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学校祭開催

 妙な夢を見た。夢というか過去の記憶というか。


 保育園児の頃、俺は将来の自分に向けて手紙を書いていた。保育園の行事でタイムカプセルに入れた「優良企業のサラリーマン云々」というやつだ。

 それはそれとして、顔も名前も思い出せない、ある園児に俺は尋ねていた。手紙に何と書いたのか、と。

 その園児、その幼い少女はイーっという顔をして

「花丸君には教えてあげないっ!」

 と言った。

 ヒントをくれと彼女に言うと、

「今一番ほしいものっ!」

 と言う。


 それが何か尋ねてみれば

「『は』で始まって『き』で終わるやつよ」

 とだけ答えた。

 は……き。

 腹巻き? 妙な願いを手紙に書くものだと、俺は思った。

 

 これが現実に起こったことなのか、単なる夢なのか判然としなかった。

 俺は夢に意味を求めるような人間ではないが、本当にこのタイミングで訳の分からない夢を見たものだ。

 

 俺は今日という特別な……多くの神宮高生(全員ではない。ここ重要、テストに出るよ)にとって特別な日を送るためにベッドから起き出して、学校に行く支度を始めた。カッターシャツに腕を通し、スラックスを履いて階下へと降りていく。



 手垢にまみれた表現なので、あまり好きではないし、その上俺自身がそこまでそう思っていないので、こう言うのに強く違和感を感じざるを得ないのだが、他に言いようがないので諦めて言い古された表現に頼ろう。


 今日は待ちに待った学校祭である。これから五日間、勉強のことは忘れて学校祭一色になる。

 先に文化祭が開かれ、五日目に体育祭が開かれる予定だ。


 モサモサとトーストを口に入れ、冷製スープで流し込んで、アイスコーヒを飲み干す。

 それから身なりを整えて家を出る。


 遠くに見える入道雲が太陽の光を浴びて、白く輝いていた。とりあえず初日はよく晴れてくれたようだ。……まあ体育祭が開かれる五日目に雨が降らなければ、全体の進行上に問題はないのだが。台風も来ていないし、週間予報では今週ずっと晴れマークだったから多分大丈夫だろう。

 最近流行りのゲリラ豪雨は起こるかもしれないが、にわか雨ぐらいでは、整備に潤沢な金を使っている神宮高校のグラウンドを、使用不可能にすることは出来ないだろう。

 にがり撒きはもちろん、定期的に土入れもしているのだ。そのかいあって、午前中ずっと雨だったのに、昼休み時間中にグラウンドが乾いて、午後の体育が行われたということが度々あった。


 もっと金があるなら、俺としてはボロボロのトイレを直してほしいが、閣僚に我が校の出身者はいない上、うちの校長はやたら土壌を掘りたがる、森の友達でもないので、どうにもならない。……そうか俺が入閣すればいいんだな。


 前前前世に、地下世界(アガルタ)で覇王を目指していた気がする俺にかかれば、何ら難しいことはない。

 

 この国では、ぶっちゃけドジョウを釣るのと、道路を作るのが上手ければ総理大臣になれる。あとは周りの奴らが忖度してうまく立ち回ってくれるし、やることと言えば桜を見る会を開くことぐらいだろう。立ち上がれ有権者。立ち上がれ長門(ながと)の民よ! 新宿御苑へゴー!

 貴人の、言の葉のひらひら舞う庭に行ける機会など滅多にない。それを餌に地元の有権者をおびき出せば、与党が散る速度も秒速5センチメートルぐらいに落ち着くだろう。……日本の闇が、今から晴れるよ?


 ……長門(ながと)か。ああ、だから、選挙カーという名の駿城(はやしろ)に乗った、首相のオモネリ達は、衆院選のことを長門決戦と呼んでいるのか(呼んでいない)。


 話は変わるが、古来より山口は西の(みやこ)と呼ばれ、山口東京理科大学もある。つまるところ山口は東京である。

 首相のお友達の、某石炭王族の副大臣の地元とを結ぶ、橋もできることだし、今、山口が熱い。住みたい都市ナンバーワンになる日もそう遠くないだろう。

 ちなみに麻生帝国が飯塚市にあることと、上級国民の件は何ら関係がない……と思う。東大を出て霞ヶ関に行けば殿上人、つまり現人神(あらひとがみ)と同じ場所に立つ人間になるので、庶民を裁く法では、裁けないのだ。

 ……。


 さすが俺たちが選んだ国民の代表だぜ! 俺たちにできないことを平気でやってのける!! そこに……ケホケホ。

 これ以上何か言うと、この国民総監視社会においては危険だな。脳内ボイスを覗く技術が実用化されたら、俺は多分社会から抹消される。だから、このお話はフィクションです、と最後に締めくくる癖を今からつけておこう。

 このお話はフィクションです。


「……さて、行くか」

 俺はペダルを踏む足に力を込めて走り出した。……まったく、俺は何を浮かれているんだか。


 祭りというだけあって教師陣も今日は何だか浮かれているように見えた。うちの担任の井口先生なんか、「いない奴手あげろ。よし全員いるな」で朝のホームルームを終えてしまった。教室がごちゃごちゃしていて、生徒達の顔が見えなかったせいというのもあるだろうが。

 ビデオを流すだけと聞いていたのだが、教室の中はカーテンで仕切られたり、よくわからないお手製のゲームが置かれていたりして、まさにカオスだった。実際俺も橘がどこにいるのかわからないくらいだ。

 

 昨日、安曇から放送室に集まるよう連絡をされていたので、そちらに向かう。橘ともそこで合流できるだろう。


 本館の校舎に行くため渡り廊下を歩いていたところで

「ちょっと、一人で先に行かないでよ」

 と橘に後ろから声をかけられた。


「いや、探すのめんどかったし」

「鼻を使え鼻を」

「無茶言うなや」


 とそんなやり取りをしながら、放送室についた。


 安曇と合流してからは、丁度祭り開始の時刻になったので、早速展示を見て回ることにした。


「どこ行く?」

「……物理化学部とか?」

「えーちょーつまんなそー」

「おいおい、人類の叡智を超つまんないの一言で片付けてやるなよ」

「私そういうのは、頭のいい人に任せることにしてるから」

「……お前、この高校に何しに来たの?」

「酷っ! いいもん。私、文系行くし」


 ふてくされた安曇に橘が声をかける。

「でも、文化祭なのだから、一般の人が退屈しないように、工夫はしてあると思うけれど。どうやらクイズの景品を用意しているみたいだし」

「んー、じゃあ分かったよ。まずそこね」


 というわけで俺たちは化学実験室へと向かった。


 物理化学部こと物化部が用意していたクイズは、簡単な科学知識を問うものだった。

 ロザリンドフランクリンの性別は? とか。

 アインシュタインはどこの国からアメリカに亡命したのか? とか。

 ストックホルムはどこの首都か?とか。科学関係ない。


 何個目かの問題のところには、鉱物が置いてあった。その物質の名前を答えさせるものだ。


 安曇がその標本箱の中に展示されていた、無色透明の石に気づいて、

「えー!! すっごーい! きれー!!」

 安曇さん語彙力低下しすぎでしょ。何ちほーのフレンズですか?


「ねえねえ、これ何? これ何?」

 と目を輝かせて俺に尋ねてくる。先程の超つまんない発言はどこに行ったのやら。


「……炭素の共有結合体。端的に言うとダイアモンドだな」

「ダイアモンド!!」


 そう言って安曇はダイアモンドをうっとりと眺めている。横を見れば橘も物欲しそうにじっと眺めていた。

 女子という生き物はどうしてこうもキラキラするものが好きなのか。キラキラする石が好きとかボーちゃんと一緒である。つまりボーちゃんを理解できれば、女子を理解したことになる。どちらにせよ無理だ。

 キラキラするもの……宝石、砂浜、南の島の海、イケメン、イケメンと見た星空、イケメンと見たゲレンデ。……イケメン滅んだら、この世に存在するキラキラが半分くらいに減る気がするな。

 

 まあ惹かれる気持ちもわからなくはない。このサイズだと、……大型バイクぐらい買えそうだな。セコムしてますか?


「私ベタだけど、婚約指輪はダイアモンドがいいかなあ。美幸ちゃんは?」

「……私は何でも構わないわ。私の選ぶ人は、石の種類よりも、貴重さよりも、大きさよりも、それで単に表すことのできない思いの深さと大きさを、私にくれるはずだから」

 そこで一旦橘は息をつき俺の方をチラ見した。顔が赤い。そんな話、男がいるようなところでするものでもないからな。


「その人さえいれば私は何も要らない」

「……もう美幸ちゃん好きっ!! 結婚しよ!」

 そう言って、安曇は橘に抱きついた。「あまりくっつかないでくれるかしら?」と口では言っているが、デレばなさんはやぶさかではないようだ。

 百合フィールド、展開! みたいな感じの雰囲気に、俺は中てられて、しきりにニヤニヤしながらそちらを見ていた。俺キモイな。


 物化部を後にして美術部の絵を見に行こうということになり、俺達は歩いていたのだが

「ねえ見てあの人」

 と安曇がヒソヒソ声で話しかけてくる。

「スカート超短い」

 

 見ると、いかにもなギャルがどこぞの高校の制服を着て、歩いていた。おかしいな今日平日ぞ? ああそうか。噂に聞く創立記念日というやつだな。初めて見た。


「……多分名古屋の高校だろ。名古屋の高校生はやたらスカート短く履くからな。名駅行ったとき、エスカレーターで迂闊に顔を上げると、前科がついちまう」


「え〜、やっぱ男子ってそういうとこばっか見てるんだ」

 と安曇が非難がましく見てくる。


「そんなことはない。ただスカート丈が長いと足が短く太く見える。だからファッショナボゥな都会のJKがミニスカを履くというのは、分からないでもない」

「あなた本当最低ね」

「おいおい、俺は女子が可愛くあるための真理を述べたのであって、別に俺の欲から述べたことではないぞ」

 反論するが、俺の言うことなぞ信じちゃもらえない。

「一度閻魔様に会って煩悩を剥ぎ取ってきてもらったらどうなの?」

「ハハハ馬鹿め。俺は何もかも弱いが煩悩だけは強いのだ。一度に一個しか消せないから煩悩をすべて消すためには一〇八回死ぬ必要がある」

 ……。

 おい置いてくなよ。


 絵を見終わってからは、

「ねえ美幸ちゃん。私バンド見に行こうと思うんだけど」

「……私、あまり騒がしいのは好きでないのよね」


「そっかぁ」


「花丸くん、あなた行ってあげなさいよ」

「え! いいよそんな。悪いし」

「花丸くんはそんなこと気にしないわ」

 何俺の気持ち勝手に代弁してんの?

「……そうじゃなくて」安曇は何か言いたげに、俺と橘を交互にチラチラ見てきたが、最終的には「……ほんとにいいの?」と聞いた。

「ええ。私はブラスバンドを聞きに行くから、後で合流しましょう」


「ごめんね」

「いいのよ」


「……じゃ行こっか」

 安曇が俺の方を見て言う。今のやり取り、全くと言っていいほど俺の希望が尋ねられなかったが、ここで嫌だというほど、俺も鬼ではない。

「……わかったよ」

 

 安曇と二人でバンド演奏がされている体育館へと向かった。


 会場はすでに盛り上がっていた。観客たちは狂ったように踊り、奇声を上げている。さながら東山動物園のホエザル。

 ホウホウアァ────────。


 俺は飛んだり跳ねたりしている連中の中に入っていこうとは思わなかったので、体育館の壁に背中をつけて、ボッーと酔狂な連中を眺めていた。……ステージ上で激しく身を揺らしながらギターを弾いている、女子生徒のスカートの中が見えそうで、見えなくてハラハラする。なるほどこれがロックンロールか。違う。そもロックじゃない。

 どうせ黒パンでも履いているだろうし。というか別に見たくない。

 


「ねえ、まるモンもこっち来て踊ろうよ」

 曲の合間に安曇が俺の方に来て声をかけてきた。

「俺はじっとしてるのが好きなんだ」

「……そんなんだから美幸ちゃんに豚とか言われるんだよ」

「おいおい。いくらなんでも酷いじゃないか。豚の体脂肪率は十五パーだぞ。つまり安曇よりスリムなんだ。豚に謝れ!!」

「わ、私そんなに高くな!……こともないけど……」

 俺がじっと見たら、言いかけた愚かな嘘を訂正した。

 ウンウン。女の子が体脂肪率十五パーだと逆に痩せ過ぎで心配になる。


「まあ俺は十パー切ってるけどな!」

「まるモン男の子だもん」 

「そうだな。女子はそれがあるからしょうがないよな。あまり跳ねると、揺れるから気をつけろよ。実際揺れてたし」

 安曇はカーっと顔を赤くして

「馬鹿! 変態!」

 と叫んでペシリと俺を叩いてきた。


 彼女は顔をそむけながら

「ていうかまるモン、美幸ちゃんに豚って言われたときは嬉しそうに気持ち悪く笑ってるのに、私が言ったら言い返してくるんだね」

「気持ち悪く笑ってないし、嬉しそうにもしてない。……俺はもうあいつのことは諦めてんだよ」

 もう出会ってから五ヶ月以上経った。それで直らないのだから多分一生直らない。


「ん!」

 彼女は手を出してくる。お手をしろとでも?


「……俺は豚でなければもちろん犬でもないんだが」


「違う。一緒に踊るの」

「だから俺は……」


「じゃなきゃまるモンにセクハラされたって美幸ちゃんに泣きつく」

 それは本気で洒落にならない。


「……わかったよ」


 いやいやだったが俺は彼女に引っ張られ、ステージの前までやってきて、周りの連中に合わせて飛んだりはねたり回ったりしていた。


 安曇はさきほど俺に言われたことを気にしてか、あまり激しく身を動かしてはいなかったが、それでも楽しそうだった。


 全く、何が楽しいん──


「みんな、盛り上がってるかー!?」

「「イェ────!!!!」」


「祭りはまだまだこれからだぜ!!」

「「フォ────!!!!!!」」

 やっべ、超楽しい。


  *


 周りに合わせてしまうのは日本人の悪い癖だ。柄にもなくテンションアゲアゲになった俺は、火照った体を潤すために自販機で飲み物を買っていた。

 余分に二本買って、安曇を待たせていたベンチのところに戻る。

 

 顔をほんのりピンク色に染めた安曇は、袖をまくり上げ胸元をバタバタさせていた。


「これやるよ」

 ペットボトルの一本を彼女に差し出した。

「え? いいの?」

「橘に買ってくから、ついでにな」


 安曇はキョトンと首を傾げる。

「美幸ちゃんに頼まれてた?」

「いや、そういうわけじゃないんだが、この前あいつ、コーヒー代余分に出してたからその分返さなくちゃ気持ち悪くてな」


「……二人でどっか行ったの?」

「ちょっと名古屋にな」


「へえー、まるモンもやるじゃん」

 そう言ってニヤニヤ笑っている。

「そういうんじゃねえよ」

 ほんとに。



この物語はフィクションです。

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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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― 新着の感想 ―
[一言] そろそろ、謎解きの時間ですかね。(笑) しかし、けつかっちんって。
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