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ディーヴァ・チェレステ −夜を招く歌−

作者: 耀雪メイカ

この所やたらSF続きで暗くなりがちだったので、全体的に明るく爽やかを目指しました。

地底空洞モデルは球核を持たず1つの太陽兼月が中央に浮いている感じです。

「もうそろそろかしら、うっすらと茜が見えそうよ」

町の郊外の展望広場で、夕暮れを告げる風に吹かれながら私はそう呟いた。

眼下に広がる段々畑に実った無数の麦の穂が、まるで撫でられたように静かに揺れざわめく。

何処か寂寥感を帯びた空気は、不思議と心地いい。


「そうね、チェレステ。あの二人ももうすぐ来る頃合いだし、日課までのんびりここで待ちましょうか」

私の名を呼んだ長身の少女・レオノーラは、ベンチに腰掛け微笑みながらそう答えた。

彼女の健康的な小麦色の肌が、陽射しに負けず眩しい。

そのウェーブが掛かった栗毛の髪はそっと夕風に靡き、ゆっくりとした時間の流れを物語る。


蠱惑的な琥珀の瞳に加え類稀なる美貌を持ち、お洒落好きで薄桃色のワンピースを好む彼女。

口紅も香水も欠かさず、穏やかで奔放な性格もあって町でも屈指の人気者のうら若き母。

細身に反して豊かな胸に並んで膨らんだそのお腹には、五人目の命を宿す妊婦でもあった。


「うん、今日は良い風来てるし……もうちょっとこうしていようかな」

私にとって姉のような存在であるレオノーラにそう告げると、展望広場の手すりに手を掛け一身に風を浴びる。

その風で私の金色の前髪が揺られ少し擽ったい。

スカートも緩やかにはためいて、路端に咲いた花の香が舞い上がり心をそっと和ませた。


遠くには煌めく大河があり、山の麓には実り豊かなトウモロコシ畑。

畑にびっしりと生え揃う様は、ここから一目見ただけでも豊作だと分かる。

自然の恩恵を肌で感じる見事な絶景が広がっていた。


空を見上げれば遠い昔大賢者達が莫大な魔力を注ぎ、作り上げたという魔導太陽が地底中央に浮かぶ。

そして何処かぎこちない色合いの青空は、作られた世界を素っ気無く覆い隠していた。

かつて自ら作った魔獣に地上を追われ、地底空洞世界・リントラシアへと逃げ延びた先人達。

彼らは決死の覚悟と多くの犠牲を払い、かつて居た地上に似た世界をここに作り上げた。


地底移住から数百年、魔獣の脅威もない人類は平和に暮らしている。

けれど自ら作り出した魔獣に地上を追われたという屈辱は、長い時を経てもこびり付いたまま消えない。


加えて地底世界は檻のように内向きに閉じた場所。

その閉塞感が世代を重ねても人々の間に凝りとなって残っていた。

それでも人々は必ず地上を取り戻すという、悲願を抱きながら今この瞬間も逞しく生きている。


先人達が記した本によれば地上は何処までも果てしなく広大で、星も月も太陽も動いて豊かな四季があったという。

私はその本を読む度に地上への憧れが膨らむ。


太陽が地平から昇る光景、月が煌々と照らす夜に流星が降り注ぐ瞬間。

そんな景色は私もこの街の皆も誰も見た事がないのだから。

今すぐには叶わずとも、いつかは……。


そうひとときの感傷に浸っていると、やがて大講堂の鐘が高らかに鳴り響いた。

澄み渡った音色を背景に、鳩達は一斉に羽ばたきその姿が空に溶けて消える。

遠くの雲は静かに流れ、その輪郭が仄かに朱に染まりゆく美しい瞬間。


その様子を見入っていると、ふと後ろから慌ただしい足音がした。

振り返ると、二人の少女がやや息を切らしつつここ展望広場に駆け込む姿が飛び込む。


「ごめんなさいチェレステ、レオノーラ。ちょっと遅れちゃった」

「でも心配しないでっ、準備万端だから」

彼女達は上がった息をそのままに揃いの声色でそう詫びた。

褐色の肌に青の瞳、艷やかな長い銀の髪を持つ彼女達はハルナとマルナ。

私より年下の彼女達は、見る者を爽やかに魅了する双子の美人姉妹。

まるで鏡合わせのように瓜二つの外見をしている。


華奢な身体にお揃いの白いドレスを纏い、共にその手にはかつて夜空にあったと言われる三日月の形を模した魔導楽器を携えていた。

レオノーラを情熱的な太陽と例えるならば、彼女達ハルナ・マルナは清楚な月。

幼くも可憐な顔立ちに神秘的雰囲気と艶やかな色香を湛える、私にとって妹のような少女達。


「ハルナ、マルナ。いらっしゃい、待っていたわ」

「さぁ、汗を拭いて。落ち着いたら私達の日課を始めましょうね」

私に続いてレオノーラは彼女達にそう声をかけて、ポケットからハンカチを二枚取り出して二人に渡す。


『ありがとう』

ハンカチを受け取るハルナとマルナの感謝の声が重なり、彼女達はさっと汗を拭いつつ大きく深呼吸。

その仕草の一つ一つがシンクロしていて、何処か可愛らしい。


「見て、川向うのルジャガーンの街に薄闇が来ているわ。次は私達の番よ」

ふと影が差した気がして振り向くと、大河の向こうにある街にもう夜が迫っていた。

それは即ち私達の出番が近い事を意味する。

そのことを仲間達に告げると、皆一様に真剣な眼差しで頷く。


ここ地底では太陽も夜もずっと古に創られた、莫大な力を持つ魔力の産物。

それらは時の流れと共に馴染んで自然摂理と化し、力づくでは押しても引いても例え梃子でも動かせない。

何処か精緻な絡繰り細工に似ている夜を唯一導けるのは、私達少女の心と魔力を込めた歌だけ。


自然と日が暮れたという地上と違って、《夜の帳》と呼ばれる擬似的な暗夜領域は魔力を帯びるたおやかな乙女の歌声でのみ動く。

しかし最早摂理と化した領域を確実に動かす為には、優しく慎重に招く必要がある。

例えるならば子供が眠った部屋のカーテンを、静かに静かに引くように。

故に先人達は《魔導歌》を編み出して伝承させた。


そう、私達四人は山にあるこの牧歌的な町・ラピューマスが擁する少女歌唱隊の仲間。

魔導歌を以ってこの町に夜を招く使命を持つ者。


「じゃあいつも通り始めましょう、ディーヴァはチェレステに任せるわ。ハルナとマルナは楽器をお願いね」

「分かった、レオノーラは座ったままでいいからね。赤ちゃんの為にも」

レオノーラの言葉に私は笑顔でそう返すと、彼女は少し頬を染める。


「ええ、有難う。そうさせて貰うわ」

そう答えた彼女の心から幸せそうな表情を見て、私もハルナもマルナも視線を交わして共に微笑んだ。

彼女の幸せは私達の幸せ、そして町の幸せでもあるのだから。

今度生まれてくる子を仲間も町の皆も誰もが楽しみにしていた。


長閑な町特有のこうした暖かさこそ、連綿と続く日々の中の確かな癒し。

同時に私の心に魔導歌の中核を担う大役・ディーヴァとしての使命感が沸々と湧き上がって来る。

平穏な日常とその営みを守る為、必ず魔導歌で夜を招かなくてはならない。

表情も気持ちもより一層引き締めた。


「じゃあ私達、頑張る。調律を急ぐね……マルナ合わせて」

「了解ハルナ、ここが腕の見せ所。しっかり決めてみせるから」

ハルナとマルナの双子姉妹は、手にした金色の魔導楽器・三日月琴に深呼吸と共に真剣な表情で魔力を注ぐ。

すると柔らかな色合いの光の弦が三日月琴の空隙に静かに現れた。

彼女達が光る弦を軽く爪弾くと、心に染み渡る澄んだ音色が生まれ鳴り響く。


魔導楽器は魔力で弦を生成する物で、魔導歌に必要不可欠。

その澄んだ音色が私達の魔力を帯びた声と相乗効果を発揮して、夜の帳を招くと言い伝えられている。

ハルナとマルナは二人気持ちを合わせ熱心に弦を調律、彩り豊かな音色を次々に爪弾く。

展望広場に華やかな音が溢れ出し、賑やかなひととき。


やがて微かに振れた音色が綺麗に一つに纏まり、彼女達は静かにアイコンタクト。

遂に準備が整ったらしい。


私は大きく息を吸い込み、精神統一。

少しの間を置いて、大きく高らかに堂々と発声する。


「……ララ、ラ」

続いてハルナとマルナが、三日月琴を優しく爪弾く。

その度に光の弦に波紋が走り、透き通った澄んだ音色が天へと駆け抜けた。

双子故に完全に同調した演奏は、極上の響を以って歌を誘う。

彼女達が奏でるまるで天空への梯子のような音階に乗って、一つ一つ歌声をより高みへと私は無心に押し上げる。


心と体の一切合切の枷が外れ、魔導歌を通して大自然と直接対話するような不思議な感覚。

そこは至高の音色に包まれた安らぎと、大質量の魔力塊でもある夜の帳が産む緊張感が複雑に渦巻く魔の領域。

改めてディーヴァの重責を実関するけれど、先代からこの役目を譲り受けた以上私は決して怯まない。

毅然とした姿勢のまま堂々と歌う。


すると茜色に染まった大河の向こうから、私のソプラノの歌声に惹かれて薄闇が徐々に迫ってくる。

それは確かな夜の先触れ。

この世界の夜の帳は、私達の全身全霊の魔導歌で招かなくてはならない。


「ララ、ラララ……」

覚悟を乗せた私の歌声に続いて、皆も静かに歌い出す。

魔導歌には魔法と違って呪文は無く、歌詞も無い。

何故なら四人ありったけの魔力と真心を束ねて歌い上げる、夜の帳を優しく手繰る為だけに在る歌だから。


魔力とは即ち森羅万象と自分とを繋ぐ絆。

揺らぐ焚火の暖かさを想い、汚れを知らない清水の恵みを反芻し。

大らかな微風の肌触りを愛おしみ、土壌の齎す実りに心から感謝する事。

世界を象り取り巻く要素は千変万化に姿を変えて、きっと私に繋がっている。


その事実を強く想起し、自身の持つ魔力を優しく歌へ添えて昇華。

すると私の白い肌の輪郭が微かに発光し、雄大な自然と同化するかのような感覚が開花。

心臓の鼓動も高鳴り五感はより鋭利に冴え渡った。


双子姉妹が三日月琴を奏でつつ私の声を支えるように歌い、レオノーラは子守唄のように母性と慈愛に満ちたコーラスで彩る。

四人揃って抱く地上への憧れが揺るがぬハーモニーとなり、旋律に乗って夜の呼び水となり空に溶けていく。


腹に力を込めて喉を通し、両手を空へ広げて全身から表現する思い。

意味を持つより前のただ純粋な気持ちが乗せられた魔導歌は、私達の心身を奮い立たせ更なる高揚感を齎した。


ただ高らかに美しく……微塵も淀む事の無い旋律は、魔力と心を紡ぎながら私達四人の歌声を空へと運ぶ。

柔らかな茜の光が色濃くなり、影を伴う暗がりは山の麓まで迫っていた。

手を伸ばせば届いてしまいそうな距離、だけどまだまだここから。


緩やかな曲調から、次第に熱量を帯びた激しい曲へと変化していく。

夜の帳を掴んで決して離さない為に。


万一ここでしくじれば、夜が滞留してこの街にも次の街にも迷惑が掛かってしまう。

実際過去稀ながら失敗し、日々の暮らしに悪影響が出た記録が残されている。

だからこそ、今この瞬間こそが正念場。


(後もう少しっ……)

そんな内心を吐露するだけの余裕も無く、力を振り絞って私は声量をより大きく歌い上げる。

じれったくにじり寄る夜闇を、強く魅了し虜にするようにして。

一日の終わりを示す恋しい闇は、まだこの指先より遠い。


流れる汗に気を止める事無く、私達は一心不乱に熱唱。

時の感覚さえも忘れてしまう程熱く激しく。


すると徐々に闇夜は私達を呑み込み、町並みに大きく影を落とす。

その様子を眺めながら、私達はアイコンタクトを交わして旋律に乗ったままに魔導歌の締めに入った。

無事手繰り寄せたのならば後は見送りをするだけ。


緩やかな曲調と声色に歓喜と感謝を滲ませて、ラピューマスから次の街の少女歌唱隊へ。

過ぎゆく夜をそっと送り出すように。


気がつけば空は暗くなり、見上げれば魔導太陽は白く淡い光を放つ仮初の月へと様変わりしていた。

もうすっかり辺りは暗がりとなり、辺りを見渡せば町並みに魔法灯が次々に点って行く。


見慣れた街が見せるいつもの光景、ここまでくればもう大丈夫。

ハルナとマルナの演奏が止むと同時に魔導歌は終わり、私達は大きく息をつく。


(無事上手く行った……)

魔導歌の後で声を出す余裕もなく、大きく肩で息しながら無言のままに安堵する私。

そんな私に仲間達は爽やかな笑顔で応えてくれた。


私も精一杯の笑顔で返すと、大きく深呼吸をする。

肌を流れる汗が地面に滴り、火照ったままの身体は潤いを求めていた。


「お疲れ様、皆でお茶にしましょうか」

「賛成、でもその前にちょっと汗を流したい気分よ」

その思いを汲んだレオノーラの提案に、私はいつものように返事をする。

ここまでベタベタだと、流石に気分が落ち着かない。


「甘いものも食べたいな」

「それでいて冷たいのでスカッとしたい……」

ハルナとマルナもそれぞれ要望を口にした、彼女達はとにかく甘いものがご所望の様子。


「ええ、分かったわ。じゃあささっと浴びて甘い物三昧と行きましょうか」

『やったっ』

私達皆の意見を受け入れたレオノーラに、三人の歓喜の声が重なる。

彼女の寛大さと包容力には感謝の気持ちで一杯だ。

そして無事使命を果たした達成感が、胸中で大きくなっていく。


次の街にも夜が訪れ、その次の街にもきっと夜は訪れる。

リントラシアの夜はそれぞれの街に常駐する少女歌唱隊によって導かれ、日々閉じた世界を巡っていく。

今までもこれからも、いつか人々が地上に出るその時まで。


だから私は切に願い続ける。

使命だけではなくて、地上で好きに歌える日がいつか皆に等しく訪れる事を。


今日の役目を無事果たしてもまた明日はやって来る。

その英気を養う為に、私は心から信頼する仲間達と共に帰路についた。

涼やかな夜風に吹かれながら。


地底世界を作る上で夜をどうしようと思い、前々から入れてみたかった歌の要素を盛り込んで『歌で夜を呼び寄せる』方向でファンタジー短編を書いてみました。

他にも多々入れたかった要素を盛り込めて安堵しています。


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