だった。大喜利でよく梨汁を飛ばしているオレンジの人だ。

 落語かよ、と少なくない生徒が思っていたかもしれないが、さすがにプロの噺家だけあって、高校生の俺たちでも退屈しないような内容の講演を見せてくれた。


 なにげに俺、学校祭楽しんでる?


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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
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― 新着の感想 ―
[一言] 出てくるキャラが秀逸です。 野球部君また出てね。
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