投げた
結論から言うと、恋路ヶ浜先輩を止めることはできなかった。
なんとか先輩を捕まえるのには成功したのだが、外野が心配していることと、でもその一方で先輩には投げ切ってほしいと思っていることを、感情を抜きに淡々と伝えることしかできなかった。
泣き落としにかかっても、当事者でない俺達の言葉など大して響かないと思ったからだ。
先輩は突然やってきた俺を邪険に扱うでもなく、ただ静かに「痛みが出たらすぐに外野に代わる」ということを約束した。
その言葉を信じるよりほかなかった。
もう一つ悩みの種があるとすれば、伊良湖の相談についてだ。彼女から依頼されたものの、今この状況で、「お前好きなやついんの?」なんてことを、いくら外野に対しても言えるはずがない。
彼女には成り行きを話して、少し待ってもらうことにした。
「……そうですか。……放送部の皆さんは今度の試合、応援に行かれますか?」
伊良湖は、俺が恋路ヶ浜先輩の話をしたあと、そう尋ねてきた。
「……俺は行ってみようと思う。多分、安曇や橘も誘ったら来ると思う」
高校野球の観戦には大して興味がなかったのだが、こうして関わりを持つことになった以上、知らんぷりをするのは忍びない。体を磨り潰してまでも、母校の名を背負って戦っている人間がいることを知って、何も感じないほど俺も冷たい人間ではないし。
「私も見に行きますので、一緒に観戦しましょうと、お二人に伝えていただけますか?」
「分かった」
三回戦に出場するのも稀なことであるから、学校側は野球部の応援をする生徒向けに、バスをチャーターしてくれた。
俺は橘や安曇、伊良湖と一緒に乗ったが、バスの中には見たことのある顔がチラチラとあった。各務原もいたし、執行部一行もいるらしく、委員長である山本はもちろん、蒲郡も参加している。彼と彼女の間に山本の恋人が割り込んでたのはちょっと面白かった。
女子の割合が高いように感じたが、おそらくブラスバンド部のメンバーが乗っているのだろう。ここ最近はグラウンドの近くで、ブラス含め応援団が練習しているのが見受けられた。
バスは三十分ほど走って、球場に到着した。
今日の相手は私立高で、超強豪とは言わないまでも、一、二回戦のようにすんなり勝たせてくれないことは確かだった。
「あ、花丸せんぱーい!」
適当な席についたところで、横からそんな声が飛んできた。男の声だ。
「花丸くん、呼ばれてるわよ」
「他の花丸だろ。俺は男の後輩なんて知らんぞ」
「あら、それは女の子になら反応するって意味よね。つねってもいいかしら」
橘さん確認取る前につねってますけど。
「……さすがジゴロですわ」
伊良湖さんはなんか言ってるし。
「花丸先輩!」
二回声をかけられては流石に聞こえないふりをするわけにも行かないので、そちらを向いた。
野球部の一年がこちらに向かって歩きながら、無邪気そうに手を振っている。
「ちわっす!」
「……誰だっけ」
「ええ! ひどいっすよ。委員会で一緒に仕事したじゃないすか。そんで蒲郡ちゃんが可愛いって話一緒にしましたよね!?」
「そんな話は知らない」
ね、知らないから。ほんとに。だから橘さん僕を睨むのやめてね。
「ところで花丸先輩、蒲郡さんになにかしました?」
「俺は何もしてねえよ?」
「そうね。花丸くんが私以外の女の子に何かできるはずがないもの」
今の意訳すると、他の女に手を出したら殺す、という意味。
「うん。まるもん私達とずっと一緒にいたもん」
と容疑者を擁護するような連れみたいなことを言い始める安曇。
「花丸くん、破廉恥ですわ!」
ともはや何を言っているかわからない伊良湖。
「いや、なんか、最近蒲郡さんが男子に冷たくなったっていうか、冷たくはないんですけど、話しかけても『ふーん』とか、『へえ』とかしか言わなくなって。前は目を輝かせてなんでも聞いてくれたのに。……花丸先輩、何かしました?」
「俺は何もしてねえよ」
「それは花丸くんのせいね」
「うん、まるもんのせいだと思う」
「花丸くん、破廉恥ですわ!」
ねえ。なにこれ。各務原まで俺のこと冷たい目で見始めてるし。ほんとに俺何もしてないんだけど。
「それはそれとして、外野って結構投げるんか?」
俺は話題を変えた。変えたかったから変えたんじゃなくて、変えるべくして変えただけだから。
「外野先輩は抑えなんで、最後の二、三回に投げますよ」
「外野くんって速いの?」
今度は安曇が彼に尋ねる。
「やばいっすよ。コンスタントに140投げるっす」
「……140ってどれくらい?」
安曇は俺に視線をよこしてきた。
「それで制球力があれば、プロでも戦えるレベルだな」
「へえ! すごいんだね! だったらもっと投げればいいのに」
「そうなんすけど、剛速球投げ続けるのは体力的に厳しいのと、変化球は苦手なので、相手側が速さに慣れると結構打たれちゃうんすよ」
「あ、あーそうなんだ」
「エースの恋路ヶ浜先輩は、変化球を織り交ぜて、打たせて取るタイプなんで、そんなに速くないんすけど、終盤で速球タイプの外野先輩に代わると、その違いで余計に速く感じるんすよ」
「いい投手陣じゃないか」
「そうなんすけど、外野先輩全部全力投球してるんで、いつかぶっ壊れるんじゃないかとみんな心配してます。恋路ヶ浜先輩みたいに色々投げれるようになればいいんですけど」
今、全く逆のことが起きてるわけですが。
それにしても外野は本当に俺たち以外には、恋路ヶ浜先輩の怪我のことを話していないらしい。捕手なら気づきそうなものだが、他のナインで気づいているやつはいないのだろうか。
一年坊は両チームのウォームアップが済むのを見て、自分の席に戻っていった。
ざっとスタンド席を見てみればユニフォームを着ている連中の中に、顔を見かけたことのあるやつがちらちらといる。おそらくは二年の選手か。そして三年生らしき選手の顔も見られる。今ここにいるということは、彼らは最後の夏を試合に出ることができずに終えてしまうということになる。
よくよく考えてみれば、ベンチ入りしているメンバーがほとんど三年生の中、背番号をもらうだけでなく、ピッチャーとして試合に出ている外野はかなり上手いということになる。春先では試合に出ていないというようなことを言っていたから、この短期間で実力を見せつけたということか。いくら外野でも、先輩を押しのけて試合に出るプレッシャーは感じているはずだ。俺も中二のときに同じ経験をしているから、どういう気持ちかはなんとなく想像できる。
あの外野が「俺が俺が」としゃしゃりでていないのも、そいういうところがもしかしたら関係しているのかもしれない。
そうこうしているうち、七割方埋まった郊外の球場に、試合開始のサイレンが鳴り響いて、ゲームは開始された。
神宮は先攻だ。
投手陣のことはともかく、うちのバッターたちはさすがに緊張しているのか、うまく相手の球を捉えることができず、初回の攻撃は三者凡退に終わってしまった。
先発は一年坊が言ったように恋路ヶ浜先輩だった。
彼は爆弾を抱えた肘にも関わらず、快調に投げて四回まで無失点に抑えた。
しかし相手側もなかなか打たせてくれず、スコアには両チームともゼロを刻み続けた。
転機は五回表に来た。
四球で出塁した神宮の選手が盗塁と送りバントで三塁まで進み、八番打者が珠に食らいついて大きく外野フライをあげ、それを犠牲打にして一点を奪取した。
その後点を重ねることはできなかったが、先制点をあげられて応援席は大いに沸いた。
ところがその回の裏で問題が起こった。
一人目二人目まではそれまで通りスルスルと討ち取ったのだが、三人目から五人目まで続けて四球を出してしまい、ツーアウト満塁のピンチに陥ってしまったのだ。
続く打者。
甘く入った初球を叩かれ、ライトに鋭い打球が飛んだ。
三塁走者は還ってしまったが、打球が速かったことが不幸中の幸いで、すぐに一塁手に球が渡され、失点は一に留まった。
だが少しでも打球が逸れていたら大打撃だった。
恋路ヶ浜先輩は呆然とマウンドに立ち尽くしていた。しかもグラブを外し肘を押さえている。見かねたキャッチャーがタイムを取り、ナインがマウンドに集合した。ベンチ側も緊急事態を察知したのか、伝令がマウンドへと走り寄っていく。
三十秒ほどマウンドで話し合っていたようだが、恋路ヶ浜先輩は自らマウンドから降りた。
彼がベンチに向かってしばらく後、選手交代のアナウンスがされた。
「どうしたんだろう」
「肉離れとか?」
「でも肘押さえていたぞ」
「大丈夫かな」
そんなふうにスタンドからも心配するような声が聞こえてくる。
この球場の中で、恋路ヶ浜先輩の状態をよく理解しているのは、放送部とそして外野だけだ。
安曇も不安そうな表情を浮かべ、橘に至っては唇を噛んで顔を歪ませていた。
俺はやるせない気持ちになった。
自己満足上等、でも俺は部外者だから、彼にとってこれは重要なことだからと、中途半端なことをして、結果これだ。目眩と吐き気を感じた。もし蒲郡の言葉がなかったら本当に吐いていたかもしれない。だがそれも言い訳に過ぎないのだ。
振り出しに戻った上に、エースの途中退場という状況。スタンドは静まり返っている。
そんな最悪の状況の中、リリーフとして出たのは外野だ。
投球練習を終え、他のメンバーに励まされるように肩を叩かれている。
流石にどんな表情かは見えないが、雰囲気から緊張しているのは分かった。
主審のコールでタイムが解かれ、試合は再開した。
外野はボールを三球投げあわや押し出しというところまで行ったが、持ち直してその後は三振に抑えた。
五回終了して、一対一。なんとかピンチを乗り切ったはいいが、点を取らないと勝つことはできない。
その後はまた投手戦に縺れて、両チーム点を取れないまま最終回になった。
ワンアウト一二塁で回ってきたのは九番の外野だった。
俺は外野を見つめる伊良湖に声をかけた。
「外野はバッティングの方はどうなんだ?」
伊良湖は首を振って
「よくわかりません。今まで打席に立った事自体が少なかったので」
と答えた。
確かに抑えで投げていたのなら、打席に立つ確率は低かったのだろう。
犠牲打でもいいから点を取ってしまえば、あとは裏をねじ伏せれば勝てる。
俺も拳を握りしめて念じるように外野を見た。
一球目。外角を外れボール。
二球目。高めの球を当て三塁線ギリギリを飛びファールになった。
そして三球目。
ピッチャーから放たれた球は、バットの芯に当たったのか、心地よい金属音が鳴り響き、ボールが打ち上がった。
外野フライになるかと思われたが、球は伸びて伸びて、なんとそのままスタンドインした。
一瞬スタンドは状況が飲み込めていなかったのかシンと静まり返ったが、外野が一塁を踏んでガッツポーズをあげたのとほぼ同時に歓声が上がった。
スリーランで一気に三点差ついたのだ。
他の連中が叫んでる中、安曇も「やばいやばいやばい」と興奮したように飛び跳ねていて、橘もしきりに頷いていた。
そして伊良湖は「どうしましょう。外野くんが人気になってしまいますわ」と言いつつ、嬉しそうに手を叩いている。
その回の裏で外野は相手を三者三振に抑え、無事神宮高校は四回戦出場を果たした。
*
試合に勝ったはいいが、一番恐れていた事態が起こってしまった。
恋路ヶ浜先輩は球場近くの病院で応急処置を受けたあと、地元の病院まで移送されたと聞いた。
外野が学校についたバスを降り、その病院にすっとんでいったのを追いかけ、俺も先輩の病室へと向かった。
「先輩……」
外野は腕をギプスで固められた先輩を見て唖然としていた。
「どうだ、勝ったのか?」
先輩は自分の腕がそんなふうになってしまったというのに、勝敗を先に聞いた。
「勝ちました」
「そうか。良かった」
「先輩、……俺」
外野は何かを言おうとしたが、そこで詰まってしまった。
「外野」
先輩はそんな外野に呼びかけた。
「はい」
彼は熱い眼差しを向け言った。
「後のことは任せた」
「はい」
外野は涙を浮かべそれに答えた。
それから先輩は俺を手招きし
「忠告してくれたのに悪かったな。何かあったら報告してくれ」
と告げた。
「わかりました」
*
四回戦はシード校の一つだったが、先発となった外野の速球になかなか歯が立たなかったようで、今回は打線も奮闘し五点差をつけて快勝を収めた。校内は数十年ぶりの五回戦出場を果たした野球部のことで持ちきりになった。特に噂となったのは、二年生ながら投打ともに大活躍している外野についてだった。
クラスの女子たちも「外野くん、外野くん」と外野に群がり、外野は嬉しそうにニタニタとムカつく顔をしていたが、それに見合う活躍をしているから、大目に見てやることにした。でもとりあえずこのことは先輩に報告しておこうと思う。
それより伊良湖のほうが大変で「どうしましょう、どうしましょう」と放送部の部室に来てはそればかり言っている。それでも外野が人気ものになったことは満更でもないらしい。
近所の人達も野球部に差し入れをしてくれているみたいで、OBOGが野球部の練習を覗きに来たりもしていた。
五回戦はセンバツでも優勝経験がある名門、西邦高校が相手だった。これを勝てば神宮高校は、私立の強豪がうごめく愛知県大会で、準々決勝出場の快挙を果たすことになる。
五回戦は今までで一番多い応援が駆けつけた。
誰が作ったのか知らないが、大きな横断幕まで引っ張り出され、すっかりお祭り騒ぎである。
でも、まあ、なんとなく分かっていたけど、五回戦の結果。
ボロ負けでした。
初めて一試合投げきった疲れも影響していたのか、外野は西邦打線にボコスカに打たれた。流石に強豪か。いくら球が速いとは言っても、まっすぐばかりじゃ相手にならないらしい。そして何より相手のピッチャーが強すぎた。
外野以上の剛速球に鋭いスライダーを織り交ぜてきて、寄せ集めのうちのチームでは話にならなかった。さすがの外野も当てるので精一杯みたいで前に飛ばない。
五回終了時点で十点差が付き、コールドゲームとなった。
外野ならグラウンドの中央で叫びかねないかなあと思っていたが、静かに負けを認め粛々と整列し、スタンドに礼をするときも無表情に近かった。
大敗を喫したが、一般入試で入学した選手で構成され、練習時間も短い公立のチームがここまで戦ったことは称賛に値する。応援団は当然誰も野次など飛ばさず、温かい拍手を以て選手をねぎらった。
*
帰りのバスに乗る前にトイレにも行っておこうと、ベンチ裏に行ったところ外野とでくわした。
「おお花丸。来てたのか」
「いや、まあ。……おつかれ」
外野は存外晴れやかな顔をしていた。まるで次の試合のことでも考えているかのような顔だ。
「いやあ、惜しかったなあ」
と悔しそうに言った。
「おお。……いや、何が?」
ボロ負けだったよね?
「いやだから、あそこで俺がホームランでも打ってれば、勝ててたかもしれんだろ」
と同意を求めるように見つめてくる。が、どの打席のことを言っているのかわからない。
「まあ、あれだ。よくやったよ」
その言葉に外野は笑顔を見せたが、不意に無表情になってぼうっと俺を見つめてきた。
「ああ」とうめき声をあげながら天井を見上げた。
「どうしたんだ」
と俺が聞いてみても、それには答えなかった。
それからドンッと壁を叩いて叫んだ。
「畜生っ! 負けちまったよ! 先輩に任されたのに、負けちまったよ!!」
嗚咽とともに目からは涙がこぼれている。
それからまた拳を壁に打ち付けようとしたので、俺はとっさに腕を掴んだ。
腕を掴んだまま外野を諌めた。
「馬鹿野郎。スポーツ選手が自分の体を自分で壊してどうする」
外野は俺のシャツを掴んで、ごつんと頭を俺の胸にぶつけて
「うおぉぉぉぉ」
と咆哮を上げた。
いつもだったら、すぐにでも振り払っただろうが、今日ばかりは好きにさせてやることにした。
それから数日が経過した。
例のごとく夏休みの補習に皆通い詰めて、あれだけ野球に熱狂していた校内も、今年に入ってから調子を上げたらしい冷房でギンギンに冷やされた教室みたいに、すっかり冷めてしまったようだった。
みんなの関心事は夏の楽しいイベントと、そして秋に開かれる学校祭の方へとシフトしていった。
ベンチ裏で俺に泣き縋っていた外野は、次学校で顔を合わせたときにはケロッとしていて、補修中に数学教師に「残念でしたねえ⤴」といじられても「次は勝てると思います」と謎の自信を見せていた。
授業後、部活の休憩中らしい外野と廊下で会ったとき声を掛けた。
「どうだ調子は?」
「いよいよ佳境だ」
試合が終わってから来る佳境とは如何なるものか気になったが、いつも見たく調子のいいことを言っているだけだろう。それだけ回復できたのなら良かったのかもしれない。
「その、恋路ヶ浜先輩のこと済まなかったな」
あとから聞いた話だが、恋路ヶ浜先輩の肘関節は軟骨が剥がれて、三回戦開始時点で痛みはあったという。無理を押して投げ続けた結果、ああいうことになった。でも手術で剥がれた軟骨を移植し直して、生着するまで安静にしておけば、また元のように野球は続けられるらしいが。
これも結局の所俺の自己満足なのかもしれないが、先輩を止められなかったことを謝らずにはいられなかった。
「お? 俺なんかお前に頼んでたか花丸よ」
それなのに外野はすっとぼけたような顔をする。
「いや、だって、先輩のこと止めてやれなかったし」
「ハハハ馬鹿だな。花丸が言ったところで止まる先輩じゃないぜよ。てゆうかチクったのバレちって俺怒られちゃったんですけどぉ。何してくれやがるwww」
外野は冗談めかして言った。俺に気を使わせないように、あえてそうしているようにも見えた。
「お前も、無理して体ぶっ壊すなよ」
「言われるまでもないぜ」
外野はそう言い快活そうに笑った。
そこで俺は伊良湖から受けていた依頼のことを思い出した。
「ところでなんだが、外野って好きなやついんの?」
直截に聞いた。どう聞こうが悩んだが、こねくり回した聞き方をしたところで、ひらりひらりとかわされるような気がしたからだ。それにこの期に及んでそういうことをするのも、妙に思えたのだ。
「お前だよ」
「俺以外で」
「すべてのマドモアゼルは俺の恋人さ」
「そういうのはいいんで。……試合で活躍して、近づいてきた女とかいたろ」
「馬鹿だな花丸。そういう子は俺じゃなくて、話題沸騰中の俺が好きなだけなんだぜ。そんなのに振り回されてもしょうがないだろ」
「……お前に真顔でそういうまともなこと言われるとムカつくんだけど」
「何故?!」
「じゃあさ、あれはどうだ。……伊良湖とか──」
「いい子だ」
外野は俺の言葉を遮るように言った。
「だから伊良湖は──」
「いい子だ」
……。
「……だったら、アタックしてもいいんじゃないか、あっちも脈あるだろ」
「駄目だな」
「なんでだ?」
「だって俺は何も成し得てないだろ」
何も成し得ていないやつは人を好いてはいけないのか。そんなことがあるだろうか。
「……要は、今は野球に夢中で、女にかまけてる時間はないってことか」
「というか、俺はみんなの外野守だから、誰のものにもならないから」
「それは嘘だけど、まあ、お前の考えは分かったよ」
「あ、でもお前のためなら俺はいくらでも時間を割いてやるぜ」
「それで時間が割かれるのは俺の方だと思うんだけど」
「このツンデレさんめ」
「よせやい気持ち悪い」
遠くから「そとのぉ、はよ戻ってこい」という声が聞こえ、外野は「あ、やべ。サボってんのばれた」と言って走ってグラウンドの方へ戻っていった。
普段は鬱陶しくてムカつくやつだが、それくらいが丁度いいのだと、駆けていく外野の後ろ姿を見ながら、俺はしみじみと思った。
ああ、それはいいとして、來那ちゃんにはなんて伝えようか。
どう伝えてもなんだか汚物を見るような目で見てきそうだなと思いながら、それでも依頼者の事は無碍にできないので、うんうん唸りながら部室へと歩いていった。
作者「色々遠回りしたけど、そろそろ完結編に入ろうと思うんだ」
自称世界一の後輩「やっとですか。だいたいヒロインがめんどくさい子だからこんだけ長引くんですよ」
作者「ヒロインが素直な子だったら、一章どころか、物語始まる前に話終わってたで」