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それが私の流儀

「花丸くん、今日も行くのかしら?」

 午前の補習を終え、昼食後の放送室にて。

 橘が俺に各務原とのテニスの練習のことについて尋ねてきた。

 

「ああ」

「足は治ったの?」

「攣っただけだから」

「昨日みたいに無理したら駄目よ」

「わかってるって。それに昨日は久々にやって筋がびっくりしただけだから。今日は余裕」

「どうかしらね」


「でもまるモンって運動神経いいんだね。意外だった」

「花丸くん、体力テストAだものね」

「えっ! そうなの?」

 橘の発言に対し安曇は驚いた表情を見せた。


「別に普通だろ。あれって絶対評価だし。体力つけるのに才能は要らないからな。俺って健康志向だから、家帰ったあと走ったりしてるぜ。一人で」

「だから最近不審者情報が多いのね」

「おい」


「でも野球は上手くなかったって言ってたのに」

 安曇は不思議そうな顔をする。

「試合に出られなかったのは、チームの選手層が厚かったからだよ。何回か全国大会出てるようなクラブだったからな。それに俺あんま野球好きじゃなかったし」

「え? じゃあなんでやってたの?」

「よく覚えてないんだが、親父が野球好きで小学校入ったらいつの間にか野球やってたな。今思えばそれのおかげで多少は体も動かせるようになったんだと思うが」

「へえー、じゃあテニスは好きだったの?」


「自分で選んだからな。上手く打てればそれなりに楽しく思えた。野球のおかげで他の奴より体力はあったし。それに俺の練習相手は超優秀だったからな。俺がどんなに強い球を、どこに打っても確実に返してきた」


「……花丸くん。気づいていないのかもしれないけれど、壁はお友達になってくれないのよ」

 なんでだろう。橘が優しい顔をする時、大抵すごく悲しい気分になるんだけど。


「……いいことを教えておいてやろう。勘の良い奴はあまり好かれないんだぜ」

「そう。逆に言うけど、鈍い男も嫌われるわよ。時々、あなたのこと刺したくなる」

「あら、そんなことしてもなんの解決にもならないわよ、橘さん。私を刺したりなんかしたら、あなた捕まるわよ」

 橘は眉を釣り上げたがそのまま話を続けた。

「大丈夫よ。あなたが死んだあと私も後を追うつもりだから。……六、七十年はタイムラグが生じるかもしれないけれど」

 それは確実に天寿を全うしてますね。


「それ普通に長生きじゃん」 

「星にとって人の一生なんて一瞬だわ。誤差の範囲よ」

「嫌だわ橘さん。冗談がきついんだから」

「……そろそろ怒るわよ」

 そういうやつは大抵既に怒っている。お仕置きされそうだと思ったのでそのへんでやめておいた。

 

 時間を見るといい頃合いだ。

「……じゃあそろそろ行ってくるわ。お前らは適当に時間つぶしとけ」

「どうしてあなたにやることを決められないといけないのかしら?」

「……俺は何をしろとも言ってないんだが」

「私をいいようにできるなんて思わないで頂戴」

 ……めんどくせえ。




 約束したように、各務原の練習相手をするためテニスコートに向かう。今日は昨日の反省を踏まえてちゃんと運動着を持参した。

 各務原の相談は他の部員がまじめに練習しないことについてだった。対症療法的に俺と練習することになったが、それでは本当の意味で問題を解決はできない。さてどうしたものかね。少なくとも各務原のほかにもう一人、真面目に練習に取り組むやつがいればいいんだが。……出来れば部の中で力を持ってる奴。……顧問のやる気を起こさせるのはなかなか難しいだろうな。我が校のモットーは文武両道ではあるが、運動部系の実績で目立つ者は今年はサッカー部のインターハイ出場があったが、数年タームで見れば運動に力を入れている学校ではないことは確かだ。


 んー、おいおい考えるとしよう。


 それはそれとして……。コートの脇には何故か応援団(疑)がいた。

 来なくていいと言ったのに、橘と安曇がコート横で練習風景を観察しているのだ。運動着まで着ていて、もしかして彼女らもテニスをしたいのかと思って声をかけたのだが、そういうわけではないらしい。暑いのに物好きなものだ。


 やることは昨日とほとんど同じだ。俺が球出しをして、各務原がそれを打ち返す。

 弓なりのロブショット、低く速いシュート。高さ速さ打つ場所を様々に変えながら、ひたすら反復練習をする。


 多くの生徒が学校祭の準備に取り組む午後の神宮高校に、ソフトテニスのボールを打つ音が響いていた。



 ちょうど体が温まってきた頃合いかと言う時のことだった。


 がやがやと複数人が話しながらテニスコートにやってきた。


「誰だ?」

 俺はコートの反対側で汗を流していた各務原に来訪者の正体を尋ねた。六人ばかりがラケットを持って入り口付近に立っている。


「うちの先輩だな」


 なるほど。さすがに何日もボールを触らないでいるのはまずいと思ったのか知らないが、誰かがボールを触っている様子を見つけて、コートを覗きに来たらしいな。


「誰がやってんのかと思ったら、各務原じゃないか」

 そのうちの一人が声をかけてきた。


「ちわっす」

 各務原は上級生たちに対し挨拶をして、軽く頭を下げた。


 そしたらその上級生は今度は俺の方を見てから、

「そいつクラスのやつか?」

 と尋ねてくる。


「クラスは違いますが、練習に付き合ってもらってます」

「へえ。……どっちにせよ部外者をコートに入れるのはルール違反だろ」

「え、でも先生は別に自主練するのはいいって」

「それは部員の話だろ。部外者入れていいなんて先生も俺も言ってないぜ」

 なんかめんどくさい事態になったな。話している感じから、この上級生がキャプテンらしい。


「妙なこと言うわね」

 俺がどうやって場を丸く収めようかと考えていたら、橘がいつの間にかこちらに来ていて、口をはさんできた。そして言うには

「ここは学校の所有物であって別にテニス部だけのものではないでしょう。現に体育とかでも使用しているじゃないですか」

 やばい。火に油を注ぐことには定評のある橘さんが、さっそく火種にガソリンを撒き始めたぞ。


「……君は何となく知ってるぞ。確か放送部の」

「あら先輩、私の事知っていてくださったのですね。私はあなたのこと知りませんけど」

 お願いやめて。


 キャプテンは若干顔をひきつらせたが、苦笑いしながら俺の方を向き直って

「じゃあ、君は花丸君か」

「はいそうです」


 キャプテンはそれなりに人格者であるらしく、橘の言動を受け流すだけの度量があったようだ。

 彼は少し考えこんでから何か思いついたようで、

「じゃあこうしよう。俺たちと各務原・花丸ペアで試合をして、君らが勝ったら今後もここで練習していいよ。もちろん自主練の時だけだけど」


「じゃあ先輩が勝ったら俺はここに立ち入れなくなるってことですか?」

「そう。……それと俺たちが勝ったら君のとこの女子、どっちか一人くれよ」


 何という条件を出してきたのだこの男は。そんなものは俺の判断で決められるようなものじゃない。


「いやあ、さすがにそれは」

「じゃあやめるか?」


「いくらなんでも酷すぎますよ」

 部外者相手にするような要求ではない。大げさに言ってしまえば、人身売買をするようなものではないか。


「もちろん放送部の仕事があるならそっちを優先してくれて構わない。でもずっと放送してるってわけでもないんだろ。うち今マネージャーがけがしちゃって部活出来ないんだよ。彼女が戻ってくるまででいいから、ちょっと手伝ってほしいんだ」

 あ、くれってそういうことか。てっきり自分のものにする気かと……。


「どっちかって、どっちですか?」

 安曇はいい子だし、俺がお願いしたらやってくれるかもしれない。だが橘は俺の言うことなんて素直に聞きやしないだろう。それにこいつを他所にやること自体不安でしかない。絶対もめ事を起こすに違いない。……少しの間、放送部に平穏が訪れるという点では、橘をテニス部に派遣することは俺にとっても魅力的な提案になるが。……わざと負けたろかな。そんでごり押しでテニス部に行かせて……。殴られるな。うん。


「じゃあ、可愛い方」

 下品なことを言う。こういう人間が将来、中間管理職に就いて部下の女子社員にセクハラをするんだろうな。あーやだやだ、と思いながらも

「……可愛い方とは?」

 と確認をとった。


「それは主観で決まるんだから、君がそう思う方を寄こしてくれればいい」

 それ、俺がどっち選んで差し上げても、放送部が血の海になるじゃないですか。


 橘に()たれるのは嫌なので、ここは退くべきでは、と考えていたら

「いいわよ。受けて立つわ」 

「ねえ橘さん。試合するの君じゃないでしょ」

 然も自信ありげに引き受けていますが。


 橘はにんまりと笑みを浮かべて俺を見て

「もし負けてもそれを理由に花丸くんを(なじ)れるでしょう。花丸くんを詰るチャンスがあるなら、それを捨てないのが私の流儀よ」

「そんな流儀捨てちまえ」


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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
花丸くんたちが3年生になったときにおきたお話☟
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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
本作から十年後の神宮高校を舞台にした話

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