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夏合宿後編

 島に来てからは、やることがいっぱいで息をつく暇もなかった。山本とは以前にもまして理解し合えるようになったし、橘ともいろんな話ができた。最初は乗り気ではなかったが、素直に来て良かったと思えるようになった。

 一番の難癖だった深山とも三日、四日と経つうちに、次第に慣れて、普通に会話できるくらいにはなった。


「え、あのお嬢ちゃんと伊吹山登ったのか? あんな華奢な体でよくやるな」

 俺が橘と伊吹山に登ったことを話したら、深山はそんなふうにコメントした。


「そう思うだろ。むしろ俺の方がやばかったからね。なんとか登り切ったけど。『あなた、歩くのが下手なのよ』って野次言われたし」

「あの子のああいう態度、二人の時でも変わらんのか」

「むしろ二人きりの時のほうが口悪いんだぜ。ほんとかわいいだろ」

「それは意味わからんが」


 気分が良くなった俺はそれから、深山の恋人のことを褒めるつもりで

「さやかちゃんは、萌菜先輩に似てえらい別嬪だな。山本は当然だが、深山も先輩の事は知ってるだろ。前の執行委員長」

 と言った。


 しかしその瞬間、深山は少しピリッと強張ったような顔になった。

「……どした」

「いや。なんでもない」


 明らかに、萌菜先輩というワードに反応している。


 萌菜先輩は立派な人だと思うが、余人には理解し難い行動をすることもあった。人によっては横暴だと思うこともあったかもしれない。深山ももしかしたらそういう被害者なのだろうか。ならば俺と同じである。


 俺がここでまた深山との仲間意識を深めたところで、代わりに山本が答えてきた。

「萌菜先輩のことは太郎もよく知ってるよ。実はここで合宿をするっていうのも、去年先輩が主導してやったことを真似しただけなんだ」

 

「え、そうなのか。じゃあ、先輩と山岳部の四人で合宿したのか。えらく仲が良かったんだな」

「うん、まあ。あ、でも去年は太郎の妹が参加してたけどね。今年は高校の部活と被っちゃったんだよね」

「ほーん」


「萌菜先輩は今年は受験の年だからなかなか大変だと思うけど、頑張って欲しいな」

「おい、雄清」

 山本が喋っていたところ、深山が口を挟む形でそれを制した。


「……ごめん。喋りすぎたね」

 山本は申し訳なさそうな顔を見せた。


 俺はその二人の微妙な雰囲気を察して言う。

「なんだ。深山は萌菜先輩が苦手なのか。たしかに強引なところはあるが、悪い人じゃないだろ」

「別に。そういうわけじゃない。いない人のことをとやかくいうのは良くないだろ」

「そんな、悪口を言ってるわけでもないのに」

「とにかく、やめだ」


 俺は深山が例の如く仏頂面になったのを見て、緊張を和らげてやろうと冗談を言った。


「ははん。さては萌菜先輩のこと泣かせたから、気に病んでんだろ。気にすんな。先輩はそんなことで転校したわけじゃないから」


 当然深山はそれを否定するものと思った。そんな荒唐無稽なことありえるはずないから。

 しかし予想と反して、深山は黙りこくった。


「……て、なんで黙るんだよ」

「……別に」

 深山は口ごもってしまう。


「……まさか、本当に泣かせたわけじゃないだろ」

「……」


 俺は山本の方を向いて尋ねた。

「え? なあ、山本。俺、なんかまずいこと言ったか。ただの冗談だったんだが」

 山本はそれに気まずそうな顔をする。

「多分、冗談じゃないからじゃないかな」

「はい?」


 俺はもう一度まじまじと深山の顔を見た。やはり深山は何も言わない。……いや、まさかこいつが。


 俺は恐る恐る尋ねた。

「もしかして、深山、先輩が大阪行った理由知ってたりする?」


 深山は言った。

「黙秘権を行使する」

 そのセリフはYESと同義である。


 俺は驚嘆した。


 そこで湧き上がった思念が良くないものである事は分かっていた。

 それでもむくむくと起き上がってきた野次馬根性を、俺は抑えることが出来なかった。


「こいつはたまげた。あの人がいなくなったのは、お前が原因か」

 

 女傑綿貫萌菜が惚れ、そして彼女を盛大に振ったのは、なんと眼前にいるこの男なのだ。

 俺はそこでようやく、萌菜先輩が言っていた数々の言葉と、彼女が諦めなければならなかった事情を察した。

 先輩は好きになっちゃいけない人を好きになったと言った。

 俺はその言葉を彼女の家柄のことと絡めて解していたが、違ったようだ。

 家に縛られる人生もなかなか大変だが、彼女の場合もっと苛烈だったに違いない。


「いや、世界というものは狭いな。まさか先輩が惚れた男と合宿に来ることになるとは」

「……お前はなんで色々知っているんだ。先輩のストーカーか」

 深山は忌々しげな表情で俺のことを見た。


「違うわ。先輩から相談受けてたの」

「じゃあ、全部お前のせいじゃないか」

「ばーか。女の子が、それもあの先輩が男に告白するのに、誰かの助けが要ったと思うか。確かに背中を押しはしたが、先輩は悔いの残らないようにしたんだ。それとも何か、お前は迷惑だから告白してくんなとでも思ったのか。気づかないふりして、仲良くしたかったんか。失礼なやつだな。女舐めんな」

「……他人事だと思って、勝手言いやがる」


 萌菜先輩が惚れたのはこの男。

 そしてこの男は……

 

「あいつに言ったら、本気で怒るからな」

 深山は真剣な表情で俺に釘を差した。

 あいつというのは、萌菜先輩の従妹である綿貫さやかのことだろう。


 萌菜先輩は従妹の恋人に惚れてしまったのだ。


 深山の言葉を聞いて、渦中の人物はどういう経緯で先輩が転校したのかをまだ知らないらしい事が分かった。先輩は綿貫さやかに気を負わせないため、適当な理由をでっち上げたのだろう。それだけ先輩は彼女のことを愛していたのだ。


「お前も過保護だね。女はお前が思ってるよりずっと強い。これだから生物選択は」

「あんだと? 女の気持ちが計算で分かると思っているようなやつに言われたくないわ。お前は何も分かってない」


「あ? 生選はつけあがるから嫌だな。自分は女子の気持ちもよく分かりますってか? 女子は餌やったら喜ぶネズミじゃねえんだぞ」


「あん? 生物学は物理学と化学と地学を内包する総合科学だ。つまりより高等なんだよ」

「あ? お前には超ひも理論の素晴らしさを教えてやる必要があるな」

「超ひも? それは旧財閥のご息女と付き合って逆玉を狙ってるあんたのことか? 子育てを手伝わない雄は生物でも珍しくないが、雌に養ってもらう雄は人間ぐらいだな」

 なんでこいつ橘のこと知ってんだよ!? てか、何だとコラ。


「おうてめえ、表に出ろや。お前には運動方程式のうの字から教える必要があるみてえだな」

「いいぜ。やってやろうじゃないか。代謝のたの字も知らないお前に、理科の真髄である生命の美しさを教えてやる」


 俺と深山が一触即発の事態になっている間に山本が割って入り

「まぁまぁ二人とも。抑えて抑えて。争いは何も生み出さないと、歴史が帰納的に証明しているじゃないか」


「「文系は黙ってろ」」


「科学文明を発達させたのは人間の競争心。つまり争いにほかならない。研究者がライバルなくして素晴らしい発見をできただろうか、いやない」

 俺は言った。


「生命の進化の歴史とはすなわち競争の歴史だ。弱肉強食の世界で生き残るために、敵に、時に同種の生き物に打ち勝ち、生物は進化し続けてきた」

 深山は言った。


「「争いこそが人を成長させる」」

「……やっぱり君ら似てるよ」


   *


 俺は黒岩さんが近くの島で買ってきてくれたアイスクリームを舐めながら、テラスの椅子に座って星を眺めていた。

 

 深山が風呂場から上がったのが見えた。そしてこちらへとやってくる。涼みにきたのだろう。そして物欲しそうに俺のアイスクリームを見た。

 

 俺は無言で深山に冷凍庫からアイスと取り出して渡してやり、ついで昼の話の続きをした。

「俺は別に間違ったことしたとは思ってないし、先輩だって自分で決めたことだ。少なくとも最後に会った時はだいぶ晴れやかな顔をしていたよ。だからそんな思い悩むな」


 深山は黙ってアイスクリームを受け取り、こう返してきた。

「お前に思い出させれるまでほとんど忘れられていた罪悪感だよ。散々引っ掻き回しといてよく言う」

「いやいや。お前だって自分の気持ちに正直に生きたんだから、誰にも咎められんだろ」


「……逆に聞くが、もし花丸が好きじゃない女子に告られたら、なんの心残りもなく振ることはできるのか」

「おいおい。そんな愉快な事態に陥ることがあるなんて、俺は聞いたことがないぜ。お前みたいな色男と一緒にするな」

「……お前、それ本気で言ってんの?」

「……いや、そんな怒るなよ」

「はあ。だめだこりゃ」

 おい。何が駄目だって?


 深山は話題を変えるように言う。

「ツンデレちゃんとはいつから付き合ってんだ?」

「ツンデレちゃん言うな。……大体まだ付き合ってないし」

「え、あれで付き合ってないとかどういうことだよ」

「俺が聞きたいよ。曰くお試し期間中らしい」


「返事待ちってことか?」

「多分そんな感じ」


「面白いことしてんなあ。はよくっつけばいいのに」

「俺もそう思う。だが俺はいつだってあいつの考えを読めたことがないんだよな」

「そりゃ、女心は永遠の命題だからな」

「それはそうかもしれない」


   *


 それから風呂に入ったのだが、また喉が乾いてしまった。

 部屋の冷蔵庫は空だったので、水を飲みに俺はキッチンに向かった。


 コップに水を注ぎ、ソファに座ろうとリビングに行くと

「あっちー」

 リビングのソファで安曇が熱った体を投げ出しているのが見えた。寝る前だからかTシャツに短パンという随分ラフな格好をしている。お父さん、男子の前でそんな格好していいだなんて言ってませんよ。


「あ、まるもんだ」

 安曇はこちらに気づいて俺の顔を見て言った。


「うっす」


 俺はコップの水をこぼさないように、慎重にソファに腰を下ろした。リビングのソファはL字に置かれており、俺が座ったのは安曇から一番離れたところだ。


 それを見た安曇は

「……いやなんでそんな遠く座るし」

「え、だってお前暑いって言ってんじゃん」

「だからってそんな距離取られると、なんか嫌なんだけど。喋りにくいし。こっち来なよ」

 そう言って安曇は自分の隣をぽんぽんと叩いた。


 俺は渋々従い、彼女の隣に座る。


「もう残り二日だよ。楽しいことって時間が過ぎるの早いよね」

「そだな」


「まるもん、今までで何が一番楽しかった?」

「今までのところなら、勉強会だな。なかなか賑やかで良かったと思う」

「えー。あんな深山が深山がって文句言って、口論ばっかしてたのに、結局楽しんでんじゃん。実は深山くんのこと好きなんじゃないの」

「自分でも驚いている。彼のことを考えるとイライラすることもあるんだけど、彼のことを考えないではいられないというか。気づけば彼のことばかり考えてるの。でもこんな気持ちは初めてだから、ゆっくり時間をかけて自分の気持ちを確かめようと思うの」

「やっぱり大好きじゃん。なんか、少女漫画の主人公みたいなこと言い始めてるし」


 安曇はそこでよっこらせと言いながら、足を上げてソファの上で胡座をかいた。テカテカとピンク色になった太ももがお目見えして目のやり場に困る。


 俺は思わず彼女に言ってしまった。

「……あんまり、そう言う格好人前でしないほうがいいぞ」

「え? 胡座かくなってこと?」

「というより、……服装。変な気を起こす奴がいるかもしれんだろ」

「え、だって島にいるの私たちだけじゃん。それに昼間水着姿見てるんだから、これくらいどうってことないでしょ」

「いや、そうなんだけど……」

 なんというか、水着姿についてはこちらとしても心構えができてるから、水着ウォッチの頭ができているというか、いや水着ガン見してるってわけじゃないけど、目に入っても風景の一部として捉えることができる的なアレであってだな……。


「ていうかまるもん、美幸ちゃんいるのにどこ見てんの? やっらしぃ」

 安曇は口でそう言い、体を腕で隠しながら、楽しそうな表情をした。


「違う」

「違うって何が? 私の体見て、変なこと考えたから、そう言うセリフが出てくるんじゃないの? ほんっと男子っておっぱい好きだよね。こんなんの何がいいのかな」 

 そういって安曇は自身のたわわに実った果実をぽいんぽいん触ってる。やめなさい。


「おい。そんなわけないだろ。大体俺が女子の胸に重きを置いていたら、橘と付き合おうとは思わんだろ。ほら、あいつってどっちかって言うとあれじゃん」

 俺はそう言って自分の胸をペタペタと叩いた。


 そしたら安曇が非難するような声を上げる。

「ええ! 言っても美幸ちゃん標準サイズだからね! あれでちっちゃいとかほんとやだ。男子最低!」

「そうなのか? 安曇と比べて見てるからてっきり。いや、てかちっちゃいとか言ってないし」

 控えめなだけであってだな。


「やっぱ私の胸も見てるじゃん!! エッチ! 変態!!」

「だから俺は別にそこに重きを置いているわけではなくてだな、たまたま目に入っただけであってだな」

「……」

 安曇は俺の方を見て固まってしまった。「やっべぇ」みたいな顔をしながら。


「おいどうしたんだよ」

「…………」


 俺もなんだか嫌な予感がした。見たいけれど見たくないものが後ろにある気がする。

 俺は冷や汗をかきながら続けた。

「……いや、あれだ。ほら、微乳と美乳は表裏一体というだろ。いや違う、そうじゃなくて。普通が一番だ。そうだ普通サイズ万歳」


 しかしながらこめかみにぐりぐりと痛みが走った。


「あいたたたたっ! ごめん、ほんとごめん! 許して」

 俺の後ろに立ち、俺に攻撃を加えている人物は言った。


「あら。私は何を許せばいいの? 暫定のボーイフレンドが私の容姿について好き勝手言ったこと? それとも他の女子とおっぱいの話を楽しそうにしていたこと?」

「全部!全部! ごめんなさい!!」


 橘はこめかみへのぐりぐり攻撃はすぐに辞めたが、持っていたタオルで俺の体を縛って、くすぐり始めた。


「ギャハハハハ、ヤメ、あははっはああっはん、むり、ひゃっはあああん、ごめん、やめっやめろぉー」

 

 俺の言葉が彼女の耳に届くことはなかった。


  ✳︎


 五分後。


 風呂に入ったと言うのに、俺は汗だくになった体で、はあはあと息を吐いていた。


「あら花丸くんたら。どうしてはあはあ言ってるの? お風呂上がりの私を見て興奮しちゃったかしら」

 主犯の女はすっとぼけた顔でそんなことを言った。


「お前のせいじゃん」

「ええ、だからかわいい私を見て興奮しちゃったのでしょう」

「……そうです。橘さんが可愛くて興奮しちゃいました」

「あらそう。他に言うことないかしら」


「……もうしません。ごめんなさい」

「……まあ、別にこれくらいのこと許してあげてもいいけど」


 それから橘は安曇の背後に周り

「それにしても、どうして男子はそう大きさに拘るのかしら。こんなのただの脂肪の塊じゃない」

 と言って彼女の胸を揉みしだきはじめた。


「えっと、私もなんかごめん」

 揉まれている安曇は戸惑いながらそう言った。

「いいのよ安曇さん。別に怒ってないし。胸が大きくなって欲しいなんて思ったことないし。大体私小さくないし。Cカップはあるし。ウエストが細いから小さく見えるだけだし。全然羨ましくなんてないんだから」

 その間も橘の手は休まず動いている。


「と、とりあえず、私の胸を鷲掴みにするのやめてもらっていい?」

「あらごめんなさい。うっかりしてたわ」

 ようやくそこで橘は手を離した。それがうっかりですむなら、世の中の大抵の猥褻事件は無罪になってしまう。



「みんなどうしたの?」

 そこでリビングに山本の彼女である留奈ちゃんが顔を見せた。


 橘は俺を指差して答えた。

「この男が私より安曇さんのおっぱいの方が大きいって言う話を吹っ掛けてきたのよ」

「おい」


 それを聞いた留奈ちゃんは

「えぇ、花丸くんって変態?」

 たいそう胡乱げな視線を俺に向けてきた。


   *

 

 留奈ちゃんには随分な誤解をされてしまったが、廊下ですれ違うときに妙に距離を取られる以外は実害はなかった。泣く。


 そんなこんなで楽しい合宿も最終日前日の夜を迎え、俺は満月に照らされたテラスで橘と二人、星空を満喫していた。

 これだけ緯度が低いと南十字星も見えると思うのだが、星座には疎くてどれがそうなのかよく分からない。というか、星が見えすぎて都会でも見えるようなメジャーな星座さえ分からなくなっている。

 もちろん星座が分からないというだけで、この満天の星空の価値が落ちるわけではないが。


 目の端に流れ星が見えたような気がして、きょろりとそちらに視点を動かした。だがどこに行ったのやらもう見えなくなってしまった。あれが落ちるまでに三回願い事を唱えられる人間が果たしているのかどうか、興味のあるところだ。


 そんな時。

「ねえ、花丸君。月が綺麗ね」

 ふと橘がしんみりした口調でそう言った。


「一緒に見てるからじゃないか」

 すんなりそんな言葉が口から出てきた。我ながら気障(きざ)なことを言ったもんだ。

「……そうなのかしらね」

「そう思ってる」

 一人で月を見たとして、立ち止まってじっくり眺めるようなことがあったろうか。綺麗な景色というのは、人と分かち合うとより美しさを増すように感じる。それは満月だって同じだろう。


 橘は彼女の見解を口にした。

「私は多分、触れることが出来ないから、綺麗だと思うの」

 明日帰るとあってか、橘も感傷的になっているらしい。

 

 俺はその詩的な感想にこう返答した。

「確かに、人間がいつでも触れる事ができるようになったら、すぐに汚染されそうだしな。そもそも月面基地にいる人間には、見えてる月の景色というのは一面の岩場なわけだし」

 橘は呆れたような顔を見せた。

「そう言うことが言いたかったのではないのだけれど。ほんとあなたって人は捻くれているわね」

「そうか?」

「ええそうよ。……でも嫌いじゃないわ」


 また再び静寂に包まれた。正確に言えば波が浜辺に寄せる音がざぁざぁと聞こえているから、静寂とは違うのだが、都会のガヤガヤした煩さに比べればここは静かだ。何より心が洗われる気がする。


 俺はそんな自然の力に押され、勇気を振り絞って彼女に尋ねた。


「……それで、今回のこれが十回目のデートということだが、結論は出たろうか」

「ええ、大体ね」

「そうか」

「お盆休み明けになったら、答えを聞かせてあげるわ」

「わー。何を言ってくれるんだろう。楽しみだなあ」

「そんなに期待されても困るのだけれど」

「俺は一言だけで満足するんだぜ」

「自信満々ね」

「お前の気持ちはよく分かってるからな」

「それはそうかもしれないわね」


「ねえ、あれを見て」

 橘はそう言って遠くの海を指さした。豪華客船でも航行しているのだろうか。そう思って目を凝らしたが何も見えない。


 何も見えないぞ、と言おうとしたところで、肩を叩いてきた。

 反応して振り向いたら、彼女の人差し指が頬に突き刺さった。


「何しやがる」

「いたずら」

「しょうもないことをする」

「別にいいじゃない」


 俺は前を向いた。

 そしたらまた橘は肩を叩いてきた。二度も引っかかるほど、俺も間抜けじゃない。

 頑なに首を動かさなかったのだが


 次の瞬間、頬に熱い吐息と共に、柔らかな感触がするのを感じた。


「え、お前、何してんの?」

 俺は戸惑い、俺の横に立ちながら、顔を反対に向けている橘に尋ねた。


 彼女はそっぽを向いたまま。


「別になんでもないわ。ただなんとなくキスしてみたくなったからしただけだけれど、文句あるかしら」

「……文句というか、え、なに、ちょっとまって」

 キス? え、俺今橘にキスされたの?


「えぇ、唐突すぎて全然わかんなかったんだけど」

「あら、お間抜けさんね。私とのファーストキスを台無しにするなんて」

「……頬へのキスだからノーカンでいいのでは」

「女の子が勇気を振り絞ってしたキスを、なかったことにするなんて酷くないかしら」

「じゃあ、もっかいして」

「嫌よ。人生何事においてもチャンスは一度きりよ。それを活用できなかった自分の実力のなさを呪いなさい」

「無理があろうと思われます」


 俺はまた前を向いた。

 うん。

 ……。


「……南の島と言っても、夜はひんやりするな。俺、部屋戻るわ」

 言葉とは裏腹、体が火照ってしまったことを彼女に気どられるのが気恥ずかしくて、俺はその場を立ち去ろうとした。


「そう。私はもう少し夜空を眺めることにするわ」

 あれだけのことをしたというのに、橘の態度はいつも通りだった。


「そうか。熱中しすぎてテラスから落っこちるなよ」

「嫌だわ。そんな間抜けじゃないつもりよ」

 

 俺はゆっくり立ち上がり、建物の中へと戻ろうとした。

 建物に向かって歩き出した俺に橘は声をかけた。


「ねえ花丸くん。月がずっと綺麗だといいわね」

 

 彼女はそう言ったが、俺は思うのだ。


 見るものが居続ける限り、月の美しさは損なわれることはないのだろうと。

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