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蓼食う虫も好き好きとはいうが、蓼の味を知らない人々

相談内容:「後夜祭のボンファイアのとき、隣にいる人と結ばれるという話を聞きました。やっぱり噂は噂。嘘ですよね」

 うちの学校祭の最終日には、グラウンドで焚き火がされる。それを洒落込んでボンファイアと呼んでいるのだ。周辺の家に配慮し、昔に比べかなり小さな規模でやっているらしいが。

 その焚き火に関して、俺も耳にしたことがあるが、相談内容のようなくだらない伝説があるのだ。

「ただの噂だと言いたいところだが、あながち間違いでもないんだな。そういう噂が流れているのを分かっていて、一緒にいるのを拒まないような関係性なら、もともと出来上がっているんだよ」

「それは言えてるかも……。でも逆恨みでボンファイアの点火を邪魔しちゃ駄目だよ。まるモンやりそう」

「そんなことはしない。炎は燃え上がってすぐ消える。残るのは白い灰だけ。いかにも瞬目のうちに別れる高校生カップルを象徴しているのが大変に良い」

「独り身だと花丸くんみたいに捻くれるから、健全な恋をすることをおすすめします」



相談内容:「学校祭の準備が本格化してからいちゃつき始めた男女が憎い」

「冬が来る前に、シベリア並みに冷え込むであろうそいつらの関係性を思うと、俺の心はトロピカル」

「私にも見えるわ。誰もいない南の島でひとりぼっちの花丸くんの姿が」

「なんで漂流してんの?」

「現代社会という大海の中で寄る辺のないあなたには、ピッタリのイメージだと思うけれど」

「ていうか、無人島でぼっちな俺が見えるということは、お前も一緒に漂流していることになるぞ」

「いいえ。私はヨットの上から双眼鏡で花丸くんを見ているだけよ」

「見てないで助けろよ!」


相談内容:「親友の好きな人を好きになってしまったらどうすればいいですか?」

 うわ、稀に見る重たいやつ。

「うん、……関係性によるかな。親友って言ったら唯一無二の存在だろ。男と女なんて所詮本能が引き寄せる俗っぽい関係だから、同性の精神的に高次な愛のほうが大事だな」

「そんなことないよ。まるモン僻んでるからそんなこと言うんでしょ」


「俺の家なんか、親父とおふくろしょっちゅう喧嘩して、泣いたおふくろに親父がオロオロして、機嫌取るために高いケーキ買ったり、遊びに連れてったりしてる。長年連れ添う夫婦でさえそうなんだから、未熟な高校生ならなおさらだろ。若いときの一過性な恋のために、二度と現れないかもしれない親友を失うのは馬鹿だぜ。男と女は結局わかりあえない。あんたのことを本当にわかってくれる友達を大事にしたらどうだ?」


「でもそれで壊れるくらいの関係ならそれまでなんじゃないかしら?」

「それは状況によるな。既に付き合っているものに横入りするのは泥棒。人のもんを取っちゃいかんだろ。それは怒って当然」


 そう言ったら、安曇が

「なら付き合ってないなら?」

「……男だったら

『俺花子のこと好きだぜ』

『マジ? 俺も俺も』

『だよな! 花子まじいいよな!』

『心の友よ!』

 みたいな感じになるな」

 取り敢えず修学旅行の夜は大体そんな感じだった。もちろん俺は蚊帳(かや)の外定期。


「男子って馬鹿なのかしら?」

「……でも羨ましいかも」

「女子ってその点どうなんだ?」

「女子は『私、太郎くんが好き』は意訳で『太郎に手出したら承知しないから』という宣戦布告になるわね」

「分かる」

「じゃあ黙っておくのが吉か?」

「あなたの言うようにその人を本当に一生の親友だと思うのなら」

「ということらしいんでお友達を大切にしましょう。今日の相談室はここまでです。それではまた!」


 放送が終了してから、

「高校生って恋愛のことしか考えてないのか? 今日の相談全部それだった」

 と言った。

 安曇は曖昧な笑みを浮かべて、首を傾げた。橘はというと何かを考え込んでいるようで、俺の言葉が耳に入ってないらしい。


「おい、聞いてるか?」

 それを聞き、ハッとしたようにこちらを見た。それからしばらく間をおいて

「前からそうだったじゃない」

 と答えた。どうやら一応聞いていたようではある。

「……そういえばそうだったな」

 過去の相談を振り返ってみれば過半数が色恋沙汰だった気がする。


 ふと橘を見るとまたボンヤリしている。心ここにあらずといった感じだ。何か心配事でもあるのだろうか?



「ねえ安曇さん」

 そんな橘が安曇に話しかけ、安曇がそれに反応する。

「どうしたの美幸ちゃん?」


「どうしてはじめに混ぜておかなかったのかしら?」

「……どういうこと?」

「……やっぱりなんでもないわ」

 二人の会話はまるで意味が分からなかった。今日の橘はどこかおかしいようだ。……俺に対する接し方はいつもネジがぶっ飛んでいるが。


 ねえねえと安曇が俺に話しかけてきて

「まるモンさあ、恋とかそういうこと毛嫌いしてるけど、誰か好きになったことはないの?」

 と尋ねる。


「別に恋そのものを否定するわけではない。人間性が腐ってるやつ同士が乳繰り合ってるのが目に障るだけだ」

「そういうこと言うまるモンもどうかと思うけど」

「妬んでいるだけだわ」


「なんの、俺だって昔はモテたんだぜ」

「またまたあ」

「ほんとほんと。今思うに、俺のモテ期は小五の頃に終わってたんだよな」


「確かめられないのをいいことに、嘘をつくの良くないわ」

「これはマジの話だから」

「花丸くんにモテ期って、猫に小判の同義語だったかしら?」

「……慣用句になるほど俺ってばグローバルな存在だったっけ?」


「ええ。テレビで花丸元気の半生に全米が失笑したって言ってたわ」

「すぐにばれる嘘を平気でつくな」


「本当よ。ビデオカメラのマイクテストで撮った映像をテレビで流したの」

「あのな」

 何、上手いこと言ってやったわ、みたいな顔してるんだよ。むかつく。


「文句があるなら話してご覧なさいよ。その妄想を」

「だから妄想じゃないって」

「それは聞いてから私が判断するわ」

「お前が是と言ったら是になるとかそういう話じゃないだろ」

「ここでは私が()()()よ」

「……それ言いたかっただけだろ」


   ✽

 

 これは俺が小五の頃の話だから、もう四年も前の話だな。


 うちの学校はクラスの中で四、五人のグループを作って掃除当番をやっていたんだが、俺は男女ニ、ニのグループになって、毎日一緒に掃除するうちにグループのやつとそれなりに仲良くなったんだよ。


 俺の人見知りはその頃には既に始まっていて、特に用でもない限り黙ったまんまだったが、今そうであるようにそれなりに仲のいいやつとは結構話した。

 ……そんで、お前らも知っていると思うが、割と物知りな方の俺は、小学生女子が喜ぶような話もできたわけだな。


 あ? なんだ橘? 


『あなたのロリコン趣味はその頃から始まっていたのね』


 ……俺は別にロリコンじゃねえよ。というか俺の回想にいちいち割り込んでくるな。

 

 えっと、どこまで話したっけ?

『小学生の女子が喜ぶような話ってとこまでだよ』


 ああそうか。

 ……別に俺としてはそいつらを笑かしてやろうとかそんなことは全く考えてなかった。ただ沈黙に耐えきれなくて、俺の知っている知識を総動員して、女子でも聞けそうな話をべらべらと話していただけなんだよ。

 最初は女子たちも笑っていただけだった。それが段々好意に変わってったみたいでな。


 確か五月だったと思うが、春の遠足に行ってな、そこで片方の女子が俺と二人きりになった時に、向こうから話しかけてきて、俺が好きだとのたまったのだ。俺は誰かに好意を向けられるなんてことにもちろん慣れていなかったから、返答に窮した。俺は別にそいつを好きで話していたわけじゃなくて、場を繋ごうと思って会話していただけだから、そんな風に思われているなんて考えもしなかったんだ。

 俺が何も言えないでいるうちに、顔を真っ赤にしてどっかに行っちまったな。それきりそのことが話題に上ることはなかった。


 何もなかったから、そいつの気持ちも冷めたんだろうと思っていたんだが、その遠足から二、三週間経つ頃に、俺に告白してきた方じゃない女子が、放課後の教室で俺を壁に押さえつけてきた。あれは恐怖体験以外の何物でもなかったね。

 何されるんだろうと内心びくびくしていた俺だったが、そいつが言うには、

「私の好きな人だれか分かる?」

 と。ここまでされたらさすがの俺でもその女子が次に何を言おうとしているか想像できたが、そこで「俺だろ」と言えるほど、俺は肝が据わってなかった。だから「わかんない」って言ったんだ。

 そいつは案の定

「君だよ」

 って言ってきた。今度ばかりはさすがに何か言わないとと思ったんだが、俺が何か言う前にそいつは走ってどっか行っちまったな。


『なんていうつもりだったの?』

 

 ……俺は別に好意の無い相手に告られたところで、何かしようとは思わないので、はっきりと相手に気がないことを言うつもりだったさ。


 でもなんだかめんどくさくなって、けっきょっくそいつの事もそれきりになったな。それからは特に何の進展もなく夏休みを迎えて、掃除のグループも入れ替えになったから、めっきりその女子たちと話すことはなくなったな。


 で、話の骨子はここからなんだな。今までのは序章にすぎん。俺という人間が悲劇の神様に好かれているのがよくわかるエピソードがこの後に起こる。


 二学期になって、運動会の練習が始まったころだったと思うが、俺はある異変に気が付いた。何がおかしいかって、例の女子二人の関係が傍から見ても悪化していたんだよ。そいつらは俺と同じクラスになる前から一緒のクラスにいて、いわゆる仲良しコンビだった。どこに行くのにも一緒で、休日もよく一緒に遊んでいたらしい。


 そんな仲良しコンビが、教室で全く話さなくなっていた。廊下ですれ違っても目すら合わせないんだぜ。さすがの俺も心配になって聞いたんだよ、

「なんで喧嘩しているのか」って。そしたら片方の女子は、

「別に喧嘩じゃないよ。モトキ君は良く分かってないな」って返してきた。

 今では、疎遠になったと言えば、当時の状況を正確に言い表せたと思うが、当時の俺にはそういう概念がなかった。白は白で黒は黒、この世界には敵か味方しかいないもんだと思っているような餓鬼には、微妙な人間関係を理解できなかったんだ。


 それで終わればよかったんだが、片方の女子……俺に先に告白してきた方だが、そいつを仮に花子として、後に告白してきた方をク……、K子としよう。

 花子のK子に対する態度は、いつの間にかクラスの連中にまで波及していた。女子はK子を無視するようになり、まるでそこに存在しないかのように扱った。

 男子たちはそんな女子たちを諫めるようなこともせず、我関せずといった感じで、いたずらに刺激して女子に嫌われるのを恐れたのか、見て見ぬふりをしていたな。


 俺は心を痛めていた。あれだけ仲の良かった二人がこんなことになって、見ていて気分がいいわけがなかった。とは言っても、俺に「みんな仲良くしようよ」なんて言う人望はなかったし、彼女が孤立するのを俺は黙ってみているしかできなかった。

 

   ✽


「それから……うん、まあそんなとこだ」

 ちょっと喋りすぎたなと思いつつ、

「この話から得られる教訓は、女子は怖い生き物だということだな」 

 と締めくくった。


「……うん。…………うん」

 安曇は何と言っていいか分からないようで、ただそれだけ言い、あとは黙ってしまう。

「というか悪いのあなたでしょう」


「いや俺何もしてないし」

「それが問題よ」

 俺のせいでどうして女子の仲が険悪になると言うのだろうか? 訳が分からない。


 俺がそんなことを考えていると、

「美幸ちゃん、今の話信じる?」

 おずおずといった感じで安曇は橘に尋ねた。

「らしいと言えばらしいわね。……でも花丸君を好きになるなんて、(たで)食う虫も好き好きとはよく言ったものね」

 安曇はそんな橘を、何か言いたげな表情で見つめている。橘の使った諺は人口に膾炙(かいしゃ)していると言うか、それほど奇異な表現でもないのだが、もしかして言葉の意味がわからないのだろうか。

 橘も俺と同じことを思ったらしく、

「……蓼食う虫も好き好き、っていうのは好みは人それぞれということよ」

 と安曇に向かって説明した。

「それくらい分かるよ! ただ、それを……言うのはどうなのかなって思っただけ」

 今度は橘が首を傾げる番だった。

「蓼というのが例えとして良くないということ? ラフレシアとかならいいのかしら?」

 安曇が何を気にしているのか俺にはわからなかったが、植物の種類の問題ではないだろ。


「つーか、流石に扱いが酷くないか。俺は花で言ったら薔薇だろ」

「薔薇? 星の王子様を死に追いやったあの薔薇かしら?」

「なぜそう悪い例を持ってくる?」

「触らなくても痛々しいあなたが薔薇なんていうから」

 俺のどこが痛々しいだと?


「……大体王子様が死んだのは薔薇のせいじゃないだろ」

「あなた本当に読んだことあるの? 王子様はバラとの関係が悪くなったから星を出て、宇宙を旅して最後に地球にやってきて、薔薇を残してきたことの自責の念に駆られ、自ら毒蛇に噛まれて死んだのよ。自分が悪いんだ、という洗脳を薔薇から受けていたのよ。薔薇がいなければ王子は死なずに済んだの」


「……違う違う。王子は星に帰るために重たい肉体を捨て魂だけになる必要があったんだ。蛇に噛ませたのは単に儀式みたいなもんさ。輪になった蛇はウロボロスと言って、永遠性の象徴だ。死は再生であり、永劫回帰の手段に過ぎん。王子は不滅の存在になったんだ。その点は旅のきっかけを作り、真理に辿り着かせた薔薇に感謝すべきだな」


「……でも薔薇枯れてるんじゃないかな」

 とぼそりと安曇が言った。


「この話やめようぜ」


 残りの時間は適当にだべって、その日は解散となった。

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