あとがき
あとがき的な何かを、今更ながら書こうかと思い至り数カ月ぶりになろうに参上仕った。
私が来た。
読者の皆々様はいかがお過ごしか。
私はかろうじて病気をせずに生きている。毎日が奇跡、毎日に感謝である。
今更何を書くのかと、今まで取るに足らないことばかり書いてきたのだから、最後ばかりはまともなことでも書くのかと、思われるかもしれないが、第一話からそうであったように、徹頭徹尾まともなことを書くつもりはないので安心したまへ。変わらない安心をあなたへ。
そうはいっても流石に、私の徒然なる生活についてここで述べたところで誰も幸せにならないのは、火を見るより明らかというものであり、ドラマティックとは対局にある私の日誌をここに綴るつもりはない。誰も私の私生活になど興味はないし、私もなるべく振り返りたくはない。その点において我々は意見が一致することと思う。
さて話は一転するが、このあとがきで書くのは、この物語で真似をすると読者諸君の人生がめちゃめちゃになる事柄についである。無論のこと、なろうに入り浸る人間は書き手であろうと読み手であろうと、もとよりまともな人生が送れているかは、私の関知するところではないので、敢えて何か言うつもりはない。
本題に入ろう。
この物語の終盤、主人公の花丸元気はある決断をする。それはハンガリーという国にある大学の医学部に進学するというものだ。好きな女がいるからと言って、外国の大学に行くなどという、軟派も極まるとここまで来るか、というところではあるが、彼の下心はおいておいて、実際のところ東欧への医学部留学とはどういうものなのだろうと、気になった読者はいたかもしれない。
あるいは中学生、高校生の読者がいたとすれば、彼の真似をしようかと血迷っている御仁もおられるかもしれない。
結論から言おう。
あまりおすすめはしない。
ハンガリーでなければ学べないものを学びに行きたいと言うなら、止めるつもりはない。ハンガリー語を駆使したハンガリー流の診察は、言うまでもないが彼の国で学ぶのが最もだ。
そういう奇特な人間は好きにすればいいが、どこでもいいから医学部に入って、医師免許がほしいという人間は、絶対やめたほうがいい。素直に国内の大学を出て免許を取ることをおすすめする。
ハンガリーでの医師免許取得を謳って、ハンガリーの国立大学(4校)への入学を斡旋するエージェントが存在している。この団体は日本にも事務所を構えている。
彼らが言うにはハンガリーでの留学生活には一年あたり300万円ほどあれば足りるという。これは生活費と学費込みの費用だ。6年でおよそ1800万円である。安くはないが、国内の私学に比べるとだいぶ抑えられている。
日本の私立医学校では、学費だけで5000万円ほどかかる学校もある。プラス生活費が上乗せされるのでハンガリーより随分と高くつく。
おまけにハンガリーの国立大学への入学は日本の医学校への入学よりも容易という情報まである。
そして授業は日本人に多少は馴染みのある英語で行われる。
英語でのグローバルスタンダードな医学教育を受け、医師免許を取って、国内のみならず全世界で八面六臂の大活躍ができる。医師の給与であれば、払った学費はすぐにペイできる。
そんな甘い文句で日本での受験戦争に疲弊した多浪生や、右も左もわからない少年少女を拐かしているのだ(暴)。
しかしだ諸君。上手い話には裏があるというもの。
なぜハンガリーという国は、外国から人を集めて、医師免許を取らせているのか。
彼らがやっているのは免許ビジネスだ。
何かというと自動車教習所がやっていることと同じようなものである。
ハンガリー国内ではもともと医師の給与が低く、不人気の職業だった。彼らの年収は日本での医者の平均年収の三分の一にも満たない。それ故医学部を志望する学生も少なかったのだ。それに目をつけた某機関が、外貨獲得のために医学部留学生を呼び込み始めたのがことの起こりである。
斜陽状態の日本社会とはいえ、東欧に比べれば、円の力は強く、ハンガリー側としてもこの免許ビジネスはウハウハだったわけだ。日本のみならず先進諸国から、是が非でも医者になりたい人間がこぞって応募した。
ここまでの話だけなら
「ああなんだ。ハンガリーは儲けられるし、俺たちは医師免許も取れるし、Win-Winじゃないか」
と思う人もいるかもしれない。
知っている人もいるかもしれないが、日本で医者をやるには、日本の医師免許が必要だ。何を当たり前のことを思うかもしれないが、たとえアメリカの医師免許があっても、イギリスの医師免許があっても、そしてハンガリーの医師免許があっても、日本の医師国家試験に受からなければ、日本での診療業務はできないのだ。要するに国内では海外の医師免許はただの紙ぺらなのだ。
ここでどれくらいの帰国勢が日本で医師免許を取れているのか見ていきたい。
厚生労働省のデータによると第116回医師国家試験の合格者について、海外大卒(本試験の受験がストレートに認められた認定者と、予備試験の合格者)の志願者167名中合格者は78名(合格率48.8%)としている。参考として日本の大学卒の合格率は国立大(92.2%)、公立大(93.5%)、私立大(92.4%)。
外国語で教育を受けた人間が日本語で行われる国家試験に通りにくいのはある程度仕方ないので、海外大卒の合格率が低いのは当然と言えば当然だ。むしろこのデータを見て、海外大卒でも何回か受ければ受かりそうだと思う人もいるだろう。
だがよく考えてほしい。海外大卒の受験者が167名であるということの意味を。
この内訳には日本国籍の人間も含まれるが、6割ほどは中国や韓国と言った海外の国籍の人間だ。国籍別の合格率で、日本国籍の人間のほうが多いかというとそんなことはなく、むしろ海外の国籍の人間のほうが最終的に合格率が高い年もある。
少し前のデータだが、平成29年度の海外大卒受験者は134人で、内ハンガリーの大学からは22名受験している。
ここで衝撃の事実が出てくる。日本に割り当てられたハンガリーの医科大学の定員は4大学合わせて、ちょうど百人だ。入学時100人いたはずの留学者のうち、最終的に試験を受けるのは20-30名しかいないということだ。入学者の5人中4人は行方不明なのだ。大事件である。実際某機関が発表している、ハンガリー留学者の平均進級率が60-70%であることを考えると(おそらくは低学年での留年率が高く、学年が上がるにつれ留年しにくくなる)、入学時、前後左右に並んでいた同期が卒業までに全員消えているというのは、もっともらしい話である。
要するにハンガリーの医学部に入っても、卒業できるとは限らないのである。7-8割の人間は途中でドロップアウトしているということが予想される。
ネットを浮遊していると、ハンガリーの大学を卒業し、日本で診療している医師のスバラシさを称えるような記事を見つけることが出来るが、これは生存バイアスであると思われる。つまるところ、もともと日本の国立大学医学部に受かるのと同等の能力か、あるいはさらに高い能力を持った人間だけが、最終的にハンガリーの大学を卒業し、故郷に錦を飾っているのだろう。
ハンガリーの大学になら、受かりそうという、極めて後ろ向きな理由で留学に臨んだ人々は、挫折して帰ってくるか、そのまま行方不明になっているのだろう。
考えてみれば、世間一般に見て能力が高めの日本の医学生が、母国語でこなしている勉強を、海外大卒の医学生は英語と日本語の両方でしなければ、卒業と国家試験合格ができないのだから、日本の医学生に求められる以上の処理能力を有してなければいけないはずなのである。英語は日本人に多少なじみがあると言っても、高度な専門教育を受けられるまでの能力を有している少年少女が日本にどれだけいるか。はっきり言って、日本の国公立大の医学生でさえ、それを行うのには難儀するだろう。
要するにだ。日本の大学医学部に入れない人間は、ハンガリーに行ったとしてもうまくいく可能性は低いということだ。残念。
とここまで書いておいて、最後にちゃぶ台返しをするが、まともなことを書くつもりはないといったように、ここに記したことは、私がインターネッツで見つけてきた厚労省やハンガリーの某機関のデータをもとに、私の頭の中で作り上げた妄言であり、エビデンスレベルは極めて低いと言わざるを得ないので、「俺、私はハンガリーに行って医者になるぞ」と意気込んでいる、無垢なる少年少女の志を挫くものたりえない。というかこんなどこの馬の骨とも知らぬ男が書いた駄文を鵜吞みにして、自分の進路を変えるような人間は、どうあがいても自己実現をするのは難しいと思われるので、即刻医学部留学など辞めた方が身のためかもしれない。
ではさらばだ。