2
ヒロイン登場回です。
「私のことはいいわ……早く大学に行きなさい……」
「えっ、でも……」
「学生の本分は!?」
「が、学業です」
「そう!オークの本分は!?」
「学業です!」
「違う!行ってらっしゃい!」
「はい!行ってきます!」
奥野さんは言われるがまま、踵を返し、大学へと向かう。
俺は今何がどうなったのかさっぱり分かってないが、奥野さんも分かってないだろう。
「ぐうぅぅ……」
杏子さんはうずくまったまま、悔しそうに俯きながら唸る。
その時、ふと遠くの方から奥野さんと誰かが話している声が耳に届く。
「あ、おはようございます」
「おはようございますー。今日は大学?」
「はい、そうです」
「立派なお医者さんになってねー。あたし看護士だから、困ったことがあったら何かお役に立てるかも?」
「はい、ありがとうございます。その時は是非お願いしますね」
「お姉さんに任せて!なんてね。ふふふ」
「ははは。それじゃ、行ってきます」
「はーい、行ってらっしゃーい」
奥野さんと話していた人物がこちらへとやってくる。
朝日を浴びてキラキラと輝く薄桃色の長い髪を揺らしながら、ビニール袋を片手に持ってに歩いてくる。
白いローブがヒラヒラと舞い、明らかに治癒術士と分かる美しい出で立ちが、彼女の可愛らしさを一層引き立てている。
俺たちに気付くと、先ほどの会話の余韻でニコニコと可愛らしい笑顔が驚きに染まり、ビニール袋が跳ね回るのも構わずに駆け寄ってくる。
「管理人さん……と、杏子さん!?どうしたんですか!?」
「たぶん、いつものだと思うんですけど……」
「気にしないでくれ……」
生まれたての子鹿のように足をプルプルさせながら立ち上がる杏子さん。
「だ、大丈夫ですか?回復魔法をかけますから、じっとしてて――」
ビニール袋を足元に置き、杏子さんに手をかざすが、それを彼女自身が手で遮る。
「いや、いい。大丈夫だ」
「ほ、ホントですか?」
すごく困ったような顔をして杏子さんを心配する彼女。
そんな彼女の顔を見ると、目の下のクマが多少の疲労感を表し、若干可愛らしさを減衰させる。
そう思っていると、勝手にステータスが開いた。
~
平ちゆ
種族:人
職業:看護士
レベル:20
魔力:52
自活力:34
ヒロイン力:46
淫乱度:67
過誤率:39
支払力:100
スキル
《回復魔法適性》
《魔力上昇値増加》
《ポジション低下率向上》
《特定行動発動時免責確率上昇》
《曲学阿世》
~
ヒロインなのかそうじゃないのか、微妙な数値だな。
それに淫乱度ってなんだ。
どこから出てきた。
あと過誤率って……何をミスするんだろう……。
怖い。
スキルもよく分からない。
何のポジションが低下するの?
曲学阿世……ってなんだろう。
分からないな。
ご丁寧にもルビが振ってあるから、あとで辞書でも引こう。
「そうか……そういえば奥野くんは医学生だったか……」
「あ、聞こえてましたか?そうですよー。ちょっと離れたところですけどね」
「なんて名前の大学なんだ?」
「昔の王都があった古都スケヴェーナってとこにあるサレルノ大学ってとこですよー。あたしが行ってた専門学校もその近くなんです」
「スケヴェーナ……古都……サレルノ……?」
何か気になることでもあったのか、考え込む仕草を見せる杏子さんだったが、何かに気付いたかのように勢い良く顔を上げる。
そしてすぐにまた膝から崩れる。
「きっといずれされるわよ!ドンと来いよ!」
そう言いながら地面に両方の拳をドンと叩き付ける。
いつもは凛々しい人なのに、奥野さんが絡むと荒れるなぁ……。
「いえ、ごめんなさいね」
立ち上がり、姿勢を正す杏子さん。
よかった。
凛々しくなった。
「恥ずかしい姿を見せてしまったわね」
「いえ、そんなこと……別に恥ずかしい姿じゃないですよ」
「……そうね。いずれもっと恥ずかしい姿を見せるのだから、そう言われれば大したことないわね」
「はあ……あの、本当に大丈夫ですか?」
「ええ、平気よ。それじゃ、行ってくるわ。タイラさん、夜勤お疲れ様。ゆっくり休んでね」
「あ、はい。行ってらっしゃーい」
「行ってらっしゃい。車に気をつけてくださいね」
「ありがとう」
少しふらつきながら仕事先へと向かって歩を進め始める杏子さん。
ちょっと心配だな……。
「ちょっと心配ですね……」
タイラさんも心配なようだ。
自分も疲れているだろうに、人を思いやるその優しさが心に染みる。
可愛い上に優しいとは、まさに女性の鑑だな。
「杏子さんが大丈夫だと言うなら信じましょう。心も体も筋の通った強い女性ですし、体調の管理もちゃんとしてるはずですから」
「そうですね。ふふふ、管理人さんは杏子さんのことをよく分かってらっしゃるんですね」
「さて、どうでしょうか」
「ふふ。さて、あたしは部屋に戻って休ませてもらいますね」
「はい、お疲れ様です」
彼女を見ていると、そう言いながら、先ほど降ろしたビニール袋を持ち上げようと薄桃色の髪がサラリとしなだれる。
指先を目で追うと、思いもかけずビニール袋の中身が目に入る。
缶ビール数本に、姿形そのままの袋からはみ出すほどの大きさのスルメ。
彼女の顔を見ると、こちらに視線を向けながらニコリと、いつもの可愛らしい表情を浮かべていた。