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そふとてにす

「まず名前を教えてくれないか?」

 俺は放送部を訪ねたソフトテニス部の一年生の名前を聞こうと思った。彼が答える前に橘が口をはさむ。

「花丸君、人の名前を尋ねる時はまず自分からと教わらなかったのかしら?」


「あ、いいです。三人ともお名前知っていますので」

「ほらな橘。俺の名前は校内に(とどろ)いているのだ」

 としたり顔で橘のほうを見たら

「いつの間にあなたの手配書が出ていたのかしら? 罪状はセクハラよね」

 とキョトンとした顔で言う。


「ちょっと橘さん。君は何を言っているのだね?」

「別に私は気にしていないのよ。花丸君が女の子のスカートの裾を眼で追ってしまうのは、もはや仕方のないことだから。ひらひらするものを見てしまうのは、(けだもの)の習性だもの。でも世の中の女性はそれを気にする人も多いのよ」

「服を見ただけでセクハラが成立するなら、国民全員犯罪者だよ」

「あなたの場合、視線にいやらしさがにじみ出ているから」

 ワー、ひどい偏見だなあ。女の子を嫌らしい目で見るなんて、してないぞ、偶にしか。

 

「大体女子が可愛い格好をするのは皆に見て欲しいからじゃないのか? 周りにどう見られようが関係ないと思っているのなら、わざわざ太ももを強調するような恰好をする必要もないだろ」

「自白したわね。女の子は別にあなたに見せようと思って短いスカートを履いているわけではないのよ」

「まるモン最低」

 ……もうヤダ。


「それでお名前は?」

各務原勉(かがみはらつとむ)です」

「各務原市の各務原?」

「はい」


「それで部活の方で悩み事というのは、どういったもの?」

 橘の問いかけに対し、各務原は答え始める。

「うち、部活をあまりガチでやる感じじゃないんですよ。息抜きでやってるような人が多くて」

「まあ、うちの高校にはスポーツ推薦を狙うような生徒はほとんどいないからな」

「でも僕、やるからには本気でやりたいし、本気でやるからこそスポーツって面白いんだと思います」


「全く正論だな。で何が問題なんだ?」

「だから、他の部員がまじめにやってくれなくて」

「みんながみんな不真面目という訳でもないんだろ、キャプテンとかはちゃんとやってるんじゃないか?」

「ハイそうなんですけど、それが」

「どうしたんだ」

「今活動停止中なんです」

「……なんで?」


「今学校祭準備中じゃないですか」

「ああ。なるほどねえ」

 部活動の中には、学校祭の準備を優先して、練習を休止か自主参加のような形にするところもあると聞く。ソフトテニス部もそのような風にしたのだろう。


 各務原は続けた。

「コートは使ってもいいって言われてるんですけど、他に相手してくれるような人もいないんです」

「で、放送部にどうしろと? 練習相手を募集してくれとでも?」

 不特定多数に呼びかけたところでまともな練習相手が捕まるとは思えないが。


「……非常に頼みづらいんですが、練習相手をしてくれないかと」

「……いや無理だろ。なんでも無碍にはしないのがうちのモットーだが、さすがにお門違いというもんだぜ」


「ね、無理だって言ったでしょう」

 安曇はそいつに向かって言った。

「そっかあ。やっぱ駄目だったか」


「花丸君、どうして助けてあげないの?」

「いやだって、普通に無理だろ。テニスの練習相手とか」

「別に球出しをやるくらいならできるのではない?」

「それはそうかもしれんけど、俺たちは放送部であって、その活動の一環としてお悩み相談室をやっているだけで、別にボランティアサークルではないんだぜ。相談事にアドバイスはすれども、全面的なバックアップをすると言うわけではない」

 

 そこで安曇が躊躇いがちに切り出してきた。

「でも私が困っているときはちゃんと助けてくれたよ」

「安曇の場合は、……最終的にどういう解決策を取るかは自分で決めたし、問題との対応にも自分でちゃんと対処したじゃないか」

 事実、金本先輩とのケリをつけたのは、俺たちじゃなくて安曇本人だった。


 不穏な空気を察知したのか、各務原が

「ごめんなさい。僕のせいであなたたち三人の仲を険悪にするつもりはありません。これで下がりますから喧嘩はよしてください。では失礼します」

 そういって各務原は放送室を後にした。


「各務原君行っちゃったじゃん」

 安曇が非難がましく俺の方を見てくる。おかしいな安曇さんも乗り気じゃなかったのに。

 続けて橘も軽蔑した視線を向けてくる。

「やっぱりあなた女の子が相手じゃないと、冷たい対応をするのね。見損なったわ」

「おいおい。理由はさっき言っただろ」


「もういいわ。私飲み物買ってくる」

 そういって橘は席を立った。


 橘が部室を出ていくのを確認してから、俺はタオルと水筒を持って部室を出て行こうとした。


「どこ行くの?」

「ちょっと運動」

 安曇はそれだけで俺が何をしようとしているか察したらしい。


「なんでさっき素直に言わなかったの?」

「箱入り娘に残暑厳しい空の下で、運動ができるとは思えんからな。またいつかみたいにぶっ倒れられても困る」


「……美幸ちゃんも大概だけど、まるモンもひねくれてるよね」

「俺はあいつほど(こじ)らせてないだろ。……あいつには俺がどこ行ったか黙っとけよ」


 廊下に出た後、渡り廊下を歩いていた各務原を見つけ声を掛けて、俺たちはテニスコートへと向かって行った。 


「とりあえずだけど、部活が再開するまでは一日一時間だけ相手してやるよ。球出しくらいしかしてやれないけど」

「大丈夫大丈夫。それだけで十分だよ。ボール触っとくだけでだいぶ違うから」

 というわけで、俺と各務原君の特別レッスンが始まったわけだ。


 かごに二、三十個のボールを入れ、俺がコートの反対側の面からボールを打って出してやった。各務原がミニコーンを標的にしてボールを打つという練習だ。俺の方はほとんど足を動かさないのだが、それでも残暑厳しいなかでは、汗がダラダラと出てくる。各務原の方はそんな俺より運動量は多いはずなのだが、さすがは運動部で軽く息が上がる程度で少々左右にふる程度ではしっかりと食らいついてくる。


 二、三回かごが空になったところで一旦休憩することにした。


 汗でシャツが張り付いて気持ち悪い。明日からは運動着を持ってこなければならんな。タオルで汗を拭い、水筒を手にする。

「どうだ、練習になっているか?」

 俺は水筒のお茶を飲みながら各務原に尋ねた。


「十分だよ。普段より体を動かしているぐらい」

「まあ、人数が多いとなかなか球は触れんだろうしな」

「そうだね。……花丸くんってさ」

 各務原が何かを言いかけたところで、コートの入り口に人影が立ったのが目の縁に写った。


 見覚えのある女子二人組。こちらに近づいてきて、片方が声をかけてきた。


「あら花丸くん。こんなところで何をしてるのかしら?」

「まるもんの場所聞いたの美幸ちゃんじゃん」

「そうだったかしらね」


「……安曇、こいつには黙っとけって言ったろ」

「……えへへ」

 気まずそうに頬をかいている。


「安曇さんは話していないわよ。花丸くんテニスしに行ったの? って私が聞いただけよ」

 あ、……安曇さんすぐ表情に出ちゃうからなあ。


「各務原くん。花丸くんが迷惑をかけていないかしら?」

「迷惑だなんて。僕の方からお願いしてやっていることなのに」

 そうだそうだ。橘は俺のことをもっと信頼すべきだ。

「そう。普段運動なんてしていないだろうから、花丸くんが倒れないかここで監視しておくわね」

 そう言って橘は、日陰においてあるベンチに安曇と二人で座った。


 それから三十分ほど、また各務原の練習に付き合ってやった。


「ちょっと休憩するか」

 一人で打ち続けていた各務原も流石に息が上がってきたようで、俺は声をかけた。各務原は片手を上げて木陰の方に寄って行った。


 各務原が休んでいる間に、サーブでも打ってみるかと思い、ボールを二、三持ち、ベースラインに立った。球出しで肩は十分温まっている。ボールを柔らかく包み込むようにして持ち、垂直にトスした。


 何度も繰り返しやった行為は体で覚えているものだ。足から上半身、肩、肘、手首が連鎖して動き、パコーンという気持ちの良い音を立てて、ラケットにボールが当たった。


 ……。


 ボールはネットのはるか上を飛んでいき、コート内すら(かす)らずに、後ろのフェンスに突き刺さった。

 ……まあこんなもんだよな。トスが低かったのだろうか。

 トスを調節して打った二打目、今度はネットの上部の白帯に当たりペチンという音がした。最初から強く打って入るわけもないかと思い、幾分か力を緩めて打った三打目、ゆるく放物線を描いてサービスコートに入った。何球か打ってみて、うまくスピンを掛けられるようになったところで、各務原がコートに入ってきた。練習を再開するつもりなのだろうと思い、かごにボールを集めようとしたら、

「レシーブの練習がしたいから、さっきみたいにサーブを打ってくれよ」

 と言った。それを聞いた俺はにやりと笑いサーブの構えをした。


 確実に入らないと練習にならないと思ったので、スピンを強めに掛けた遅めのサーブを打った。各務原はそれをきっちりとレシーブする。


 二十球くらい打っていい加減疲れてきた。時計を見てみれば練習を初めて一時間を過ぎている。切り上げる頃合いかと思い、

「そろそろラストにしないか」


「ああごめん。動きっぱなしだったね。最後思いっきり打ってくれよ。スピンじゃなくてフラットで」

「入るかわからんぞ」

「いいよ。どんくらい速いのか見てみたい」


 気持ちを集中させるために、ボールを何度か地面についた。目を瞑って深呼吸する。


 静かに球を空に放った。完璧なトスだ。胸を開き、肘の外旋、外転させ、一気に内側にねじり込んだ。そして体が一直線になったところでボールを捉えた。

 ネットの白帯のギリギリ上を通り、ほぼ直線で飛んでいったボールは、センターラインギリギリに突き刺さった。

 各務原は驚いたような表情をして、ラケットを出すが間に合わず、ボールは後ろのフェンスにガシャンと音を立ててぶつかった。


「すごいよ花丸くん! って大丈夫!?」

 

 木陰で安曇と一緒に各務原の練習を見学していた橘も声をかけてくる。

「花丸くん何をしているの? そんなところでうずくまって」


 普段まともに体を動かしていないやつが、フルパワーで動くと大抵こうなる。自分で自分を情けなく思いながらも、呻くように声を出した。


()った」

「なんですって?」


「足攣った」


  *

 

 各務原に肩を貸してもらい、日陰に移った。橘は俺に呆れてどこかに行ってしまったようだ。


「まるモン大丈夫?」

 安曇が心配そうに声をかけてくる。そうだよな。これが仲間としてあるべき姿だよな。それに引き換え、たちなんとかゆきさんは……。


「無理させてごめん」

 各務原が申し訳なさそうな顔をしてくる。

「いや、俺が加減も知らないのが良くなかったんだ。練習に付き合ってやるって言っといて迷惑かけてすまんな」

「そんなことないよ」

 

「情けないわね」

 どこかに行ってしまったと思っていた橘が戻ってきたらしい。

「うるさい。テニスというのはかなり足に来るんだ」

 ストップ・アンド・ゴーにジャンプ。全身のエネルギー消費量は相当なはずだ。

「まるでおじさんみたいだわ。『足攣った』だなんて」

 俺はそんな橘の言葉を受け流しながら、ふくらはぎを揉んでは伸ばしていた。


 首筋に突然鋭敏な感覚が走った。


「うおっ! お前何すんだ!」

 橘がなにか冷やい物を当ててきたのだ。


「スポーツドリンクよ。運動中にミネラルを取らないから足を攣るのよ」

 そう言ってペットボトルをこちらに差し出してくる。どうやら飲めと言うことらしい。……どこかに行っていたのは、これを買いに行ってくれていたからか。


「……あんがとよ」

 ありがたく頂戴して口をつけた。スポーツドリンクは平常時に飲むと甘ったるいようなしょっぱいような味がしてあまり美味しいとは思えないのだが、運動しているときに飲むと絶妙に美味く感じられる。



 

「ねえ花丸くん。あなたテニス部だったのでしょう。どうして高校ではやらなかったの?」

 流石にビギナーズラックだと言っても信じてもらえないか。

「……中学の頃、途中でやめたんだよ」

「怪我でもしたの?」

「……まあ、いろいろあったんだよ」

「……そう、部から追い出されてしまったのね。可哀想な人」

「なんでそうなるんだよ! ……そうだけれども」

 全く、橘と話していると嫌なことばかり思い出す。


「でも花丸くんすごいなあ。そんなに動けるのに運動部に入ってないのもったいないよ」

 隣で休憩していた各務原が言う。


「なんでも人並みにできるのが俺の長所だからな」

「それを器用貧乏というのよ」

「マルチスキルは称賛されるべきだろ。英国のエリートは勉強だけできても尊敬されないから、ラグビーやるんだぜ。つまり文武両道な俺ってば実質英国貴族」

「あなたには気品のかけらも見受けられないけれど」

「そうか、ならばボストンからお茶を仕入れて、アフタヌーンティーをするところから始めようかな。それで仲間を集めて貴族制の復活を目標に政党でも作るか」

「貴族制なんて復活させても誰も喜ばないわよ」

「そうか? そんなことないだろ。貴族制が復活してはっきりと不平等な社会になれば、自分の不遇を全部人のせいにできる。『カネがないのも仕事につけないのも可愛い彼女ができないのも貴族のせいだ。俺は悪くない。この社会が悪い』ってな。人間にとって一番の精神安定剤は、悪口をいえることだからな。その点、小中と皆の悪口の標的で有り続けた俺は、精神的に貴族。やばい俺やばい」


「……まるモン何言ってるの? 大丈夫?」

「大丈夫じゃなさそうね」

 女子二人が本気で不安そうな顔をしている。そうかそうか俺の言っていることが理解できないんだな。安心してくれ、俺も自分が何言ってんのかわかんない。


 


「でもサーブとか、うちの先輩より速いくらいだったよ」

 ああそうかテニスの話をしていたんだった。


「ふふ。それは単純に筋力の問題だな。俺って痩せているように見えるけど、脱いだらすごいんだぜ」

 真実はと言うと、ラリーしてくれる相手がいなくて、一人で練習していたせいだけどな。

 知ってる? サーブって一人でも打てるんだよ! すっごい! 友達いなくても練習できるね!


 ……俺は泣かない。昔の記憶を思い出したところで泣いたりなんてしない。だから視界が滲んでいるのは汗のせい。


「誰もあなたの裸なんて望んでないわよ。脱いだりなんかしたら写真撮ってセクハラの証拠にするから」

「俺がいつ露出狂になったって言った?」

「花丸くんが神宮に入学してから、高校周辺で露出狂が出没するようになったと聞くわ」

「おい、そこに因果関係を見出そうとするな」

「花丸くんが生まれてからゲリラ豪雨とかが発生するようになったし、北極の氷が溶けてシロクマも困っているわ」

「それ確実に俺のせいじゃないだろ」

「人類みんなのせいよ。つまりあなたのせいでもあるわ」

「それはブーメラン」

「地球環境、みんなで壊せば怖くない」

「やめろ!」

「問題意識を持つならあなたが解決策を提示すべきだわ」

「……問題なのは人類が多すぎる点だな。もうちょっと人口を減らすべきだと思う。というか人類が滅べば万事解決な気がする」

 そうすれば環境問題だけでなく、人種差別も、戦争も、いじめも貧困も、現代社会に跋扈するありとあらゆる問題が一挙に解決される。


 橘は眉を顰めた。

「そんなのナンセンスだわ」

 続けて安曇も、

「そうだよ! また変なこと言って」

「この世の全ての人間を抹殺するのに地球環境に少しの影響も与えないなんて不可能だもの」

「そういう問題なの?!」

「地球の住民で人気投票したら、確実に人類は最下位でしょうね」

「二人ともおかしいよ」

「自分が悪であることを認識しないのと、自分の罪を認めて謙虚に生きるのとで、どっちが正しいか考えたら普通に後者だろ。でも考えてもどうにもならない問題だから、上っ面の代替案で満足して、見て見ぬふりをしてるのが大抵の人間だな。俺もその一人だからとやかく言えたことじゃないが。数百年後の子孫の事より、今の自分の楽な生活だろ。自分の事でさえ計画立てて生きるのは難しいんだから、それはしょうがない。それで子孫がもう駄目だと気づいたときには既にゲームオーバー。人類に待っているのはバッドエンドだけだな」

「……」

「……」

「この話やめようか」

「あなたが勝手にしゃべってただけでしょう」


 人間やめて輝く星になりたいと思う今日この頃。


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幼馴染に「今更遅い」とざまぁされたツンデレ美少女があまりに不憫だったので、鈍感最低主人公に代わって俺が全力で攻略したいと思います!
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