閑話 1 頼仁
起きた時は、真っ白の部屋にすすり泣く母の声がこだましていた。
母は意識を取り戻した僕を強く強く抱きしめてくれたが、あの時僕は、僕はただただ呆然としていたと思う。
彼女の消えていく命を見届けた後、意識を失い病院に運ばれたらしい。
___未花お姉ちゃんが、死んだ。
それはあまりにも受け入れがたく、あまりにも残酷な現実だった。
彼女は僕のことを救って、暴走したトラックに轢かれた。
___もし、あの時僕があそこで立ち止まることがなければ、こんなことは起きなかった。
後悔してもしきれない。
一生をかけて償っても、償いきれない罪であった。
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___時が過ぎるのは早く、もう彼女が桜木町からいなくなってから、四年の月日が流れた。
人は薄情なものだ。まだたったの四年しか経っていないのに、人々はまるで彼女がいたことなんて忘れているみたいに普段どおりに過ごしている。
___きっと、僕を除いて。
僕はもう、16歳になっていた。
彼女のことを忘れてはならない僕は、この四年の間、何度も死のうとした。
だけれど、できなかった。
まだ死ねなかった。
だって、彼女を殺した僕が死んだら、きっと彼女のことを、この町は本当に全て忘れてしまうと思ったのだ。
僕の大好きだった、彼女を。
きっとエゴなんだと思う。
でもそれでもいい。
僕はそう思った16歳の日から、彼女のように、勉強、運動、全てを完璧にするための努力と、たくさんの人を助けるという模倣的な行動を行った。
すべては、彼女を忘れさせないためだ。
そしてしばらくして、僕は『桜木町の王子』なんて呼ばれるようになっていた。
僕が彼女のような行動を、感謝される行動をとることで、人々は彼女を思い出した。あるおばあちゃんは「まるで未花ちゃんが帰ってきたみたいだ」なんて言っていた。
僕はとても誇らしかった。
___それからしばらくして。
彼女は、『桜木町の女神』はいつしかこの町の伝説となった。
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そして、現在。
僕は世界中の人々を救うため、医者になり、このアフリカの地に降り立っていた。
たくさんの人を病から救えたと思う。
少しでも彼女のような人間に近づけていればそれでよかった。
___意識が朦朧としている。
まさか、もう許しの日が来るなんて思ってはいなかった。
僕は、アフリカの奥地で、治ることのない出血性の熱に侵されていた。
多分、もう死ぬ。
これで、やっと彼女のところにいける。
やっと僕は神様に許してもらえた。そんな気がした。
泣いている子供の声と、同僚の叫び声が聞こえる。
僕が治した、子供達だ。
___みんな、僕を救ってくれて、ありがとう。
君たちを救うことで、僕は自分を救っていたんだ。
心の中でそう呟く。
___未花お姉ちゃん、僕もそっちにいくね。
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橘頼仁、三十歳。若過ぎる死であった。
しかし、死に顔は全く苦痛などを感じていない穏やかな表情であったという。
彼は世界中の人々を救った功績を称えられ、のちに世界から称えられる人間となったが、彼には、きっとそんなことはどうでも良いのだろう。
___彼の来世が、幸せなものでありますように。
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