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よいどれ

「萌菜、また振ったらしいじゃん」


 私が、パンケーキに乗っている木いちごのジャムが、ラズベリーなのかブラックベリーなのかを見分けようと、人知れず利きベリーをしていたところ、眼の前に座っている同級生のみづほが、そんな話を吹っかけてきた。


「白旗?」

 見に覚えのないことを言われたので、そんなふうに聞き返したら、みづほは笑った。

「あんたは何に負けたのよ」


 何に負けたかと言われれば、思い至るものはいくつがあるが、気楽に話せるようなものでは、とてもなかったので私は誤魔化すように苦笑いした。


「そうじゃなくて、井上くんのこと。打ち上げのあと、告ったって聞いたけど?」

 ああ、その話か。

 井上くんというのは、私の実習班のメンバーの一人で、大学の病院実習の打ち上げで、私に交際を申し込んできた男子のことだ。


「いや、まあ、悪い人じゃないと思うけどね」

「悪い人じゃないって、萌菜。井上くん、かっこいいし、頭もいいし、面白いし、足も速いんだよ?」


「足も速いって、あんた」

 私達、小学生じゃないんだから。


「だって去年とか西医体で優勝したらしいじゃん。ハードルで」

「へぇ、そうなんだ」

 知らなかった。というか、井上くん、陸上部だったんだ。

 

「へぇ、ってあんた。ほんと、男に興味ないわねぇ。結局入学してから一度も彼氏作らなかったし。絶対、萌菜の事好きな男子、何人かいると思うのに」


「そう言われてもなあ」


 興味が湧かないものに、興味を持てと言われても、どうにもならないじゃない。


「……やっぱ、あっちにいるとき、彼氏とか作ってたんじゃないの?」

 みづほはそう言い、探るような視線を向けてきた。  

「出た。『萌菜、愛知に男いる説』でしょ。それ」

 そんな話を、本人である私が耳に挟むくらいには、私に関するとんでもない噂が、学年で流布しているようなのだ。どうしてこうも、みんな他人の恋バナに口を挟みたがるのか。恋愛してないからといって、病気になって死ぬわけでもないのに。


「だって、ちょくちょく愛知行ってるみたいだし」

「いや、それはうちの本院が愛知にあるからだし。私の親にとっても里帰りみたいなものだから」


「でもさ、高校時代、少しくらい色恋沙汰とかあったんじゃないの? 今だってそうなんだし、あんたのこと男子が放っておくとか思えないもん」


 みづほに言われて、懐かしい顔が頭の片隅に浮かんできたけれど、それを振り払うように、かぶりを振り

「……まあ、昔のことは忘れたかな」

 私は、自分の気持ちに蓋をするように、目を逸らしてそんな事を言った。


「うわぁ、絶対なんかあったやつじゃん、それ」


 なんかあった。か。

 私的には、結局何も起こらなかった、という認識でしかないのだけど。そして今も変わらず、何も起き続けていない。ただそれだけの話。


「別に、何にもないよ」

 ただ私が惚れた子が、他の子を好きだったって、それだけの話。いつの時代、どこにだって転がっていたであろう、ありふれた話だ。

 その話を聞いて、胸のあたりがざわざわするのは、私一人で十分だし、この話を女友達との話のネタにする気もない。


「好きな男子くらい、いたでしょ?」

「……いなかった、とは言わないけどさ」

「今何してるの? 社会人?」

「……大学生」

「同い年?」

「ひとつ下」

「名前なんて言うの?」

「……言ってもしょうがなくない? ていうか、連絡も取ってないし、彼女いるし」

「ああ、なるほど。高校の時の失恋をずっと引きずってる感じかぁ」

「引きずってなんかないよ。別に、いま周りにいる人に興味持てないだけ」

「嘘。だって、昔好きだった男が、今何してるとか、普通知らないでしょ。全く興味がないのだとしたら。年下ならなおさら」


 ああ。これだから、頭の切れる人間に囲まれて生活していると、気が休まらないのだ。一言口を滑らしただけで、色々言い当ててくるんだから。


「別に、人伝に耳に入ってくるだけだから。引きずってないよ、全然」

 耳を塞いで、目を塞いでも、情報が入ってくるのだから、私にはどうしょうもないのだ。


「それを引きずってるって言うのよ。失恋なんて、数年も引きずるもんじゃないよ。すぐに別に好きな人ができて、昔の男のことなんて忘れるのが、普通でしょ?」



「……これやっぱりブラックベリーかな」

「露骨に話そらしたな」


 みづほの言っていることが、全くの見当違いでないことも本当は分かっている。だから耳が痛かった。

 愛知に戻って、本家の屋敷であの子に会うたび、あの男の顔がチラついて、胸がちくちくすることは、まだ誰にも話せていない。


「あんたみたいないい女振るなんて、罪な男ね」

「私よりいい女が、近くにいたとは考えないんだ」

「そりゃ、友達の肩持つでしょ、普通」

「尋問みたいなことするくせに、私の味方はしてくれるんだ」

 私の言い方が少し皮肉っぽかったせいか、みづほは慌てたように弁明のようなものを始めた。

「だって、萌菜自分のこと全然話してくれないじゃん。殊、男関係に関して。私だって、あんたが嫌がることしたくはないけどさ、なんかトラブル抱えてんじゃないかとか心配にもなるよ。男子たちはいちいち、私にあんたのこと根掘り葉掘り聞いてくるし。別に、男子らにべらべら話すつもりはないけどさ、追い返すにも苦労するわけ。あんたの事情も少しは知っときたかっただけ。気を悪くしたなら、ごめんね」


「……別に怒ってはないけどさ」


「まあ、萌菜は純潔でいてくれたほうが、男子は喜ぶかもね」

「みんな私に何を期待してるのさ」


「学年統合の象徴とかじゃない?」

「私はこの学年を束ねてるつもりは全然ないんだけど」

「いやいや。あんたが可愛いっていう共通認識だけで、うちの男子たち結束できてると思うよ。親衛隊の手にかかれば、あんたに伸びる魔の手は、たちどころに滅殺されるでしょう」


「そのとおりだとしたら、今頃井上くんが袋叩きにあってるんじゃ」

「馬鹿よねえ。井上くんも。あんたに手なんか出すから」

「みづほ、さっき井上くんのこと褒めてたのに」

「ま、私のタイプでもないし」


 この子、ホント自由なんだよな。


「とにかく今は恋愛なんかしてる暇ないし。卒業試験もあるし、国家試験もあるし。就活だってあるんだし」 

 私は話を終わらせようと、別の話題を持ってきた。


「いやいや、萌菜が駄目なら、みんなだめだから。就活も親戚の大病院で確定してるとか、萌菜、勝ち組すぎ」


「みづほもうちの病院受ければ?」


「いいよ、私は。愛知、土地勘ないし」

「土地勘いらないと思うけど」

 来年から私たちがするのは、家と病院を往復する生活だ。土地勘の有無は関係ないだろう。


 うまい具合に、話が逸れたことに安堵しながら、これから私たちが対処しなければならない困難について、ああでもない、こうでもないと、二人で論じた。


   *


 店から出てみづほと別れた後、スマホを確認したらメールが来ていた。差出人は従妹のさやかからだった。なんだか、嫌な予感がするなあと、思いながら、それでも見ないわけにもいかないので、メールを開く。


 ────萌菜さんへ

 兄からの伝言なのですが、神宮高校出身の医学生を集めて、交流会をしたいそうなので、萌菜さんもぜひ、とのことです。

 それと、厚かましいお願いなのは重々承知なのですが、どなたが今医学部に通われているのか全員は把握しきれていないそうなので、萌菜先輩の方でもお知り合いの方にお声がけしていただけると助かるそうです。

 実習や国家試験のお勉強で大変お忙しいところ恐縮ですが、よろしくお願いします。  

 さやか────


 ……まったく。交流会なんて言ってはいるが、勧誘会の間違いじゃないか。

 医局人事で全てが決まっていた時代、優先的にスタッフを回してもらっていたらしいから、今は私立病院の兵隊集めも大変になっているのだろう。

 隆一さんからの伝言とは言ってはいるが、伯父や祖父の言いつけなんだろう。あの人たちは、身内と派閥というものが大好きだから。さやかは『萌菜さんもぜひ』なんて柔らかい言い方をしているが、私に拒否権がないことも分かっているだろうに。……彼女も立場的に大変なのは私にもわかるが。

 まあ、これもお互い様か。

 

 うちの病院のリクルーターとなり兵隊集めに協力して、高校時代の学友を捕まえるのは、あまり気乗りするものではない。病院の関係者と接点のない学生にとっては、こういう集まりも何かの参考にはなるだろうから、学生にとっても全くメリットのない話というわけでもないのだが。


   *


 交流会の参加者には、五、六年生中心に二十人ほど集まった。同じ高校出身だから当然、見知った名前ばかり。

 意外だったのは、海外留学しているはずの花丸くんも参加予定ということで、しかも、私がダメ元で連絡したときにはすでに、この集まりのことを知っていたということ。

 情報源が「彼」と聞いた時は、さすがに何と反応していいか困った。


 会場である名古屋のレストランについて、席で会の始まりを待っていた。隆一さんの隣には、例の「彼」が座っていて、私はなるべくそちらの方を見ないように気をつけていた。

 不思議なことに、隆一さんも「彼」を気に入っている。「彼」には綿貫家の人間をたらし込む特殊能力でもあるんじゃないかと、勘繰りたくなる。 

 私もその例外じゃないのが腹立たしい。

 隆一さんは当然なんの事情も知らないから、私の隣に、「彼」を座らせようとしたが、私は色々と理由をつけて、一番離れた席にしてもらった。そうでなかったら私は何の味もしない料理を食べ、気味の悪い汗をかきながら、この時間を過ごすことになっただろう。

 

 テーブルの上には参加者の名札がそれぞれ置かれ、各々指定された席に座ることになっている。私の隣には「花丸元気」の名前があった。

 退屈だから早く来てくれないかなと、入口の方を見たら、丁度花丸くんがやってきた。花丸くんは部屋に入るなりキョロキョロ見回して、私と目があった。

 私は手を振って、彼を招き寄せた。


 花丸くんはこちらに歩いてきて

「お久しぶりです」

 と挨拶してくれた。

 高校卒業から五年近く。少し大人びた顔になったかな。


「誰かと思えば、ハンガリ丸君じゃないか」

 私はこの場にいる誰よりも、彼との再会が一番嬉しいと思った。思い返してみれば、私が腹を割って話せた人物は、今に至るまで彼以外にいないのだから。


「ひどい先輩。俺の名前忘れちゃったんですか? 俺の名前は花丸です」

「もちろん忘れてないよ。私にあんなことしたんだから」

「あんなことってどんなことだよ。身に覚えがないだよ」


 6年前と変わらず、期待した通りの反応を返してくるのが懐かしくて、つい笑みがこぼれてくる。

「元気そうだね」

「おかげさまで」


 花丸くんは椅子に腰掛けながら聞いてきた。

「高そうなレストランですけど、いいんですか。ただ飯食わせてもらっちゃって」

「いいのいいの。うちのお祖父さんが、ポンと出してくれたから」

「はぇ~太っ腹」


 懐かしい思い出を噛み締めながら、頭に浮かんだ人物のことを彼に尋ねた。

「美幸ちゃんは元気にしてるの?」


「MBA取るとか言って、残って勉強してますね」

「はーん。美幸ちゃんは美幸ちゃんで大変そうだね」


「相も変わらず、毎日楽しそうですけどね」

 それは多分君がいるからだろうな、とは思ったけど、言わなかった。


「でもまさか、彼が君を誘うとはね」

「多分、話し相手が一人もいないのが嫌だったんじゃないですかね」

「そう言えば、君らは合宿に行ったほどの仲だったな」

「成り行きでしたけどね」

 私はちらっと「彼」こと深山太郎の方を見た。周りに話せる人間がいないせいか、少しムスッとした顔をしているようにも見える。


「どうやらこの中では、花丸くん以外話し相手がいないと見た。席替えの効果はあったみたいだな」

 子供じみた嫌がらせが功を奏して、胸がスッとしている自分が、本当に幼稚で、呆れて笑えてくる。


「この席って萌菜先輩が決めたんですか?」

「M氏にだけいい思いさせるわけには行かないだろ。花丸は私のだし」

「誤解されるようなこと言うのやめてくださいよ」


 花丸くんもまた、彼に視線をやり

「M氏とはなにか話しました?」

 と小さな声で尋ねてくる。


「やあ、って言ったよ」

 と私は返した。隆一さんもわざわざ、家に呼んでまで一緒に行かなくていいのに、そうしてくれたおかげで私は彼と対面せざるを得なかったのだ。あの気まずさをどう表現しようか。薄氷を踏む思いで、ここまでの道のりを歩いてきたのである。


「え、それだけですか?」

「それだけ」

「……彼のことになると、途端に不器用になるの、まだ治ってなかったんですね」

 

「だって別に話すことないし」

「まあ、そうですよね」


「萌菜先輩のことだから、大学じゃモテモテでしょう。あんな偏屈な男より、いい男がたくさんいるでしょうに」

「未だに彼氏いない歴=年齢だけどね」

「……うそ」

「ほんと」

「……あいつのせいで、男性不信に?」

「そんな大げさな」


「でも、社交辞令くらいできるようになっといたほうが良くないですか? 今後も付き合いはあるだろうし」


 彼にされた指摘は尤もなことだったが、私は現実を受け入れられなくて、つい目を逸らした。


「……いいよ。そんな無理に話せるようにならなくても」

 

 それから隆一さんの挨拶が始まり、私達は大人しく耳を傾けた。



   *


 交流会もお開きになり、各々帰り支度をして、店をあとにしていった。


 私は帰ろうとした花丸くんを捕まえて声をかけた。

「ちょっと、この後付き合ってよ」


   *


 私達は近場の飲み屋街まで歩いていき、適当な居酒屋に入った。


「正直言うと、自分でもちょっとまずいかなって思ってる。こじらせ女になりつつある自覚はあるんだ」

 私は席について、乾杯もそこそこ、花丸くんにそう打ち明けた。


「こじらせ女ですか」

「そう。さすがに数年間、失恋引きずるのやばい……よね。どうすれば吹っ切れるかな?」


「みんなで温泉旅行行った時は、大丈夫そうでしたのに」

 そう言って不思議そうな顔をする。


「あの時は、君のこと励ますのが目的だったから、私が弱ってる所見せたってしょうがなかったじゃん。あの場には深山くんいなかったし」

 そうしたら花丸くんは何かに気付いたような顔をした。

「つまり俺が弱れば、萌菜先輩は元気に?」

「今度は慰めてあげないよ」

 はっきり言って今はそれどころじゃない。


「でもなあ、こういうのって忘れようとすればするほど、忘れられなくなるもんでしょう?」

「精神科学で勉強したはずなのに、いざ自分のこととなると、どうにもならないもんだよ」

「……まあ、勉強しただけで病気にならないんだったら、うつで死ぬ医者がいるはずないですもんね」

「私うつっぽいかな」

「肌艶はいいですけどね。……眠れてますか?」

「夜、たまに目から水が溢れてくることがある。寝酒すれば大丈夫」

「寝酒すれば大丈夫は、大丈夫じゃないんだよな。居酒屋なんか来て良かったのか」


 ちょっと脅かしすぎたかな、と少し焦り、自分の体調の良好さを誇示するように

「ま、大丈夫だよ。ちょっと神経質になってるだけで、ご飯は食べれてるし、味もするし、楽しい時は笑えてる。私は健康です」

 と発言した。

「自己診断しちゃったよ、この人」


「近代以降、病人の数は増え続けている。それはなぜだか分かるかい?」

「……それは、昔は病気が見つかる前に、野垂れ死ぬのが普通だったからでしょう。レントゲンどころか、医者すらまともにいなかったんですから」

「そう。病気というものは見つからない限り、病気ではない。病人というものは診断されて初めて病人になる。裏を返せば、診断されなければ、病人は生まれないのだ。つまり私が自分を健康であると断ずる限り、私は健康なのである」


「なんかそんなタイトルの怪しい本ありましたね。『病人は医者が作る!』みたいな」

「そうか。あの本はあながち間違ってなかったのか」

「ちょっと。せっかく勉強したのに、トンデモ医学に傾倒するのやめてくださいよ」


「冗談はさておき、本当に病的な状態とかじゃないから、そんなに心配しないで」


 それでも花丸君は、心配そうな顔をしていた。なまじ知識がある分、多少の心身の不調を、すぐに病気に結びつけて不安になってしまうのは、医学生の(さが)だろうか。

「だといいですけど。相談したい時は、誰かにすぐ相談したほうがいいですよ」


「だからこうして君に愚痴ってるわけじゃん。こんなこと話せるの君ぐらいだし。今日は深山君の話を酒の肴にしてやろうよ」

「先輩の愚痴相手かぁ。疲れそうだなぁ」

「おいおい。頼むよ。大体私がこうなってるの君にも原因の一端はあるんだからな」

「えぇ、そんな横暴な」


 全く、当事者意識のないやつには分からせてやるしかないな。

「あぁ、一年以上に渡って、お前らいい加減くっつけよと言いたくなるようなイチャコラを周りに見せ続けた挙げ句、ようやく付き合い始めたかと思った矢先、外国に高跳びした女の子を、忘れ切れられず、うじうじうじうじし続けて周りを心配させて、手を焼かせて、ようやっと外国まで会いに行った男に、愛を叫ばれたい。そんなドラマみたいなプロポーズのされ方を私も体験してみたいなあ!」

 という話だ。あんなん見せられたら、私もそういう恋がしたくなるのも道理ではないか? 誰も私を責められまい。

「分かりました、分かりましたから、俺にダメージの高い技を繰り出すの辞めてください」


「というわけで、私がシンデレラ・コンプレックスを抱いたのは君のせいなのです。なんとかしなさい」

 花丸くんはしばし考え込むような顔をしていたが口を開いて

「じゃあ、深山のことを嫌いになりそうな妄想でもします?」

「妄想で嫌いになれたら苦労しないけどね」


「先輩は上品だから。こういうのは思いっきり気持ち悪いのを考えればいいんですよ」

「例えば?」


「さやかちゃんにモラハラする深山」

「おお、すごく嫌だな、それ」


「ベッドの上ではすごく饒舌な深山」

「ああ、ちょっと嫌いになりそう」


「ほら萌菜さんも。とことん気持ち悪く、ですよ」

 

 ジョッキを傾け、酔いに任せて、思いつく限りの気持ち悪い妄想をする。

「……さやかの体を舐め回して、『脇が一番美味しい』って言ってる深山くん」


「怖気をふるいますね」

 口ではそう言いながら、花丸くんは楽しそうに手を叩いている。


 だが私は、従妹に対する申し訳無さがふつふつと浮かんできた。

「ねえ、これ、さやかも微妙に被弾してるよね?」

「萌菜先輩が深山のことを忘れるためです。さやかさんも分かってくれますよ」


「やっぱり従妹がそういうことしてる姿とか想像したくないんだけど」

「深山を嫌いになるためです。我慢です」


 多少酔ってはいるものの、どこか冷静さを捨てきれない私は、客観的に見た自分たちの姿を想像して、惨めな気持ちになる。

「なんか私らやってること下種じゃない?」

「大人になるっていうのはそういうことなのかもしれませんよ」


 グラスの雫がテーブルに垂れたのを見ながら、ぽそりとつぶやくように言った。

「嫌な大人になってしまったなあ」

「人間何時までも綺麗なままじゃいられませんて」

「やってることが小物のそれなんだよな」

「知足ですよ、知足」

「それ、卑俗な人間にあまんじてよいって意味でもないでしょ」


 私は、いつもどこかで感じていた、胸の奥で疼くムカムカを吐露した。

「こんな人間が医者になって良いのかね」

「人間の相手をする仕事なんですから、人間臭いくらいでちょうどいいですよ」


 それから、その話は止めにして、お互いの近況報告をしていたが、その夜、私は今までにないくらい多くのお酒を口にした。


 酔っ払って、呂律が回らなくなるくらいまで飲んで、終電も近づく頃に、私達は店を出た。


「就職したら、私も彼氏作ろっかな」

 道すがら、舌足らずな口調で、そんなことを彼に言ったと思う。

「いいじゃないですか。きっといい人が見つかりますよ」

 花丸くんは微笑んでいた。

 


 彼に介抱されるように、伯父の家まで送ってもらい。私は彼を乗せたタクシーが見えなくなるまで見送り、家に入った。


 さやかはもう眠っているだろうか。


 道中話しているうちに少しは頭もスッキリしてきたが、まだ血の中に酒が巡っている。シャワーは明日の朝に浴びよう。

 ワンピースを脱ぎ、寝間着に着替えて、歯を磨いた。

 

 いろんなことが頭を巡っていた気がするが、アルコールに支配された頭では、何を考えていたかも思い出せない。

 私は倒れるようにして、布団に横たわった。

 

 多分私の恋心は間違った方法で発酵してしまったのだろう。

 出来上がったのは悪酔いする酒。

 あの日からずっと、溶けて消えず、流れてゆかず、澱のように私の体の中に溜まっていた。

 今日、浴びるように酒を飲んでしまったのも、しつこくこびりついた気持ちを溶かしたかったからかもしれない。

 

 今度こそ溶けろ。酔いとともに消えてなくなれ。


 徐々に薄れゆく意識の中、そんな悲痛な言葉が頭の中に響いていた。

 

お久しぶりでございます。


皆さま如何お過ごしでしょうか。

私はなんとか生きています。


またぼちぼち書き物を始めました。

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例の如くラブコメでございます。


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