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 春になると自動車が砂にまみれるのは、この国の風物詩。風物詩というとなんだか、情趣を感じられるもののように聞こえるが、愛車が砂まみれになるのを喜ぶ独特な感性の持ち主はともかく、多くの日ノ本の民はこの大陸からのプレゼントをありがたがってはいない。偉い先生が言うには、春に黄色い砂がふわふわと列島を包み込むのは、大陸の砂漠を覆う雪が溶けて、隠れていた砂が顔を出すからということらしい。

 母親は洗濯物が汚れるとぼやき、父親は車が汚れるとぼやいている。

 それを見るに、俺は高性能な乾燥機と砂の色が目立たない車を買うことを心に誓うのだ。


 黄砂に悩むのは十年後の俺に任せておいて、それ以上に今の俺にとって問題なのは、ズビズビと鼻と目と口と、顔面の粘膜を一通りむず痒くさせる厄介な粉が、やる気を出してきていることだな。

 そう花粉症である。


 関係省庁のお役人にはいち早く対応していただきたい。

 ことは国家存続に関わるのだ。

 そこの君、大袈裟だと笑ってはいけない。

 例えば、どこにでもいる普通の女子高生(美少女)が、とある男子に恋をしているとしよう。しかしその男子は花粉症で、春になれば鼻をズビズビさせ、目も開けられないような状態だ。

 女子高生がその男子に思いを告げようと、彼に相対したところで、杉の雄花の放精に心も体も奪われてしまっている男子には、彼女の言葉など届きはしないのである。何か言うたびヘクチョン、ヘクチョンと返すばかりで会話にならない。

 こうなってしまっては百年の恋も醒める。


 要するに美少女との恋を成就させるためにも、我々はスギ花粉症を撲滅する必要があるのだ。そうしなければ最悪、日本国民が滅びてしまう。

 思うに少子化の原因も、春の素敵な出会いが杉の花粉によって台無しにされていることに起因する。多分違う。


 日本国民が絶滅するかまでは分からないが、本邦に蔓延するスギ花粉症という疾患は、国民のパフォーマンスを著しく削いで、重大な経済損失を生み出しているのは少なくとも事実だろう。

 だからと言って、杉に覆われた森林を焼き払うわけにもいかない。

 問題は杉に偏った植生であるので、俺としては、多層性を持った自然林を復活させることで、森林の多様性と、国民生活の向上という二つの目的を到達することができようと考えるが、いかがか。


 多分どうにもならない。ヘクチュッ。


 そのような感じで、幾分と高尚な思索に耽りながら、黄砂のせいか、花粉のせいか、やたら滲んだ春の通学路を、俺は自転車で疾走していた。


 今日は出発日だ。俺はいつもみたいに自転車で学校に向かっていた。大体の荷物は昨日のうちに学校に運んでおいたので、今は割と身軽だ。

 

 学校側がマイクロバスを用意してくれるので、それでセントレアへと向かう。

 

 ハンガリーの首都ブダペストへは、日本からの直行便はない。なのでセントレアから飛行機に乗り、ドイツのフランクフルトを経由してハンガリーに入る。

 

 朝、学校に着いて、校舎内からスーツケースを引っ張って玄関前のロータリーに出たら、安曇、豊川と付添の先生の他、見送りに校長先生と執行部の生徒が二人、そして部活前なのか、テニスウエア姿の各務原までいた。


 満開になった桜の木の下、談笑する彼らを見ると高校のパンフレットに載った写真でも眺めている気分になる。


 彼らと目が合った。四月とはいえ朝はまだ寒い。執行部の二人は制服の上にコートを羽織っている。

 見た感じ、機嫌は悪いどころか、楽しそうな様子である。

 それでも春休みにわざわざ出向いてくれたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。


「やあ、花丸くん。いよいよだね」

 執行部の一人、執行委員長の山本が到着した俺に対しそう告げた。


「おう山本。執行委員長様に見送りにこさせるとは悪いことをした」

 俺は手を上げ、軽口を叩いた。各務原にも視線を送り、会釈した。「各務原もわざわざすまんな」


「部活のついでだから気にすんな」

 各務原はそう言ってニカっと笑う。


 次いで山本も

「まあ、僕も入学式前に色々やることはあるから、どのみち学校には来てたよ。あと一応言っておくけど、僕は新学期からもう執行委員長じゃないよ」

 そう言って隣に立っている人物を見やる。


「どうも先輩。先輩のおかげで執行委員長に選ばれてしまった私が、直々に見送りに来てあげましたよ」

「ほーん。俺のために来てくれたのか。悪いな」 

「いや別に。ただの仕事なんで。というか花見のついでですかね?」

「え、じゃあお土産要らない?」

「アアセンパイダイスキ、ダイスキナノデカワイイコウハイノタメニ、オミヤゲカッテキテクダサイ」

「せめて感情込めて言おうか」


「どんなのが欲しい?」

 俺と山本達が話しているのを見て、安曇が近づいてきて、蒲郡にそう尋ねた。


「あ、え、全然気にしなくていいですよ。安曇先輩は思い出話をたくさん聞かせてくれれば」

「ううん。遠慮しないで」

「ほんとに大丈夫です。花丸先輩が美味しいお菓子たくさん買ってきてくれると思うので」

 蒲郡はそう言って、ちらっとこっちを見た。

 

 なんでこの子、俺には遠慮しないんだろう。

 

「あ、じゃあ、まるもんと一緒に選ぶね!」

 安曇が肩をポンポン軽く叩いてくるのにたじろぎながら

「お、おう。そうだな」

 と口を滑らしてしまった。

 いかん、土産物の確約をしてしまった。

 ……いや別に、お菓子くらい買ってくるけどさ。


「何がいいかな?!」

 安曇は乗り気みたいで、目を輝かせながら尋ねてくる。

「ドナウ川の水で作ったソーダはどうだろう?」

「えー、なんか泥臭そう」

「これこれ、シュトラウスに怒られるぞ。美しく青きドナウを馬鹿にするなと」

「それウィーンの曲でしょ」

「あれ、知ってた?」

「ピアノで弾いたことあるから。ていうか割と有名だし。……なんか結婚式でよく流れているイメージ」

「え? 結婚式?」

「うん」

「……入場の時とか?」

「というより、披露宴の途中でかな。入場曲はカノンとか、G線上のアリアとかじゃない?」

「ほぇ~。聞いたことある。それにしても安曇ピアノ弾けるんだ。しゅごい」

「まあ一応。小さい時にお父さんが習わせてくれたの。大変だったけど習っててよかったなぁ。……まるもんも子供出来たら習わせてあげたら? 海馬? 脳? の発達にいいらしいよ?」

「ほう。確かに譜面見たり、手動かしたりで、統合処理が必要だから、情報処理能力はビシバシ鍛えられそうではあるな。小脳とかも発達しそう」

「なんかまた小難しい話してる……」



 蒲郡はそんな俺達をじっと見て、何を思ったのか

「なんか、先輩たちハネムーンに行く人達みたいですね」

 とボソッと呟いた。


「え! やだぁー! そんなのありえないよね!」

 安曇さんは大きな声を出し、バシバシ叩いた。

 俺を。


 なぜ?


「安曇はん、落ち着きなはれ」

「え、だって、茉織ちゃんが変なこと言うから。まるもんも何か言ってあげてよ」

 安曇は尻すぼみに声を出し、恥じ入るように顔を赤らめた。


「まあそうだな。ハンガリーにハニームーンなんてありえないな」

「……うん」

「できることなら犬山温泉とか尾張温泉とかで済ませておきたい」

「え!? そういう問題??」

 現実的なアイデアを出したというのに、安曇さんは何をそう大袈裟に驚いているのか。


「……先輩、国内どころか県内すら出る気無いじゃないですか。もうちょっと頑張んないと花嫁に逃げられますよ?」

「うーむ。頑張って下呂か熱海。最大限譲歩して草津か別府だな」

「距離はともかく、なんでチョイスが町内会の慰安旅行みたいな旅行先なんです? せめて華やかなところにしましょうよ。南の島とか」

「……日間賀(ひまか)島とか?」

「……日間賀島、華やかですか? ていうか距離縮んでますし。沖縄とかグアムとかハワイとかでしょう? 普通南の島って言ったら」


「ハハハ。旅が充実するかどうかは、どれだけ移動したかで決まるわけじゃない。誰と何を見て、どう感じるかが重要なのだ」

「それっぽいこと言ってますけど、先輩ご自身で旅行したことないですよね?」

「何を言う。俺にとっては毎日がエブリデイ。永遠のトラベラーなのさ。ゲフンゲフン」

「トラベラーというより只の迷子(ロストボーイ)ですよね。というか毎日がエブリデイなら到底何も起きそうにないですし」

 ……。


「……さてそろそろ出発か。忘れ物はないかな」

「……私はどこでもいいと思うよ。下呂でも熱海でも」

「…………ありがとう、安曇」

 なんか優しくフォローされたけど、逆に辛くなってきちゃったな。ぐすん。


 俺が人知れず涙を飲んでいたら

「あれれ~、おかしいぞぉ。花丸ではないかぁ」

 なんか鬱陶しいやつが来た。


 野球の練習着を着たその男は口を開いて

「帰宅部の花丸くんが春休みに学校にいるなんて。ぼかぁびっくりですわ」

 と唾を飛ばさん勢いで喋る。


「……帰宅部じゃないし」

「え、え? そうなん? でも何しとるん君? 部活やあらへんやろ?」

「……今日出発日なんだよ。お前知ってるだろ」

 こいつ何度俺に出発日を聞いてきたことか。


「え! 出発日!? どこ行くの?」

「だからハンガリーつってんだろ」

「え! 一人で行くの?!」

「……安曇ととよ──」

 外野は俺の言葉を遮って言った。

「あ! 安曇さんも行くんだ!! ああそう! 二人で? へぇーーー!!」

 う、うざい。


 馬鹿は放っておこうとくるりと背を向けたら、外野は急に声音を変えて

「旅先で酷い目に遭ってもちゃんと帰ってこいよ」

 と告げた。


「酷い目ってなんだよ」

「そら色々さ。スリでも、身包み剥がされるんでも、テロに捕まるんでも」

「それは確かに酷いな」

 帰る帰らないの話ではなく、生きるか死ぬかの話になっている。


「でもちゃんと帰ってこい」

「帰ってきてどうしてくれる?」

「俺の胸で泣かせてやる」

「誰が貴様の胸なぞ借りるか」

「へへ。素直じゃないなぁ。このツンデレさんめ」

「ツンデレじゃないもん」


 と、嫌がらせ紛いというか、ほぼほぼ嫌がらせのような激励を受けたところで

「じゃ、そろそろ乗り込みましょうか」

 と引率の先生に指示され、待機していたマイクロバスに乗り込んだ。


「席空いてるようなので、見送りに来た生徒さんも乗っていきますか?」

 校長先生がバスの乗り口から顔を出して、外に立っている連中に聞いた。

「あ、私セントレア見てみたいです」

 と手を挙げて乗り込んだ蒲郡に続いて

「我も我も」

 と同様に乗り込もうとした馬鹿は


「こら!! 外野!! 何やってる!」

「げ!? なぜここに先輩が?」

 と大声を張り上げながら走ってきた野球部の人間に引きずり降ろされた。よく見ると、あの恋路ヶ浜先輩である。


 恋路ヶ浜先輩は外野を引き摺りながら

「大学始まるまで、練習に付き合うことにした。さあお前も来い」

 と言い「悪かったな、花丸。阿呆が邪魔して」と俺に頭を下げてきた。

 俺が「お気になさらず」と言おうとしたところで

「やだぁー!! 我もセントレア行きたひ!! そのために朝早く来たのにぃ!! 行きたひ行きたひ!!」

「馬鹿! エースがそんなんで試合勝てるか!」


 彼らは喚き散らしながら、グランドの方に向かっていった。


 そんな彼らを遠巻きに見物していた蒲郡は口を開いて

「嵐みたいでしたね」

「まったくだ」


 外野と同様に部活のある各務原もバスには乗らず、結局校長先生の他、山本と蒲郡が空港まで付いてくることになった。


 バスは走り出し、インターチェンジから高速に乗った。

 

 その折

「それにしても先輩って、結構いろんな人に好かれてますよね」

 と蒲郡が俺の方を見て言った。


「……そうか?」

 意外な事を言われた俺は、首をかしげながら聞き返す。


「あ、別に、私が先輩のこと好きってことではないですよ」

「いや、それは知ってるけど」

「……ま、どうでもいいですけどね。それはそれとして、先輩達が帰ってくる頃には桜も大体散っちゃってますかね?」

「今が見頃って感じだしな」

「先輩知ってます? 中庭とか凄いですよ。霞みたいになってて。今年はしょうがないとして、いつか皆でお花見できるといいですね。花見しながらバーベキューみたいな?」


 蒲郡の話を聞いた安曇が

「ああ、それいいね! 穂波ちゃんとか、山本君とか呼んで皆でやりたい」

 と言った。


 蒲郡はニッコリと微笑んで

「じゃ、とりあえず先輩は場所取り係ですかね?」

「おい」

 

 なんやかんや賑やかな車内で過ごしたあと、滞りなくセントレアこと中部国際空港に到着した。


 セントレアは俺たちが小さかった時に、手狭になった名古屋空港の代わりに、伊勢湾を埋め立てて作られたハブ空港だ。島全体が空港と関連施設の敷地になっている。

 空港の建物を上から見ると、鳥が翼を広げたような形になっており、左翼が国際線、右翼が国内線と分かれている。二階三階がそれぞれ到着、出発ロビーなのだが、最上階である四階にはレストラン街に加え、土産物を売るテナントはもちろん、ハイブランドショップまで入っているという。某ショッピングモールに飽きてしまった、背伸びしたいお年頃の女子にはうってつけの場所というわけだ。

 マイクロバスを駐車して、中に入ったはいいものの、次期生徒会執行部執行委員長(已む無くとうとう公称となってしまった)は、さきほどから四階の店が気になるようで、ちらちらとそちらに熱い視線を送っている。今まさに異国に赴こうとする先輩の勇姿には露ほども興味はないらしい。全く素直なやつだ。


「見て見て先輩。あのブランドのアクセ私欲しいです!」

 俺が慣れないスーツケースを(ぎょ)すのに苦労しているところで、蒲郡は俺の袖をぐいぐい引っ張りながらそんなことを言った。

 彼女が指差したのは階上に見えているティファニーのショップである。


「……なぜそれを俺に言う?」

「え、なぜって。言ってたら、先輩が買ってくれるかもしれないじゃないですか?」

「買うわけないだろ。あほか」

「アホって、酷い!! っ……! 先輩っていつもそうですね。私のこと一体なんだと思ってるんですか?!」

「逆にお前は俺のことをなんだと思ってる?」

 

 俺がおうむ返しに尋ねたら、蒲郡はしばらく考え込むような表情をしてから、神妙な面持ちで答えた。

「……ミツグくん?」

「なんでだよ?!」

「え、だってまだ先輩、車の免許持ってないですし」

「俺が免許持ったら足にする気満々じゃねえか」

「ま、そうですねえ」

 そうですねえ、じゃないんだよ。まったく。


「大体ティファニーなんてもんはヘプバーンみたいに可愛さの中にも大人の色気を持つレディが付けて初めて似合うものであって、子供が身につけるようなもんじゃない」

「え、つまり先輩は、私みたいに素で美少女は、アクセなんてつけなくても十分映えるよって言いたいってことですか?」

「違うそうじゃない」

「あ、つまり、私にはプラダの方が似合うよってことですか? アンハサウェイより可愛いってことですか?!」

「どうしてそうなる?」

「でもごめんなさい。どんなに熱烈に口説かれても、先輩を恋人にすることはありませんから。まあメッシーくんくらいならさせてあげてもいいですけど? 二階級特進ですね」

「奢らされてるだけなのに、メッシーくんそんな偉いのかよ」

 つか、二階級特進って俺死んでるじゃん。


「当たり前じゃないですか。食費出すだけで私みたいな女の子と楽しくお食事できるなんて、これ以上にないほど破格ですよ?」

「逆に言うと、今後一生飯奢るなら、ずっと隣にいてくれるってことか? もはやプロポーズだな。照れる」

「そそそんなわけないじゃないですかっ!!」

 べしっと良い音がした。今日のまるもんはよく叩かれる。


 己の薄幸を嘆こうとしたら

「もう、まるもん。茉織ちゃん、からかっちゃだめ」

 と安曇がぐいと、蒲郡から俺を引き剥がすように腕を引っ張った。

 どちらかと言うとからかわれていたの、俺の方だろ?


 俺が弁明をしかけたところで

「チェックインしたのでスーツケース預けて、保安検査場行きますよ」

 引率の先生がそう告げた。


 見送りはそこまでだ。

 蒲郡も静かについてきて、保安検査場の金属探知機のゲートやらが見えてきて、いざそれに並ぼうとしたところで


「あの、先輩!」

 と声をかけてきた。


「どした?」


「あ、……えっと。いってらっしゃい」

 といつになくしおらしい様子、というか若干モジモジした様子で言ってきた。


 俺は微笑んで答えた。

「ああ。いってくる」


 俺、安曇、豊川、先生二人、と五人全員が問題なくセキュリティーゲートを抜けて、見送りに来た校長先生と、山本、蒲郡にゲート越しに手を振った。


 最後に蒲郡は両手を口に添え

()()()()! 頼みましたよ!!」

 と先ほどのいじらしさはすっかり吹き飛んだようで、蒲郡らしいやり方で俺たちを見送った。


 先生からチケットを受け取って、搭乗口から飛行機に乗り込んだ。

 自分の座席のところまで歩いていったのだが、安曇がピッタリとついてくる。


 俺が荷物を棚に上げて、安曇もそこで立ち止まったので

「……席番ちゃんと見ろよ。離れてると思うから」

「え? 私もここだと思うんだけど?」

 とキョトンとした顔を見せた。

 彼女がチケットを俺に見せてきたので、覗いてみると、たしかに俺の隣の席番になっている。


「はぇ。本当だ」

「ていうか、普通にみんな近くに座れると思ってたんだけど、他の人はバラバラだね」

 安曇はキョロキョロと顔を動かし、パーティーの面々がどこにいるのか確認する。


「エコノミーだからな。座席指定とかできないんだろ。多分チェックインのときに席が決まるんじゃないか」

 チェックインの時に空いていれば、団体客の分は固めて席を取ってくれるのだろうが、今回はそうはいかなかったようだ。


「あ、そう言うものなんだ。だったらラッキーじゃん。知らない人の隣だったら気が休まらないし」


「……中途半端に知人だと寝顔とか見られるの恥ずかしくないか?」

 俺がそう言ったら、安曇は途端に顔を曇らせた。


「……まるもんが寝てから寝る」

 安曇さん、絶妙に嫌そうな顔をしているが、実のところ修学旅行のときにバスの席が隣だったので、お休み中のご尊顔は拝見してしまっている、なんて話があるわけだが、言うのはやめておこう。


 その後、安曇の荷物も棚に上げてやり、席についた。


 窓側に座った安曇は小さな窓から外を覗いて

「うーん。茉織ちゃんたち、デッキから見るって言ってたけど、小さすぎてよく分からないな」

 と言った。


 離陸前になり、緊急時の説明をするビデオが流れ、飛行機は滑走路へと移っていく。


「なんかワクワクするね!」

 安曇は周りに気を使って小さな声ではあるものの、幾分と楽しそうに俺の方を見た。


 ジェットエンジンが唸りを上げる。

 鉄の巨鳥は速度を増し、俺の体は座席にぐっと押さえ込まれる。


 タイヤと地面が擦れる音が徐々に大きく高音になっていき、ふっと機体が浮くのを感じた。


 窓から見える景色はあっという間に小さくなっていき、俺たちは大空に包み込まれた。


   

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「ひまわりの花束~ツンツンした同級生たちの代わりに優しい先輩に甘やかされたい~」
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