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真面目が一番

 翌日、午前の補習が終わったところで、さあ教室を出ようかという時に、クラスの体育祭実行委員が皆を呼び止めた。


 体育祭に向けて各部活に役割が割り振られたから担当場所に行ってほしいとのこと。野球部やらサッカー部やら大所帯の所の面子が、わいわいと言いながら実行委員の張り出したプリントを見て教室から出ていった。

 放送部のような廃部寸前の少人数の部活に作業を依頼するほど、ブレインは無能ではないだろうと思いつつも、念のためプリントを見たところ、「放送部 放送機器の準備の為グラウンドの本部テントまで来ること」と書いてあった。……これは、……まあ仕方ないか。

 橘の方を見て肩をすくめたら、眉を上げて目で合図を送ってきた。とりあえず放送室に荷物を置きに行くつもりらしい。

 そそくさと歩き出した橘の後を追って、俺も教室を出た。


「何をやらされるって?」

「放送機器の準備をしろだと。十三時に本部テントまで行けとさ」

「あらそう。頼んだわ」

「お前も来るんだよ」

「あら、そんなに私と一緒にいたいのね」

「違うそうじゃない」

「じゃあ、来てほしくないの?」

「……いや、それも違う」

「どっちなの? はっきりしない男は嫌いよ」

「……お願いです。一緒に来てください」

 橘は満足げに笑い、

「そこまで言うなら、行ってあげないでもないわ」

 と言った。

 ……何かがおかしい。

 

 集合時間までしばらく時間があるので、とりあえず部室で昼食を取ることにした。そのうち安曇も来る事だろうと、考えるや否やドアが開いた。噂をすればなんとやら。


 安曇は放送室に入るなり、大きなため息をついた。


 鞄をどさりと置いて、椅子に座ったかと思えば顔を伏せ、うーとうめき声をあげている。


「どした? 生理痛がきついのか?」

 と仲間想いの俺はそんな彼女をいたわってやる。

「違うし。ていうかそんなこと女の子に言っちゃだめだから」

 

「俺は心配してやっただけなんだが」

「変態、キモい」

「花丸君、気持ち悪いわ」

 異性の体調を気遣ってやるだけで変態呼ばわりされるとは。世知辛い世の中である。


「何かあったの?」

 今度は橘が安曇に尋ねた。

「ちょっとね」


「ふーん」

「そう」

 そして昼食を再開する俺と橘。



「……聞かないの?」

 意外そうな顔をして安曇が俺と橘の顔を交互に覗き込んでくる。何があったのか聞かれると思っていたらしい。

 

「安曇ってかまちょなのか?」

「普通今のは聞く流れでしょ! 二人がおかしいんだよ」

 この期に及んで回りくどいことをするものだ。


「話したいなら話せばいいだろ。俺らに気なんか使うなよ。大体男が興味津々になって女子のことをあれこれ尋ねたらちょっとやだろ。『何こいつ私のこと好きなの? キモイ』みたいな感じになるし」

「そんなこと思わないよ!」

 割合大きな声を出して否定してくる。さっき思いっきりキモいって言われたけど、空耳ですかね。そうか空耳か。良かった。本当にそんな事言われたら、泣いちゃうからね!


「そうよ花丸君。あなたに話しかけられたところで、大抵の女子は話しかけられたことにさえ気づかないのだから」

「ねえ、ちょっと君」


「それで、何があったのかしら? 自意識の塊みたいなこの男のことは空気だと思えばいいわ。気にせず何でも話していいわよ」

 言ったことをさっそく実行に移すところは、褒めて然るべきことだが、その内容が大変よろしくないので、橘さんマイナス五百点。みゆきスリザリン最下位に転落。現在もときドールが首位独走。

 そんなもときドールに続き二位につけてるあずさクロウが話を始めた。


「私って真面目なのかなあ」

 ……。

 なるほど安曇さんはグレたいお年頃らしい。二次反抗期の始まりだろうか。お母さんが泣いちゃうよ。そしてお父さんを嫌悪感を孕んだ冷たい目で見ないであげて。


「どうかしらね。真面目か否かの判断って人によって変わると思うから」

「盗んだバイクで走りだしたりしてないから真面目なんじゃないか」

 そう言ったら橘は胡乱げな視線を投げかけてくる。

「花丸君って本当に平成生まれ?」

「おう、ばりばりのちゃきちゃきのHey! Say!生まれなんで、夜露死苦っ!」


「……うちの高校に来るような人なら、世間一般で見れば真面目な人が多いと思うけれど」

 華麗にスルー。俺のハートはブルー。 

 というか俺の言ってることが分かる橘も大概だと思うけど。


 これ以上滑っても悲しいだけなので、安曇の相談に乗ってやることにする。

「不良になっても疲れるだけだぜ。テレビでも言ってるだろ、真面目が一番って。確かにいつでも大人が正しいとは限らないけど、体制がどうとか、型にはめるなとか言っても俺らが日本という枠の中で育ってきて、そこに住み続ける以上、それから抜け出すことは出来ないんだから」


「あ、別に不良になりたいわけじゃないんだけど」

「そうよ花丸君。社会に見捨てられて、世間に不満しか抱いていないあなたと一緒にしないで」

 さいですか。


「……なんかあったんだろ。誰かに言われたのか?」

「割と仲のいい友達が言ってたんだけど『障害者は健常者の足を引っ張らないで欲しい』って。

 なんか、……なんだかなあって。それはちょっと違うよって言ったの。そしたら、

『あんた真面目だね』って。

 真面目とか不真面目とか、そういう話がしたかったわけじゃないのに。でも真面目な方がいいと思うじゃん。だからそう言ったの。

 そしたらさ、

『真面目な女よりも、ちょっと抜けてる女の方が男受けがいいんだよ』だって。

 どう思う?」


 橘は安曇が何を言いたいのかよくわからなかったらしくて、きょとんとした顔をしている。かくいう俺も、安曇が何を悩んでいるのかよくわからなかったのだが。


「……安曇は、社会的弱者の権利を守る運動がしたいのか?」

「そういう訳じゃないけど」


「じゃあ、この世の不真面目な奴に真面目に生きるよう教え諭す人間になりたいから、出家したいということか」

「いや、私結婚したいし。わざわざ出家する必要もないじゃん。ていうかそれもちょっと違う気がする」


「じゃあ、ちょっと悪い女になって男にモテたいのか」

「別にそんなのどうでもいいもん」


 俺と安曇のやり取りを隣で聞いていた橘が口を開いた。

「真面目になることが世間では必ずしも得をすることにならないことが嫌なの?」

「そう! それ!」

 なんで今の話で分かっちゃうんだろう。橘さんってもしかしてエスパーなの?


「だって、花丸君。何か言ってあげて」

 結局俺に丸投げかよ。


 俺はうーんと唸ってから

「この世の中な、真面目に生きようとするやつほど損するようにできてるんだよ」

「えー、やっぱりそうなのかなあ」

 口でそういいつつ、残念そうな表情をしているが、安曇はそのことにどこか納得しているようにも見える。


「そうだろ。社会に目を向けてみりゃズルしてるやつばっかだぜ。

 虚言、恐喝、不正、汚職、詐欺、暴力……。もちろん処罰されることはあるが、軽いものなら多くは見逃されてる。まあ気づかないようにやってるのもあるんだけれど。

 どうにも真面目に生きているやつは馬鹿にされる風潮があるな。馬鹿真面目とか、馬鹿正直とか、言葉にも表れてる。

 例えば駅前に行ってみてもすぐわかる。駐輪禁止の所に自転車停めてる奴なんてうじゃうじゃいる。そういう奴に対して、ちゃんと金払って停めてる奴はやっぱり損してるって言えるだろ」

「うーん」


「でも俺は安曇が不真面目になって欲しいとは思わんな。不真面目な人間があふれているんだから、一人ぐらい真面目な奴がいてもいいだろ。確かに真面目に生きることほど孤独で馬鹿らしく思えることはないさ。でもみんながそうしてるからと言って自分の価値を貶めるのはもっと馬鹿だぜ。

 生きてりゃ思い通りにならん事なんてままある、いやしょっちゅうか。

 でも安曇の価値観に同調するやつが絶対この世界の何処かにはいると思う。腐っちまうのは簡単だが、分かり合える人間に出会うことほど嬉しいこともないと思う。

 どこまで行っても人間は賢くはならん。

 誰もが望む桃源郷なんぞいつまで経っても実現しないだろうよ。別にそれはそれでいいと思う。結局人はわかり会える人間と一緒にいるのが最高に居心地が良くて、それが幸せなんだから。とりあえず俺は今の安曇の方が好きだな」

「……そっか」


 そこで橘が口を開いて、

「ねえ花丸君。私はあなたと真面目に仕事してるのにどうして褒めてくれないのかしら? 私のこといじめてるの? サディストなの?」

 ……どちらかと言うと逆ですよね?

「……褒めて欲しいなら褒めてやるけど。

 はいはい橘さん偉い偉い」


 笑顔で足を踏まれた。


「ねえ、足」

「足がどうかしたの?」

「いや、踏んでるんですけど」

「……安曇さんに言ったのと違ったからむかついたの」

「はあ?」

「だから、安曇さんにはちゃんと……もういい」

 そう言って下を向いてしまう。

 ……橘さんまたご機嫌斜めだよ。俺なんかしたか? ……ちょっと感じ悪かったかもしれないけど。


「ねえ、まるモン」

 安曇もそういって俺の脇腹をつつき、非難がましく見てくる。

「なんだよ」

「今の方が好きだよって言ってあげなきゃ、美幸ちゃんグレちゃうよ」

 とひそひそ声で返してきた。

 

 ただでさえ苛烈な橘がグレるだと。……冗談じゃない!


「おい」

 俺は橘に呼びかけた。

「何よ」

 ムスッとした感じで返事をする橘に、

「俺は今のお前の方が好きだぜ」

「……」


 ……無表情はちょっと困るなあア。

 

 それから橘は顔をプイっと横に向けて、

「まあ、別にあなたに褒めてもらっても嬉しくなんかないけど。むしろ鳥肌が立つわ」

 じゃあ何も言うなや。

 

「それにしても、驚きね。うちのような高校のレベルでさえ、そんな差別的な発言をする人がいるだなんて」

 咳払いをしてから、橘は話を続けた。先ほどの、障害者云々の事を言っているのだろう。

「そだな。誰にも五体満足で一生生きられる保証なんてないのにな」

「でも私何も言い返せなかった。なんかおかしいって分かるのに。間違ってる理由が分かんなかった。なんて言えばよかったのかなあ」

「そんなの簡単よ」

「どうするの?」

「問答無用でビンタよ」


「お前は戦争するのが好きなのか?」

「だって思想の違いなんてどうしようもできないじゃない。わからない人間にはこれが一番だわ」

 そう言って拳を作って見せてくる。

 それ、まるっきりテロリズムだね。うん。


「とりあえず話し合いだろ。話せばわかる……偶にだけど」

「じゃあ、あなただったら何て言うのかしら」

「そりゃそんなやつとは絶交だから、教え諭す必要もないな」

「結局変わらないじゃない」

「ビンタよりましだろ」

 

 いつものように、大げさな話をしながら、冗談みたくふるまっていたが、その実、俺が結構腹を立てていた事はおくびにも出さず、女子二人には悟られないようにしていた。


 障害者は健常者の足を引っ張るな、か。いったいどういう教育を受けてきたらそんなことが言えるのだろう。

 

 この世のほとんどの人間はどこか足りてないところがある。でも皆それを分かっちゃいない。分かりたくもないのかもしれんが。

 安曇の言うように挙げ句の果てには、手前一人で大っきくなったつもりになってるのか知らんが、『俺の足を引っ張るな』とかのたまっとる。完璧な人間なんて……、一人で生きている人間なんてどこにもいやしないのに。


 誰しも、誰かしらに迷惑をかけて、助け助けられて生活してる。


 だのに誰かを差別したりとか、他人に対して自分が優れてるとか考えたりして、自分の優位性を保とうとするのは、もはや道化以外の何者でもない。滑稽だよ。


 そんな明白なことさえ、この国の人間には分からなくなってしまったらしい。個人主義が台頭した弊害なのかもしれん。弱者を攻撃し、自分らが楽しければそれでいい。みんなそう考えちまう。

 

 俺はそんな奴等が心底嫌いだ。


 ……しかし、見方を変えると。

 結局そいつらも、心に余裕がないだけなのかもしれない。誰かを受容できるだけの心の広さを持ち合わせていないのかもしれない。

 人は衣食足りて礼節を知る、とはよく言ったものだ。

 

 だから、誰かを馬鹿にしたり、差別したりするような奴らは、どこか自分の中に不足があるということになるのだろう。

 そう考えると、憎しみよりも憐れみのほうが強くなってくる。全く可哀想な奴らめ。


「花丸君どうしたの? 急に黙り込んじゃって」

「……いや、別に」


 これは、これ以上考えても仕方のないことだ。

 話をもとに戻して、安曇の方を向き、

「まあ安曇さんよ。そう気を落とすな。安曇だってこの世のすべての人間がお利口さんになれないことは気づいてんだろ。なら一人でも、俺は一人いれば十分だと思うが、安曇の考えを理解してくれる人を見つけることを目標にすればいいんじゃないか」

「そだね」


「……何だよ」

 橘がこちらをじっと見ていたのだ。

 

「まるで詐欺師ね。なんだかすごくいいことを言われているような気がしたもの。私まで騙されそうになったわ」

 たしかに自分でも俺は何を言ってるんだと思いながら話してはいたが。

「人聞きの悪い。だいたいお前が俺に投げたのが悪いだろ」

 先程の橘の安曇を見る目と言ったら、「こいつ何言ってんの?」みたいな感じだった。


「別にそんなことないわよ。あなたが教室でおしゃべりできない分、人と話す場を提供してあげようと思ったのよ。私の優しさに感動して涙が出ちゃうかしら?」


「いや、おしゃべりができないんじゃなくて、話さないだけだから。この国には出る杭は打たれるという言葉があってだな」

「そうね。でもあなたは出るどころか、へこんでいるけれど。むしろ抜かれて横たわっているわ」

「……そうそう、優秀すぎて青田買いされてるんだ」


 それを聞いた橘はニヤリと笑い、

「青田刈りの間違いじゃなくて? 仁義もへったくれもないあなたにピッタリの戦法だわ」

 としたり顔で言った。


「おい、いつから俺は戦国武将になったんだよ。大体俺はそんな倫理に(もと)る作戦は取らないし」

 

「戦争にズルも倫理も道徳もないわよ。人殺しという人権を剥奪する行為を行っているのだから。勝てば官軍。強い者が正義なのよ。今の世の中と変わらないわ」

「あー聞きたくない。そんな嫌な現実は聞きたくない」

「現実から目を背けても何の解決にもならないわ」


「……つーか、その作戦たとえ戦には勝てても長いスパンで見れば不利益しかないだろ。

 国盗りをする時に、そこの領民から恨みを買われるようなことをすれば、後の憂いとなる。戦に勝っても領土拡張の観点からすれば失敗だろう。

 領民に恨まれる。反乱が起きる。また戦争。

 それよりも、敵国の領主に対する不満を募らせて、内部崩壊をさせるほうが良いな」

「あなたってそういうねちっこいやり方好きそうだものね」

「どこがねちっこいんだよ。超策士だし、超紳士だろ」

 終いには面倒くさくなったのか、橘は鼻で笑って話を終わらせた。……俺の勝ちだな!


 話しながら、いつの間にか弁当も食べ終えていたのだが、はて、何かを忘れているような。

 ただ今の時刻十三時十分。定例放送までまだしばらく時間はある。だが何かほかにあったような……。


 俺が思い出さなければならない大事な用事を思い出そうと頭を巡らせていたところ、ノックの音がした。それから返事をする前にドアが開いた。


「やああずにゃんに美幸ちゃんと橘ホイホイくん」

 あら萌菜先輩じゃないの。何気にこの人ここの常連になりつつある。

 それはそれとして、聞き捨てならない単語が聞こえたので、文句を言う。

「人をナンとか製薬の、人々が忌み嫌う黒光りする例の六脚類駆除製品みたいな呼び方で呼ばんでくださいよ」

 橘も心外だったのか俺に続けて、

「そもそも花丸くんが転がっていようと私は踏んづけて、いたぶりながら素通りします」

 ……。


「それ素通りっていうのか?」

「花丸くんを選ぶくらいならホウ酸団子を選びます」


「俺より死の団子を選ぶとか俺ってどんだけ苛烈なんだよ」

「だってあなたを選んだら魂を持っていかれそうだもの」


「まあ、ラブコメるのは後にして、とりあえず仕事してくれるかな」

 あれ? 先輩ちょっと怒ってる? 顔は笑っているけれど。


「へ?」


「実行委員長すごく怒ってたよ」


 ……あ。


 真面目に真面目について論議していたら、放送部は仕事をさぼる不真面目な奴らというレッテルを張られてしまったらしい。

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