7話
軽くノックをしてドアノブをガチャリと回し、少し重い扉を開ける。
「すみません、お父様…。お話の最中ですが失礼しま___」
父と国王の姿はない。
だが、大きな応接室の真ん中のテーブルに、数人の護衛騎士と__
「君が、もしかして、アメリア?」
少し赤みがかった肩くらいの長さの濃い金髪。
赤褐色の長いまつ毛で縁取られた瞳。
ピンク色の頬、唇。
細いが健康的な太さの手足の男の子。
百点満点のショタ。
「おうまいがー。」
そう一言だけ呟き、そのまま意識を失いかけた___ところ、兄が追いかけさせたのだろう、侍女のリリーがそっと背中を支えてくれた。
いかんいかん。気をしっかり持て。
相手は天使じゃない。人間だ。
「申し訳ありません、少し立ちくらみがしてしまって…。私、ローズブレイド家が長女、アメリアと申します。貴方は…」
もちろんわかってはいる。だけど、一応形式上名前を尋ねと、彼ははっとした顔になり、
「レディなのに先に名乗らせてしまってすまな
い。僕の名前はジークフリード。ローゼアモル王国第二王子、ジークフリード・ローゼアモル。今年で四歳になったばかりだ。よろしく頼む。」
と挨拶をした。
___ジークフリード・ローゼアモル
攻略キャラ人気ナンバー1、「赤薔薇の王子」だ。
彼が、右手を差し出してきたので軽く握手をする。
にやけてないか心配だったが、なるべく可愛らしい笑顔で目を合わせると、私はある違和感に気がついた。
___目が、笑ってない。
貼り付けたような、仮面のような作り笑顔。
まるで生気が宿っていない瞳。
___事前に脳内でまとめておいた、ゲームの記憶を辿る。
多分、この表情の理由は原作通りであるとしたら、
『母の病』
これが原因だろう。
ここで軽く第二王子ルートをざっくりと説明しよう。
第二王子は側室の子として生まれるが、産後の肥立ちが悪く、その際かかった原因不明の病のせいで彼が六歳の時に亡くなってしまう。
大好きだった母が死んでしまったことは、幼い彼には相当ショックだったに違いないが、その後立て続けに、自分の乳母であった女が不慮の事故で亡くなったり、お付きの騎士が自分を守るために殉死したりと不幸が次々に訪れる。
そして彼は、その沢山の死が原因で『自分の愛した人は、自分の近くにいたら死んでしまうのではないか』
というトラウマを抱え、誰にでも愛想は良いが、誰か一人を愛することのない寂しい人間となる。
んで、そんな時ヒロインが転校してきて、癒して___という流れだ。
つまり。
六歳の時に亡くなる、ということは、すでに彼の母の病は重くなりつつあるのだと思う。
___大きな王宮の中、いつ政争に巻き込まれてしまうかもわからない中で、唯一の甘えられる存在は、彼にとっては母だけなのだろう。
そんな母が原因不明の重病にかかって床から上がれないままでいるとしたら、それはそれは不安で仕方がないだろう。
その原因不明の病は、未だに宮廷魔術師の中で回復魔法トップクラスの人でさえ治すことができていないらしく、自然に治るのを待っているだけらしい。お手上げだそうだ。
そこで、私の心の中に疑問が生じた。
___国のトップである宮廷魔術師でさえも治せない?
それはおかしい。
宮廷魔術師は不治の病でさえも簡単に治すことができるのだ。(もちろん金はかかるが。)
___私は、一つの予測を立てる。
『もしかしたら、病ではない別の原因なのではないか?』と。
いくつか思い当たる原因がある。
本人の症状を診ないことにはわからないけれど...
「…どうかしたのか?」
王子の声で意識が引き戻される。
いけない、手を握ったまま考え事をしていたらしい。
王子、ちょっと照れてる。耳が真っ赤だ。萌える。
はっ、本題本題。
「あっ、えと、も、申し訳ありません、ジークフリード様。と、ところで、私の父と国王様は今どちらにいらっしゃるからご存知でしょうか。」
「ああ、君の父上はアメリアを呼びに行くって先程出て行ったよ。僕の父もそれについていった。ちょうど入れ違いになってしまったみたいだね。」
え、まじか!ごめんなさい…
と思った時、ちょうどドアが開いた。ナイスタイミング。
二人の長身な男性がドカドカと入ってくる。
「お、この子がオズワルドの娘ちゃんなんだ!可愛い!僕はフレデリックだよ〜。よろしくね!」
いきなり、ワシワシと頭の撫でられた。
「私、ローズブライト家が長女、アメリアと申します。この度はお会いできたことを光栄に__」
「いいよいいよ、そういう硬い挨拶苦手なんだ!美味しいクッキーと紅茶を持ってきたからみんなでお話しよう!リナ、用意を頼む。」
「畏まりました。」
明るい金髪のザ・優男フェイスの、この飄々とした喋り方が特徴的な、まるで国王とは思えないこの男性がローゼアモル王国を治める、フレデリック国王だ。(これでも仕事はかなりできるらしい。意外すぎる。)そして___
「勝手に娘に話しかけるな、手を触るな、撫でるな!このクソ国王!汚れるだろうが!」
「ひっどーい!これでも僕、王様だぞ!」
濃い藍色の髪にキリッとした強面の、不敬もいいところであるこのセリフを吐いた男、この人こそが私のパパン、ローズブライト公爵家当主でこの国の宰相、オズワルド・ローズブライトだ。
さっきも言った通り、こんな話し方は本来なら不敬罪で即処刑ものだが、パパンにはそれが許されている。
なぜかというと、彼らはいわゆる幼馴染だからなのだ。
ローズブライト家の歴代多くの女性が王族に嫁ぎ、多くの男性が宰相を務めた名公爵家であるため、交流の歴史は長く、関わりが深い。
そのためパパンと国王も
閑話休題。
四人と、その他護衛もろもろで、温室まで移動し、お茶会が始まった。
クッキーをサクサクと食べながら、フレデリック王が早速話を切り出した。
「んで、アメリアちゃんと、うちのジーク。婚約するの?しないの?」
「ぶーーーー!!!」
思わず紅茶を吹き出した。
「どうしたアメリア!」
パパンが血相を変えて叫ぶ。
「いえ…、げほっ、ちょっとお紅茶が熱かっただけですわ。申し訳ありません。お話を続けてくださいませ。」
なんとか取り繕う。
くるとは思ってたけど、まさかこんなに直球で来るとは思わなかった。
話は続く。
「まだこの子らは四歳だぞ?少し早すぎやしないか?まだ二人の意見も聞いてないし…」
パパンが怪訝そうな顔で言う。
「それはそうだけど、早いとこ決めちゃいたいんだよね〜。アメリアちゃんなら、婚約しても誰も文句言わないだろうし、何より可愛い!」
「この馬鹿フレデリック!そんな適当な理由なら、うちの娘はあーげーまーせーん!とっとと王宮に帰れ!」
「えー!わざわざジークも連れてきたのに!二人を会わせようと思って___」
遂には、やんややんやと喧嘩しだした。
これだと今日中には話はまとまらなそうだ。良かった。昨日から考えていた作戦を実行できる。しめしめ…
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喧嘩が始まってからおよそ20分。
ただ座っているだけでめちゃくちゃ暇なので、前の席に座っている、ジークフリードに話しかけようとし、目を向けた。
__ぼーっと、力のない寂しげな表情をしていた。
多分、王宮にいる母のことを考えているのだろう。
話しかけることをやめ、私は考える。
___もし、婚約の話が流れれば、根本的な問題がなくなり、私の一つの破滅ルートのフラグが折られるわけだから、ジークフリードの母が死んだとしても、それほどに影響はない。ただジークフリードが心に傷を負うだけだ。
だけど。
私は彼を放ってはおけない。
あの死んでいるような瞳を見てしまったのは、私だ。
___やるべきことが、もう一つ増えた。
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